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「アンジュ・バーネット嬢!
 今を持って正式に、サンドル国第一王子、クリストファー・サンドルとの婚約の破棄を申し渡す!編入生ミミ嬢の世話係であることを利用して、彼女に陰湿ないじめを行っていたそうだな。数々の証拠は揃っている!
 サンドル国第一王子として命じる。君はサンドル国王室、サンドル国社交界にふさわしくない。今日を持って、婚約破棄、そして王都追放だ!」

 王立錬金術学園の卒業パーティーにて。私の婚約者かつ第一王子クリストファー御本人から『婚約破棄』そして『王都追放』を言い渡された。
 
 鬼のような形相のクリストファーの背後には、一年前に編入してきた異国の令嬢ミミが影のように寄り添い、ひたすらオロオロ……。

 ――かくして、サンドル国バーネット侯爵家の一人娘……私、アンジュ・バーネットは『断罪』された。

 その後、公衆の面前でまくしたてるクリストファーの口から、出てくる出てくる、クリストファーが想いを寄せているミミ嬢への、私からの嫌がらせ行為の罪状の数々。
 その全てが誤解でだったり、身に覚えのないものだったり、ミミの思い込みらしきものもあった。だが、私は表情一つ変えず、何も反論せず、大人しく引き下がった。
 
「婚約破棄。王都追放。謹んでお受けいたします」

「な、なんだと――何も言い分はないのか」

「はい。何を言っても、聞いて頂ける雰囲気ではないので」

 驚いた様子のクリストファー。
 私はスカートの裾をつまみ礼をすると、くるりと踵を返す。そのまま卒業パーティーに集まった国中の貴族の子息子女、その両親が集まっている学園の中央ホールを去った。その背中に聞こえてきたのは、クリストファーとミミの婚約宣言。唐突な騒ぎと、驚愕の連続でざわめくホール。
 
 ――これでいい。
 
 『悪役令嬢』はただ黙って去るのみ。
 だって、私はそもそも、王妃になんてなりたくないんだもの。


 ここは乙女ゲーム『悠久の恋~王立錬金術学園★恋のから騒ぎ~』の世界。
 
 前世の記憶がよみがえったのは、卒業パーティーの一夜前。
 私は前世、地味な人生を送る引きこもりがちなオタクOLだった。趣味は乙女ゲーム。夜中にフラリとコンビニに出かけ、信号無視をしたトラックに跳ねらた。あっけなく、私の二十数年の人生は終わりを迎えた。
 
 そして、気がつくと大好きな乙女ゲームの世界に転生していた。私は、主人公(ヒロイン)にバチバチライバル心を燃やしつつも、プレイヤーの選択次第で良き友人ともなる悪役令嬢、アンジュ・バーネットとして生を受けていたのだ。
 アンジュ・バーネットは、由緒正しき侯爵家の一人娘。学園一のモテ男、公式が最推ししている攻略対象、第一王子クリストファー・サンドルの婚約者だ。
 
 錯綜する二つの記憶に少々混乱はしたけれど、段々と記憶が整理出来てきた。そもそも私って、この世界に生まれてから、そんな性格の悪い女だった?
 ――違う。
 ミミへの意地悪行為は、大半が他の女生徒が陰で行ったものだ。私は罪をなすりつけられていた。私は学園トップの優等生として、異国から来た漆黒の髪をしたミミ嬢の世話係に任命され、少々不器用なコミュニケーションではあったものの、ミミを妹のように可愛がっていたのに……愚かなクリストファーは事実無根の私の醜聞、ミミの誤解を全て鵜呑みにしてしまって、この始末だ。

 今生での私は、侯爵家の生まれに甘えず、ひたすら錬金術の勉強を重ねてきた。
 錬金王国と呼ばれるサンドル国の王立錬金術学園で、成績は常にトップ。高度な錬金術にも挑んで、次々と成功させていた。クリストファーの婚約者として学園に君臨することもできたけど、権威をひけらかすことは好まなかった。そしてクリストファーに媚びる事もなかった。幼少期に親同士が決めた婚約。私は王子であることにあぐらをかいたクリストファーに恋愛感情を抱くこともなく、ただ礼儀正しく淡々と彼に接し、ひたすら堅実に学問に打ち込み、地味な学園生活、社交生活を送っていた。一人娘が王家へ嫁ぎ、一族から王妃を排出するという、親の夢に敷かれたレールの上を、ひたすら思考停止で走り続けていた。
 
 それが、プライドの高いクリストファーを苛つかせた。
 
 サンドル国の王子かつ学園一の美男子であるクリストファーは、とにかく女性にモテる。
 私はそれをひけらかす彼に嫉妬の感情を抱くこともなく、淡々と定期面会や、社交行事への同伴を行っており、苛立ったクリストファーが、そんな私を「ガリ勉でつまらない女」「俺に媚びないお高い女」と陰口を叩いていたことも知っていた。全て知らん顔をしていた。
 クリストファーの取り巻き令嬢達は、クリストファーの不満を煽り、ひたすら私の悪い噂を広め、編入生のミミへの虐めも行っていたようだ。もちろん、アンジュ・バーネットが首謀者だという噂を伴って。
 私とクリストファーの仲を引き裂いて、あわよくばこの国の第一王子に取り入り婚約者の立場を奪おうとしていたのだろうけれど……最後は、編入生のミミが全てをさらっていった。なんせ、この世界の主人公ヒロインだからね。
 遥か遠くの異国から来た黒髪の神秘的な令嬢ミミは、編入後すぐに学園の男子生徒達の憧れの的になり、クリストファーもミミに惹かれていく。
 
 そして。
 今夜、クリストファーはミミを選んだ。
 錬金術が珍重されるこの国で、格式ある家柄の出かつ、トップ成績の学生である私ではなく、学園生活の一年を様々な男子学生との交友につぎ込んでいた軽薄なミミ嬢を。
 なにせクリストファーはプライドの塊で、妬み深い性格だ。己より成績が良くない上、常にふわふわとしていて頼りないミミは、言いなりに出来る都合のいい女として丁度いいのだろう。
 
 もともと幼い頃に親同士が決めた婚約。
 ひたすら錬金術と学問に打ち込み、他の生徒の世話係をやることで学園に、ひいては国に貢献しようとしていた私。その努力を全く理解しようとしなかったクリストファー王子に興味はない。
 
 断罪イベント前夜に記憶を取り戻して、私が想ったことはただ一つ。

 『自分のための人生を生きたい』
 
 もう、侯爵家の娘として政略結婚を強いられ政治の道具にされるのも、成績トップの維持に必死となるのも、男性関係への好奇心が旺盛な転入生の世話を焼くのも、ボンクラ第一王子クリストファーのお飾り妻になることを求められることも、全てごめんです。
 
 私は自由に生きたい。
 
 こうして、私はすんなりと(無実の罪ではあるけれど)断罪を受け入れ、追放されることを選んだ。
 クリストファー。ミミ。お幸せに。何も考えていないプライドの高いボンクラ王子と男好きなふわふわ天然令嬢。お似合いなんじゃないでしょうか。
 
 卒業パーティーから自宅邸宅に戻ると、パーティー会場のどこかにいたらしき両親も私を追いかけてきて大激怒。
 両親は大げさに泣き崩れ、大パニックだった。王家との婚約破棄は名門バーネット家の汚名となると散々に私を詰り責め立て、かと思えば突如私を抱きしめてきて泣いてすがり、可哀想な我が娘よ愛してると告げたり、情緒が全く安定しない様子。

 翌日。両親から、この件のほとぼりが冷めるまで、数年は王都に戻るなと指示された。私はトランクを一つだけ持たされ、用意された馬車に乗せられた。
 さらば王都。
 実家と学園の往復、錬金術の勉強、社交界への義務的出席。王妃候補としての猛勉強。侯爵家の娘として、責務ばかりの人生だった。
 正直、いい思い出は一つもないんだけれどね。
 
 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
 
 何度か宿場町の宿に泊まりつつ、馬車は三日程走り続けた。
 辿り着いたのは、サンドル国と、隣接する他国との境界となる自由国境地帯にほど近い辺境の田舎村。
 ほとぼりが冷めるまで、そこにあるバーネット家所有のおんぼろカントリーハウスで隠居せよ、と云うわけだ。
 両親から生活資金だけは潤沢に持たされた。
 これは、『錬金術師としての仕事すらするな、目立たず隠居生活しろ』ということだ。
 
 なんの問題もない。
 
 ――隠居して人生初の田舎暮らしを満喫しよう。
 
 目立たず、普通の村娘のように暮らそう。村の小さな商店で買い物をして、一人夕飯を作って、質素に生きよう。もう、沢山の人の欲望が渦巻く貴族生活、学園生活は沢山です。
 
 村についてすぐ、バーネット家所有の屋敷の管理を任されているという村長の家へと挨拶に向かった。村長は実家からの早馬で書簡を受け取っていたとかで、王都で起きた件の詳細を聞いていたのだろう。散々な目に遭ったねと私に同情して、優しい言葉を沢山かけてくれた。
 私はてっきり、とんでもない悪女扱いをされるのではと警戒していたから、正直とても安心した。沢山かけられた優しい言葉に、少し涙が滲んでしまった。
 
 それからもう一つ。予想外の話が告げられた。

「実は言いにくいんだけど。今ね、あの屋敷に冒険者の親子さんを泊めていてね」

 長く使われていなかった、バーネット家の持つ邸宅。
 村長の独断で、半年程前に住み込み管理人として男性冒険者を招き入れ、家の管理をさせていたというのだ。
 その冒険者は幼い子連れ。半年前フラリと村に立ち寄り、住むところも行くあてもない様子で、宿をとった後は幼い子供と二人、途方に暮れていたそうだ。その様子をみかねた村長。村長は高齢になってきて、バーネット家から預かった屋敷の管理が行き届かなくなってきており、子連れ冒険者と利害が一致。村長は安い賃金しかだせないが住むところは提供出来ると、バーネット家に無断でその冒険者を雇い、屋敷の客間に住まわせ、屋敷の清掃や管理の仕事を任せていたそうなのだ。
 貴族の地方邸宅となると、それなりの広さがある。庭に蔓延はびこ雑草を抜いたり、定期的にマットレスを干したり、布類の洗濯、自然とつもるホコリの清掃。経年劣化する家の壁や屋根の修繕。それなりの家事量がある。老齢の村長の手には終えなかったのだろう。
 私は住む予定の屋敷に先住者がいると聞いて驚いてしまって、しばらく言葉を失ってしまった。
 
「昨晩、早馬が来て、アンジュお嬢様がいらっしゃると聞いてね。ほんと、昨日の今日で。もちろん、主様が現れたんだから、管理人の彼には出ていって貰う予定だけど、なんせ小さなお子さんを連れていて、すぐは動けないかもしれない。様子を見て、出る時期を決めてもらったほうがいいかもしれない……。もちろんね、急いで追い出したいと言うなら、私が伝えるけれど」
 
 とても困った様子の村長。優しい人なんだろう。

「いいえ。子連れの方を急いで追い出すほど私は冷酷ではありません。
 その方は、これまで屋敷の管理をしていたのでしょう?きちんと挨拶をしてお礼を言って、話を聞いてから考えましょう」

 私の言葉に安堵する村長。そしてその後、また不安そうに口を開き、モゴモゴと言いよどみながら言葉を紡ぐ。
 
「あと、私がね、バーネット家の方に無断で住み込み管理人を入れていた事については……」

「大丈夫。何も問題なければ、両親には黙っていましょう。屋敷の管理のためだったでしょう?老齢のあなたに、自宅と、我が屋敷の管理は大変だったことでしょう。改めて、バーネット家のものとしてお礼を言いますよ。これまでよくやってくれました」
 
「ああ、もったいないお言葉。ありがとうございます。ありがとうございます。寛大なアンジュお嬢様。噂に聞いた話はやはり大嘘だ。あなたは尊敬されるべき偉大な淑女ですよ。アンジュ・バーネットお嬢様。ようこそ、我が村へ」
 
 おっと。やはり書簡で、王都での私の悪行(濡れ衣)もしっかり伝わっていたのね……。この狭い村。私が王都で第一王子に婚約破棄され、追放された令嬢であることはすぐ噂として伝わることでしょう。まあいいわ。気にしない、気にしない。私は、与えられた屋敷で一人のんびり暮らすだけ。マイペースにいきましょう。
 私は冷静に会話を終わらせ、感謝の言葉を重ねる村長に別れを告げた。
 
 そして、トランクの持ち手をつかみ、一人、村の外れにぽつんと立つ屋敷へと向かった。

(続く)
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