神さまなんて大嫌い!

緑青あい

文字の大きさ
42 / 64
汪楓白、男色の危機に晒されるの巻

其の壱

しおりを挟む

 そんなことになってるなんて、まるで知らない僕は今、最悪の状況に身を置いていた。
「……はぁ」
「……ヤレヤレだな」
 ここは、百鬼討伐隊ひゃっきとうばつたい本陣『白宿つくもじゅく冥府曼荼羅堂めいふまんだらどう』の、暗く冷たい石造りの地下牢。
 そこへ、隊員たちによって、手荒く放りこまれた僕と神々廻ししば道士は、青息吐息であった。
 雨音が聞こえる。降り出したのか……まるで、僕の運命を悼む泪雨のようだな。
「チッ……どっかの阿呆のせいで、散々だぜ、まったく」
「えぇ、えぇ、阿呆のせいでねぇ……誰が、阿呆ですか!」
彪麼ひょうまのことに、決まってんだろ、阿呆!」
「あ、なるほど……って、今、僕に阿呆って云いましたよね」
「畜生、あいつ……瓢箪ひょうたんまで取り上げやがって! どうなっても知らんぞ!」
「ちょっと……僕の話、聞いてます?」
「やべぇ……鬼去酒きこしゅが切れそうだ」
「よかったじゃないですか。タマには酒気を抜いた方が、体のためですよ。大体、毎日毎日、浴びるほど、浸かるほど、溺れるほど呑み続けて、平気な方が不思議なんですからね」
「太平楽なこと、ほざいてんじゃねぇ! シラフになっちまうんだぞ!」
「なってくださいよ! 大体、この期に及んで酒って……太平楽はどっちですか!」
 ついに我慢の限界を超えた僕は、思わず口ごたえしてしまった。
 途端に――、
――ビタ――ンッ!
 張り手一発! い、今のは……かなり、き、効いた! うっ……クラクラ!
「じゃっかましい! 奴隷の分際で、この俺さまに、口ごたえばっかするようになりやがって! 生意気な青二才が、図に乗んじゃねぇ! いいから、酒だ! 酒持って来ぉい!」
 こりゃあ、完璧な酒乱だ!
 折角まとめた元結髷もとゆいまげは解き、長袍ちょうほうもしどけなく着崩し、あぐらをかいて大威張りするさまは、まさに暴君と呼ぶにふさわしい! これで道士だなんて、絶対に信じられないぞ!
「も、持って来られるワケ、ないでしょお! ここは百鬼討伐隊本陣の、牢屋敷ですよ!」
「黙れ。神の命令だ。持って来い」
「無理です」
 僕は、努めて冷静に、酒乱道士へ対応しようとした。
「無理ですむか! 奴隷なら、神の命令に従え!」
「神なら、自分でなんとかしなさいよ!」
「なにをっ……ムチャクチャ云うな!」
「あのね……どっちが、ですか!」
 互いにつかみ合い、罵り合う僕らのすぐそばで、その時、不意に咳払いが聞こえた。
「あ~、コホン」
「「……あ」」
 先客の存在に、まったく気づかなかった僕は、なんともバツが悪くて頭を下げた。
「どうも、すみません。ウチの神が、ご迷惑をおかけしてます」
「なんだ、その態度は! 俺さまをなめてやがんのか!」
「あなたの代わりに、先客へ謝ってるんじゃないですか!」
 もう、どうせ明日をも知れぬ身だ!
 こんな奴に、媚びへつらってられるか!
 二度と再び、下手したてになんて、出てやらないぞ! 暴力にだって、屈するもんか!
「なにやら、そちらの御仁……だいぶ、切羽詰まっとるらしいですな」
 ぬぅ――っと、暗がりから顔を出した壮年男は、髭もじゃ垢まみれの痩身で、どうにもスケベったらしい顔をしていた。初見の相手に失礼とは思うけど、本当にそうなんだモン。
 好色さが、ありありと満面に、にじみ出てるって云うか……とにかく、薄気味悪い。
「あぁん? なんだ、オッサン」
「どうぞ、お気になさらず。ただの癇癪ですから」
 僕は、その不潔な好色おじさんと、あまり関わりたくなかったので、神々廻道士を軽く去なし、会話を終わらせようとした。無論、神々廻道士は、癇癪玉を破裂させたけどね。
「黙れ! デカチン色魔シロ!」
 また! 僕の品位を貶める! その呼び名だけは、嫌だったのに! こん畜生――っ!
 だが神々廻道士は、僕の憤慨などまるで意に介さず乱暴に押しのけると、不潔な好色おじさんへにじり寄った。ヒカヒカと鼻をうごめかせ、おじさんの臭いを嗅ぐ。臭そうだな。
おい、あんた……鬼去酒の匂いがするな。持ってるのか?」
「持っとるよ。ホレ、この通り……哈哈哈ハハハ
 不潔な好色おじさんは、ボロ布の貫頭衣かんとういの裾から、つやつやした酒瓢箪を取り出した。
 神々廻道士の目前にチラつかせ、彼の、飽くなき酒への欲望をあおり立てる。
「しかし、只では譲れんな」
「ふん、他人の足元見やがって……狙いはなんだ?」
 不潔な好色おじさんは、口の端をいやらしくゆがめ、僕を指差した。しかも、小指で。
「……へ? 僕?」
「活きのいい白面はくめんの尻に、近頃ありついてなかったんでな」
 なに? どういうこと? え? え? えぇえっ!?
「なんだ。そんなことなら、貸してやる。だから、早く酒よこせ」
「ちょお――っと、待ったぁ――っ! 尻!? 尻って、なんですか!?」
「阿呆か。クソをひり出す穴に決まってんだろ」
「そういうことじゃなくて、ですね!」
 僕は顔面蒼白で、神々廻道士の襟首をつかんだ。
「ぐひひひひっ……可愛いのう」
 スルリ……と、僕の裾細袴すそぼそばかまの帯を、簡単に解き始める不潔な好色おじさん。
「嫌ぁ――――っ!」
 僕は全身総毛立ち、悪寒で肌理きめが粟立ち、必死で神々廻道士に助けをもとめた。
「女みてぇな悲鳴上げて、しがみつくんじゃねぇ!」
「嫌です! 嫌です! 嫌です! 嫌です! 嫌です! 嫌です! 嫌で……はぐっ!」
 腹を、またまた、また……殴られて、もう、息が、止まりそう。
「一回聞きゃあ、判んだよ! しつけぇな!」
 酒のために、弟子を売る!? それが人の、することか!?
 だけど、そうして僕が大人しくなった一瞬の隙に、不潔な好色おじさんは目にも止まらぬ早業で、僕の裾細袴を脱がし、下穿きまで引っ張り下ろし、無防備な尻をなでさすった。
 その上で、僕の尻を高々と持ち上げた。うげぇ――っ!
「心配要らんよ。わしはただ、憑坐よりましが欲しいだけ……ここから、脱出するためのな。用がすめば、すぐに出て往ってやるから、安心して尻を出せ。しばしの辛抱じゃ。ささ、はよう」
 初体験が、こんな不潔な好色おじさんだなんて、嫌だよぉ――っ!
 他のことなら、なんでもするから、それだけは勘弁してぇ――っ!
「きゃあぁぁあぁぁぁぁあっ! 助けて、神さまぁあぁぁぁぁあっ!」
 僕は尻の穴に思いっきり力をこめ、異物の侵入を命懸けでこばんだ。ところが――、
「……って、アレ?」
 僕は、スースー寒いだけで、他になんにも感じない尻を、不可解に思い、薄目を開けた。
 すると、不潔な好色おじさんの姿は、牢内のどこにも見えず……影も形もなくなっていた。つまり消えちゃったんだ! 僕は、ニタニタ笑う神々廻道士へ、恐る恐る聞いてみた。
「あの……い、今の、おじさんは?」
「てめぇのケツん中だろ」
「哈哈、まさか……ん? なんか、お腹が、モゾモゾする……ま、まさか! まさか!」
 僕は腹部の膨張感と、蠕動運動の激しさに、いよいよ懸念を増大させた。
 神々廻道士は、さも愉快げに僕を見、ただいまの現象について講釈し始めた。
「ありゃあな、鬼生虫きせいちゅうってんだ。人体の九穴……女は十穴だな。そこから侵入し、そいつを意のままに操るって……まぁ、邪鬼の一種だ。下っ端の下っ端ってトコだな。心配すんな。なかなか出て来ねぇで、悪さ働くようなら、俺さまが引き出してやるからよ。哈哈」
 寄生虫……もとい、鬼生虫と聞いて、僕の背筋をまたしても悪寒が走った。
「鬼生虫……ひっ、ひぇえぇぇえっ! 今すぐ、取って! 取って! 取ってぇえっ!」
 僕は必死の形相で、神々廻道士の襟首にしがみつき、わめいた。神々廻道士は、僕の手を乱暴に払いのけ、面倒臭そうに押しやると、おじさんが残していった酒瓢箪をあおった。
「いちいちうるせぇな! お、こいつは上物じゃねぇか! やっぱ、鬼去酒は最高だぜ!」
 なんて無慈悲な……体内に、あんな不潔で、不気味で、スケベったらしい妖怪もどきが、侵入しているのかと思うと、僕はもう、おぞましくて、居ても立ってもいられないよぉ!
「そんなぁ、非道いよぉ……うっぷ、なんか、吐き気が……それに、大の方も」
 突然の体調不良と、猛烈な便意に襲われて、僕は脂汗をかき始めた。
「クソか? てめぇ、どこまで他人に迷惑かける気だ? こんなせまい牢内で、くっせぇクソ漏らしやがったら、ただじゃおかねぇぞ! ケツの穴に、焼け火箸、突っこんだる!」
「誰のせいですか! あの……すみませぇん! かわやに往かせてくださぁい! うひっ!」
 そうこうする内にも、神々廻し道士は、持ち前の諧謔趣味と、底意地の悪さを発揮して、僕の腹を容赦なく圧迫する。ちょっと! そんなことされたら、本当に漏らしちゃうじゃないか! やめてくれよ、莫迦ばか
 云ってることと、やってることが、矛盾しすぎだろ!
 だが、その時、地下牢の頑丈な鉄扉が開き、討伐隊員が二人、つかつかと入って来た。
 僕を指差し、声高に命令する。
汪楓白おうふうはく! 出ろ!」
「は、はい! もう出そうで……え?」
えん隊長がお呼びだ! 早く出ろ!」
 隊員二名は、錠前を外し、鉄格子のせまい出入口を、僕のために開放してくれた。
 もしかして、釈放? いや……悪くすれば、拷問? うぅむ、後者の方が確率高しだな。
「じゃ、頑張って来いよ」
 神々廻道士は僕の背中を軽く叩き、笑って見送るつもりだ。けれど、戦々恐々と振り返った僕に対し、神々廻道士は突如、眉間にシワを寄せ、唇を真一文字に結び、うそぶいた。
「あ、あの……」
「但し、余計なこと、しゃべったら……」
「しゃべったら?」
 迫力みなぎる語気に、僕はおびえて生唾をゴクリと呑みこんだ。途端に、神々廻道士は破顔し、鷹揚おうような態度で、さっきとは真逆の、不真面目で冗談めかしたセリフを投げて来た。
「……ま、いいか。思いっきり垂れ流して来い」
「哈、哈哈……冗談に、なってないよ」
 僕は、グルグルとうなる腹をかかえたまま、地下牢を出て、石段を昇り、幾重もの鉄扉や門戸をくぐり抜け、長い回廊を歩き、隊員二名に連行され、燕隊長の執務室へ向かった。
 途中、いよいよ切迫した僕は、「あの、厠に……」と、問いかけたが――、
「私語は慎め。隊長をお待たせするな」
「で、でも……今にも出そうで」
「我慢しろ」
「はい」
 それ以上、有無を云わさぬ隊員たちの強い語調に、僕はあきらめざるを得なかった。
 腹部と肛門に、ありったけの力をこめ、便意から気をそらすよう心がけ、ついに立派な執務室の前に立った。
 けれど、いつまでつものやら……そう長くは、我慢できないぞ?
 ああ、最悪だ……この上、脱糞でもしようモンなら、もう僕の人生は、終わったも同然だ。
 だって、こんな主人公あり得ないでしょ! 誰が同調してくれるのさ!
「隊長、連れて来ました」
「入れ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

彼の巨大な体に覆われ、満たされ、貪られた——一晩中

桜井ベアトリクス
恋愛
妹を救出するため、一ヶ月かけて死の山脈を越え、影の沼地を泳ぎ、マンティコアとポーカー勝負までした私、ローズ。 やっと辿り着いた先で見たのは——フェイ王の膝の上で甘える妹の姿。 「助けなんていらないわよ?」 は? しかも運命の光が私と巨漢戦士マキシマスの間で光って、「お前は俺のものだ」宣言。 「片手だけなら……」そう妥協したのに、ワイン一杯で理性が飛んだ。 彼の心臓の音を聞いた瞬間、私から飛びついて、その夜、彼のベッドで戦士のものになった。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

処理中です...