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【第3章:決戦場】

第64話:Encounter

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4月も中頃を迎えると、羽瀬高陸上部に新入部員が加入した。


「…ありがたい事に、短距離、フィールド、マネージャーだけでも、12人の1年生が今日から陸上部に加入する事になった…。」

伍代、音木、丑枝、桃木たち3年生。
そして、若越、蘭奈、紀良、高津、巴月たち2年生の前にズラッと並んだ新入部員の姿に、その横で紹介する七槻も圧倒されていた。

九藤 柊路くどう しゅうじです。
専門種目は短距離、主に中学時代は100、200mに力を入れてました。
羽瀬高陸上部の素晴らしい先輩方とご一緒できる事、喜ばしくもあり非常に楽しみです。
今後とも、宜しくお願いしますっ!」

「…十橈氣 秀樹とかしき ひできっす。
専門は100と400を少々。中学時代は4継でアンカー勤めて都大会も経験済みっす。
何卒、宜しくお願いします。」

二重橋 諒太郎にじゅうばし りょうたろうですっ!
200、400m担当、4継、マイル(※1)もいけますっ!
七槻先輩、音木先輩追っかけて、羽瀬高来ました。
宜しくお願いしゃっすっ!」


まず、短距離ブロックに加入する3人の男子部員がそれぞれ挨拶を行った。
続いて、短距離ブロックに加入する女子部員が自己紹介を行うこととなった。

橋本 瑠李はしもと るりでーっす!
明紀の妹で、私は選手やってますっ!
お姉ちゃんがいたこの羽瀬高陸上部で、私は選手として活躍できるように頑張りますっ!
宜しくお願いしますっ!」

「…初めまして。1年の畠ヶ井 結綺はたがい ゆうきです。
ハードル専門でやってきたので、高校でも続けるつもりです。
宜しくお願いします。」

「初めまして~。うち、西澤 芹那にしざわ せりな言います。
大阪出身なんですけど、親の仕事の都合で中学から東京来てます。
今は200mで全国目指して頑張ってるんで、宜しくお願いします!」

3人の新入部員の女子生徒がそう言うと、一同から拍手が起こった。
既にここまでで6名の新入部員が自己紹介を終えたが、その時点で在校生は圧倒された顔をしている。

「…経験者ばかりか…。」

徐に、紀良がそう呟いた。
1年前、唯一の未経験者で入部した紀良にとって、この状況が少し気掛りのようだ。

「ま、そんなもんかもな。何人かは、名前聞いたことある。
でも、気にすんな。光季だって既になんだから。」

不安そうな表情を見せる紀良に、若越がそう声をかけた。
中学時代から数々の大会を経験している若越の耳にも、数人の名前は入っているみたいだ。
しかし、それを気にしている様子の紀良に対し、若越は心配しつつ軽くそう言ってみせた。

そうしている内に、新入生の自己紹介はフィールドパートに移った。

「1年2組、周藤 志音しゅうとう しおんです。
好きな食べ物は牛カルビと白米。
中学時代は砲丸投げをやってましたが、高校では円盤投げに挑戦したいです。
皆さんに着いていけるように頑張ります!
宜しくお願いします。」

「…綿井 マーク 明仁わたい まーく あきひとです。
父親がアメリカ人、母親が日本人の、俗に言うハーフです。
中学までは野球やってましたが、高校ではその経験を活かして投擲種目で個人で全国大会に出たいと思い、入部を決めました。
分からない事も多いですが、どうぞ宜しくお願いします。」

2人の、1年生にしてはしっかりとした大きな体格の男子生徒が自己紹介を終えると、次は睦小路の番になった。

「改めまして、仮入部からお世話になってます睦小路 茉子です!
走り幅跳びで上目指して頑張ります!
宜しくお願いしますっ!」

綺瀬 秀奈あやせ しゅうなです。
小学生の頃から陸上はやってました。中学時代からは走り高跳びを専門にしてます。
跳躍ブロックの凄い先輩たちのような選手目指して頑張ります。
宜しくお願いします。」

睦小路と、彼女より10cm程背の高い細くスラっとした体型の女子生徒がそう言うと、最後にマネージャー加入の生徒が自己紹介をした。

平咲 静佳ひらさき しずかでーす!
名前に反してうるさいってよく言われますが、大きな声で皆さんを応援したり、精一杯サポートできるように、マネージャー頑張りまーっす!
宜しくお願いしまーっす!」

蘭奈を彷彿とさせるような、大きな声でそう挨拶をした平咲とは打って変わって、隣にいたのは…。

「…えっと…改めまして。わ、私も、仮入部からお世話になってました…えっと、弓ヶ屋 千聖です。
改めて…じゃなかった…。よ、宜しくお願いしますっ!」

相変わらず弱々しく伏目がちにそう言ったのは、弓ヶ屋であった…。


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数日前_


睦小路と弓ヶ屋が仮入部をした当日、2人は跳躍ブロックの練習を見学した。
とはいえ、跳躍ブロックは伍代と若越の2人しかおらず、主な練習は棒高跳びの跳躍練習となった。


睦小路と弓ヶ屋の目の前を颯爽と駆け抜けて、長いポールの先をボックスに突き刺すと同時に、伍代は力強く左足で地面を踏み切った。

その勢いで高く跳び上がった伍代は、5m上空に架けられた練習用ゴムバーの上を華麗に飛び越える。


「…わぁぁ!!やっぱ改めて棒高跳び見ると凄いですねっ!」

2人は伍代の跳躍に、思わず拍手をした。
感動のあまり、睦小路は思いのままをそう口にする。

「…いやぁ、参ったなぁ。」

マットに落下した伍代は、起き上がると早々に頭を掻きながら照れ顔を見せ、満更でもない様子であった。

伍代の踏み切り足を確認していた桃木は、伍代が踏み切り位置を気にせずに、盛り上がる新入生の元に向かったことに、少し怒っている様子であった。
桃木は思わず、助走路で順番を待っていた若越の元に駆け寄る。

「…全く、拝璃の奴…久々にチヤホヤされてるからってデレデレしちゃってさーっ!」

両頬を膨らませながら、眉間に皺を寄せて伍代を睨む桃木に、若越は両手にタンマグを馴染ませながらいつも通りに話しかけた。

「…まあまあ、いいんじゃないっすか?男なんて、誰だってあんな風に喜ばれたら、浮き足立っちゃいますって。」

若越はそう言いながらも、ポールの握り位置を確認して、跳躍のスタンバイに入った。

「…若越くんも、そう思うの?」

突然の桃木の問いに、若越のルーティーン動作がピタリと止まった。
思わず桃木の顔を見た若越の視線と、桃木の視線が少しのズレもなく合う。

よく見せる桃木の、純粋な疑問の顔。
その表情に、若越は慌ててルーティーン動作に戻りながら、高鳴る心拍を落ち着かせようとした。

「…あっ、いや…どうっすかね。
何だかんだ、新歓の時の跳躍は緊張しなかったっていうか…。
いや、緊張はしてたと思うんですけど…結果的に、あの時はそんなに気にならなかったっていうか…。」

若越は慌てながら、桃木の質問に必死にそう答えた。
その時、吹き流しが強い追い風を示した。

「…あっ、風。桃さん、行きますね。」


そこまでの事を無かった事にするかのように、若越の表情は一気に集中モードに入った。



そのまま跳躍へ向かった若越は、5mのゴムバーの上を10cm程高く跳び越えた。

勢いよくマットに落下した若越は、マットの反動を利用してそのままマットの上へと立ち上がった。
見上げるゴムバーが、僅かに風に揺れている様子を目にし、若越はホッと胸を撫で下ろした。

ふと、視線を睦小路たちに移すと、彼女たちは若越の様子を見るどころか、伍代との談笑に夢中であった。
その様子に、若越は桃木の気持ちが少し理解できたようにも感じた。


「…流石だな、跳哉。」

そんな若越に声を掛けたのは、赴任間もない有嶋コーチであった。
有嶋は、腕を組みながら若越に笑顔でそう言った。

「ありがとうございます、侑介さん。」

マットの上から、若越はそう言って頭を下げた。

「…っていうか、有嶋コーチと若越くんって…。」

2人の様子にそう言って割って入ってきたのは、桃木であった。
若越の跳躍を見ていたからか、伍代の事などすっかり忘れたかのように、彼女は有嶋と若越の関係を不思議そうに見ていた。

「…ああ、そう言えば皆んなにはまだ言ってなかったか。
僕は、跳哉が生まれた頃から知ってる。長い付き合いだからね。」

桃木の問いに、有嶋は自慢げにそう答えた。
しかし、桃木の疑問は更に深まるばかりであった。

「…え、それってどういう…。」

「僕は普段、"稲海製造いなみせいぞう株式会社"って所に勤めてる。
君が着てるその、"KIMURAスポーツ"の製品、主にシューズの製造、開発をしている会社だよ。」

有嶋はそう言いながら、桃木の着ているスポーツTシャツの胸元を指差した。
そこには、"K-Sports"というロゴマークが入っている。

「…うちの会社は、その"KIMURAスポーツ"の子会社でね。とは言っても、傘下に入ったって訳じゃなくて、"協力子会社"みたいな立場の会社なんだ。
元々、うちと"KIMURAスポーツ"は別々の会社だったんだけど、"KIMURAスポーツ"の創業当時から活動してる実業団チームの、アイテムサポーターを勤めていたのが、"稲海製造"って訳。」

有嶋がそこまで説明した時、既に桃木の脳内は混乱の渦に呑まれていた。

「…その、実業団チームに所属してたのが、なんです。
父のマネジメントサポート役が、侑介さんだったんです。」

話の理解に追いついてない桃木を心配しながら、若越がそう補足した。

「…えっ、じゃあそのつまり…。」

「…簡単に言うと、"若越 浮地郎"の友人でありマネージャー役が、有嶋コーチなんです。」

若越の説明に、漸く桃木の脳内で渦巻いていた内容が整理された。

「えっ!そう言う事!?めちゃくちゃ凄い人じゃん!」

その途端、桃木は思わず大きな声でそう言った。
目を丸くしながら自分を見る桃木に、有嶋は苦笑いしている。

「…凄いのは浮地郎で、俺は別に。ただの大学時代からのダチが、偶々入社した会社がサポートしてたチームの選手で、僕が偶々携わってた開発のデータ収集に協力して貰うのに最適だったのが、浮地郎っていうね、まあご縁ってやつ?
ちなみに、渡さん…渡樫監督は、俺と浮地郎の大学時代の先輩。
そんな先輩から急に、うちの部活に浮地郎の息子が入部したから、コーチやってくれないか?って話が来てね。断る理由がなかったから、仕事が落ち着く今年からならって事で、引き受けた流れって感じ。」

有嶋の語った通り、彼と若越の父、浮地郎は東京体育大学陸上部の同期であり、その2期先輩が渡樫であった。
その繋がりから、渡樫は有嶋へとコーチ就任を1年間打診していた。
そして漸くその時が訪れて、有嶋は羽瀬高陸上部跳躍ブロックのコーチを引き受けることとなった。

「とはいえ、僕は元々走り幅跳びの選手だったから、棒高跳びの事がめちゃくちゃ分かるって訳じゃないよ。
確か、あそこの新入生ちゃんが走り幅跳びって言ってたよね?
棒高跳びはもちろん、今後は跳躍部門のコーチとして、みんなのレベルアップに協力するよ。
改めて、桃木さん。
跳躍ブロックマネージャーとして、みんなのサポート一緒に宜しく頼むよ。」





有嶋と若越、桃木の3人がその話をしていた頃、すっかり伍代との話に夢中になっていた睦小路を横目に、弓ヶ屋はそっと若越に視線を送った。


(…若越さんに…ちゃんと挨拶しなきゃな…。)


弓ヶ屋は、胸の前で硬く両手を握りしめた。



_

そうこうしているうちに、気がつけば新入生の仮入部期間が終了し、部活動への本格参加の日がやってきた。

弓ヶ屋は、結局睦小路に着いていく形で、陸上部マネージャーとしての入部届を記入していた。


「…以上、12名がこれから羽瀬高陸上部の一員として、メンバーに加わる事になった。
拝璃、満、彩芽、桃木、若越、蘭奈、紀良、高津、巴月。
宜しく頼むよ。」


七槻は部長らしく、率先して新入生の迎え入れを在校生に呼びかけた。
勿論、在校生はそれに応えるように大きく頷いたり、返事をした。


こうして、新生羽瀬高陸上部は七槻の先導の元、新たな物語の表紙を捲る事となった…。








※1. マイルリレーのこと。
1走者が100m区間を走りながらバトンをつなぐ「4×100mリレー(通称:4継/ヨンケイ)」に対し、
1走者がトラック1周(400m)を走ってバトンをつなぐ「4×400mリレー」は、合計距離が1,600m=1マイルに相当するため、「マイルリレー」と呼ばれる。
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