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第二十二話 少しずつ

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あれからまた1週間経って、ついに今日この日から葵は実行委員の本格的な活動が始まることになっていた。
葵はいつものように朝ご飯を作ると、和樹と待ち合わせをしている学校の裏門に向かっていた。

裏門には和樹が立っていて、葵を見つけるなりニコリと笑って手を振った。

「おはよー!葵くん!」

「おはよー!早いね」

「うん!今日は親が仕事行くついでにそこの通りまで送ってくれたんだ。」

「そうなんだ!」

「テストまで残り1週間頑張ろうね」

「うん!あと実行委員もね!」

あれから和樹とは学校で頻繁に話すようになった。
実行委員の話もそうだけれど、好きな本の話や、勉強の話なんかもするようになって、ぐっと仲良くなった気がした。

それは和樹のほうも同じだったかもしれない。
和樹は基本的に葵としか絡まず、昨日なんかは一緒にお昼ご飯を食べた。
そんな中で和樹は話しやすくて気遣いもできて、本当にいい子だと葵は思うようになっていた。
しかしその反面、小牧とはなかなか上手く話せなくなっていた。
優一が教えてくれた小牧との話で、小牧は若干葵に嘘をついている気がしたのだ。
いやべつに、悪いことではない。だけれど2人の秘密を共有している仲で、そんな些細な嘘をつく意味が葵には分からなかったのだ。

(まあ、別に関係ないんだけどさ…)

小牧はモデルの仕事や小さな舞台などの出演も早速決まったらしく、三日前くらいから早退するようになった。
こんなにすぐ仕事が入るものなのか、とも思ったが、あの可愛さとスタイルがあれば事務所だって力づくで押すはずだ、と変に納得をして、心を落ち着かせた。


…………………


それからーーーその日の放課後は2階端の教室の方で、実行委員などが集まって話し合いをした。
テーマや場所決めから徐々に話し合うことになった。
その中でも1番のリーダーである稲川いながわ陽太ようたは、高校三年生で、とにかく気合いの入った先輩で、実行委員の皆と熱心に握手をしていった。

「この文化祭には今年も他校の人が沢山見に来るだろう!忙しくはなるけれど今年もトラブル無く、楽しんで貰えるようなレベルの高い文化祭にしていこう!」

と、そんなようなスローガン的なものを立てて、実行委員との会議は、これから水曜日と木曜日に1時間ほど話し合うということになった。
匠南の文化祭は、9月の7日、8日に予定していてどちらも9時半から17時半までやるらしい。
前夜祭や後夜祭に関しての説明はまだされてはいないが、今のところもう候補がいくつか上がっていた。

「前夜祭とか後夜祭の事、忘れてたけど…その時の方がよっぽど忙しくなりそうだよね…」

和樹は肩をすくめてそう言っていた。
葵自身も前夜祭や後夜祭のことはすっかり存在を忘れていた。
文化祭のことだけでも頭がいっぱいなのに、更には先輩を送り出す会なども頭を捻らないといけないので、テスト前にそれを考えるのは頭が痛かった。


その日の帰りは門限を過ぎないギリギリのラインだった。
19時になんとか家に着いて、葵は急いで夕ご飯の支度をした。
毎回こんな感じで帰りが遅くなると、テスト勉強にも影響が出てしまう。

「優一さん、今日もどのくらいで帰ってくんのかな…」

葵がそう思いながらスマホを開くと、一件のメッセージが届いていた。
小牧だ。

【葵くん!お疲れ様~!最近なかなか話せてなかったね!昨日はプリントとノートとってくれてありがとう!】

【小牧さんもお疲れ様。いえいえ。モデルの仕事とか大変だと思うけど、テスト前だし頑張ろうね】

葵はそう送りながら、優一のことを思い浮かべていた。
今日は撮影か収録どちらだったのだろう?
帰りは何時ぐらいになるのだろうか。

あまり遅くならなければいいのだけれど…と思っていると、またしても小牧から返信が来た。

【うん!ありがとう~!やっぱり葵くんがいて助かるよぉ】

どうやらお礼を伝えたかっただけらしい…と、葵が思っていると、まだ下に文が続いているようだった。
スクロールしてみると、そこには…

【優一さんのマネージャーさんが私の事気に入ってくれて、優一さんと今度三人でご飯行くことになっちゃった!葵くんて優一さんのマネージャー知ってる?倉本くらもとさんって言うのだけど本当に優しいんだよー!】

「ご、ごはんいくんだ…」

そんなすぐに進展なんか来ない、そう心の中で思っていたからか、正直驚いてしまって何も打てなかった。
勿論葵は優一のマネージャーさんなんて知らないし、名前だって今初めて知った。

仕事仲間になるということは、そういうことなのかもしれない。
けれど、やけに小牧は優一に近づいてるような気がした。
そして優一も、小牧のことを気に入っている。
そのことに気持ちがモヤモヤしてしまっていた。
昨日だって、優一から「そう言えば、葵くんの友達の小牧さん、またお菓子持ってきてくれたよ。今度は家で食べてって。」と美味しそうな手作りのキャラメルクッキーを夕食後に渡してきたのだ。

それでまた今度食べに行くなんて…。
自分は最近、優一が忙しいこともあるしテスト前ってこともあるしで出掛けてはいなかった。
前みたいにまた出掛けたいなんて思っているのだけど、仕事が大半の優一にとって、仕事の後輩である小牧なんて食べに行くのも当たり前なっていくのだろう。


(だからってそんな……)

ドクン…

(あれ、もしかして小牧さん優一さんのこと……)

その途端モヤッとしたものが少しずつ明確に、大きくなっている気がした。

それを必死に取り消そうとしてもまた溢れてくる。

(いやでも、優一さんはホモだし…。小牧さんからしたら、あんなイケメンな人が近い存在になったんだから当然仲良くなりたいよな)

必死に消しさろうと、訳を並べてみても、自分の方が優一のことを知らないのだ。
一緒に暮らしているだけなんだから…(?)

「なんだこの気持ち、嫌だな。」




そんなもやもやした気持ちが葵の胸を突いて離れないままーーー

テストを迎えてしまうのだった。


………………………………………


テストは全部で四日間あり、昼前には終わる。
葵は早朝に和樹と共に学校に行くと、もう一回復習や問題を出し合ってから教室に戻った。

「おはよー。葵くん」

「あ、おはよう。小牧さん」

小牧は赤ペンとノートを握ったまま、葵に挨拶をする。
最近だと和樹と行動することが多くなって、なかなか話していなかった。だからか久々に学校で声をかけられたような気がした。

「ついにテストになっちゃったねー」

「そうだね。この前のノートのやつ、見にくくてごめん」

「大丈夫だよ!凄く分かりやすかったァ!赤点は免れそう」

「そうだね、俺もそれだけは避けたい」

「大丈夫大丈夫!葵くんまたオール5とれるよ!」

「そうだといいな…」

(でも実行委員とかの仕事でかなり勉強する時間減ってたしそれに何よりも…)

勉強に集中できない理由が他にあることを葵は黙っていた。

そういえばーーー小牧はなんだか、異様に綺麗になった気がした。
化粧を始めたのだろうか。

「…こ、小牧さんなんか雰囲気変わった?」

「え?そう?あ!モデルのスタイリストさんにメイク教わったからかも!へへ、似合ってる?」

小牧はそう言って、髪を撫でながらニコッと微笑む。
照れ笑いみたいで上品な仕草に、葵は流石だな、と思った。

「うん。すごく似合ってるし、綺麗だと思う」

「ありがとうー!嬉しいなぁ」

「あ、小牧さん問題出し合う?」

「あ、お願い!科学がほんとできなくてー」


その日は、科学と英語、そして国語と数学だった。
最初の日にみっちりした科目が来てしまったから苦痛ではあったが、後が楽になると思うと、それは嬉しかった。

(よし、俺なら行ける…!頑張るぞ!)

葵はそう意気込んで、全ての教科を空白無しに回答することが出来た。
そして無事に今日のテストは終わると、みんなほっとしたようにまた話し始める。
明日のテストのことや、テスト終わりに遊びに行く話、など。
でも葵には関係の無いことだ。

ホームルームが終わると、お昼は食べずに和樹と帰ることにした。
けれど、教室を出ようとしたその時、小牧に声をかけられた。

「葵くん!私も一緒に帰りたいっ」

「ーーーあ、うん。いいよ!和樹くんは?」

「あっ、う、うん…」

「あれ?二人一緒に帰るの?」

「あ、うん。」

「あ、じゃあいいや!あのこと話せないもん!またね!」

小牧はそう言うと、そそくさと女子の集団の方に入っていった。

(あのこと…)

二人の秘密のことだ。
でもなんでこんな日にまで…。

(俺があの時返信しなかったから…かな?)

「あ、なんかごめん。僕邪魔だったかな…?」

和樹は申し訳なさそうに言った。
それに対して葵はすかさず否定を入れる。

「いや違う違う!ただ、ちょっと別件で、小牧さんと話してることがあって。だから邪魔とかじゃないよ!そのことについてはいつでも話せるし!」

「そっか…」

それでも尚、浮かない顔をしている和樹に葵は学校を出て人が少なくなってから聞くことにした。


「どうしたの?」

「あ、いや……」

和樹はなんと言っていいのかわからない、と言ったような曖昧な顔で言葉を漏らす。

「古井さんとどんな話をするの?」

「え?」

(どんな話って…流石にあの二人の秘密は言えないよな…)

「う、うーん。テストのことだったり、部活のことだったりだよ。他愛もない話。」


「そうなんだ…仲良いの?」

「え、なんで?」

「…………僕、古井さんのことあまり好きじゃない」

「えっそうなの…?」

(そういえば小牧さんも、和樹くんのこと苦手とか話しにくいとか言ってたけど…もしかして中学の時何かあったのかな…?)

「だから葵くんが絡んでて、正直驚いてるんだ。」

「そ、そうなんだ…まあ俺は最初に仲良くなりたいって声かけられて…それで話すようになって…」

「そっか。うん、ごめん。葵くんと小牧さんは仲良いのに僕が口出しできることじゃないよね。いいんだ。」

「いや……大丈夫だけど…」

「う、うん。……じ、じゃああ、あと三日間、テスト頑張ろっ!!またね葵くん!」

「えっ、あ、うん!また…ね!」

和樹は何故だか困ったような笑みを浮かべてこちらに手を振ると、足早に帰っていってしまった。

(どうしたんだろ…)

葵は疑問が残ったまま、家に帰った。


その夜は、また少し遅い時間まで待って、優一とご飯を食べた。
優一は相変わらず仕事が忙しいみたいで、なかなか話す時間がない。
だから晩御飯の時くらいしか、話せないのだ。

「今日もお疲れ様です。」

「うん、葵くんもテストお疲れ様。」

いつもみたいに、優一は仕事着のまま夜ご飯を食べる。
着替えたらそのまま寝てしまいそうだから、という理由らしい。

「ど、どうでした?仕事…」

「あ、まあ大変だったけど楽しかったよ。」

「そうですか…」

(相変わらずあんまり話してくれないよな仕事のこと…)

でも一つだけ、気づいてしまったことがあった。
それは…

(小牧さんの話題を出すと、話してくれるんだよな…)

葵は深呼吸すると、小牧の話題を持ち出した。

「あ、あの…そういえば今度小牧さんと食べに行くんですか?」

「ん?ああ、そうだよ。」

「へぇー凄いですね。なんか…栄人さんとしか行かないと思ってたから…」

「うーん、まあ、マネージャーがめちゃくちゃ気に入っててさ、小牧ちゃんも甘いもの好きだっていうから良い機会だし、連れてってあげようかなってね」

「え、そ、そうなんですか。へぇ…」

(あれ、上手く返答できないな…)

「うん?どうしたの?葵くん」

「えっ」

「なんかいつもと違う気がするけど。」

「あ、いや……めちゃくちゃ仲良くなってるなぁって。俺の友達でもあるし嬉しいけど、なんか大丈夫なんですか?熱愛報道的なの、優一さん有名だし女のこと出歩いてたら危なくないんですか?」

「そりゃマネージャーもいるし大丈夫だよ。あと、事務所の後輩と食べに行くとかは普通だから。」

「あ、…そっか。」

「うん。」

(俺、普通のことに何モヤモヤしてんだろ…)

「葵くん疲れてる?」

「え?」

「さっきからぼーっとしてない?」

「あ、そうですか…?ごめんなさい。多分…というか考え事してて、テストとかの疲れもあるかもです」

「そっか。早めに寝た方がいいね。朝勉強した方が身につくから。」

「はいっ…そうします」

「うん」

葵は食べ終えた食器を流しに入れて洗うと、そのまま部屋に向かった。
けれどそこで、そういえば、と思い出した。


(家賃…払ってないや…)

一緒に寝た日以来、家賃分のキスをするのをすっかり忘れていた。
けれど多分それは、優一も同じだろう。

葵はどうしよう…と頭を悩ませた。
でも、内容が内容なだけに自分から家賃のことを言うのは気恥ずかしい。

(まるでキスしたいなんて言ってるみたいだし……!)

「葵くん部屋入らないの?」

「えっ!!ああ、大丈夫です!すみません!おやすみなさい!」

「ああ、うん。葵くん、おやすみなさい」

葵は部屋に入ってパタンと扉を閉めると、改めて息をした。

(まあ…、いっか…テストもあるしそのうち優一さんから言ってくるだろうし…?…)



葵はベッドに倒れ込むと、直ぐに眠りに落ちてしまった。


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