四天王戦記

緑青あい

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左道四天王見参 《第五章》

其の参

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「なんともはや……魂消たまげたわい」と、巨大な鉄扉を通過しながら、杏瑚あんごが吐息をもらす。
ああ……まさに、雲泥の差だな」と、御影石の広い往来を進みながら、栄碩えいせきがつぶやく。
「本当に……同じ街なのかい?」と、立ち並ぶ見世みせの繁栄を見ながら、彗侑すいゆうが感歎する。
すげぇ、楽しそうじゃねぇか!」と、露店や大道芸に胸躍らせながら、倖允こういんが含み笑う。
 というわけで、マクナギと匝峻そうしゅんに案内され《左道四天王さどうしてんのう》がやって来た場所は、『薩唾蓋迷宮さったがいめいきゅう』の最奥部に位置する罪人街随一の歓楽街だった。
 巻貝状の奇抜な景観は、上に往くほど豪奢となり、数えきれない灯籠で光り輝いている。
 まさに、遊興と愉悦のためだけに創られた街である。最初はもっと低い地形だったが、顔役どもが競い合い、自分の見世を増設する内、頂点はどんどん上へ伸びていった。
 堅固な城塞で、下層社会と完全に切り分けられているところなどは、まるで国家の中の小国家と謳われる【劫初内ごうしょだい】の縮小版だ。
 しかし、所詮ここは罪人街。気を抜いてはいけない。
「嫌だぁっ……助けてくれぇえっ!」
 突然、すぐ横の見世から、男の悲鳴がとどろいた。直後、全裸の男が往来へ放り出され、屈強な若衆に押さえこまれた。うつぶせで両手足を開かされ、動きを封じられた男の後ろには、焼火箸を持った見世の主人が、酷薄な笑みを浮かべ佇んでいる。どうやら、見せしめの私刑が始まるらしい。
 物見高い連中が次々と集まって来た。
 主人は容赦なく焼火箸を、男の肛門に突き挿した。男は凄まじい悲鳴を上げて気絶した。周囲からは拍手が巻き起こる。若衆と主人は、半死半生の男をそのまま往来に放置し、さっさと見世の中へ消えた。
 私刑見物が終われば、辺りの野次馬も、つつがなく解散する。
 まるで、何事もなかったかのように……栄碩は顔をしかめた。
「悪趣味だな」
「そうか? あれくらいですめば、まだ儲けモンだぜ」
 マクナギは平素普通の顔で、男を一瞥し歩を進める。四悪党も男を無視し、先を急ぐ。
 生真面目な匝峻だけが、若干気分を害したようで、目をそむけ、大きなため息をつく。
「いつ来ても、ここは本当に滅茶苦茶なところですな……辟易します」
 そうこうする内、一行はようやく、マクナギが営む見世の前まで、やって来た。
牡丹大酒楼ウーダンだいしゅろう』と綴られた看板が、門戸の上に大きく掲げられ、赤提灯の火が煌々とまぶしい。巻貝城郭の最も高い地域に位置するその顔役の見世は、朱塗りに黒塀の四階建てで、絢爛豪華。それは大層、贅沢な造りだった。他の見世とは、明らかに一線を画していた。
「いやはや……大したモンじゃのう。マクナギどのは、まさに一国の主じゃ」
 杏瑚は、出迎える奉公人や侍女の多さに驚き、大袈裟なそぶりで、顔役をほめたたえた。
哈哈ハハ……こそばゆいぜ。お世辞は、やめてくんな。とにかく、上がれよ」
 マクナギは蓬髪ほうはつ頭をかいて、いかめしい顔をニヤニヤさせた。まんざらでもないらしい。
「中も、凄ぇな……広すぎて、迷いそうだぜ」
「これだけの普請だと、いくら金を使ったんだい?」
 倖允と彗侑のセリフで、さらに気をよくしたマクナギは、胸を張り、得意げに答えた。
「なぁに……化他繰けたぐり使って集めた上納金が、そこそこの額になったんでな。思いきっておっ建てたんだが、御頭の見世と比べたら、ここなんざ全然……みすぼらしくて、話にならんさ」と、謙虚な口ぶりではあったが、実際はかなり、鼻高々と云った感じである。
 確かに、マクナギが自慢したくなるのも、当然だった。玄関には、見事な鳳凰の彫像が二対、広間の床は、蓮華模様に嵌めこまれた大理石、各部屋のすだれは、高価で煌びやかな玉飾り、壁板一面には、細密な筆致で極楽浄土が描かれ、至るところに華燭かしょくが置かれ……そんな見世の中を、肌も露な衣装で、申しわけ程度に身をつつんだ、美貌ぞろいの侍女たちが、酒器を片手に、いそいそと往き来している。
 また、回廊の中庭には、花弁を散らした大きな泉水もあり、そこでは、一糸まとわぬ裸の美女たちが、楽しそうにたわむれているのだ。
「これは、これは……いい目の保養になる喃」
「ふん……あんなもの、どこがいいんだ」
「強がるんじゃないよ、栄碩。醜女好しこめずきのお前らにしてみりゃ、さぞや極楽なんだろうさ。俺はすこぶる気分が悪いけど。まったく、もうちょっとマシな女は、雇えなかったのかねぇ」
「美醜はとにかく、あ~あ。やっぱ俺好みの未通女おぼこは、一人もいねぇな。つまんねぇや」
 杏瑚以外の三人は、どこか冷めた目で、女たちの嬌態を見ていた。
 いや、栄碩は、なるべく見ないように心がけていた。
 またぞろ欲情し、背中の【火光尊かこうそん】を嫉妬させることを、極度に恐れているのだろう。
 とにかく、そんなこんなで《左道四天王》と匝峻は、最上階の一番豪勢な部屋へ通された。そこでは、すでに『薩唾蓋迷宮』の顔役九人が、彼らの到着を待ちかねていた。
「お待たせして申しわけありません」と、入室早々、他の顔役どもに低頭するマクナギ。
「おお、やっと来たか」
「ふ~ん。こいつらが、《左道四天王》かい」
「見た目は、大したことねぇな」
「あら、手配書の似顔絵より、ずっといい男じゃないの」
「お前らの悪名と罪業は、ここにも浸透してるぞ」
「啊、かなりの数の、信奉者がいるモンなぁ」
「そうそう、殺して名を挙げようってやからも、多いぜ」
「精々、気をつけることじゃ。しかし、この見世は安全ゆえ、ゆっくりして往けよ」
「たまには息抜きも、あっちを抜くのも、必要でしょう。お手伝いしますわよ」
 口々に云いつのる九人……閻魔顔の頭目《ウラジ》、眼帯の剣客《イナサ》、軟派な女衒ぜげん《ザク》、妖艶な年増娼婦《カジカ》、巨漢の白豚坊主《テンテンボウ》、入れ墨だらけの博徒《ワクラバ》、三尺半身の小男《シュジュ》、禿頭とくとう白髭の老爺ろうや《オンジィ》、女装が似合う陰間かげま《ハズク》……つまり、マクナギを入れると、顔役は全部で十人である。
 いずれ劣らぬ悪相の、前科者ぞろいだ。
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