王子様の世話は愛の行為から。

月野犬猫先生

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第十九話 原因

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「葵くん、一昨日は大丈夫だった?本当に驚いたよ。」

登校時間ーーー葵は、昨日休んだということもあり、今日は慎重に、少し遅めに家を出た。
すると校門の前で丁度よく小牧と鉢合わせして、一緒に教室に行くことになった。

小牧はあれから心配するようなメッセージを何件か送ってくれていたけれど、栄人といたということもあって、返せていなかった。

「大丈夫だよ。丸一日休んだし。それよりもごめんね。返信できてなくて」

「ううん!大丈夫!元気になったならよかったぁ」

「うんっ」

大丈夫だ。小牧さんは今日もいつも通り。
きっと俺が気にしすぎてたんだ。

学校のことは、きっと大丈夫だーーー

「そうだ、今日もまた一緒に帰らない?話したいことがまた出来ちゃって!葵くんじゃないと意味ないからさっ」

「そうなの?良いよ」

「ありがと!ふふっ、二人の秘密の話だからさ!」

ドキン…

「あーうん。…いいよ」

大丈夫。


………………………………………


今日の6限は道徳で、文化祭の出し物についての続きを話し合うことになっていた。
昨日休んでしまったから話に追いつけるだろうかーーーと思ったが、昨日は特にそういう授業はなかったので、文化祭のことについては第2回となる。

「じゃあ、実行委員。前に来て纏めてくれ。」

「はい」

和樹と葵は教卓の前に立ち、和樹は書記のノートをパラパラと捲りながら、話し合いの内容を書く準備をする。
そうーーーだから、基本文化祭の話は葵が纏めることになるのだ。

「えーっと、前回の候補は永久迷路とわたあめや焼きそばと言ったような屋台でしたが、他に候補ありませんか」

葵がクラスの皆を見渡すと、「はいっ」と奥の元気そうなポニーテールの女子が手を上げる。

「どうぞ」

「えーっとぉ教室でメイドカフェやりたいでぇす!」

(め、メイドカフェ……)

するとクラスの男子からは「お前メイド服着たいだけだろー」とブーイングのような、一部からは歓喜のようなよく分からない声が上がった。

「ま、まあ一応候補に入れときますね…和樹くん、よろしく」

「うん」

葵がそう言うと、和樹は小さく頷いて黒板にメイドカフェという文字を書いた。

その他にも、ミュージカルやら、脱出ゲームやら色々と候補は上がったが、ミュージカルは男子達の反応がいまいち微妙で脱出ゲームは中学生っぽい~と女子からの反応が悪かった。

(ああ…進行って疲れる…)

葵は教卓に寄りかかって頭を抑えたいくらいだった。
クラスの影の方にいるような人が、この賑やかなクラスをまとめるなんて難しすぎる。

昨日たっぷり休んだというのにこの一時間が今日の中で一番長く、重荷な気がした。
そしてついに、まだ残り20分という所で皆の候補が出され切ってしまったようだが、そんな時小牧がパッと手を挙げた。

「どうぞ」

「皆、お化け屋敷…忘れてない?」

小牧が周りにニコッと笑顔を振りまきながら言うと、皆は「おお!!」「流石小牧!」「それ忘れてた!」と次々に声を上げた。

(お化け屋敷…か)

確かに文化祭の出し物で、何故今まで候補に上がっていなかったのか不思議なほど王道だ。

「でもせんせぇーそれってほかの学年と被ってないですかぁ?」

一人の女子が聞くと、端の方で聞いていた担任が答える。

「いや、まだお化け屋敷をやるって話は聞いてないぞ」

するとクラスが一気に盛り上がった。

「えええ、じゃあ出来んじゃね!?」

「わー!やった!できる!!」

「お化け屋敷の飾り付けやりたぁい!」

「お化け屋敷にしようよー」

クラスは実行委員を置いて一致団結すると、もうお化け屋敷で決まったかのように、役割分担を話し始める。

(おい…実行委員抜きで決めないでくれよ…)

だが、もうこの感じではもう決定されたようなものだろう。

ということで葵のクラスの出し物はお化け屋敷ということになった。そして後日にお化け屋敷のテーマを話し合うという所で6限は終わりを迎えた。

葵はどっと疲れた体を椅子に座らせ、帰りのホームルームをやり過ごす。

文化祭でお化け屋敷ーーーしかもこの匠南となれば皆完成度を重視するので準備とか尋常じゃないほど忙しくなりそうだな…と葵は落胆した。
和樹は真面目だし、冷静な判断をしてくれるし話しやすいから良かったけれど、それでもどうなるのか不安だ。
実行委員の活動も七月の上旬から始まるようで、きっと休んでる暇も無くなるだろう。
というか、和樹に迷惑をかける訳にはいかないからどちらにせよ休んではいられない。

ホームルームが終わると、早速後ろの席から声がかかった。

「葵くん!お疲れ様あ」

「あ、ああ、小牧さんお疲れ様。」

「やっと出し物決まったねぇ!私のが決まるなんて、思わなかったぁ」

小牧は毎回狙っているのか、それとも自然なのかわからない無邪気な笑顔をこちらに向ける。
それでもこのぐらい大胆な子だからこそ芸能事務所に入れたのだし、納得出来る。
それに小牧は今の話し合いでもわかるように、かなりこのクラスの主導権を持っている側の存在だ。

「小牧さんの影響力って凄いよ…。実行委員小牧さんの方が向いてる気がする…」

「えぇ?そう?わたしは葵くんがいいと思うなぁ!今野くんとだとやりづらそうだけどっ」

「そうかな…?真面目だし、助かってるよ。」

(小牧さん、なんとなく思ったけど和樹くんのこと苦手なんだな…。別に悪い子じゃないけどな…)


それから葵は小牧といつものように校門を抜け、駅へと向かった。
もうすぐで6月も終わってしまう。
なんだか寂しいようで、あっという間だったようなそんな感じがするが、7月は部活のイベントもあるし、テストもあるからこうしてのんびり帰れるのは今だけだろうな、と思う。

小牧はさわやかな風を浴びながら、ふぁっと背伸びすると話しを始めた。

「はぁあ…ーーーそれにしてもあのクラスって本当に賑やかだよねぇ」

「あ、うん。そうだね…」

「なんか、いい意味で子供っぽいって感じかなぁ。」

「まあ、小牧さんは大人っぽいから…でも、クラスの人の殆どと馴染めてて凄いよ」

「そう?ありがとっ!」

「うん…」

葵はそう返事しながら、自分の声が少し暗くなっていくのを感じていた。

(そういえばーーー)

「ーーーそういえば、話って、どうしたの?」

葵が訊ねると、小牧は嬉しいことでも思い出したかのようにパァッと笑顔をうかべる。
やはりこの話になると、とても楽しそうだ。

「えっへへー!朝言ったこと覚えててくれてありがと!」

「う、うん」

「で、実はね!事務所の事なんだけど、なんかなんか、すごい事になったの!」

「え?凄いこと?」

「そうそう!なんと、なんとね!?7月から私も芸能活動できることになったのー!」

「えっ」

(え!!ついこの間受かったのに、もう活動…?)

「ふふーっ!凄くない?私もびっくりしちゃってー本当に家で発狂したぁ!」

「え、す、すごい……女優?」

「あーうん!一応そんな感じでやるつもりだけど、まだまだ稽古とか歌の練習もしなくちゃいけないし、モデルもやるから、とりあえず色々なのに対応していけたらなぁって感じで進める予定っ!」

「へぇ…凄いね」

「うふふっ!それでさぁ、ここからが本題なんだけどさっ」

「う、うん?」

(あれ、今の本題じゃなかったの…?)

「事務所に挨拶に行く時、お菓子持ってこーなんて思ってるんだけど……」

「う、うん」

小牧は一呼吸置くと、続けた。

「黒瀬優一さんて、どんなのが好きなの?」

「えっ」

葵は黒瀬優一というワードが出てきたことに対し、思わず立ち止まってしまった。

(あ、あれ…?あ、そっか。小牧さんは優一さんと同じ事務所に入ったんだっけ…じゃあ、会う、よな…)

あれ?

俺、優一さんにその事言ったっけ?

顔から血の気が引いていくような気がした。

(い、言ってない…)

そうだ、友達に一緒に住んでることがバレたとしか言っておらず、そのことについて伝えるのを忘れていたのだった。

小牧は立ち止まって下を向いたままの葵の顔を覗き込む。

「ん?葵くん、どうしたの?」

葵は我に返って、手を振ると慌てて答えを返した。

「えっ、あ!いや…えーっと、その…申し訳ないんだけど、実は俺もあんまよく分からなくてさ…」

「ええー??でも一緒に暮らしてると相手の好みとか嫌でもわかってくるんじゃないの?テレビでは優一さん、甘いもの好きって言ってたけど、甘いものにも色々あるしぃ…クッキーとか作りたいんだけど、優一さんクッキーというよりケーキ食べてるイメージでさぁ…」

(確かに優一さんはクッキーよりケーキ…だけど…)

「そ、そういうのって事務所とかで配ってもいいんだ?」

「うんっ!事務所の社長さんが良いって言ってくれたのー!」

「あ、そうなんだ」

(なんか、よく分からないけどフレンドリーな事務所なんだな…)

「でも、オーディションで受かった子がどのくらい入ってくるかわからないし、正直優一さんに会えるかもわからないけどね!でももし会えた時のために、葵くんが優一さんの1番身近な存在だから色々と教えて欲しくてさ?」

「あ、そ、そういうことか。う、うーん。ごめん…でも俺も甘い物以外あんまわからないや…」

「そっかぁ。」

「ごめん…」

「ううん。いいよー。じゃあさ、今度クッキーなら何味が好きかっていうの、聞いてきてくれる?」

「え、あ、うん…俺はなんでもいいと思うけど…」

「お願いっ…」

小牧はぐっと顎を引くと、上目遣いで葵の目を見つめる。

きっとこれをほかの男子がやられたら、すぐに心射止められてしまうだろうなーーーと葵は思うのだが、葵自身は正直そんなことよりも、小牧と優一が事務所で会うかもしれないということに不安を抱いていた。
でも、とりあえずここは頷くしかない。

「う、うん…わかった」

「ありがとおお!あ、でも安心してね?葵くんの分もつくる予定だから!」

「あ、ありがとう…」

「ふふっ…楽しみに待っててね!」

「う、うん。ありがとう…」

「いいえー!」

「うん…」

そんな会話をしていると、もう二人はいつの間にか駅に入り、人の波と共に改札で離れるところだった。

(ああ、今日も早く帰ろ…)

葵がそう思った、その時だった。

突然小牧に手を掴まれた。

葵はビクリと体を揺らした。

(え……?)

小牧の方を振り向くと、小牧は先程の笑顔とは違うよくわからない複雑な面持ちで葵を見つめていた。
少し、ムスッとしている感じもする。

「ねぇ……私、絶対ふたりの秘密守るよ?だからもう、そんなに疑わないで欲しいんだけど」

「え?」

「……ねぇ」

(小牧…さん?……はっ…もしかして俺ずっと暗い顔してた…?)

「えっあ、ご、ごめん!小牧さん…いや、あの…別にそういうわけじゃないんだっ、けど…」

葵は上手く言葉を言い出せずにモゴモゴと口を動かす。

「そうなの?でも葵くんずーっと暗い顔してるし、優一さんに聞いてきてって言った時も複雑な顔してたし。なんか本当、信用してないみたいな顔、してたからさ。」

「え、い、いやいや、聞いちゃだめな事なんてそんなことないし…!暗い顔してたのは……ごめん。」

小牧はそれでも尚、納得のいかない表情だったが、葵がもう一度、今度は「ごめんなさい」と謝ると、はぁ、とため息をついたあとで答えた。

「…んー、まあ、いいよ。よく考えたら、今日は文化祭の話し合いとかで葵くん疲れてるし、そもそも病み上がりだもんね。こっちこそ、話に付き合わせてごめんね?」

「え、う、うん…」

「ただ、疑われてるのかなぁって思ったの。」

「そっか…ごめん。別に俺は疑ってないよ…」

「うん、でもそんな気がしたから…違うなら本当にいいの!」

「うん、ちがうから…」

「よかった!じゃあ、何も問題ないよね?」

「う、うん…勿論何も無いよ、任せて…」

葵はそう言いながら、なんで任せてなんて言ったんだろうと疑問に思った。
そして、その言葉に満足そうな笑みを浮かべる小牧と別れると、モヤモヤした気持ちのまま、足早に改札を通りホームに降りた。
そして家に帰る電車を待つ。

「はあ」

思わずため息が、零れる。


ーーーなんでだろう…
なんだか最近、小牧さんと話していると無性に胸がざわざわするのだ。
でもそれは別に話したくないとかそういうわけではないし、話してて楽しい時もあるのだ。
なのに、たまにどうしてか、どう答えていいかわからなくなる時がある。

別にーーー今日の話でも、優一と小牧が事務所で会ったところで、何も無いのはわかっていた。
今事務所に入ったばかりの小牧に、あのベテラン俳優の黒瀬優一が自ら近づくなんてこともないだろうし、小牧もただ、挨拶の時にお菓子をもっていこうとしてるだけだ。

何も心配はなくて、それを葵が口出しすることでもなんでもない。

なのに、なんて答えたらいいかわからなかった。


(俺って…人間不信なのか、人付き合いが下手なのかな…)

葵は改めて自分の心に問うことにした。

最近気疲れで、自分の精神がおかしいと思うことが増えたのだ。

でも人付き合いが下手だとか、人間不信って言うのは割とわかる気がした。


ならーーー俺はそもそも、そうだったのかな。

それならもう、小牧と上手く話せなくてもどうしようもないことかもしれないと言えるし、胸がざわざわして落ち着けなくなっても、別に仕方ないということになる。


(ああ、そうか。…一つ謎が、とけた…)


きっと、そうだ。
原因は自分のコミュ障とか、そういう所からきてるんだ。


7月手前の6月最後の週、葵はついにその考えに辿り着き、納得することできた。
そして、家路への電車に乗り込んだのだった。

…………………………

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