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Case01:宝石は流れる星となる
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突然だが、こんな二つ名を知っているだろうか。
──黒妖犬の主
──地獄犬を従える者
──黒炎の狩人
オカルトが好きな者なら一度は耳にしたことがあるだろうそれらは、ただ一人の呼び名である。
これは、そんなとある職員の……とある日の記録である。
***
グルルル……と低いうなり声が響く裏路地。
赤黒く染まる地面を気にもせず、赤髪のその人物──アカは膝をついて相棒の首筋に手を伸ばす。
「お疲れ様。もうちょっと待ってね……」
伸ばされた手を受け入れ、紅い瞳を細めるのは犬と呼ぶには巨大な黒犬。
時折、煙のようにゆらぐ毛先を見るに……“お隣さん”と呼ばれる類いの存在なのだろう。
ひとしきり黒犬を撫でてから、すっと立ち上がったその者は──壁に追い詰められガタガタと震える男を見やる。
「あーあー、色々とぐちゃぐちゃだねぇ……」
すぐに興味を無くした様子で、見やるのは男の側に落ちているモノ。
ぐちゃっと邪魔な塊を足で退けて、アカはそれに近づき……ひょいと頑丈そうな鍵付きケースを拾い上げた。
そして何か思案するように周囲を見回して、側にあった倒れた椅子を引き寄せてケースを乗せる。
「んー……無理に開く訳にはいかないか」
鍵穴を覗き込み……早々に諦めたらしい。
腕を一振りして、仕込んであった柳の枝で作られた杖を掴む。
そこに黒犬が近寄ってきて、その長い尾を杖に絡ませた。
ふわ、と風が裾を揺らす。
「《回れ 回れ 閉じるモノ
開け 開け 閉じた鍵
回りて開け 閉じた錠!》」
カチリ。
そんな軽い音が響く。
アカがケースを開けると、色とりどりの宝石のような輝きを放つ石がその存在を表した。
「……あぁ、これは確かに宝石に見えるか」
そっとソレを手のひらに乗せると、魔力が鼓動のように伝わってくる。
そう。コレは宝石などではないのだ。
「落ち、はぐれた哀れな子。外ツ世の仔よ、もう少しだけ辛抱して欲しい」
する、とソレを撫でると返事をするように魔力が肌をくすぐった。
そして──相変らず怯えた様子でこちらを見る男を視界に入れる。
「うん。捜し物は見つかったし……ネグロの好きにしていいよ」
──ブワッ
ソレは炎のように赤々と踊る。
ソレは名を呼ばれ、命を受けた黒犬の歓喜の咆哮。
ソレは主たる者の怒り。
可視化するほどに色濃く漂った魔力に、男は己の命運を悟ったのだろう。
ずるずると這うようにしてこの場から離れようとした。
しかし。
怒りに彩られたソレは常人には過ぎたるもの。
視えたのであろう揺らめく紅の帯……魔力に魅入られて一瞬、動きが止まった。
瞬間。
飛びかかるのは黒い影。
飛び散るは赤き血肉。
漂うはその魂までもを焼き尽くさんとしたモノの匂い。
それを見届けた焔の子らは闇に溶けた。
***
静寂と夜の匂い。
そして、暗闇と狭間に生きるモノたちの気配が支配する丘の上。
満天の星空の下に、その人物と獣は居た。
赤髪の人物は星空を見上げていたが……何かを諦めたようにため息をつく。
「……来ないか」
「くぅん」
アカを励ますように、甘えた声で擦り寄って来た黒犬の頭を撫でながら考える。
「ううん……あんまりやりたくないけど、お喚びするかぁ…………」
ガシガシと頭を掻いて、ハンカチを取り出して草の上に広げた。
そして上着の裏ポケットから出したのは──あの宝石のような石。
そっと布の上に置いたソレから1歩離れ、杖を手にする。
「……頼むよ」
「ワン!」
そして、1人と一匹は謡う。
「《来よ 来よ 流れるモノ
踊り 踊るは 星
空に舞いし 流星よ
今 此処に降り立ちて
汝らの同胞を祝いたまえ
宇宙より流れよ──竜星たち!」
一瞬の静寂が訪れ、瞬きの間にいくつもの星が流れた。
その中のいくつかは段々と大きく……いや、落ちてくる。
そして聞こえたのは、バサリと風を打つ羽ばたきの音。
降りて来たのは、2頭の虹色の鱗を持った流星竜たちであった。
アカは右腕を頭の前に出し、左足を軽く折るという──いわば獣の礼と呼ばれるものをする。
「……お初にお目にかかります。自分はアカ。こっちは相棒のネグロです」
グルルルル……と竜たちは返事をしたようだ。
「はい。此度は急を要する自体でしたので……。コレはあなた方の一族の者ですね?」
そっと宝石のようなモノ──否、卵を彼らの前に掲げる。
──ルルルルルル
──オォォォォォン
響く声は祝福の謡。
その声に導かれるように、卵の光はどんどん強くなる。
そして。
──きゅあぁぁぁぁぁぁぁ
ここに一つの命が産声を上げた。
***
それからは語るまでもないだろう。
流星竜の子は自分の回りを何度か飛んで、2頭とともに星空へと帰って行った。
タンッ!と大きな音を立てたのはパソコンのキーボード。
騒動の後、アカは魔力切れで寝込んだ。
その間に溜まってしまった報告書を、ようやく書き上げたのが今である。
とは言え、次の事件は待ってはくれない。
人知れず動くこの部署は“あちら側”と渡り合うというその特殊性もあり、万年人手不足なのだ。
「……今度こそ有給申請しないとな」
「わふっ」
今日も、炎の子らは闇を暴くだろう。
──黒妖犬の主
──地獄犬を従える者
──黒炎の狩人
オカルトが好きな者なら一度は耳にしたことがあるだろうそれらは、ただ一人の呼び名である。
これは、そんなとある職員の……とある日の記録である。
***
グルルル……と低いうなり声が響く裏路地。
赤黒く染まる地面を気にもせず、赤髪のその人物──アカは膝をついて相棒の首筋に手を伸ばす。
「お疲れ様。もうちょっと待ってね……」
伸ばされた手を受け入れ、紅い瞳を細めるのは犬と呼ぶには巨大な黒犬。
時折、煙のようにゆらぐ毛先を見るに……“お隣さん”と呼ばれる類いの存在なのだろう。
ひとしきり黒犬を撫でてから、すっと立ち上がったその者は──壁に追い詰められガタガタと震える男を見やる。
「あーあー、色々とぐちゃぐちゃだねぇ……」
すぐに興味を無くした様子で、見やるのは男の側に落ちているモノ。
ぐちゃっと邪魔な塊を足で退けて、アカはそれに近づき……ひょいと頑丈そうな鍵付きケースを拾い上げた。
そして何か思案するように周囲を見回して、側にあった倒れた椅子を引き寄せてケースを乗せる。
「んー……無理に開く訳にはいかないか」
鍵穴を覗き込み……早々に諦めたらしい。
腕を一振りして、仕込んであった柳の枝で作られた杖を掴む。
そこに黒犬が近寄ってきて、その長い尾を杖に絡ませた。
ふわ、と風が裾を揺らす。
「《回れ 回れ 閉じるモノ
開け 開け 閉じた鍵
回りて開け 閉じた錠!》」
カチリ。
そんな軽い音が響く。
アカがケースを開けると、色とりどりの宝石のような輝きを放つ石がその存在を表した。
「……あぁ、これは確かに宝石に見えるか」
そっとソレを手のひらに乗せると、魔力が鼓動のように伝わってくる。
そう。コレは宝石などではないのだ。
「落ち、はぐれた哀れな子。外ツ世の仔よ、もう少しだけ辛抱して欲しい」
する、とソレを撫でると返事をするように魔力が肌をくすぐった。
そして──相変らず怯えた様子でこちらを見る男を視界に入れる。
「うん。捜し物は見つかったし……ネグロの好きにしていいよ」
──ブワッ
ソレは炎のように赤々と踊る。
ソレは名を呼ばれ、命を受けた黒犬の歓喜の咆哮。
ソレは主たる者の怒り。
可視化するほどに色濃く漂った魔力に、男は己の命運を悟ったのだろう。
ずるずると這うようにしてこの場から離れようとした。
しかし。
怒りに彩られたソレは常人には過ぎたるもの。
視えたのであろう揺らめく紅の帯……魔力に魅入られて一瞬、動きが止まった。
瞬間。
飛びかかるのは黒い影。
飛び散るは赤き血肉。
漂うはその魂までもを焼き尽くさんとしたモノの匂い。
それを見届けた焔の子らは闇に溶けた。
***
静寂と夜の匂い。
そして、暗闇と狭間に生きるモノたちの気配が支配する丘の上。
満天の星空の下に、その人物と獣は居た。
赤髪の人物は星空を見上げていたが……何かを諦めたようにため息をつく。
「……来ないか」
「くぅん」
アカを励ますように、甘えた声で擦り寄って来た黒犬の頭を撫でながら考える。
「ううん……あんまりやりたくないけど、お喚びするかぁ…………」
ガシガシと頭を掻いて、ハンカチを取り出して草の上に広げた。
そして上着の裏ポケットから出したのは──あの宝石のような石。
そっと布の上に置いたソレから1歩離れ、杖を手にする。
「……頼むよ」
「ワン!」
そして、1人と一匹は謡う。
「《来よ 来よ 流れるモノ
踊り 踊るは 星
空に舞いし 流星よ
今 此処に降り立ちて
汝らの同胞を祝いたまえ
宇宙より流れよ──竜星たち!」
一瞬の静寂が訪れ、瞬きの間にいくつもの星が流れた。
その中のいくつかは段々と大きく……いや、落ちてくる。
そして聞こえたのは、バサリと風を打つ羽ばたきの音。
降りて来たのは、2頭の虹色の鱗を持った流星竜たちであった。
アカは右腕を頭の前に出し、左足を軽く折るという──いわば獣の礼と呼ばれるものをする。
「……お初にお目にかかります。自分はアカ。こっちは相棒のネグロです」
グルルルル……と竜たちは返事をしたようだ。
「はい。此度は急を要する自体でしたので……。コレはあなた方の一族の者ですね?」
そっと宝石のようなモノ──否、卵を彼らの前に掲げる。
──ルルルルルル
──オォォォォォン
響く声は祝福の謡。
その声に導かれるように、卵の光はどんどん強くなる。
そして。
──きゅあぁぁぁぁぁぁぁ
ここに一つの命が産声を上げた。
***
それからは語るまでもないだろう。
流星竜の子は自分の回りを何度か飛んで、2頭とともに星空へと帰って行った。
タンッ!と大きな音を立てたのはパソコンのキーボード。
騒動の後、アカは魔力切れで寝込んだ。
その間に溜まってしまった報告書を、ようやく書き上げたのが今である。
とは言え、次の事件は待ってはくれない。
人知れず動くこの部署は“あちら側”と渡り合うというその特殊性もあり、万年人手不足なのだ。
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