黄金の世界、銀の焔

ひろすけほー

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第十四話「前夜」

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 第十四話「前夜」

 俺と雅彌みやびの時間。

 二人の三年ぶりでの、再会の時間は終わりを告げる。

 ガチャリとドアの開く音が響き、二人の少女が俺の部屋から出た。

 「それじゃあ行きましょうお嬢様」

 ドアの近くで見送る俺の前で、なかなか動こうとしない黒髪の美少女。

 吾田あがた 真那まなはそんな状況の主人に、遠慮がちに促していた。

 「じゃあなみや、今日は会えて嬉しかった」

 苦戦する真那まなに、俺はそう言って手助けをする。
 燐堂りんどう 雅彌みやびは、それでも躊躇しながら俺を見上げていた。

 「……本当に、これが最後なの?」

 消え入るような声で質問をする。

 「ああ、多分……」

 俺の答えに彼女の表情は曇る。

 事が成らなければ、俺は命つきて彼女と再会することは無いだろう。

 事が成ったとしても、この国の支配者、十二士族の統括者である九宝くほう 戲万ざまを亡き者にした俺は、反逆者として姿を消す必要に迫られる、そんな反逆者を出した竜士族と言われないためにも雅彌みやびに会うことは決して許されないだろう。

 どちらにしても……だから多分、これが最後。

 「えっと、大丈夫だって、俺の目的はあくまで九宝くほう 戲万ざまだし、今のところは準備も出来ていない、だからみやの言ったように、ファンデンベルグの連中からは今晩中に逃げるよ」

 俺はそう続けて、多分そうなるであろう、雅彌みやびとの今生の別れを濁した。

 「……」

 彼女は俯いて何かに耐えるような表情のままだ。

 「みや、大事に思ってる人がいなくなったら悲しいけど、それは時間が経てば必ず癒える」

 「癒えないわ……大事な想いが心から消えてしまう訳なんてあるはずない……」

 雅彌みやびの状態に耐えかねた俺が口にした言葉に、彼女は即座に反論する。

 「ああ、そうだ、消える訳じゃ無い……そうだな、分母が増えていくんだ」

 俺はそれでも話を続けた。

 「……分母?」  

 「大事な思い出、それは色あせないと思う、だけど俺達の人生はまだまだ続きがあるだろ?」

 「……」 

 「俺も雅彌みやびも高々十七年だ、この先の人生の方がずっと長い、色んな経験をして、色んな出会いをして、新たな別れも経験するだろう……今の心はそうやって大きくなっていくんだ」

 「心全体が大きくなっていく……?」

 「そうだ、今は心の中を占めるめいいっぱいの想いも、全体が大きくなることによって、それが全てじゃ無くなる、それはつまり、今の想いそのものが無くなるわけでも、ましてや価値の無いものになるわけでも無い」

 「……」

 「俺は自慢するぞ、みやみたいな美人の幼なじみがいたことを、そのみやを助けたのは俺だって、みやの知らない、将来俺が出会う誰かに自慢しまくってやる……今からそれが楽しみで仕方ないくらいだ」

 「……はがね……」

 「だから、だから、現在いまは俺に助けられてくれ……っていっても戲万ざまを倒すのはまだまだ先だろうけどな……」


 「……そういうことは……自慢しない方が格好いいと思うけど……」

 最後はおどける俺に、彼女は呆れたような笑顔で言う。

 ……それは多分無理に作った笑顔だろうけど……それでも彼女がわかってくれた証だろう。

 雅彌みやびの答えに俺は満足げに微笑む。

 雅彌みやびは未だ少し伏し目がちであった視線を上げ、目の前の幼なじみを、濡れ羽色の瞳で改めて見つめた。


 「成長したのねはがね、ビックリするぐらい」

 寂しげな瞳の色はそのままに、それでも、立派になった幼なじみを見つめる瞳は誇らしげに輝き、俺を褒める言葉は、いつもの毅然とした燐堂りんどう 雅彌みやびであった。



 阿薙あなぎ 琉生るいは、一流ホテルと見まがう、ラグジュアリー感漂うリゾートマンションのロビーで様子を伺っていた。

 待合用のソファーに腰を下ろし、常備してある新聞を広げて、その影に身を隠す。

 ウィィーーーン

 暫くして、彼はエレベーターから降りてくる二人の少女を確認する。

 艶のある美しく長い黒髪が一際目を引く、高貴さと清楚さを兼ね備えた比類ない容姿の美少女。
 彼はその少女と彼女を警護する目つきの悪い小柄な少女を、新聞越しに密かに監視する。

 「あの男は、穂邑ほむら はがねは、お嬢様にあんな偉そうに意見するなんて……身の程を弁えた方が良いのでは……なんなら私が」

 そう言って息巻く真那まなに、かどうか分からないが、雅彌みやびがボソリと呟いた。

 「……はがねは何も求めないわ、昔から……」

 「えっ、でも……あれだけあからさまにお嬢様に好意を表していて……それに、お嬢様の為にあそこまでする、あの行動は……」

 「……求めないのよ……はがねは……」

 真那まなは心配そうな瞳で主の顔を見ていた。 

 「求めないのよ……決して自分からは……結局、身の程なんて、一番彼に私の望まないものを、弁えているのは穂邑ほむら はがねなのでしょう」

 雅彌みやびは傍に控える真那まなでは無く、いや、誰にでもなく、そう呟いていた。

 「お嬢様……」

 真那まなはそんな、彼女も滅多に見ることの無い、悲しそうな主人を心配した瞳で見つめた。

 「……」

 「お嬢様?」

 真那まなが不意に立ち止まった主を不思議に思い、声をかける。

 「……」

 真那まなの声にも応えず、じっとロビーのソファーに座る男を見る雅彌みやび

 「お嬢様、あの男が、どうか致しましたか?」

 雅彌みやびの濡れ羽色の瞳は、緊迫した雰囲気で、もし、彼女に今、十分な士力しりょくが残っていたのなら、その美しい双眸は、黄金の煌めきを宿していたに違いないと思わせるほどであった。

 「鬼の真神まがみ……やっぱりそういうことなの……あなたは、私を大事に扱っているのでしょう……でも、それは……あなたが何も望まないのなら……私だって……私だって……」

 「お、お嬢様?」

 主のただならぬ雰囲気に、吾田あがた 真那まなは言葉を失う。

 「真那まな!いくわよ……することが出来たわ!」

 そう言って従者の少女を引き連れて颯爽と去る黒髪の美少女は、いつもの燐堂りんどう 雅彌みやびそのものであった。



 ソファーに腰を下ろし、新聞で顔を隠していた男は、一呼吸おいてそれを下ろし、黒髪の美少女が去った入り口の自動ドアを見つめる。

 「あれが……噂に高い”黄金竜姫おうごんりゅうき”か……」

 そう呟いた男は立ち上がり、エントランスのエレベーターに乗ると最上階のボタンを押した。



 「久しぶり、琉生るい、悪かったな呼び出したりして」

 インターフォンに応えてドアを開けた俺は、相手の顔を見て、そう声をかけた。

 人目を引く長身で、肩まであるしなやかな黒髪を無造作にかきあげて後頭部で括った男。
 切れ長の瞳と鼻筋の通った彫刻のような容姿が、身なりをそれほど気にしていない風の男を、それでも様にしている。

 「いや、構わない、それより火急的速やかに対策を講じる必要がある案件がある」

 彼はいきなり堅い言葉でそう告げると、部屋に入った。

 俺は、さっきまで幼なじみが座っていたソファーに彼を促して、市販のペットボトルのお茶を差し出した。

 「琉生るいはこれが好みだったよな」

 「ああ、すまない」

 阿薙あなぎ 琉生るいは礼を言うと、それを受け取った。

 「!、琉生るい、おまえもしかして怪我してるのか?」

 琉生るいの動きに少し違和感を覚えた俺は確認する。

 「ああ、だがたいしたことは無い、それより此方こちらの報告を先にしても良いか?」

 俺の心配を余所に、話を進める琉生るい、どうやらかなり切迫した用件らしい。

 頷く俺に琉生るいは続ける。

 「俺は少し前まで、ファンデンベルグ帝国の研究所が出していた求人広告の仕事に行っていたんだが、そこで例の、穂邑ほむらが言っていた新兵器の搬入作業があった」

 あまりにタイムリーな話題に俺は驚いた。

 「お、おい琉生るい、おまえなんでそんな所に……あそこがまともな所じゃないって俺の話を聞いていれば分かっていただろう?」

 「ちょっと入り用な事があってな、時給がよかったから応募してみたのだが、思わぬ収穫があった」

 しれっと言ってのける男に、俺は呆れる。

 「それで、穂邑ほむらから聞いていた新兵器とやらの搬入を手伝わされたのだが、どうやらそれを試験運用がてら、誰かを襲うような事を小耳に挟んだ、それが」

 「俺だったって訳か」

 「そうだ、だから俺は、作業後、整備室に忍び込み……妨害工作を試みた」

 「妨害工作って?、琉生るい、おまえ、そっち系はさっぱりだろ?」

 「ああ、その通りだ、だから、兎に角、分かる限り、配線とかを適当に繋いだり、繋がなかったりしてみた」

 「……なんかおかしいぞ、その日本語」

 俺は真面目な顔で意味の通らない変梃な言葉を発する友人を微妙な顔で見る。

 「余計なことだったか?」

 阿薙あなぎ 琉生るいは、普段のクールな見た目からは想像できない様な、情けない表情で俺に聞いた。

 「はは、いや、悪かった琉生るい、違うんだ……すごく助かった、本当に、あれはおまえの仕業だったのか、はははっ」

 俺は、少し前の自分達の窮地と、それを脱した経緯、それにブリトラが予期せぬ異常をきたした時の、ヘルベルト・ギレの顔を思い出して、思わず笑ってしまっていた。

 「?」

 そして、意味の分からない顔をしている阿薙あなぎ 琉生るいに、俺は琉生るいを呼び出した理由、そしてここまでの経緯を掻い摘んで話した。


 「では、決行するのか?」

 阿薙あなぎ 琉生るいは、切れ長の瞳を鋭く光らせる。

 「ああ、予想外の早さだったが、BT-RT-04ベーテー・エルテー・フィーアは完成していた、状況的には最悪の事態だったが、それを確認したときは流石に、気持ちが高ぶったよ」

 俺は、つい先程、自身を窮地に陥れた化け物の完成を歓迎していた。

 「しかし穂邑ほむら、それともう一度相まみえるのは危険では無いのか?」

 「危険は危険だが、今度はこっちも用意して行くからな……この日のための、あれを」

 そう言って俺は視線で部屋の隅に置いてあるアタッシュケースを指す。

 「完成していたのか……あれが」

 阿薙あなぎ 琉生るいの言葉に大きく頷くと、テーブルの上にコトリとUSBメモリを置く。

 「それから、こっちも完成済みだ」

 そう言って俺は不敵に笑った。

 「……分かった、俺はどうすればいい?一緒に闘うか?」

 俺の仕草に納得したような琉生るいは、今後の自身の行動を確認する。

 「……琉生るい、おまえ怪我してるだろ、ここまででいいよ、今までよく付き合ってくれた」

 俺は琉生るいが負傷しているのを考慮に入れて、作戦を変更するつもりだ。
 これ以上、俺にとって大事な人間を危険に巻き込むわけにはいかない。
 まして明日の相手は、その代価が余りにも大きすぎる。

 「俺は必要ないのか?穂邑ほむら、俺とおまえはどういう関係だ?」

 気遣う俺の言葉に、即座に反論する琉生るい

 「……」

 「……」

 そうだった、阿薙あなぎ 琉生るいという男はこういう人物だった。

 三年前、俺の命を救ってくれ、その後も何かと力を貸してくれた。
 厄介な立場の俺に、琉生るいも彼の家族も、何も聞かずに接してくれた。
 だからこそ、俺は彼を頼り、この計画のあらましを、琉生るいだけには話していたのだ。

 「……悪かった琉生るい、ただ、怪我の方は?」

 「それは本当にたいしたことは無い、奴らから逃走するときに少しばかり芝居を入れただけで、本当はかすり傷だ」

 アハト・デア・ゾーリンゲンを二個中隊壊滅させた男の代価はかすり傷程度、その事実が、彼もまた、雅彌みやび彩夏あやかと同じ、桁違いの存在であることを物語っていた。

 「わかった、じゃあ報酬の話だ」

 「それも無用だ、いつも言っているだろう」

 いつも通り、そう答える琉生るいに、俺は珍しく首を横に振る。

 「琉生るい、友達同士でも、こういうことはちゃんとするものだ、入り用なんだろ?」

 阿薙あなぎ 琉生るいはいつもこうやって報酬を受け取らない、彼は友からはそういうものを受け取るべきでないと考えているようだが、今回に限り俺は強引に受け取らせる。

 それだけ危険な仕事であるし、阿薙あなぎ 琉生るい曰く、”入り用”という状況も、俺なりにくみ取ったつもりだ。

 「……すまない、報酬をもらうと、そう言う関係だけのような気がして、少しな……」

 傭兵稼業で生計を立てている彼らしい考え方だ。

 本当に済まなさそうにする琉生るいに、俺は笑って報酬である百万円単位の束を複数、机の上に差し出した、勿論、入り用のことは一切聞かないで。

 「こっちがお願いしてるんだ琉生るい琉生るいが手を貸してくれれば大助かりだし、だから礼とか他人行儀は無しだ、琉生るいは真面目だな、ほんと、彩夏あやかはその辺、抜け目ないぞ」

 俺は笑って言う。

 「あの女は……よくわからん」

 琉生るいは難しい顔で、同族の女を思い浮かべている様だった。

 「そうか?分かり易いと思うけどな、俺は」

 俺も奔放な鬼姫を思い浮かべた、思わず口元が緩んでしまう。

 「ともかくこの計画を話しているのは、琉生るい、おまえだけだ」

 「うむ、友からの信頼には応えよう、必ず穂邑ほむらの悲願を叶えさせてやる」

 阿薙あなぎ 琉生るいからしっかりとした返事が返ってくる。

 「わるいな、琉生るい、本当助かる」

 改めて頭を下げる俺。

 「それこそ他人行儀だ、俺とお前の仲だろう」

 そう言って阿薙あなぎ 琉生るいは珍しく声を上げて笑った。

 
第十四話「前夜」END
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