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汪楓白、男色の危機に晒されるの巻
其の壱
しおりを挟むそんなことになってるなんて、まるで知らない僕は今、最悪の状況に身を置いていた。
「……はぁ」
「……ヤレヤレだな」
ここは、百鬼討伐隊本陣『白宿・冥府曼荼羅堂』の、暗く冷たい石造りの地下牢。
そこへ、隊員たちによって、手荒く放りこまれた僕と神々廻道士は、青息吐息であった。
雨音が聞こえる。降り出したのか……まるで、僕の運命を悼む泪雨のようだな。
「チッ……どっかの阿呆のせいで、散々だぜ、まったく」
「えぇ、えぇ、阿呆のせいでねぇ……誰が、阿呆ですか!」
「彪麼のことに、決まってんだろ、阿呆!」
「あ、なるほど……って、今、僕に阿呆って云いましたよね」
「畜生、あいつ……瓢箪まで取り上げやがって! どうなっても知らんぞ!」
「ちょっと……僕の話、聞いてます?」
「やべぇ……鬼去酒が切れそうだ」
「よかったじゃないですか。タマには酒気を抜いた方が、体のためですよ。大体、毎日毎日、浴びるほど、浸かるほど、溺れるほど呑み続けて、平気な方が不思議なんですからね」
「太平楽なこと、ほざいてんじゃねぇ! シラフになっちまうんだぞ!」
「なってくださいよ! 大体、この期に及んで酒って……太平楽はどっちですか!」
ついに我慢の限界を超えた僕は、思わず口ごたえしてしまった。
途端に――、
――ビタ――ンッ!
張り手一発! い、今のは……かなり、き、効いた! うっ……クラクラ!
「じゃっかましい! 奴隷の分際で、この俺さまに、口ごたえばっかするようになりやがって! 生意気な青二才が、図に乗んじゃねぇ! いいから、酒だ! 酒持って来ぉい!」
こりゃあ、完璧な酒乱だ!
折角まとめた元結髷は解き、長袍もしどけなく着崩し、あぐらをかいて大威張りするさまは、まさに暴君と呼ぶにふさわしい! これで道士だなんて、絶対に信じられないぞ!
「も、持って来られるワケ、ないでしょお! ここは百鬼討伐隊本陣の、牢屋敷ですよ!」
「黙れ。神の命令だ。持って来い」
「無理です」
僕は、努めて冷静に、酒乱道士へ対応しようとした。
「無理ですむか! 奴隷なら、神の命令に従え!」
「神なら、自分でなんとかしなさいよ!」
「なにをっ……ムチャクチャ云うな!」
「あのね……どっちが、ですか!」
互いにつかみ合い、罵り合う僕らのすぐそばで、その時、不意に咳払いが聞こえた。
「あ~、コホン」
「「……あ」」
先客の存在に、まったく気づかなかった僕は、なんともバツが悪くて頭を下げた。
「どうも、すみません。ウチの神が、ご迷惑をおかけしてます」
「なんだ、その態度は! 俺さまをなめてやがんのか!」
「あなたの代わりに、先客へ謝ってるんじゃないですか!」
もう、どうせ明日をも知れぬ身だ!
こんな奴に、媚びへつらってられるか!
二度と再び、下手になんて、出てやらないぞ! 暴力にだって、屈するもんか!
「なにやら、そちらの御仁……だいぶ、切羽詰まっとるらしいですな」
ぬぅ――っと、暗がりから顔を出した壮年男は、髭もじゃ垢まみれの痩身で、どうにもスケベったらしい顔をしていた。初見の相手に失礼とは思うけど、本当にそうなんだモン。
好色さが、ありありと満面に、にじみ出てるって云うか……とにかく、薄気味悪い。
「あぁん? なんだ、オッサン」
「どうぞ、お気になさらず。ただの癇癪ですから」
僕は、その不潔な好色おじさんと、あまり関わりたくなかったので、神々廻道士を軽く去なし、会話を終わらせようとした。無論、神々廻道士は、癇癪玉を破裂させたけどね。
「黙れ! デカチン色魔シロ!」
また! 僕の品位を貶める! その呼び名だけは、嫌だったのに! こん畜生――っ!
だが神々廻道士は、僕の憤慨などまるで意に介さず乱暴に押しのけると、不潔な好色おじさんへにじり寄った。ヒカヒカと鼻をうごめかせ、おじさんの臭いを嗅ぐ。臭そうだな。
「喂、あんた……鬼去酒の匂いがするな。持ってるのか?」
「持っとるよ。ホレ、この通り……哈哈哈」
不潔な好色おじさんは、ボロ布の貫頭衣の裾から、つやつやした酒瓢箪を取り出した。
神々廻道士の目前にチラつかせ、彼の、飽くなき酒への欲望をあおり立てる。
「しかし、只では譲れんな」
「ふん、他人の足元見やがって……狙いはなんだ?」
不潔な好色おじさんは、口の端をいやらしくゆがめ、僕を指差した。しかも、小指で。
「……へ? 僕?」
「活きのいい白面の尻に、近頃ありついてなかったんでな」
なに? どういうこと? え? え? えぇえっ!?
「なんだ。そんなことなら、貸してやる。だから、早く酒よこせ」
「ちょお――っと、待ったぁ――っ! 尻!? 尻って、なんですか!?」
「阿呆か。クソをひり出す穴に決まってんだろ」
「そういうことじゃなくて、ですね!」
僕は顔面蒼白で、神々廻道士の襟首をつかんだ。
「ぐひひひひっ……可愛いのう」
スルリ……と、僕の裾細袴の帯を、簡単に解き始める不潔な好色おじさん。
「嫌ぁ――――っ!」
僕は全身総毛立ち、悪寒で肌理が粟立ち、必死で神々廻道士に助けをもとめた。
「女みてぇな悲鳴上げて、しがみつくんじゃねぇ!」
「嫌です! 嫌です! 嫌です! 嫌です! 嫌です! 嫌です! 嫌で……はぐっ!」
腹を、またまた、また……殴られて、もう、息が、止まりそう。
「一回聞きゃあ、判んだよ! しつけぇな!」
酒のために、弟子を売る!? それが人の、することか!?
だけど、そうして僕が大人しくなった一瞬の隙に、不潔な好色おじさんは目にも止まらぬ早業で、僕の裾細袴を脱がし、下穿きまで引っ張り下ろし、無防備な尻をなでさすった。
その上で、僕の尻を高々と持ち上げた。うげぇ――っ!
「心配要らんよ。儂はただ、憑坐が欲しいだけ……ここから、脱出するためのな。用がすめば、すぐに出て往ってやるから、安心して尻を出せ。しばしの辛抱じゃ。ささ、はよう」
初体験が、こんな不潔な好色おじさんだなんて、嫌だよぉ――っ!
他のことなら、なんでもするから、それだけは勘弁してぇ――っ!
「きゃあぁぁあぁぁぁぁあっ! 助けて、神さまぁあぁぁぁぁあっ!」
僕は尻の穴に思いっきり力をこめ、異物の侵入を命懸けでこばんだ。ところが――、
「……って、アレ?」
僕は、スースー寒いだけで、他になんにも感じない尻を、不可解に思い、薄目を開けた。
すると、不潔な好色おじさんの姿は、牢内のどこにも見えず……影も形もなくなっていた。つまり消えちゃったんだ! 僕は、ニタニタ笑う神々廻道士へ、恐る恐る聞いてみた。
「あの……い、今の、おじさんは?」
「てめぇのケツん中だろ」
「哈哈、まさか……ん? なんか、お腹が、モゾモゾする……ま、まさか! まさか!」
僕は腹部の膨張感と、蠕動運動の激しさに、いよいよ懸念を増大させた。
神々廻道士は、さも愉快げに僕を見、ただいまの現象について講釈し始めた。
「ありゃあな、鬼生虫ってんだ。人体の九穴……女は十穴だな。そこから侵入し、そいつを意のままに操るって……まぁ、邪鬼の一種だ。下っ端の下っ端ってトコだな。心配すんな。なかなか出て来ねぇで、悪さ働くようなら、俺さまが引き出してやるからよ。哈哈」
寄生虫……もとい、鬼生虫と聞いて、僕の背筋をまたしても悪寒が走った。
「鬼生虫……ひっ、ひぇえぇぇえっ! 今すぐ、取って! 取って! 取ってぇえっ!」
僕は必死の形相で、神々廻道士の襟首にしがみつき、わめいた。神々廻道士は、僕の手を乱暴に払いのけ、面倒臭そうに押しやると、おじさんが残していった酒瓢箪をあおった。
「いちいちうるせぇな! お、こいつは上物じゃねぇか! やっぱ、鬼去酒は最高だぜ!」
なんて無慈悲な……体内に、あんな不潔で、不気味で、スケベったらしい妖怪もどきが、侵入しているのかと思うと、僕はもう、おぞましくて、居ても立ってもいられないよぉ!
「そんなぁ、非道いよぉ……うっぷ、なんか、吐き気が……それに、大の方も」
突然の体調不良と、猛烈な便意に襲われて、僕は脂汗をかき始めた。
「クソか? てめぇ、どこまで他人に迷惑かける気だ? こんなせまい牢内で、くっせぇクソ漏らしやがったら、ただじゃおかねぇぞ! ケツの穴に、焼け火箸、突っこんだる!」
「誰のせいですか! あの……すみませぇん! 厠に往かせてくださぁい! うひっ!」
そうこうする内にも、神々廻し道士は、持ち前の諧謔趣味と、底意地の悪さを発揮して、僕の腹を容赦なく圧迫する。ちょっと! そんなことされたら、本当に漏らしちゃうじゃないか! やめてくれよ、莫迦!
云ってることと、やってることが、矛盾しすぎだろ!
だが、その時、地下牢の頑丈な鉄扉が開き、討伐隊員が二人、つかつかと入って来た。
僕を指差し、声高に命令する。
「汪楓白! 出ろ!」
「は、はい! もう出そうで……え?」
「燕隊長がお呼びだ! 早く出ろ!」
隊員二名は、錠前を外し、鉄格子のせまい出入口を、僕のために開放してくれた。
もしかして、釈放? いや……悪くすれば、拷問? うぅむ、後者の方が確率高しだな。
「じゃ、頑張って来いよ」
神々廻道士は僕の背中を軽く叩き、笑って見送るつもりだ。けれど、戦々恐々と振り返った僕に対し、神々廻道士は突如、眉間にシワを寄せ、唇を真一文字に結び、うそぶいた。
「あ、あの……」
「但し、余計なこと、しゃべったら……」
「しゃべったら?」
迫力みなぎる語気に、僕はおびえて生唾をゴクリと呑みこんだ。途端に、神々廻道士は破顔し、鷹揚な態度で、さっきとは真逆の、不真面目で冗談めかしたセリフを投げて来た。
「……ま、いいか。思いっきり垂れ流して来い」
「哈、哈哈……冗談に、なってないよ」
僕は、グルグルとうなる腹をかかえたまま、地下牢を出て、石段を昇り、幾重もの鉄扉や門戸をくぐり抜け、長い回廊を歩き、隊員二名に連行され、燕隊長の執務室へ向かった。
途中、いよいよ切迫した僕は、「あの、厠に……」と、問いかけたが――、
「私語は慎め。隊長をお待たせするな」
「で、でも……今にも出そうで」
「我慢しろ」
「はい」
それ以上、有無を云わさぬ隊員たちの強い語調に、僕はあきらめざるを得なかった。
腹部と肛門に、ありったけの力をこめ、便意から気をそらすよう心がけ、ついに立派な執務室の前に立った。
けれど、いつまで保つものやら……そう長くは、我慢できないぞ?
啊、最悪だ……この上、脱糞でもしようモンなら、もう僕の人生は、終わったも同然だ。
だって、こんな主人公あり得ないでしょ! 誰が同調してくれるのさ!
「隊長、連れて来ました」
「入れ」
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