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「瑠璃ちゃん!」
バイトに行こうと駅の改札を出たところで名前を呼ばれた。声の主はすぐわかった。サラリとした黒髪を顎の線できれいに切りそろえ、ものすごい美人。
夏世さんだ。
秋っぽい色のストンとしたサックドレスを身にまとった夏世さんは、会うのは泊まらせてもらったあの日以来だけど、相変わらずお美しい。
「夏世さんだ! 奇遇ですね」
「奇遇じゃないわよ、待ち伏せてたんだから」
「へ?」
待ち伏せてた? 私を? 何で?
「とにかく話があるのよ。兄さんには瑠璃ちゃん借りるって話を通してあるから、一緒に来て」
「え? ちょっと待ってくださいよ、夏世さぁぁぁん!」
私の抵抗むなしく夏世さんに引きずられて私は停めてある車に乗せられてしまった。誘拐? 誘拐ですか?
それは冗談として、私と夏世さんを乗せた高級車が滑るように道を進む。運転している人は顔はわからないけど、外人さんみたい。かなり明るい金髪の後姿だけが見えている。
「ええと、夏世さん。どこに行くんですか?」
「心配しないで、人に聞かれたくない話だからちゃんと個室押さえてあるから」
――心配しかありません。
★★★
そしてその心配は的中する。
「大丈夫よ、私と瑠璃ちゃんしかいないんだから! 私のマンションで女子会やった時と同じよ」
「えええ……」
一緒じゃないです。ここ、夏世さんが私を連れ込んだここは、ひょっとしなくても都内屈指の高級ホテルにある会員制のクラブですよね? さっき会員カード提示してましたよね?
「ほら、何にする?」
「と、言われましても」
「好き嫌いないなら私が頼んじゃうよ? 瑠璃ちゃん、アルコールは?」
「いや、そんなに得意じゃないので」
「じゃあ甘いものにしよう」
私が固まっている間に夏世さんがサクサクと注文してしまった。ハッと気づいた時には既にウエイターさんは去った後。私今日あんまり現金持ってないんだけど。支払い、カードでいいかなあ……?
「でね」
夏世さんが行儀悪くテーブルに肘をついて顎を乗せ、私をまっすぐに見た。
「兄さんと、何があったの?」
「は?」
何とも斜め上な質問に首をひねる。
「兄さん、ここ1週間くらい機嫌は悪いし大変だって聞いたわよ」
「誰情報ですかそれ」
「皆川さん」
「ああ……」
夏世さん、皆川さんともつながりがあるんだ。
「で、瑠璃ちゃんもどこか様子がおかしい、って」
「は……」
「ね、あの後何があったの?」
「何が、って、店長とは何も」
「お兄さんとは何も、ってことは他に何かあったのね?」
もう、何だってそう勘が鋭いんだこの美人は!
「例の初恋の彼?」
「ううう……」
「まとわりつかれてたりするの?」
「そういうんじゃないです。あの後一度だけ顔合わせましたけど、それっきりです」
ちょうどそこへケーキが届く。ワゴンに何種類も載せられてきたケーキから好きなの選べるんだ、すごい。チョコのムースを選んだら「一個でいいの?」なんて夏世さんが言う。辞めてくださいその誘惑――!
てらってらのチョコ、何層にもなったムース。さりげなく混ぜこまれたキャラメリゼされたアーモンド。頬張ったとたんに口の中が楽園だ。美味しいよう。でも夏世さんの追及は止まない。
「それっきりってことは、その彼は瑠璃ちゃんのことを諦めたってこと?」
「さあ、最後に会った時はすごく肩を落としてたのでそうなのかもしれません」
「瑠璃ちゃんが別の人が好きだって理解したわけだ」
「す……っ!」
「ふむふむ。その様子だと瑠璃ちゃん、自分も告白しないと振った相手に対してフェアじゃないとか考えてるわけだ。まだ告白してないの?」
口をパクパクさせるだけで言葉にならない。何でこんなに言い当てられちゃうわけ?
「夏世さん、ひょっとしてエスパーですか」
「やぁだ、エスパーだなんて」
そう言ってからいたずらっぽく笑う夏世さん。小首をかしげてさらりと髪を揺らす。
「そうよ、私エスパーなの」
その仕草に同性ながらぐらっと来る。くっそう、なぜか負けた気分だ。
「――告白、しないことにしました」
「え、どうして」
「だって、店長にとっては迷惑でしょう」
「そんなことないと思うけど」
「それにこんな小娘、相手にされませんって。私ってかなり臆病者なんですよ。だからあき兄――初恋の彼にも筋を通せないような、卑怯者なんです」
卑屈なことを言ったのは本当の理由を言いたくないからだ。ちらりと夏世さんを見ると、そんな私の心なんてお見通しと言わんばかりに苦笑している。さすが自称エスパー。
「瑠璃ちゃんはさぁ、いい子だよね」
「へ?」
「でも、多分今は自分に自信がないんじゃない?」
「自信――」
ないな、そんなもの。
特別可愛いわけでもなく、特別仕事ができるわけでもなく。すぐ人に流されるし、頭もそんなにいいとは思っていない。ずっとあき兄しか見えてなかったから世界も狭いだろうし、将来の夢がはっきりしているわけでもない。
あれ、思ってたより情けないかな私。ちょっと落ち込んできた。
「瑠璃ちゃんと会うのこれで三回目だけど、私は瑠璃ちゃんのこと好きよ? だってすごくまっすぐで、正直で、いい子なんだもん。あの兄にあげるの勿体ない」
「へ?!」
な、何を言ってるんですかあああああ! 兄にあ、あげるとか何をおおおおお!
「だからっ、だから、店長は私なんかじゃ勿体ない人なんですっ!」
「絶対そんなことない。むしろお兄さんに瑠璃ちゃんが勿体ないわ。あの悪態つきまくり兄があんなにデレデ――いえいえ、それは置いといて」
夏世さんがふっと優しい笑みを浮かべる。
「瑠璃ちゃん、今すぐは無理かもしれないけど信じて。瑠璃ちゃんはすごく素敵な女の子だよ。私が保証する」
「――」
「知ってるとは思うけど私はね、ずっとあの兄とは折り合いが悪くて。酷いこともずいぶん言われたし、冷たい人だと思ってたの。今はちょっと変わったな、と思うけど、どこかに苦手意識は持ったままなのよ――でもやっぱり家族なんだろうな。変わってくれて、歩み寄ろうと思ってくれて嬉しいの。私の中では今は苦手な兄からちょっぴり苦手な兄くらいに変わっているかな」
以前聞いた通り、夏世さんに対する店長の態度は相当酷かったようだ。
「そんな兄でもね、ローズヤード化粧品の跡取り息子なのよ。それなりの数の縁談が来るの」
「――はい」
店までやってきたお見合い相手の女性を思い出す。
「この間のは断ったみたいだけど、いつかお兄さんも縁談を受ける気になるかもしれない。瑠璃ちゃんじゃない、他の誰かがお兄さんの隣にいるの。いいの? それで」
想像して胸が苦しくなった。
その誰かに店長はあのちょっとシニカルな笑みを見せるのだろうか。店長の手に誰か他の女性の手が握られるのだろうか。うっかり妹にドレスを選んじゃうようなちょっとちぐはぐな愛情を見知らぬ女性に注ぐのだろうか。
やだ。そんなの見たくない。
まだ知り合ってそんなに長い時間が経ったわけでもなく、好きだと気がついてからなんて本当にわずかな時間しか経っていないのに、何でこんなに苦しくなるんだろう。
告白しないって決めたのに、どうして切なさは消えないんだろう。
気持ちが高まってしまって止められない。気がついたら私は口を開いていた。
「だって――私、店長が社長の息子だって知ってるんですよ」
「うん。そうだね」
「知ってて近づくような女、店長は嫌いじゃないですか。だったら告白なんかしない方が」
たまらず叫んでしまった私の本音。はっとして口をつぐんだけれど、夏世さんが目を丸くして私を見ている。
そして何かを言おうと口を開きかけた夏世さんを遮るように個室のドアが開いた。
「あら、もう時間切れ?」
なぜか店長がいた。店長の後ろにいるのはさっきまで車を運転していた人だろうか。金髪、染めてるのかと思ったら本当に白人の人だ。
「て、店長? お店は?」
呆然と話しかけたけど、ギロリとにらまれてしまった。思わず肩をすくめて小さくなってしまう。うあ、ものすっごく不機嫌そうだ。
「こいつが」
と、店長が夏世さんをさす。
「久保川さんと大事な話があるから借りてくとかいうふざけたLIMEをよこしてそのまま音信不通になったから探していた」
「え! 夏世さん、店長に断ったって」
「確かにメッセージは受け取ったが、そこから連絡が取れなくなった」
「ええー……」
夏世さん、にっこり笑ってる。店長はますます眉を吊り上げて彼女をにらみつけた。
「夏世、何を話していた。余計なことを話したんじゃないだろうな」
「あら、余計って何が余計なことなのかしら」
「減らず口ばっかり聞いてるんじゃない! おまえはいつも――」
何かを言いかけてぐっと黙る店長。夏世さんが私に笑顔を向けた。
「ほらね、すんごく口が悪いでしょ。でもそれを直そうとしてるみたいなのよね」
「ばっ――な、何を言ってるんだ!」
「ほら、バカって言いかけてちゃんと言い直してる」
「夏世ッ! いいかげんにしろ!」
「はいはい、もうやめときますよーだ。さ、瑠璃ちゃん、お迎えが来たみたいだからこのへんでお開きにしましょうか」
「へ? はあ……」
すっと夏世さんが立ち上がって、店長の後ろにいた外人さんのところへ行く。金髪の彼に夏世さんが甘い笑顔を見せ、手をつないで出て行った。ひょっとしてあの人が婚約者さんなのだろうか。
けれど。
「聞いたでしょ、お兄さん。ちゃんと自分から伝えないと、ただ待っていても瑠璃ちゃんは手に入らないわよ?」
すれ違いざまに夏世さんが店長に囁いた言葉は、私の耳には届かなかった。
バイトに行こうと駅の改札を出たところで名前を呼ばれた。声の主はすぐわかった。サラリとした黒髪を顎の線できれいに切りそろえ、ものすごい美人。
夏世さんだ。
秋っぽい色のストンとしたサックドレスを身にまとった夏世さんは、会うのは泊まらせてもらったあの日以来だけど、相変わらずお美しい。
「夏世さんだ! 奇遇ですね」
「奇遇じゃないわよ、待ち伏せてたんだから」
「へ?」
待ち伏せてた? 私を? 何で?
「とにかく話があるのよ。兄さんには瑠璃ちゃん借りるって話を通してあるから、一緒に来て」
「え? ちょっと待ってくださいよ、夏世さぁぁぁん!」
私の抵抗むなしく夏世さんに引きずられて私は停めてある車に乗せられてしまった。誘拐? 誘拐ですか?
それは冗談として、私と夏世さんを乗せた高級車が滑るように道を進む。運転している人は顔はわからないけど、外人さんみたい。かなり明るい金髪の後姿だけが見えている。
「ええと、夏世さん。どこに行くんですか?」
「心配しないで、人に聞かれたくない話だからちゃんと個室押さえてあるから」
――心配しかありません。
★★★
そしてその心配は的中する。
「大丈夫よ、私と瑠璃ちゃんしかいないんだから! 私のマンションで女子会やった時と同じよ」
「えええ……」
一緒じゃないです。ここ、夏世さんが私を連れ込んだここは、ひょっとしなくても都内屈指の高級ホテルにある会員制のクラブですよね? さっき会員カード提示してましたよね?
「ほら、何にする?」
「と、言われましても」
「好き嫌いないなら私が頼んじゃうよ? 瑠璃ちゃん、アルコールは?」
「いや、そんなに得意じゃないので」
「じゃあ甘いものにしよう」
私が固まっている間に夏世さんがサクサクと注文してしまった。ハッと気づいた時には既にウエイターさんは去った後。私今日あんまり現金持ってないんだけど。支払い、カードでいいかなあ……?
「でね」
夏世さんが行儀悪くテーブルに肘をついて顎を乗せ、私をまっすぐに見た。
「兄さんと、何があったの?」
「は?」
何とも斜め上な質問に首をひねる。
「兄さん、ここ1週間くらい機嫌は悪いし大変だって聞いたわよ」
「誰情報ですかそれ」
「皆川さん」
「ああ……」
夏世さん、皆川さんともつながりがあるんだ。
「で、瑠璃ちゃんもどこか様子がおかしい、って」
「は……」
「ね、あの後何があったの?」
「何が、って、店長とは何も」
「お兄さんとは何も、ってことは他に何かあったのね?」
もう、何だってそう勘が鋭いんだこの美人は!
「例の初恋の彼?」
「ううう……」
「まとわりつかれてたりするの?」
「そういうんじゃないです。あの後一度だけ顔合わせましたけど、それっきりです」
ちょうどそこへケーキが届く。ワゴンに何種類も載せられてきたケーキから好きなの選べるんだ、すごい。チョコのムースを選んだら「一個でいいの?」なんて夏世さんが言う。辞めてくださいその誘惑――!
てらってらのチョコ、何層にもなったムース。さりげなく混ぜこまれたキャラメリゼされたアーモンド。頬張ったとたんに口の中が楽園だ。美味しいよう。でも夏世さんの追及は止まない。
「それっきりってことは、その彼は瑠璃ちゃんのことを諦めたってこと?」
「さあ、最後に会った時はすごく肩を落としてたのでそうなのかもしれません」
「瑠璃ちゃんが別の人が好きだって理解したわけだ」
「す……っ!」
「ふむふむ。その様子だと瑠璃ちゃん、自分も告白しないと振った相手に対してフェアじゃないとか考えてるわけだ。まだ告白してないの?」
口をパクパクさせるだけで言葉にならない。何でこんなに言い当てられちゃうわけ?
「夏世さん、ひょっとしてエスパーですか」
「やぁだ、エスパーだなんて」
そう言ってからいたずらっぽく笑う夏世さん。小首をかしげてさらりと髪を揺らす。
「そうよ、私エスパーなの」
その仕草に同性ながらぐらっと来る。くっそう、なぜか負けた気分だ。
「――告白、しないことにしました」
「え、どうして」
「だって、店長にとっては迷惑でしょう」
「そんなことないと思うけど」
「それにこんな小娘、相手にされませんって。私ってかなり臆病者なんですよ。だからあき兄――初恋の彼にも筋を通せないような、卑怯者なんです」
卑屈なことを言ったのは本当の理由を言いたくないからだ。ちらりと夏世さんを見ると、そんな私の心なんてお見通しと言わんばかりに苦笑している。さすが自称エスパー。
「瑠璃ちゃんはさぁ、いい子だよね」
「へ?」
「でも、多分今は自分に自信がないんじゃない?」
「自信――」
ないな、そんなもの。
特別可愛いわけでもなく、特別仕事ができるわけでもなく。すぐ人に流されるし、頭もそんなにいいとは思っていない。ずっとあき兄しか見えてなかったから世界も狭いだろうし、将来の夢がはっきりしているわけでもない。
あれ、思ってたより情けないかな私。ちょっと落ち込んできた。
「瑠璃ちゃんと会うのこれで三回目だけど、私は瑠璃ちゃんのこと好きよ? だってすごくまっすぐで、正直で、いい子なんだもん。あの兄にあげるの勿体ない」
「へ?!」
な、何を言ってるんですかあああああ! 兄にあ、あげるとか何をおおおおお!
「だからっ、だから、店長は私なんかじゃ勿体ない人なんですっ!」
「絶対そんなことない。むしろお兄さんに瑠璃ちゃんが勿体ないわ。あの悪態つきまくり兄があんなにデレデ――いえいえ、それは置いといて」
夏世さんがふっと優しい笑みを浮かべる。
「瑠璃ちゃん、今すぐは無理かもしれないけど信じて。瑠璃ちゃんはすごく素敵な女の子だよ。私が保証する」
「――」
「知ってるとは思うけど私はね、ずっとあの兄とは折り合いが悪くて。酷いこともずいぶん言われたし、冷たい人だと思ってたの。今はちょっと変わったな、と思うけど、どこかに苦手意識は持ったままなのよ――でもやっぱり家族なんだろうな。変わってくれて、歩み寄ろうと思ってくれて嬉しいの。私の中では今は苦手な兄からちょっぴり苦手な兄くらいに変わっているかな」
以前聞いた通り、夏世さんに対する店長の態度は相当酷かったようだ。
「そんな兄でもね、ローズヤード化粧品の跡取り息子なのよ。それなりの数の縁談が来るの」
「――はい」
店までやってきたお見合い相手の女性を思い出す。
「この間のは断ったみたいだけど、いつかお兄さんも縁談を受ける気になるかもしれない。瑠璃ちゃんじゃない、他の誰かがお兄さんの隣にいるの。いいの? それで」
想像して胸が苦しくなった。
その誰かに店長はあのちょっとシニカルな笑みを見せるのだろうか。店長の手に誰か他の女性の手が握られるのだろうか。うっかり妹にドレスを選んじゃうようなちょっとちぐはぐな愛情を見知らぬ女性に注ぐのだろうか。
やだ。そんなの見たくない。
まだ知り合ってそんなに長い時間が経ったわけでもなく、好きだと気がついてからなんて本当にわずかな時間しか経っていないのに、何でこんなに苦しくなるんだろう。
告白しないって決めたのに、どうして切なさは消えないんだろう。
気持ちが高まってしまって止められない。気がついたら私は口を開いていた。
「だって――私、店長が社長の息子だって知ってるんですよ」
「うん。そうだね」
「知ってて近づくような女、店長は嫌いじゃないですか。だったら告白なんかしない方が」
たまらず叫んでしまった私の本音。はっとして口をつぐんだけれど、夏世さんが目を丸くして私を見ている。
そして何かを言おうと口を開きかけた夏世さんを遮るように個室のドアが開いた。
「あら、もう時間切れ?」
なぜか店長がいた。店長の後ろにいるのはさっきまで車を運転していた人だろうか。金髪、染めてるのかと思ったら本当に白人の人だ。
「て、店長? お店は?」
呆然と話しかけたけど、ギロリとにらまれてしまった。思わず肩をすくめて小さくなってしまう。うあ、ものすっごく不機嫌そうだ。
「こいつが」
と、店長が夏世さんをさす。
「久保川さんと大事な話があるから借りてくとかいうふざけたLIMEをよこしてそのまま音信不通になったから探していた」
「え! 夏世さん、店長に断ったって」
「確かにメッセージは受け取ったが、そこから連絡が取れなくなった」
「ええー……」
夏世さん、にっこり笑ってる。店長はますます眉を吊り上げて彼女をにらみつけた。
「夏世、何を話していた。余計なことを話したんじゃないだろうな」
「あら、余計って何が余計なことなのかしら」
「減らず口ばっかり聞いてるんじゃない! おまえはいつも――」
何かを言いかけてぐっと黙る店長。夏世さんが私に笑顔を向けた。
「ほらね、すんごく口が悪いでしょ。でもそれを直そうとしてるみたいなのよね」
「ばっ――な、何を言ってるんだ!」
「ほら、バカって言いかけてちゃんと言い直してる」
「夏世ッ! いいかげんにしろ!」
「はいはい、もうやめときますよーだ。さ、瑠璃ちゃん、お迎えが来たみたいだからこのへんでお開きにしましょうか」
「へ? はあ……」
すっと夏世さんが立ち上がって、店長の後ろにいた外人さんのところへ行く。金髪の彼に夏世さんが甘い笑顔を見せ、手をつないで出て行った。ひょっとしてあの人が婚約者さんなのだろうか。
けれど。
「聞いたでしょ、お兄さん。ちゃんと自分から伝えないと、ただ待っていても瑠璃ちゃんは手に入らないわよ?」
すれ違いざまに夏世さんが店長に囁いた言葉は、私の耳には届かなかった。
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