悪魔の公爵

月野犬猫先生

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   ーーー痛い。
 冷たいコンクールにずっと触れていた足が冷えて、体全身に鈍痛が走り始めた頃ーーーリアンは凍えていた体を起こし、天井を向いた。
 ああーーーそっか。ここはもうじゃない。
リアンがボーッとしていると、向かいの扉が何やら騒がしいことに気づいた。
気づけば、人の足音が絶えず聞こえてくる。

(今は何時なんだろう)

 この部屋に時間を知る術はないが、もう軽く1時間は経っているだろう。
 リアンは、着替えた布の裾をギュッと掴む。
 恐る恐る檻の扉に近寄る。
 そして耳を済ませるーーー何か声が聞こえる。
 それは様々な低い声や高い声ーーーまるで耳を済ましても聞き取れないようなーーー

大量の怪物たちの鳴き声だ。


「ひっ…」

 リアンが後ずさると、丁度向かいの扉がギィッと鈍い音を立てて開いた。
 そこから顔を出したのは、赤色のスーツを着こなしたロイドだった。
 髪型もきっちり揃えていて、まるでこれからパーティが始まるかのような姿ーーーーつまり、リアンがもう逃げることが出来ないことを意味しているのだ。
 リアンはグッと手のひらに力を入れた。
「ふふ、ちゃんと逃げずにそこにいたのですね。それでは、オークションの始まりです。会場へ」
 ロイドはリアンを閉じ込めている檻の扉を開くと、何やら背中側のスーツの下から鎖を取りだした。

「首をこちらに貸してくださいますか?」

(鎖…?)

 リアンが困惑した面持ちで鎖を見つめていると、ロイドはああーーーと何かを察したように頷く。

「何も首を縛って殺すという訳では無いですよ。逃げ出さないように鎖を首につけるだけですから、リードのようなものです。それに、今死なれたら渡した時に腐ってしまいますしね」
  
リアンは背中がゾワッとするのを感じた。
なんとも嫌な言い方をする大人だーーーリアンはそう思った。
 しかし、大人しく言うことを聞くしか選択肢が残されていないリアンは、ロイドの方に大人しく歩み寄る。
ロイドはリアンを後ろに向かせると、鎖の輪っかの部分を首に取り付けた。
重い鎖が首に伸し掛る。
少しでもふらつくと、そのまま足を取られそうだ。


「では、行きますよ」


ーーーー
ーーーーーーーーーーーーーーーー

 リアンが元いた檻から会場まではそう遠くなかった。
同じこの地下の中で、更に階段を降りた場所にそれは存在していた。
酸素が薄くなっていく感覚がする。それと同時に血の匂いがクラっとしてしまうほど漂ってくる。

「15番」

 ロイドがふと呟いた。

「ーーー?」

 なんの数だろうーーーー?

リアンが黙っていると、途端にロイドが鎖を引っ張る。

「んぐっ…」

 リアンは首が締まって、思わず呻き声を出した。

「返事は?」

「え…?」

「15番はあなたの商品番号です。わかりましたか?」

(そうか…もう名前すら無くなったんだ…)

 リアンは今、まさに人としての人権すらも消えたのだ。
 ただ番号で呼ばれるだけの売り物ーーー完全な商品になったのだ。

「……はい」



会場の裏---下手しもて側につくと、リアンはロイドに奥の方に置かれた長い円の檻の中に入るよう指示された。
リアンは恐る恐るその檻の中に足を踏み入れるーーーしかし、この檻は先程の檻の半分しかないから狭くて居心地が悪かった。
足を伸ばして座ることすら出来ないのだ。

リアンは窮屈そうな体制で檻の外にいるロイドを見つめる。

「ではーーー15番。ここで大人しくしててください。私はオークショニアとして会場に出なければいけません。始まったらくれぐれも声を発さないように…発すれば…分かっていますね?」

 口調は静かではあるものの、リアンを見つめる目は、念を押すように鋭い。
それからロイドはネクタイを締め直すと、颯爽と舞台の方へ出ていった。
すると客席側から、「ぐぁぁぁあ!」と勢いある唸り声が聞こえてきた。

ロイドは、ドンドン!とガベルを叩く。

「静粛に!ーーーーまずはちゃんと商品説明を聞いてからだ。違反をしたものは、昨夜のヴァキアの餌食だ。いいな?」

『ハラガヘッタ』

『ハヤクミセロ』

 怪物たちはロイドの言葉に多少怯んだ様子だったが、ヨダレを垂らしながらそんなふうに言葉を漏らす。
 野太く低い声ーーーまさか、あの怪物達が喋っているなんて。
 リアンは恐怖に怯え、小刻みに震える足を必死に抑えた。
自分の知らない世界だーーーまるで昔母が読んでくれたおとぎ話の世界。

その瞬間、母の顔を思い出したリアンは、足に顔を埋め、泣きそうになるのを堪えた。
なにか声を発したら、きっと処罰でも何でもされてしまうだろう。

「では1番の商品からーーー」

 ある程度の話を終えたところでロイドが商品紹介をしだすと、怪物たちは、待ち焦がれていたかのように黙り込む。
リアンは会場の方を見ながら耳を塞いだ。
もう、何も考えたくないーーー
しかし、目の前を円の檻がガラガラと、赤いスーツの男に押され、ステージへと向かっていくのを見て思わず顔を上げる。
その檻の手前には、「1番」と書かれていた。
中には、ふくよかな身体の男が頭を抱え蹲っている。

「帰りたい…帰りたい…」

 男はそんなことをぶつぶつ呟いていた。
よく見ると汗が滲み出ていて、手を握りしめすぎたのか爪の皮が剥がれ、流血していた。
無理やり折り曲げられた足は靴擦れの跡が残っていたためまだここへ来て数時間程度なのだろう。きっと自分と同じだ。
リアンは男の姿に思わず、手を差し伸べそうになった。
しかし、檻が邪魔をしてハッと我に返った。

そうだーーー自分が何をしようとしたところで無駄なんだーーー

自分も彼と同じ運命なのだから。

 ーーーその後も次々と商品と呼ばれた檻の中の人々が目の前を横切っていった。
 その中には中肉中背の成人男性や肥満体型の老人もいればーーーふくよかな女性の姿もあった。まだ30前後だろうか。若く思える。
 この人たちは生まれも国籍も多分それぞれなのだろうか。
それにしても一体どのようにしてここに来ることになったのだろう。捨てられたにしては、裕福そうな肉付きのいい人間ばかりだ。


「では行きましょう。最後を締めくくる我がオークションのトリ!15番!」

 リアンはビクッと体を震わせた。
その掛け声とともに近くに待機していたスーツ姿の無愛想な男が、リアンの檻を引き会場へと押し始める。

ああーーーついに自分の番だ。

 心臓がドクンドクンと激しく波打つ。
怖いーーー今すぐ消えてしまいたい。
見たくない。見られたくない。

そんなことを思いながらステージに出されると、眩しいほどの照明が一気に降り注ぎ、リアンは思わず目を細める。
だが、目が慣れてくると、いつしか何十体もの化け物たちが自分の方を見ていることに気がつく。

「ひっ……」

怪物たちは、リアンを見ると突然立ち上がり喚き出した。

『モットニクヅキノイイニンゲンヲヨコセ!』

『ハナシトチガウ!』

グアグアと怪物たちが騒ぎ出しこちらに泥のようなものを投げつける。
檻のおかげで何とか自分にはつかなかったが、その周りはだいぶ汚れてしまった。

「まあまあ落ち着いてください。買ってもいない商品を汚すのは違反ですよ?子供がこのオークションに出るのは初めてですからねーーー特典といえばー」

 ロイドはそう言うと、丸い円の檻の扉をキィッと開け放ち、そして首に繋がれていた鎖をぐいっと引っ張る。
思わず体制を崩したリアンは、前のめりな体制になった。
「見た目はみすぼらしいが、若いから故、肌は張りがある。味はそこそこというものだろう。スープのだしにするもよし、自分で育てて食べ頃になったら食うでもよし。なんでもありだ。あの汚い老人より使い道は多いだろう」

 ロイドの言葉に、怪物は喚くのをやめる。

「さてーーー何ポンド出す?」

1…2……ーーーーロイドが順に価格を上げていくと、怪物たちはパラパラとしっぽを立て始める。
ロイドの解説により、少しは買う気になったらしい。


「3…いない」

「ならば、4は?ーーーこれもなしか」

さっきとは打って変わって静まり返る会場内で、ロイドの声だけが響き渡る。

(ああ、きっと僕は買われすらせず捨てられるんだろう。食べ応えもなければ買う価値すらないーーー)

そもそも買われなかったら僕はどこへ行くんだろうーーー?

「ならば、次は5だ。5ポンド!」

ロイドが一段と声を張り上げたその時だった。
奥にいた怪物が突然立ち上がった。

『5!5ポンドダシテヤル!ダカラ、クワセロ!』

その怪物は特徴的な長い爪と牙、そして何もかも噛み砕いてしまいそうな顎を持っているトカゲのような怪物だった。
 先程から息を切らしていてヨダレが足元に垂れている。
よほどお腹が空いているようだ。

「おおーーー対抗するものはいないか?」

すると周りから歓声が上がる。
どうやら他に対抗するものはいなかったらしい。

ということは買取主はこの怪物ーーー

僕はこんな恐ろしい怪物に食われるのかーーーー?

(嫌だ…嫌だ!)

「よし、ならば5ポンドで落札だーーー」

 しかしロイドが言うや否や、その怪物は突然こちらに駆け出してきたのだ。


『ブパパ!!オレガクッテヤルー!!!』

えーーー?

「まて!まだお金を払っていないぞ!」

『カネ?ソンナモノハラウカチモナイ』

怪物の言葉に、ロイドはキッと顔を顰めた。

「全く近頃はこういう輩が増えたな…ーーー取り抑えろ!」

ロイドの掛け声とともに傍に待機していた男たちが一斉に怪物の方へと矢を投げる。しかし怪物は錯乱していて矢が身体に刺さっても、まだこちらに向かう足を止める気配はない。
「くそっ…」
 ロイドは急いで檻の扉を閉めようとするがーーーその前に怪物はリアンを目掛け大きな口を開け、檻の中まで飛び込んできた。
鋭い牙が、視界に飛び込んできた。
リアンはぎゅっと目を瞑った。

ああ、もう終わりだーーーー

こんなあっけなく自分の人生は終わるんだ。

リアンがそう思った、その時だった。
突然ガンッ!と強い衝撃がリアンの身体を走った。
リアンはその衝撃により大きく揺れた檻ごと、地面に叩き落とされる。

いたっ…ーーー


 それから暫くの沈黙の後、リアンは恐る恐る目を開ける。

(僕は…食われた…?死んだの…?)

でも、おかしい。そんな気がしないーーーリアンは慌てて自分の体を腕で抱きしめる。
すると足はあるし手もある。内臓だってしっかりーーー

(食われてない!ーーーー一体なにが起きたんだ?ーあっ…)

 リアンが目を開けると、大きな口を開けて襲ってきた怪物は、なんと白目を向いて倒れていた。
そしてその奥に大きな影がーーーー照明の影のせいでよく見ることができないが、怪物の体を片足で踏んづけているようだった。

ーーーーえ?どういうこと…?

リアンが困惑していると、横にいたロイドがハッと息を飲む音が聞こえた。

「ぅ、ヴァーレン様…!?」

(ヴァーレン…?聞いたことない名前…)

ロイドが驚き混じりに声を上げると、周りの怪物たちもまるで拝むかのように跪く。

『ヴァーレンサマダ』

『コンナトコロデオアイデキルトハ』

『ウンガイイ』

 先程ロイドの言葉にいちいち反応していた怪物たちは、そんなことを言いながらのように大人しくなっていく。
ーーーそんなにすごい人なのだろうか?
リアンには意味がわからなかった。
しかしどうやらこのヴァーレンと呼ばれた黒い影の主が、リアンを襲いに来た怪物を止めてくれたのだろう。

でも、一体なぜーーー?

「…相変わらずここは管理がなっていないようだな?ロイド・スヴァルト」

 低く会場に響く声ーーー一際目立つ存在感のあるその声は一瞬にして周りの空気を変えた。

「も……申し訳ありません。私としたことがちゃんと説明をしていただけに安心しておりまして、まさかまだこんな奴がいたとはーーー」

「800ポンド」

 黒い影はロイドの声を遮るようにそう告げる。するとロイドは言いかけた言葉を飲み、思わず目を丸くした。
そのほかの怪物たちもその言葉にザワザワし始める。

「ーーーーは、はっぴゃく…ですか?い、いやしかし!!ヴァーレン様、この商品は肉付きも悪く育ちも良くなければみすぼらしい見た目です!5ポンドくらいが妥当かと…」

「私の言うことが聞けないというのか?800ポンドだ」

そう言った瞬間ーーー黒いマントが翻り札束がばら撒かれた。そして、それと同時にその影が一歩、歩み寄り姿を現した。

リアンはその姿に思わず目を見開くーーー
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