四天王戦記

緑青あい

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左道四天王見参 《第五章》

其の六

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「出たぞ」
「ほぅ」
「おやおや」
「なるほど」
 八角の穴から、振り出された筮竹ぜいちくを見て、ニヤリと北叟笑ほくそえむ四人。
 顔役どもの不安は、最高潮に達した。
「な、なんだ! 早く云え!」
「ホレ、この通り『ひきつ』じゃ。つまり、わしらの勝ち!」
 勝利を決した筮竹を、子供のように見せびらかしては、したり顔の四悪党しあくとうであった。
「そんな……莫迦ばかな!」
 ワクラバが、杏瑚あんごの手から、急いで筮竹を引ったくる。
 だが、確かに『斗』である。筮竹を囲む顔役十人の表情は、見る見る内に険悪になっていった。
「それでは、約束通り、『苦界島くがいとう』への切符をもらうとするかのう
「但し、往復でな」
「当然、渡し賃は、そちらさん持ちで」
「それと、てめぇらの見苦しい顔、一発ずつ殴らせろ」
 好き勝手云いつのる四悪党に、到頭、顔役十人の、堪忍袋の緒が切れた。
「貴様ら……さては、イカサマ打ちやがったなぁ!?」
「この、ド三品の下衆野郎が! なめた真似して、ただじゃおかねぇぞ!」
「なにが《左道四天王さどうしてんのう》だ! 悪名に自惚れて、ついに墓穴を掘りやがったか!」
「結局やるこたぁ、チンピラ以下じゃねぇか! クソッたれどもが!」
 顔役どもは、隠し持った武器を手に手に、四悪党を完全包囲した。
 思わず、そばで見守る匝峻そうしゅんにも緊張が走る。
 けれど、当の四天王は平気の平左。臆面もなく大言壮語し、顔役どもの神経を逆なでする。
「ほら、これだ。こっちが勝つと、必ず因縁つけるんだよねぇ。子悪党って、ヤダヤダ」
「とにかく、黙って俺たちに服従した方が、身のためだぞ。地獄を見たくはないだろう」
「へいへい。負け犬の遠吠えは、もう聞き飽きたぜ。早く『苦界島』往きの手配しろよ」
 とどめは、杏瑚の放った、この舌鋒ぜっぽうだ。
「なんじゃい。えらぶっとっても、大した権限はないんじゃな。ここの顔役さんたちにゃあ」
 これで、完全に頭に血が上ったウラジは、皆に合図し、一斉に四悪党へ襲いかかった。
「黙れ、黙れ! 『苦界島』へ渡れるのは、皆に一目置かれた、いずれ名のある大悪党ばかり! おどれらの如きゴミクズは、この場で挽き肉にして豚小屋べんじょへ投げ捨ててやるわ!」
 四天王、絶体絶命の危機……ところが――、
「なるほど。要するに、それなりの大罪を犯す必要があるワケじゃな? たとえば、こんな風に」と、云うが早いか杏瑚は、両鎌槍りょうがまやりの石突で、ウラジの太鼓腹をしこたま殴打。
 うずくまった彼の足を、穂先で引っかけ、逆さ吊りにしてしまった。
 間髪入れず、今度は栄碩えいせきが二刀を抜き払い、ウラジの衣服をズタズタに斬り刻む。
 素っ裸にされたウラジは、そのまま杏瑚の剛腕で、遊郭の外へ放り出されてしまった。
 ウラジは、悲鳴を上げる間もなく、例の井戸に落下。
 四階分の高さから、井戸の中へ落とされては、ひとたまりもなく……派手な水音をさせたきり、顔役の頭目ウラジが、ついに井戸から上がって来ることはなかった。
 食器洗いの最中だった醜女しこめは、驚きのあまり、腰を抜かしている。
「きゃあぁぁぁあっ! あんたぁぁぁあっ!」
「おっ、御頭ぁっ! 畜生っ! てめぇら、なんてことしやがる!」
「クソッ……御頭の、弔い合戦だ! こいつらを、生かしてここから出すな!」
 顔役七人(年増娼婦と陰間かげま以外)の男連は、頭目の仇討ち……に、かこつけて《左道四天王》を殺し、自分が次の頭目になる算段で闘志満々。無謀にも目前の敵に立ち向かった。
「おやまぁ……まだやるのかね? なかなかいい度胸をしておるな。しからば、全身全霊でお相手しよう」と、そう云って杏瑚は、ニヤリと獰悪どうあくに嗤い、両鎌槍をかまえなおした。
 栄碩は大小二刀を、彗侑すいゆうは大弓を、倖允こういん独鈷杵とっこしょを、それぞれ巧みに操り、宴席を血で染める。
 直後、連射された彗侑の尖矢とがりやが、釣灯篭を残らず撃ち抜き、広間は深奥な闇につつまれた。
 それとほぼ同時に、命を削る凄絶な断末魔の悲鳴が、遊郭中にとどろき渡った。

「~~妻問婚つまどいこんの、蚊帳かやえん~~と、哈哈ハハ、今日も上首尾だったな……ぎゃあっ!」
 心地よく鼻唄を唄いながら、千鳥足で『牡丹大酒楼ウーダンだいしゅろう』の横道を歩いていた酔っ払いの頭に、なにかが突然、バシャッと降り注いだ。それは、こま切れにされた人間の血肉であった。
「なっ……なんだ、これは!? うっ……うっぷ」
 酔漢は、血生臭さに悪心をもよおし、その場にかがんで吐瀉した。
 近くにいた通行人も、避けきれず、血肉で赤く汚れ、一体何事かと、頭上を振り仰いだ。
「うげぇ! 人の臓物じゃねぇか!」
「まだまだ、降って来るぞ!」
「畜生! かぶっちまった! おえっ……」
 往来は、あっと云う間に血の海と化した。物見高い野次馬が、集まって来る。
 その中に、ボロ布で全身をおおい隠した、怪しい男がまざっていた。
 いや……ちがう。
「やはり、ここにいたか、《左道四天王》……今度こそ、逃がさないよ」
 そうつぶやく声は、確かに女のものだった。
 そう……女賞金稼ぎ《宵染よいぞめの妥由羅たゆら》である。
 標的を見つけても彼女は、ぐちゃぐちゃの血だまりを迂回し、人垣をすり抜けると、厳戒態勢の如かれた『牡丹大酒楼』へは近づかず、そのまま路地の暗がりへ消えて往った。
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