王子様の世話は愛の行為から。

月野犬猫先生

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第十七話 自覚と不安

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葵は自分の耳を疑った。
混乱して、心臓が爆発しそうになるくらい鳴り響いているのが、沈黙した部屋の中で響いてしまうような気がして思わず自分の胸を抑える。

うそだ。信じられない。

(俺、どうしちゃったんだ…?)

普通お礼と、あんな言葉言い間違えるはずないのに。

振り返った優一の顔を見た瞬間全てが飛んでしまったような気がして、気づいたらその言葉を口にしていた。

でも、どうして?

心臓が走っているかのように早く脈を打つ。

あれ、俺って人に好きとか言ったことあったっけ?
人を好きになったことあったっけ?

この感覚がわからないけど、もしかしてこれってーーー


いや、そんなはずない。


「ーーーーーー葵くん…今ーーー」

「い、今のは間違いっというか、違っ…違う!」

葵は優一にその言葉を再確認される前に声を張り上げて否定した。
でもまずい。
違う以外の否定の言葉が出てこない。
どうしていいか、自分でも分からない。

「でも確かに今ーーー…」

「本当に違うんですっ!!!」

「何が…違うの?」

「なっ……」

(何が違うって……あっ)

「す、寿司が食べたいなぁって思っただけなんです!??」

「え?寿司?」

「そ、そうなんです!なんかっ突然!ま、マグロ食べたいなぁとか…す、すみません。だからさっきのはっ本当に…噛んじゃっただけですっ!ま、まあ今は寿司より軽いものの方がいいかもとか思い始めたんですけどっ…!」

こんなの言い訳なのに。

何必死になってるんだ。

本当じゃなければ、こんな動揺なんかしないで済むのに。

俺、もしかしてーーー

ドクンドクンドクン…


ドクン…

ーーー優一さんのこと、好き、になってしまったのかなーーー?


ドクン…


いや、最近疲れてて今日なんか溺れてしまったから、おかしくなっただけだよな?


きっと…。


「だから本当に…気にしないでください……」

葵は毛布を頭まで被ると、ぎゅっと目を瞑った。

今は何も考えたくない。

すると暫くして、優一の小さな声が聞こえた。

「ーーーそうだね。聞き間違いだったかも。」

(………。)

「だ、だからそう言ってるじゃないですか。言い間違いだって…」

「うん。そうだね。」

「はい…」

「まあ、それじゃあーーー今日はゆっくり休んで。あ、それと夜は、買ってきたものでもいいかな?ご飯作れなくてごめん。」

「あ、あ…ご飯は作りますよ」

「だめ。無理しないで寝なさい。」

「っ…わかりました」

「おやすみ。」

「おやすみ…なさい…」

(ああ………)

優一さんの言葉の一つ一つが

胸にガードしてたものが、なくなったように

急に、なのに優しく入り込んできて、胸の奥が変だ。



優一は部屋の電気を消すと、扉を閉めてリビングに行った。

沈黙の中、葵は深いため息をついた。

(よかった…なんとか誤魔化せた…)

ていうか俺、何言ってんだよ。好きだなんて、おかしいよ。

良く考えればあの人は、初対面の俺にすぐ好きだなぁとか、好きになりそうとか言ってきたり、キスしてくるような人だろ。

なのに…

ああ、もうーーー早く寝てしまおう。

早く寝てしまった方がいいんだ。

そうしたら、起きた時には体調は治って

今のことも昨日の優しさに泣きそうになったのも全部、悪い錯覚だと思えるから。

悪い錯覚だってーーー




ーーー葵くんの代わりはいないんだよーーー


「っ…………」


優一さんの目が、ちゃんと俺を見てた。
俺の心の中の寂しいとこ、全て救いとったみたいに

しばらくの間、頭に響いた。


…………………………………………

……………………………………………………



「んん………」

葵が目を覚ますと、窓越しに見える景色はすっかり夜だった。

(あれ、俺何時まで寝てたんだろ…)

スマホを取りあげてみると、そこには17時と表示されていた。
なんと約5時間も寝てしまっていたのだ。

(やっぱ疲れてたんだな…)

上半身を起こすと、すっかり体は楽になっていた。
手足の痺れもないしゆらつくこともない。
けれど少しお腹が痛い。

(優一さん、リビングに居るのかな。)

葵がそっと部屋のドアを開けると、リビングの真ん中のテーブルにはポカリスエットと色々な薬が置かれていた。
きっと、葵が寝てる間に優一が買ってきてくれたのだろう。
けれど優一の姿は無い。玄関の靴置き場を確認すると、どうやらまた外に出掛けたようだった。
きっと今度は夜ご飯を買いに行ったのだろう。

葵はソファに座ると、スマホを開いた。
何やら通知が来ている。

「ーーーあ、和樹くんからだ。」

【葵くん、こんばんは。早速メールしました。体調悪い時にごめんなさい。おだいじに。。】

(そっか、クラス全員に倒れて溺れたところ見られたんだもんな…。小牧さんも心配してたし、学校行った時、心配かけてごめんって言おう…)

【こんばんは。もう良くなったよ!ありがとう。】

(送信……っと。…優一さんおばさんには連絡したのかな?そういえば、最近おばさんから連絡来ないけど…優一さんとやり取りしてるからかな。)

その時だった。

ピンポーン!


家のチャイムが突然鳴り響いた。

「えっ」

葵が暫く固まっていると、もう一回チャイムが響く。

(こ、こんな時に…なんで…どうしよう?優一さんに…電話…電話…)

ピリリリリ…

「え?」

葵が優一に電話をかけると、ソファのクッションの奥の方で着信音が響いた。
どう考えても優一のだ。

(携帯持っていかないとか……もう…)

ピンポーン!

(どうしよう。もしかして優一さん仕事投げ出してきたから事務所の人かな……)

葵は一応優一が帰ってきた時のため、どんな人が来たかだけでも見ることにした。
ドアホンのボタンを押すと、玄関前には栄人の姿があった。

(え、栄人さん…!?)

ピンポーン!

【優一ー!!】

(あっ…出なきゃ!)

葵が玄関のドアを開けると、栄人が優一を起こしに来る時と同様の殴りかかる勢いで家の中に入ってくる。

「葵!優一は!?」

「えっ…あ……えっと、買い物に出掛けた?かと思います…」

「買い物??!はぁ、あいつ……」

(もしかして…ていうか、もしかしてでなくても…)

「栄人さん、あの…仕事のことですよね…?」

「え?あ、そうそう。実は今日優一のやつ電話しながら突然撮影現場からいなくなってさ。マネージャーが連絡取ってくれないってわんわん泣いてんだよ…折角、また主演やらせてもらえるってのにカメラマンも唖然としてる。まあでも、あいつ人気俳優だし絶対主演がいいって監督が言ってるから明日またやるって言ったら、明日も休むって言い出したから腹立って来ちまったよ…」

(え……)


「葵は知ってるか?あいつ最近やたらと事務所社長の知り合いのお偉いさん?に好かれてんだよ。」

(ああ…なんか、聞いたな…)

「それでゴリ押しみたいな勢いで仕事も増えてて人気も上がってて、まじでCM王としてもNo.1とれるかもしれなくてさ。なのに変わらず寝坊するし、最近は夜ご飯は家で食べるって早めに帰ったりするし、休日空けなくなったし、そしたら今度は仕事放棄とか。俺からしたらマジで許せん!まじで帰ってきたらぶっ叩く。」

「え…?」

(まってなにそれ、そんな……俺、のせいじゃん…)

仕事のことは気にするなみたいに言ってたくせに…


「………ん?どうした?……あ、わりぃ、腹立って愚痴っちゃったけど気分悪くしたか?」

「い、いえ…すみません。あの…俺から明日は必ず仕事行くように伝えます。」

「え?」

(正直に言わなきゃ優一さんが責められることになる…俺のせいで。)

「実は今日優一さんが仕事抜け出したのは、俺が倒れたからなんです…。それで保健の先生に明日も様子みてあげてくださいって言われたから、それで……今も買い物してるのは、俺のために薬とか色々買ってきてくれてるからです…休日もいつも食べに連れてったりしてくれてるから、その時は俺には仕事ないとか言ってたのに、あったなんて知らなくて…」

栄人の顔は驚きで固まっていた。

「ごめんなさい。」

葵が頭を下げると、栄人が10秒ほど遅れてやっと口を開いた。

「…それ…………まじ?」

「はい。だから…俺のせいなんです。ごめんなさい。」

「…………まじかよ。」

「ごめんなさい。」

「いや……別に、怒ってる訳じゃなくて…。」

「…え?」

「あいつ…何考えてんだろ」

「え…っと…?」

「あ、いや…わりぃ独り言。んでさ葵…お前の体調が悪いなら俺が明日一日面倒見てやるよ。」

「え、でも栄人さんの仕事は…」

「俺は平気。あいつに関してはまじでメインだから行かないとやばいんだ。だから優一にはそう言っておくからお前からは何も言わなくていいからな。」

「あ……はい…わかりました。」

(なんか、栄人さん…焦ってる?のかな。)

「じゃあ、明日な。優一に「マネージャーには連絡しろ馬鹿野郎!」って伝えといてくれ。」

「えっ…あ、はい…」

栄人はそう言うと、そそくさと玄関から出ていってしまった。

(まあ…いいか。)


明日一日は栄人が葵の世話をしてくれることになったーーー
だから明日の仕事のことに関しては大丈夫だ。
そう、それは別にいい……いいんだけれど………
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