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第七話 休日

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ーーーあれから6日が経った。

葵は薄い瞼の向こう側で薄く光が射してきたのを感じ、目を開ける。

ここでの暮らしもほんの少しは慣れてきた。
相変わらず優一とは家賃のために毎日キスをする羽目になっていて辛い訳だが、学校にはそういったこともバレていないし、葵はとにかくそれどころではなかった。

(本当に忙しい1週間だったな....)

高校生最初の1週間は、葵が思っていた以上に目まぐるしい期間だった。
とにかく名門校らしく、新入生への勉強ガイダンスが立て込んでいた。
それに数々の委員会やら部活動紹介やらも先輩方が超本気モードで、内容もハードそうだったし、なのに来週のうちには選ばないといけないらしく、学級委員も来週に決めなきゃいけないことになっていた。
しかもそれと同時に授業も始まるので、尚更自分が追いついていけるか心配だった。

(まあ.....友達は少しできたからいいけど...。)

クラスメイトは騒がしい奴らが多くて正直関わりたくないとも思っていたが、意外にも話が合ったりするのだった。けれど連絡先を聞く程じゃなかったし、まだ会って挨拶するだけ。
それに葵が話しかけられるまで待っている側なので、クラスで行う交流が何度あってもあまり進展は見られなかった。

とりあえず葵は、明と行動することが多くなっていたので、1人じゃなければいいや。ーーーという考えを持つことにした。

「ふぁあ.....」

葵は白くて高い天井を眺めながら大きく伸びをした。
壁掛けの時計に目をやると、時刻は8時過ぎだった。

今日は学校が始まって初めてのお休みの日。
葵はこのままのんびりするのもいいけれど、思えば優一のスケジュールはどうなっているのかわからない。

(あー優一さん起こした方がいいのかなぁ)


刻一刻と時間が過ぎていく中、ぼーっとした時間を過ごしていると.......

ピンポーン。

家にチャイムが響きわたった。

(あ......もしかして栄人さんかな)

葵は自分の部屋から出て玄関へと向かう。
ドアホンの電源を入れると、そこにはフードを被り、ラフなズボンを履いた栄人さんの姿があった。
見る限り打ち合わせとか仕事に行くような感じではない。

【おーい。葵いるかー!】

(えっ.....俺?)

「いまーす!あ、今開けますね」

葵が扉を開けると、栄人はクールな笑顔でニカッと歯を見せた。

「よう、葵。1週間ぶりだな。」

「栄人さんおはようございます。1週間ぶりですね。」

「優一は相変わらず寝てるのか?」

「あ.....はい。昨日も寝るの遅かったみたいです。」

「あーそうなんだ。でーーー....あのさ。」

栄人はさ程優一のことには反応を示さず、リビングまで来ると、振り返って葵の方に顔を向けた。
栄人の瞳は特徴的で、キリッとした目力のある猫目型だった。
だからなのか、見つめられるだけでなにか自分が悪いことをしたのかーーーと問い詰められている気分になる。

「ど、どうしたんですか.....?」

「お前、優一とは一体どういう馴れ初めなの?どっちから告白したの?」

「ふぇ!?」

あまりにも唐突な言葉に葵は思わず裏返ったような声を出してしまった。

(え、え!!まって馴れ初め!?告白!?なんで急に......あっそうだこの人!そういえば勘違いしてるままなんだった!)

葵はこの前優一に言われたことを思い出して、急いで誤解を解くことにした。

「あ、あの!その事についてなんですけど....」

「ん?」

「前にも言った通り、俺のおばさんがお願いした関係とかもあって俺は本当に、そういう恋愛的な意味でここにいるわけじゃないんです。ただの居候なんです!だから付き合ってないです。本当に。」

「え?そうなの?じゃあキスもしてないの?」

ギクッ.....

「キッ.......は、はい!してません!」

「でも優一が葵とはイチャイチャ同棲中って言ってたけど。」

「え。」

ーーー?ーーー

(うおおおお!優一さん何適当なことを言ってんだ!?誤解させてたの優一さんだったんじゃんか!!俺は家賃のために毎回キスをさせられてるというのに!あのホモ......!)

「違うの?」

「断じてっ違います!!本当に!多分それ悪ふざけですっ」

「あー、まあ.....それならいいんだけどね。優一が人と付き合うなんて有り得ないと思ったからそう聞いた時本当にびっくりしたわ。」

「えっ....そうなんですか?」

(あ、有り得ないの?)

「まあな。あいつ過去に色々あったし絶対付き合うとかしたら.....」

「え、過去に何があったんですか?」

(そういえば優一さんの過去とか知らない....)

独り言のように呟いた栄人の言葉を葵が聞き返すと、栄人は我に返ったように顔を上げた。

「あっ.....わりぃ今のはなんでもない。ほ、ほら....あいつ、あんなモテモテなのにスキャンダルとかないだろ?ホモだからってのもあるけど。」

「あぁ...まあ確かにスキャンダルとかは聞いたことはないですけど......」

(さっきのはなんだったんだろう?)

「だろ?だから付き合うとか絶対ないよなーって思ってさ。長年見てきた俺からしたらね。」

(そうなのかな....?優一さんのことはまだ正直よくわからないし謎だけど....でも俺、最初の時めっちゃ言い寄られたし、好きになっちゃいそうとか言われたし....嘘は言わないって言われたんだよなぁ。まあ鵜呑みにはしてないけど。)
それに、栄人さんには言えないけれど住む代わりにキスやセクハラだってされているのだ。
というか、この6日間でさえ本当に散々だったのだ。
一昨日なんかお酒飲んでいい気になって胸も触ってきたし....。
初日以上のことはされてないけど今後は油断できないという状況に置かれているのだ。

「まあぶっちゃけ、優一が葵のことをどう思ってるか俺にはわからないけどな。変なことになってなければいいってだけの話。」

(すみません栄人さん....それは既に手遅れです....。)

「ーーーというか栄人さん、今日は優一さんを仕事に連れていくために来たわけじゃないんですよね?」

「ああーーー?うん。葵と話そーって思ってきた。」

「えっ」

(俺!?)

「いや、いつも休日の暇な時はここに来て優一と食べに行ったりするんだけどさ、そういや葵もいるよなーと思って。」

「あ.....そうなんですね。」

「うん。だからこの機会に葵と仲良くなっちゃおうかなーって。」

「え...!それは嬉しいです!!ぜひ、仲良くなってください!」

(まさかこの東栄人さんに仲良くなりたいって言われるなんて!嬉しい!!嬉しすぎる!!)

「おう!ーーーんじゃ、いきなりだけど質問していい?」

「どうぞ!!」

「葵はホモじゃないの?」

「ブッ.......!!」

葵は突然の質問に面食らってガタッと肩を落とした。

(いやなんでだよおおおお!!!仲良くなりたいって言われて1番初めの質問がそれとか虚しすぎるんですけどおお!)

葵は心の中で叫びながら、気を取り直して答えた。

「いや...俺は男の人好きじゃないです。」

「あ、そうなんだ。んじゃ続いての質問ね。今歳いくつ?」

「15です....」

「え、わっか!!恋愛的な関係はないって言ってたけど優一と一緒で本当に大丈夫なのか...」

「.....大丈夫だと思います。」

(もう手遅れです...)

「んじゃ続いてーーー葵はなんでここに居候することになったの?」

「え、えっと....東京の高校に行くために上京することになって、でも1人だと危ないからってことでおばさんの知り合いの息子が黒瀬優一さんだったからそこで居候って形になった、みたいな感じです。」

「へぇー。ーーーんじゃ続いての質問ーーー」

(え、なんかめっちゃ聞いてくる....優一さんの親友だから、かな??)

「俺の事って、どう思う?」

「え?どうって....」

「俳優として。」

「あ!ああ.....!俺、家出した猫ってドラマを見てたんですけど、栄人さんの泣くシーンとか怒鳴るシーンとかに凄く感動して本当に迫力ある演技が輝いているかっこいい俳優さんだなぁって思ってました!あと、おばさんが見てた影響で、1年前の栄人さん主演の大河ドラマも見てたんですけど、演技一つ一つの仕草がかっこよかったです!」

「.......ほーん。」

「え?」

栄人は葵の言葉に、少し考え込むように上を向いた。ーーーが、やがて葵の方を見ると口を開いた。

「んじゃ次の質問。」

(いや何も無いんかい!!!あんなに喋ったのに!)

「まだーーー葵の苗字、聞いてなかったよな。」

「あ、秋元です」

「おっけー。以上。」

「あ、お、終わりですか?」

(今思ったけど栄人さん絶対質問する順番間違えてるよな....)

「終わり。これである程度葵のことがわかったわ。てことで改めてよろしくな!」

「あ、よ、よろしくお願いします!」

葵は栄人に差し出された手を握り返して握手をした。
なんだかよく分からないけど、とりあえず仲良くなれた(?)らしい。


「そんじゃ、優一を起こすかー」

「そうですね。もう9時過ぎですし....」

優一の部屋のドアを開けると、相変わらず男のポスターが張り巡らされた部屋の真ん中のベッドで、うさぎの抱き枕を片手にスヤスヤと眠っていた。

「大の大人が15歳にこんなとこ見られて恥ずかしくないんだろうか....」

栄人の言葉に葵も静かに頷く。

「おい!優一!起きろ!!」

栄人がこの前のように布団をガッと掴むと、優一の瞳が薄く開いた。
けれど視界の向こうの明るさにはまだ慣れないのか、顔を顰めるとうつ伏せになってしまった。

「.....なに.....」

「起きやがれって、いい加減!」

「無理.....。スースー」

(あ....寝た....)

「無理じゃねぇよ。おいまた寝るな!!」

「相変わらず朝起きないですね.....」

「だな....。」


結局優一が目を覚ましたのはそれから3時間も後のことだった。
その間葵と栄人はリビングでずっと話していた。
栄人は思った以上に話しやすくて面白い人だった。

「はぁ....おはよう。」

リビングの右の部屋の扉が開かれると、眠たそうに目を擦りながら優一が現れた。

「ったく、おせーよ!!起きるのが!」

「なんだよ....今日は休みだろう?休みくらい昼まで寝たってなんの罪にもならないと思うんだけど。ていうか.....2人、仲良くなったの?」

「おう!優一が寝てる間にな!」

「あ、はい。仲良くさせていただきます。」

「それは良かったね。」

「あ、あとお前、葵から聞いたぞ!毎日朝ごはんと夜ご飯作ってお風呂も入れて、洗濯もしてるって!お前なにさせてんだよ!」

「はぁ....それはお金貰わない代わりの家賃だよ。何か文句あるか。」

「家賃の代わりったってなぁ、お前も少しは家事が出来るようにならねぇと....」

「ところでパフェ食べに行きたい。」

「おい人の話を聞け!」

「葵くん、今日は上京して初めての休日だしそいつ置いてパフェ食べに行こうか。」

「えっ.....あ、はい!!」

(パフェ....食べたい!)

「ということで栄人、またな。」

「おい!まて!俺も連れていけ!!」

「やだ。」

「いつも一緒にいってただろうが!」

「いや、葵くんと行くから。」

「ん、じゃあ.....お、お金払うから!!」

「お、言ったな?よろしく。」

(こ、この人......)

「お前マジで....お前に貢ぐファンに謝れ.....」

栄人の言葉に葵は静かに頷いた。

.....................


ーーーということで、今俺はイケメン俳優黒瀬優一と東栄人に挟まれながら超可愛らしいパフェを食べているのである。

(上京して初めての休日がこれか.....!)

なんというか、折角の休日だし東京らしい可愛いパフェをご馳走して貰えるなんて凄く嬉しい。嬉しいんだけど.....
上京してから優一さんの影響で、ほぼ毎日甘いものを食べている気がするのである。
大きな冷蔵庫に入っていたあのプリン達も気づけば夕食の後に食べるようになっていた。

(俺このままだと確実に3月後にはデブになってそう.....)

それに栄人も優一と同じくらいの甘党らしく、先程からバンバン抹茶アイスを頼んでいるのだ。

「ああ、やはりチョコレートパフェはいくつ食べても飽きないね。本当にこの世がチョコレートとプリンで埋まればいいと思う。」

「いや、抹茶だろ。抹茶こそ正義だからな。」

「お前はチョコレートの良さをわかっていない。」

「お前は日本人の心を忘れつつあるぞ。」

(し、しかもなんかくだらない言い合いしてるし。)

そんな言い合いを耳に挟みながら、葵はチョコレートでもなく、抹茶でもなく、苺が盛られた小さなパフェを静かに口に含んだ。
その瞬間酸味とクリームなどの甘さが絡まって、口の中でとろける。

(美味しい......)


あれからまた3人は何件かのお店に寄って、パンケーキとソフトクリームを食べることになった。
栄人の奢りということと、葵に東京の甘いものを食べて欲しいということで色々なお店を紹介してくれた訳だがーーー葵は後半からただただ気持ち悪くなっただけであった。


それで家に帰る頃には、葵のお腹はいっぱいでソファから動けなくなっていた。

「葵くん、今日は連れ回すような形になってごめんね。」

「だ、大丈夫です。あとご馳走様です。こんなに食べたの久々で.....栄人さんと優一さんって出掛けるといつも、こんな甘いものだけって感じなんですか....?」

「うん。まあ実際は僕よりも栄人の方が甘いものが好きだからね。」

「え、ええ....そうなんですか。」

「うん。....楽しめた?」

「あ、はい。それは本当に....楽しかったです。」

「良かった。ーーーそれにしても葵くん、栄人に気に入られちゃったみたいだね。」

「え、そうなんですか?」

「うん、解散した後すぐ、栄人から葵くんの連絡先教えろってメッセージ来たから。」

「えぇ!嬉しい!」

「でも、教えないけどね。」

「えっ.....なんでですか?」

「栄人は何やらかすかわからないから」

「優一さんがそれを言いますか....」

「ーーー葵くん。」

「.....って、はい?」

「キスしようか。」

「ふぇ!?」

(え!急に何!?)

「ん?あ、今日の家賃分のね」

「あっ、な、なんだ。そう言ってくださいよ。ビックリするから!!」

「ふふ、葵くん、可愛いね。」

「.....だから本当に、可愛くないです。」


「ほらこっち向いて。」

「......ん」

(ていうか俺、家賃のためとか言ってても傍から見たら男のキスを受け入れてるホモだよな......)

「受け入れるのが早いね。葵くんて。」

「えっ.......い、いやもう....諦めてるだけです。」

「なにを?」

「住むためだからこれは仕方ないって。」

「はは、そうなの?」

「そうです......あ、あと栄人さんに変な事言うのはやめてください。」

「変なこと?」

「イチャイチャ同棲中ってなんですかそれ。」

「葵くん、喋ってると舌入れるよ?」

「っ.......じゃあ早くしてください」

「え?早くキスがしたいの?」

「ちがっ......顔向けてるんですから早くってことです!」

(優一さんの背高いから首痛いんだよ!!)

優一に顔を向けるよう言われて首を上げていただけに、首を痛めやすくなったのだった。

「ふふっ.....はいはい。ごめんね。」

優一はそんな姿を楽しそうに笑って見つめてから、葵の唇にキスをした。
そして葵はーーー心の中で悲痛な思いを浮かべながらも、今日も優一にキスをされるのであった。
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