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独立編
第一話「最嘉と無垢なる深淵」前編
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子供の頃の話ってのは思い出したくない赤面の黒歴史の宝庫だ。
斯くいう俺も……
――
「武勲、第三は……鈴原 最嘉!」
ザワッ!!
高らかに読み上げられた俺の名に、場が一層のどよめきに揺れた。
――島国”暁”の中央南部に位置する大国”天都原”
その周辺に点在する小国家群のひとつである臨海領の居城で、先の戦に対する論功行賞が行われていた。
「はっ!」
自身の姓名を呼ばれた俺は一礼すると、居並ぶ諸将の集団から一歩進み出る。
「っ!」
「ふん」
「ちっ」
ザワザワと俄に騒がしくなる場内。
僅か十五歳の年端もいかぬ少年による、並み居る諸将を押しのけての手柄は――
俺自身も何度目かではあるが、善意、悪意を選ばずやはり衆目の興味の的であるのだ。
「……」
対して――
周囲の反応は兎も角、当の俺自身は至って普通。
この臨海領の領主である”鈴原 大夫”の嫡男にして、武の才・文の才を兼ね備えた麒麟児と評判の俺なら当然だろう。
――なんて、な
――
「ちっ、次期当主だからって」
「実績は認めるがな、やはり”そういうの”もあるよな?」
「……お坊ちゃんめ」
などなど、陰口は勿論ある。
だが、所詮それは俺にとっては負け犬の遠吠えだ。
――人間は生まれながらに不平等だ
頭の良さや身体的素養、容姿などなど、
人生のスタート時点での、生まれ持っての財産の差も才能と言うのであれば……
金持ちや領主の子に生まれるのも才能といえるだろう。
しかも、俺の場合は数々の戦手柄であって俺自身のたゆまぬ努力の賜だ。
故になんら引け目に感じることなど無いのだ。
――家柄がどうとか、才能がどうとか、
剰え、他人の批判をする暇なんてものがあったら一度でも血の滲むような努力を飽きるほどしてから口にしろ!と思う。
「…………ふぅ」
結論。
言いたい奴には言わせておけば良い。
――それが十五歳の時の俺の、実に可愛げの無い持論だった
――
「鈴原 最嘉、前へ」
「はっ……謹んで拝領致します」
俺はそんな上からな考えを?にも出さず、臨海領主である父……鈴原 大夫にペコリと頭を下げてから、報奨であるところの”宝刀”を受け取った。
「我が臨海の勇将、名将の御歴歴を差し置いて、私如き若輩者には過ぎたる栄誉です」
続いて振り返り、居並ぶ諸将達に顔が見えなくなるほど頭を下げて殊勝さを演出する。
――とは言うものの、まぁな……
子供が大人達に先んじて手柄を立てているんだから、常に”配慮”は必要だ。
謙ると言うよりも処世術、敵なんてものは無いに越したことは無いのだ。
子供らしからぬ考えを巡らせながら、俺は心中で”いつもの”言葉を反芻していた。
――未だ、未だだ……
この乱世に生まれてきたからには最大限の高みに登りたい。
――俺はもっと上に行く!
――
「っ!?」
そう決意していた俺の視線が”ふと”貴賓席の一角に惹きつけられる!
「…………」
何時もは全く気にならない周囲……
鈴原 最嘉という主人公の世界に生きる脇役に過ぎない景色に、
「…………」
その時の俺は完全に我を忘れ、目を奪われていた。
「…………」
今まで経験した事の無い感覚に、極自然に、当たり前のように、”貴賓席の一角”に視線が張り付いたのだ。
――――
現在から考えたら、それは或る意味”運命”だったのだろう。
「…………」
臨海領の諸将が居並ぶ正面、領主である父が立つ後ろに並んだ貴賓席のその場所に、俺は間抜けにも暫く視線を絡め取られていた。
――そこは同盟国の領主やそれに類する賓客を招く場所だ
そして、その時は賓客中の賓客、同盟国といっても我が臨海にとっては盟主国たる大国”天都原”の王弟……”京極 隆章”公が訪れていたのだ。
「…………」
京極 隆章は大国である天都原のナンバーツーである大人物である。
確かに実質的には属国扱いの我が臨海では滅多にお目にかかれない大物であるが……
俺の興味は一際威厳のある髭の人物よりもその隣――
「…………」
サイズに合わない大きさの大仰な椅子の上へ”ちょこん”と人形のように可愛らしく座った、信じられないほど整った顔立ちの美しい少女に一瞬で独占されていたのだ!
――
腰まで届く降ろされた緑の黒髪はゆるやかにウェーブがかかって輝き、
白く透き通った肌と対照的な艶やかな紅い唇が退屈そうに結ばれている。
――年の頃は俺と同じくらいだろうか?
十四、五才くらいの少女……
「…………」
いや!未だあどけなさが抜けないまでも、見たことも無いくらいに美しい少女!
そして極めつけは漆黒の!
恐ろしいまでに他人を惹きつける……
――”奈落色”の双瞳
「…………う……ええと」
言葉にならない。
いや、しても仕方が無いのだが……
”奈落”という……無垢で可愛らしい少女の美しさを表現するには大凡そぐわない、その表現が何故かその時の俺には一番シックリと収まったのだった。
「……ええ……と」
「……」
――っ!?
不意に!ふと、その美少女の小さく品のある口元に僅かな角度がついた……気がした。
――俺に?
確かに目が合った、だがこの距離では……
――けど、どう考えても俺しかいない……よな?
気のせいでは無い!
黒髪美少女の代表的特徴、美しくもどこか不安にさせる魅惑的な双瞳が俺を見ている。
「……う」
大勢の眼前にも拘わらず、賓客である異国の美少女から目が離せない俺。
「クスッ」
――なっ!?
今度は――
完全に笑った。
いや、笑ったって程じゃ無いけど……確かに微笑した。
あくまで控えめに、だが!白い指を添えて覆われた紅い口元が僅かに綻んだのを俺は見逃さなかった!!
「……」
俺は生まれて初めて異性に心臓が跳ねる!!
――過去を現在から考察してみるに
やはり其れは”運命”だったのだろう。
但し――
”運命”というものが必ずしも幸運な事であるとは限らないのだが……
――――
――
バンッ!!
「おっ!?」
突然の騒音にビクリと反応して意識が覚醒する。
「謀られたんだろうがっ!俺達はっ!!」
木製で比較的厚みのあるテーブルを叩きつけて大男が立ち上がっていた。
仰々しい重装鎧を装着した上背のある男。
いや、上背というより最早、人食い熊か怪力ゴリラといった人外の巨人。
「毎度毎度!!やってられるかっ!!」
そう吐き捨てると巨大熊……もとい、大男は黒いマントを翻らせてその場を去ろうとする。
「……」
善し悪しは置いておくとして、懐かしい想いにふけっていた俺は、未だ少し惚けた頭で…一応、自身の状況を再確認する。
――ええと……
”ここ”は天幕の中。
もっと詳しく表現すると戦の本陣だ。
で……
たった今、被害に遭った哀れな目前の木製テーブルを囲んで、俺を含んだ三人の人物が居る。
因みに俺はテーブルの上に雑誌を広げ、右手にペンを握った状態で座ってウトウトしていたらしい。
「……んん」
雑誌の開かれたページには無数に区切られた四角いマスにページ隅の問題の数々……
”島崎 藤村の詩集、若菜集の代表的な詩です?”
――「初恋」か?
「ああ……だからか」
”そんな”甘酸っぱい事を考えていたから、懐かしくも恥ずかしい、あんな過去の黒歴史に意識が飛んでいたのだろう。
そうだ、そうだった……
俺は……
――
「クロスワードの最中だった!」
「軍議の最中だっ!!」
――おおうっ!?
中々の突っ込み!
立ち上がっていた”むくつけき”大男は、厚かましくも俺の言葉に割り込むようにツッコミを入れたのだった。
「……」
「……フンッ!」
大男はテーブルを叩いた勢いのままの苛立った表情で俺を睨んだ後、今度こそ、そのまま退出を……
「どこに行くのかしらぁ?軍議はまだ終わってないでしょう」
それを即座に引き留めようとする、俺の左向かいに座った女……戦士。
彼女もまた、目前でいきり立った大男ほどでは無いにしても大層な金属製の鎧を身につけていた。
「軍議だと?この期に及んで何を議論するんだ!大勢は決したも同然だろうがっ!!」
「既に勝ち目無しと言うのかしらぁ?随分と臆病者になったモノねぇ。”日限の圧殺王”なんて恥ずかしい異名でぇ、呼ばれるほどのぉ、野蛮人の貴公がぁ」
一応、引き留めてはいるのだろうが……
彼女の軽い言い様は、なんとなく誠意を感じられない。
いや、間延びした独特の口調と相まって、状況にかこつけて大男をからかっている様にしか見えない。
「……ちっ」
だが、立ち止まっていた巨体は再びゆっくりと振り向く。
出て行こうとした大男と、それを熱心さとは無縁の態度で引き留める女。
どちらの鎧も所々歪み、凹み、刀傷や槍傷の跡が生々しい……
軍の大将である彼らがこの有様であるわけだから、この戦いがかなりの苦戦……
いや、”負け戦”であるのは簡単に見て取れるだろう。
「で?野蛮人だと?俺の武勇を愚弄するつもりか!」
女戦士の言葉に屈強で怖面の大男は、ズカズカと大股で腰掛けた相手に詰め寄る。
「はいはぁい、良く出来ましたぁ。次はそこに”お座り”しなさい、圧殺王さん」
歴戦の兵士達でさえ震え上がること間違いない巨漢の恫喝を軽く受け流し、大男が元々に居た席を指さす女戦士。
「ぐ、ぐぬぅぅ」
なんだか乗せられて陣中を去る機会を失った大男は、見た目通りの熊のようなうめき声を漏らしながら女を見下ろしていた。
「…………」
――殺伐としてるなぁ
怒りにまかせ、策も無く戦場を放棄しようとする単純熊男も熊男なら、
それを挑発紛いの軽口で留めさせて平気なマイペース女。
状況をなんら好転させる気が欠片もない。
大男も大男なら、この女も女だ。
「……」
カキカキ
俺は呆れながらも、テーブルの上に広げた雑誌に再びペンを走らせていた。
カキカキ
「……」
カキカキ
「えーと、小説……そうろん?……っと、えっと」
――
「……おい」
「……」
いつの間にか静かになった二人が俺の方を見ているようだが……
いやいや、気のせいだろう。
カキカキ
それより俺は忙しいんだ。
「えっと、浮き雲……って、たしか……」
グイッ!
「おおっ!?って、なんだ?急に雑誌が遠ざかって?」
いや、なんのことは無い。
テーブル上の雑誌に張り付いていた俺の視界は目前の熊男に持ち上げられ、普段見知った高さよりも更なる高度でそれを見下ろしていただけだった。
「おまっ、なにすんだよ?もうちょっとで問題が……」
「それはこっちの台詞だっ!!鈴原!貴様はこの一大事に一体なにしてやがるっ!!」
熊男はただでさえ恐ろしい造りの顔を更に顰めて俺を睨み付けてくる。
「ぐ……はっ」
丸太のような両腕で俺の胸ぐらを掴んで持ち上げるという、そんな理不尽な状態でだ。
「えっと……クロス……ワード?」
哀れな首つり人形の俺は粗暴な野生動物を出来るだけ刺激しないよう注意しつつ、尚且つ、この荒くれ者の荒んだ心が少しでも和むようにと――
ベリーキュートな表情で小首をかしげて答えてやった。
――
「うわっ!」
ガシャン!
次の瞬間!俺の身体は二メートル近くの高さから自身の座していた木製の簡易椅子を弾き飛ばし、一気に乾いた土塊の表面に叩きつけられていた。
第一話「最嘉と無垢なる深淵」前編 END
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