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第五話 師匠
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翌日、上岡たちは写真館2階にあるケルナーの自宅リビングで話しをしていた。
「ということは、上岡さんは独立開業して上手く行っているではないですか。私も師匠として鼻が高いです」
ケルナーは一通り上岡の話を聞くと満足気であった。
「これも全てケルナー先生のご指導のおかけです。今後は引田に忠実に伝授していくつもりです」
「あぁ上岡さん、私の受け売りではなく、自分で理解した形で教えてください」
「とおっしゃいますと」
「私の教えは基本的にドイツのものです。上岡さんは、それを日本のものとして確立してください」
「日本に適応したものということですか」
「…言葉をそのままカタカナにして言うよりも、意味を理解して日本語に置き換える作業が大切です」
「ステーションやスッテンションを停車場や駅とするようにですか」
「そうです。権利や義務もそうですね。これは言葉の話ですが、技術や社会の仕組みも同じことが言えます」
「確かに明治になってから新しい単語が増えてますね。知ってか知らずか日本人は、知識を咀嚼しているわけですか」
「ただ真似ごとをして技術や仕組みを実践しても、所詮それは身についていないのです。一歩進めた自分のものにしていない場合、認識のずれが生じ、ひずみを生むでしょう。間違った方向に進みます」
ケルナーは大好物のバウムクーヘンを野川が持ってきたので、話しを一旦終えた。これはルドルフ商会が絵画の件のお礼に持ってきたものであった。ケルナーは頬張りながらドイツ各地方のバウムクーヘンについて話をし出した。
「話は変わりますが、社会のしくみでは、イギリスやアメリカ、オランダやフランスなどの考えが主流となっていますが、常に新天地を求め、成長していくことを前提としています。新天地がなくなった場合、どうなるか心配です」
ケルナーは上岡たちがバウムクーヘンを食べ終えるのを見計らって再び話し始めた。
「世界中が文明開化したら、ということですか」
「100年先か150年先かわかりませんが、地球には限りがあります。全部が文明開化し近代化したら行き詰ります」
「まだかなり先の気がしますけど」
引田が小声で口を挟んできた。
「しかし徳川の御代では、限られた日本領内で全てが完結していました。それがその未来を救う鍵になると思います」
「世界の中ではちっぽけな存在なんですが」
上岡は窓際の棚に置かれた地球儀を見ていた。
「世界的に見れば、物の価格も稼ぎの額もやたらに上がったりしていません。どちらかと言えば、価格はそのままで成長がない状態で安定していたのです。これは素晴らしいことです」
「飢饉とかで苦労したとは、祖父から聞いていますが」
「天災は仕方ありません。とにかく成長だけが善というわけではないのです」
「日本流に置き換えることが世界を救うのですか…」
上岡はわかったような、わからないような曖昧な感じてあった。引田はバウムクーヘンの話に興味を示していた。
野川がバウムクーヘンの皿を片付けに来た。ケルナーは急に野川を含めて上岡たちを愛おしそうに見た。
「もう上岡さんも独り立ちしました。これで安心してドイツに帰れます」
「ええっ、ケルナー先生、帰国されるのですか」
上岡は驚き顔になっていた。引田も突然のことに上岡とケルナーの顔を交互に見ていた。野川は予め知らされていたようで、それほど驚いていなかった。
「私は年を取ったので、故郷に帰りたくなりました」
「ケルナー先生、まだ日本にいて欲しかったのですが…、それで…いつ帰られるのですか」
上岡は引き止めたい気持ちでいっぱいであった。
「今月中に、ここを引き払って帰る予定です」
ケルナーはきっぱりと言い放っていた。
「私たちを呼んだのそれを告げるためだったのですか」
「それで野川さんを上岡さんの所で雇ってもらえますか」
「先生、上岡さんに無理を言わないでくださいよ。私なら、身のふりをなんとかしますので」
野川はとんでもないといった顔をしていた。
「ケルナー先生がおっしゃるなら、私の所も大きくするつもりですから、喜んでお引き受けします」
「助かります。それでここにある、神秘写真術の道具や写真機、本や研究資料全てを上岡さんに託します。良いですか」
「ケルナー先生の日本における怪異研究の貴重な資料もですか」
上岡は手近の机に置かれたドイツ語で走り書きされたノートを見つめていた。
「ええ、これ全部って、持ってきたカバンに入り切れません」
引田は奥の部屋の本棚などを覗き見していた。
「持ち帰るのが大変だと思いますから、ルドルフ商会の2頭立て荷馬車を借りることにしています」
「でも…鉄道だと1時間弱ですが、荷馬車だと4時間半ほどになります。私はそんなに長く馬車を扱ったことはありません。御者はどうしますか」
「手慣れた野川さんが御者を務めます」
「それなら問題はないでしょうが…」
上岡は少しでも遅らせるための理由はないかと考えていた。
「さっ、こうしてはいられません。荷造りして今日中に運んでください」
ケルナーは上岡に決心させるように急かせていた。上岡は寂しさと同時に託された責任の重さも感じていた。
ケルナーの写真館を発った際、荷物を満載した荷馬車は夕日を受けながら進んでいた。しかしあっと言う間に陽が沈み、荷馬車のランプが灯された。横浜から離れるに従って周囲は暗さが増していく。荷馬車は東海道を東京に向かって進んで行った。
神奈川縣内は何事もなく順調に進み、上岡と引田は、野川とも打ち解けて話せるようになっていた。多摩川を渡れば東京府になる。荷馬車は月明かりの下、多摩川に掛かる木製の橋を渡り始めると、木の板を踏みつける蹄鉄音に変わった。
「この橋は頻繁に流されてしまうから、早いところ鉄製の橋に架け替えないとダメだな」
上岡は橋の欄干の隙間から見える川面を見ていた。引田は川面に映る月を眺めていた。
「この所、天気が良いから良かったですけど、大雨や大風があると渡れるかどうか冷や冷やですよ」
野川は橋の真ん中辺りでノロノロし出した馬に鞭打っていた。
橋を渡った荷馬車は大森辺りまで来ると、予期せぬ分かれ道に行きあたった。右の道には昔ながら道中碑に『江戸日本橋』とあり、左の道には真新しい木製の道標に『東京日本橋』とあった。
「上岡さん、どっちに行きますか」
野川は荷馬車を一旦停車させた。
「ん、東京と書いてある方が整備された新しい道だろう。左に行きましょう」
「わかりやした。でも東京まで荷物を運ぶことが何度かありましたけど、こんな道標は見たことなかったです」
野川は軽く首を傾げていた。
左の道をしばらく進むと坂になり、馬の息が荒くなり、速度がだいぶ落ちた。野川は馬を思いやり、鞭は打たずにそのまま進んだ。
坂を上り切った辺りで、婚礼行列が横切り道を塞いでいたので停車した。提灯を持った人の列が続いていた。ほとんどが紋付き袴といった正装で、角隠しを被った新婦の姿もあった。船箪笥を担いだ若い衆の姿もあり、なかなか途切れがなかった。
「この辺の豪農の嫁入りですかね。提灯の列が続いてますよ」
野川は坂道と交差する道の左右を眺めていた。道の終りは左右共に雑木林に隠れていたが、薄っすらと提灯の明かりが見えていた。
「これだけの人を集める婚礼行列は、見たことがないが…これじゃ進めないな」
上岡は少し苛立ってきた。
「上岡先生、私がどいてもらうように行ってきます」
引田は荷馬車から降りていた。
「引田、待て。こんな夜に婚礼とは、日本の怪異の可能性がある」
上岡が行列を眺めていると新婦がちらりとこちらを見て、ニヤリとしていた。
「野川さん、今日は仏滅ですかね。ケルナー先生の研究資料の中に和暦があるはずです」
「あぁ、待ってください」
野川は荷物の中から六曜が書かれた和暦を取り出していた。
「えー…と、仏滅です」
「だとすると仏滅に婚礼などあり得ない。怪異ならば、引田が連れ去られるかもしれない。行くな」
「でも、進めませんけど」
「急がば回れだ」
上岡は途切れない婚礼行列をしっかりと見据えていた。
「野川さん、さっきの道標の所まで戻って、今度は右を行きましょう」
「へい」
野川は手慣れた鞭さばきで荷馬車の方向を変えていた。
翌朝、野川はルドルフ商会の東京支所から横浜行きの荷物を載せて、荷馬車を返しに戻った。上岡たちは野川を見送ると、運んできた荷物を整理しながら、小部屋や開いている部屋に置いて行った。一時的に荷物を置いていたスタヂオだが、置く場所に困ったものはそのままだったので、なかなか減らなかった。
小休止した上岡は、ケルナーが書き残したノートを何冊かめくっていた。
「先生、私も休みますね」
引田は荷物の横にしゃがみ込んでいる上岡の所に来た。
「あぁ、休んでくれ。これらのノートにあると思うのだが…」
「何がです」
「昨晩の婚礼行列だよ。どれどれ、あっこれだ」
上岡は古びたノートを開いていた。
「おかげで、到着が遅れましたよね」
引田はあくびをしていた。上岡は必死にページをめくり、びっしりと書かれたドイツ語を読んでいた。
「引田、危なかったぞ、ケルナー先生の資料によると、あれは日本の怪異で、近づいた者を連れ去るとある」
「えぇっ、どこに連れ去るのですか」
「いろいろな呼び方があるが、異界だろうな」
「ひゃー、恐ろしい。そうなんですか」
引田は今さらのように身震いしていた。
「荷物をまとめている時に、気になっていた何も写っていない坂の写真は、ここのことだったんだよ」
上岡は昼間に撮られた坂の上りきった辺りの写真を手にしていた。一見すると何もないようだが、坂道を横切るように薄っすらと靄がたなびいていた。
「ケルナー師匠は、それを知っていて黙っていたのですか」
「俺を試す最後の試練だったのかもしれない」
「それじゃ、上岡さん、合格ですってことですね。まぁ良かったわ」
引田はケルナーのイントネーションを真似ていた。まるで自分が危険にさらされていたことを忘れているように、
あっけらかんとしていた。上岡は苦笑していた。
「ということは、上岡さんは独立開業して上手く行っているではないですか。私も師匠として鼻が高いです」
ケルナーは一通り上岡の話を聞くと満足気であった。
「これも全てケルナー先生のご指導のおかけです。今後は引田に忠実に伝授していくつもりです」
「あぁ上岡さん、私の受け売りではなく、自分で理解した形で教えてください」
「とおっしゃいますと」
「私の教えは基本的にドイツのものです。上岡さんは、それを日本のものとして確立してください」
「日本に適応したものということですか」
「…言葉をそのままカタカナにして言うよりも、意味を理解して日本語に置き換える作業が大切です」
「ステーションやスッテンションを停車場や駅とするようにですか」
「そうです。権利や義務もそうですね。これは言葉の話ですが、技術や社会の仕組みも同じことが言えます」
「確かに明治になってから新しい単語が増えてますね。知ってか知らずか日本人は、知識を咀嚼しているわけですか」
「ただ真似ごとをして技術や仕組みを実践しても、所詮それは身についていないのです。一歩進めた自分のものにしていない場合、認識のずれが生じ、ひずみを生むでしょう。間違った方向に進みます」
ケルナーは大好物のバウムクーヘンを野川が持ってきたので、話しを一旦終えた。これはルドルフ商会が絵画の件のお礼に持ってきたものであった。ケルナーは頬張りながらドイツ各地方のバウムクーヘンについて話をし出した。
「話は変わりますが、社会のしくみでは、イギリスやアメリカ、オランダやフランスなどの考えが主流となっていますが、常に新天地を求め、成長していくことを前提としています。新天地がなくなった場合、どうなるか心配です」
ケルナーは上岡たちがバウムクーヘンを食べ終えるのを見計らって再び話し始めた。
「世界中が文明開化したら、ということですか」
「100年先か150年先かわかりませんが、地球には限りがあります。全部が文明開化し近代化したら行き詰ります」
「まだかなり先の気がしますけど」
引田が小声で口を挟んできた。
「しかし徳川の御代では、限られた日本領内で全てが完結していました。それがその未来を救う鍵になると思います」
「世界の中ではちっぽけな存在なんですが」
上岡は窓際の棚に置かれた地球儀を見ていた。
「世界的に見れば、物の価格も稼ぎの額もやたらに上がったりしていません。どちらかと言えば、価格はそのままで成長がない状態で安定していたのです。これは素晴らしいことです」
「飢饉とかで苦労したとは、祖父から聞いていますが」
「天災は仕方ありません。とにかく成長だけが善というわけではないのです」
「日本流に置き換えることが世界を救うのですか…」
上岡はわかったような、わからないような曖昧な感じてあった。引田はバウムクーヘンの話に興味を示していた。
野川がバウムクーヘンの皿を片付けに来た。ケルナーは急に野川を含めて上岡たちを愛おしそうに見た。
「もう上岡さんも独り立ちしました。これで安心してドイツに帰れます」
「ええっ、ケルナー先生、帰国されるのですか」
上岡は驚き顔になっていた。引田も突然のことに上岡とケルナーの顔を交互に見ていた。野川は予め知らされていたようで、それほど驚いていなかった。
「私は年を取ったので、故郷に帰りたくなりました」
「ケルナー先生、まだ日本にいて欲しかったのですが…、それで…いつ帰られるのですか」
上岡は引き止めたい気持ちでいっぱいであった。
「今月中に、ここを引き払って帰る予定です」
ケルナーはきっぱりと言い放っていた。
「私たちを呼んだのそれを告げるためだったのですか」
「それで野川さんを上岡さんの所で雇ってもらえますか」
「先生、上岡さんに無理を言わないでくださいよ。私なら、身のふりをなんとかしますので」
野川はとんでもないといった顔をしていた。
「ケルナー先生がおっしゃるなら、私の所も大きくするつもりですから、喜んでお引き受けします」
「助かります。それでここにある、神秘写真術の道具や写真機、本や研究資料全てを上岡さんに託します。良いですか」
「ケルナー先生の日本における怪異研究の貴重な資料もですか」
上岡は手近の机に置かれたドイツ語で走り書きされたノートを見つめていた。
「ええ、これ全部って、持ってきたカバンに入り切れません」
引田は奥の部屋の本棚などを覗き見していた。
「持ち帰るのが大変だと思いますから、ルドルフ商会の2頭立て荷馬車を借りることにしています」
「でも…鉄道だと1時間弱ですが、荷馬車だと4時間半ほどになります。私はそんなに長く馬車を扱ったことはありません。御者はどうしますか」
「手慣れた野川さんが御者を務めます」
「それなら問題はないでしょうが…」
上岡は少しでも遅らせるための理由はないかと考えていた。
「さっ、こうしてはいられません。荷造りして今日中に運んでください」
ケルナーは上岡に決心させるように急かせていた。上岡は寂しさと同時に託された責任の重さも感じていた。
ケルナーの写真館を発った際、荷物を満載した荷馬車は夕日を受けながら進んでいた。しかしあっと言う間に陽が沈み、荷馬車のランプが灯された。横浜から離れるに従って周囲は暗さが増していく。荷馬車は東海道を東京に向かって進んで行った。
神奈川縣内は何事もなく順調に進み、上岡と引田は、野川とも打ち解けて話せるようになっていた。多摩川を渡れば東京府になる。荷馬車は月明かりの下、多摩川に掛かる木製の橋を渡り始めると、木の板を踏みつける蹄鉄音に変わった。
「この橋は頻繁に流されてしまうから、早いところ鉄製の橋に架け替えないとダメだな」
上岡は橋の欄干の隙間から見える川面を見ていた。引田は川面に映る月を眺めていた。
「この所、天気が良いから良かったですけど、大雨や大風があると渡れるかどうか冷や冷やですよ」
野川は橋の真ん中辺りでノロノロし出した馬に鞭打っていた。
橋を渡った荷馬車は大森辺りまで来ると、予期せぬ分かれ道に行きあたった。右の道には昔ながら道中碑に『江戸日本橋』とあり、左の道には真新しい木製の道標に『東京日本橋』とあった。
「上岡さん、どっちに行きますか」
野川は荷馬車を一旦停車させた。
「ん、東京と書いてある方が整備された新しい道だろう。左に行きましょう」
「わかりやした。でも東京まで荷物を運ぶことが何度かありましたけど、こんな道標は見たことなかったです」
野川は軽く首を傾げていた。
左の道をしばらく進むと坂になり、馬の息が荒くなり、速度がだいぶ落ちた。野川は馬を思いやり、鞭は打たずにそのまま進んだ。
坂を上り切った辺りで、婚礼行列が横切り道を塞いでいたので停車した。提灯を持った人の列が続いていた。ほとんどが紋付き袴といった正装で、角隠しを被った新婦の姿もあった。船箪笥を担いだ若い衆の姿もあり、なかなか途切れがなかった。
「この辺の豪農の嫁入りですかね。提灯の列が続いてますよ」
野川は坂道と交差する道の左右を眺めていた。道の終りは左右共に雑木林に隠れていたが、薄っすらと提灯の明かりが見えていた。
「これだけの人を集める婚礼行列は、見たことがないが…これじゃ進めないな」
上岡は少し苛立ってきた。
「上岡先生、私がどいてもらうように行ってきます」
引田は荷馬車から降りていた。
「引田、待て。こんな夜に婚礼とは、日本の怪異の可能性がある」
上岡が行列を眺めていると新婦がちらりとこちらを見て、ニヤリとしていた。
「野川さん、今日は仏滅ですかね。ケルナー先生の研究資料の中に和暦があるはずです」
「あぁ、待ってください」
野川は荷物の中から六曜が書かれた和暦を取り出していた。
「えー…と、仏滅です」
「だとすると仏滅に婚礼などあり得ない。怪異ならば、引田が連れ去られるかもしれない。行くな」
「でも、進めませんけど」
「急がば回れだ」
上岡は途切れない婚礼行列をしっかりと見据えていた。
「野川さん、さっきの道標の所まで戻って、今度は右を行きましょう」
「へい」
野川は手慣れた鞭さばきで荷馬車の方向を変えていた。
翌朝、野川はルドルフ商会の東京支所から横浜行きの荷物を載せて、荷馬車を返しに戻った。上岡たちは野川を見送ると、運んできた荷物を整理しながら、小部屋や開いている部屋に置いて行った。一時的に荷物を置いていたスタヂオだが、置く場所に困ったものはそのままだったので、なかなか減らなかった。
小休止した上岡は、ケルナーが書き残したノートを何冊かめくっていた。
「先生、私も休みますね」
引田は荷物の横にしゃがみ込んでいる上岡の所に来た。
「あぁ、休んでくれ。これらのノートにあると思うのだが…」
「何がです」
「昨晩の婚礼行列だよ。どれどれ、あっこれだ」
上岡は古びたノートを開いていた。
「おかげで、到着が遅れましたよね」
引田はあくびをしていた。上岡は必死にページをめくり、びっしりと書かれたドイツ語を読んでいた。
「引田、危なかったぞ、ケルナー先生の資料によると、あれは日本の怪異で、近づいた者を連れ去るとある」
「えぇっ、どこに連れ去るのですか」
「いろいろな呼び方があるが、異界だろうな」
「ひゃー、恐ろしい。そうなんですか」
引田は今さらのように身震いしていた。
「荷物をまとめている時に、気になっていた何も写っていない坂の写真は、ここのことだったんだよ」
上岡は昼間に撮られた坂の上りきった辺りの写真を手にしていた。一見すると何もないようだが、坂道を横切るように薄っすらと靄がたなびいていた。
「ケルナー師匠は、それを知っていて黙っていたのですか」
「俺を試す最後の試練だったのかもしれない」
「それじゃ、上岡さん、合格ですってことですね。まぁ良かったわ」
引田はケルナーのイントネーションを真似ていた。まるで自分が危険にさらされていたことを忘れているように、
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