34 / 101
刃の天敵
しおりを挟む
第25話「刃の天敵」
「うん、そうだね」
守居 蛍は少しだけ元気を取り戻したような笑顔を見せる。
そんな彼女を見て何故だかホッとしている自分に俺は気づく。
「ねえ、朔太郎くんはやさしいね」
蛍の笑顔に俺は少し対応に戸惑った。
「やさしい朔太郎くんのおかげで、帰り道はいじめられなくて済んだよ」
明るく言って彼女はペコリと元気よく頭を下げてから去って行った。
――取りあえず大丈夫そうだな
「……」
そう、俺は、俺の渡したスポーツジムの回数券を握りしめて去って行く彼女の状態を確認した後で……五人ほどの同業者をアスファルトに這い蹲らせてからここに来た。
――時間にして一時間ほどか?
いや、”ゴロつき”との戦闘自体は五分もかからなかった。
しかし、その後……
此所に向かう間にちょっとした寄り道があったからだ。
――
―
街中に潜んで虎視眈々と守居 蛍を見張っていた極道者達……
俺は目についた其奴らを片っ端から地面に転がしてからジムへと急いでいた。
「あら、朔くん。どうしたの?そんなに急いで」
「っ!」
汗塗れで先を急ぐ俺を呼び止めたのは――
運転手付きの黒塗り高級車に乗った”ふくよかな”中年の女性。
少し年齢が経っているのと、表面積がやや広いのが玉に瑕だが……なかなかの美女だ。
「槙子さま」
振り向いた俺の顔と拳……
いや、体の至る所に返り血と埃が付着いていただろう。
「ふふ、また随分と”やんちゃ”してるみたいね」
高級車の後部座席、半分くらいまで開いた窓から優しげな笑みを見せる中年女性。
この見るからにセレブな女性は、大田原 槙子。
地元の代議士夫人で、自身も会社を三つ経営している女傑だ。
そして、この状況の俺を見て眉一つ動かさない彼女は改めて流石といえた。
「……」
「そう警戒しないで、朔くんにそんな顔されると悲しくなるわ……まぁ、そんなワイルド系の朔くんもかわいくて素敵だけど」
普段通りの態度で彼女は笑うと、そっと窓から高級そうな包装紙に包まれた”ある物”を差し出してくる。
「これは?」
「ふふふ、以前に朔くんに頼まれていた物よ。ちょうど良かったわ、全く同じ商品はちょっと無かったけど……今年の流行色だし、コレはコレで彼女に喜ばれるんじゃないかしら?」
そう言って車の窓から紙包みを差し出す彼女。
「”彼女”じゃ……ないですよ」
受け取りながらそう答える俺に、槙子は愉しそうに笑った。
「あらそうなの?朔くんモテるでしょうに。まぁ、私は時々、朔くんがお相手してくれれば満足よ」
紙包みを渡しつつ、彼女の濃いめのアイシャドウを引いた瞳が妖艶に光った。
「ありがとうございます、槙子さま。代価は今持ち合わせがないので次回でも……」
礼を言う俺の手をそのまま彼女は握る。
「そうね、利息はお店でサービスしてもらうわ。今日は朔くん、なんだかとっても忙しそうだから」
彼女は冗談めかしてそう言うと俺に別れを告げる。
「そうそう、なにか困った事があったら何でも言ってね。私はどんなことがあっても朔くんの味方よ」
そうして――
去り際、大田原 槙子はウィンクを一つして、ノイズが足下まで響く重厚なエンジン音と共に去って行った。
――と、まぁ、そんなことがありつつの……
ようやく其所に辿り着いた俺の視界に入った景色はまた別の厄介ごとであった。
「多分ね、六神道に捕まった方がマシだよ?得体の知れない極道なんかより」
見慣れた顔の男と、その後ろに控える”手に手に長物を携えた”数人の黒スーツ男達。
俺がバイトするスポーツジムの入り口前の駐車場で、そんな男達に囲まれて佇んでいたのは、少し湿った栗色のショートボブが愛らしい少女だった。
「……」
「警戒するのは解るけどね。六神道でも俺……波紫野に保護されるのが一番マシなんじゃないかなぁ?」
「波紫野 剣……くん?」
「そうだよ、一年前クラスメイトだった。憶えていてくれて光栄だなぁ」
状況的に場違いな笑顔を見せる、俺のクラスメイトで、前席の男。
――手回しの良いことだ
俺はここまで走って来たために、ジワリと汗ばんで素肌に張り付いたワイシャツになんとも言えぬ不快感を感じながらも……
「ちっ!」
二人が会話する場所まで再び走った。
「一応ね……蛍ちゃんの身の安全は長老達に交渉してみるよ。確約はできないけど……お?ぉぉっ!!」
――ヒュォンッ!
詰め寄る俺を察知して、慌てて抜刀された振り向きざまの一閃!
波紫野 剣という男は本身を抜くことに一切の躊躇がない。
「っ!」
背後から駆け寄っていた俺は、咄嗟にそのまま前に踏み出した右足の踵に体重を移動し、踵を起点に縦軸に回転する!
そして――
グルリッ!
相手の振り向きざまの一閃を、駒のように回転して躱した俺は、
振り抜かれた白刃に沿って背中を滑らせ、敵の懐から右の裏拳をお見舞いする!
ガシィィ!
「ひゅぅ!」
抜き身を振り抜いた体勢のまま、刀の柄を握った右手の肘で裏拳をブロックした優男は感嘆の口笛を鳴らす。
「……」
「怖いねぇ、朔ちゃん。けど……退って避けていたら身体の上下が永遠に離れていたよ?」
俺の裏拳を受けたままニヤリと笑う男に、俺も相手の刀身を背中で押さえたまま睨み返す。
――なるほど。しかし、それを言うなら此方も同じような感想である。
波紫野がもし、刀を放して避けていたら……豪快に蹴り飛ばしていたところだ。
「……」
それで俺の現在の体勢は……
背中越しに相手の抜き身の刀を押さえ込みながらも、右の裏拳を相手の肘ブロックに宛がい制止した状況だ。
「本身の刀身に躊躇無く踏み込むなんて、常人の神経じゃないね……ほんとっ!」
「っ!」
呆れたように笑った男は、瞬間で硬直した筋肉を緩め、
小気味良い緊張感で釣り合っていた二人のバランスを崩す!
――ズシュッ!
そして一気に引き抜いた刀身を再び手元に引き戻して、再び俺に……
ガスッ!
「くっ!」
波紫野 剣は刀を構えたまま後方に飛び退いていた。
「……」
無言で俺を睨む波紫野……
表情にはさっきの様な笑みはない。
「……」
俺は左手に握った小石を握り直し、再び親指ではじき出す構えを造っていた。
――
波紫野 剣の肘辺りには服の上から数センチの砂埃の後と……
両手で刀を握りながらも、やや下げられた左袖口からツツゥーと手首に沿って朱い鮮血が伝い落ちる。
「”石礫”って……何時の時代の人間だよ、忍者かい?朔ちゃん」
だが俺にしても――
離れ際に俺を斬り伏せようとした”侍擬き”にそれを言われる筋合いはない。
「べつに……俺は”お弾き”が得意なだけだ」
俺は石を軽く曲げた左手の人差し指のカタパルトに装填したまま、親指に力を込める。
「……」
「……」
――
「ちょ、ちょっと!朔太郎くん、どうなってるのっ!?それに波紫野くんも……」
険悪な表情でお見合いする俺達二人の間に入る、栗色のショートボブが愛らしい少女。
「いや、争いに来たんじゃないんだ。ちょっと色々あってね……蛍ちゃんに少しばかり聞きたいことがあるんだよ」
「え?え?わたしに?」
「その割には殺気が垂れ流しだけどな」
一転してフレンドリーに話す男に俺はツッコんでいた。
――いや、殺す気満々だっただろう
少なくとも俺に対しては……
「実はね、本当のところを言うと……俺は今ね、永伏さんとは別件で動いてる。けど、事と次第によっては蛍ちゃんを斬るよ、勿論、邪魔するようなら朔ちゃんもね」
――ゾクリッ!
今度は言葉通り、有無を言わせぬ殺気だ。
周りの温度が数度下がったような感覚……
「え……ええ……と」
多分、経験したことが無いであろう非日常的な状況に、蛍はすっかり固まってしまっていた。
――まぁ、無理もないだろう
こればっかりは経験がものを言うからな。
「やってみろよ?六神道」
なら……
もう二、三度ほど俺が温度を下げてやるさ……
これが真夏なら冷房要らずだ。
「……」
「……」
俺には馴染みのある空気の中で、
俺は左手の小石を捨て、両手で拳を握っていた。
――!?
途端にざわめく周囲……
俺がわざと漏らした殺気で、波紫野 剣の瞳に緊張が走り、奴の後ろの男達がそれに反応してビクリと身を震わせる!
ザザッ!
あからさまな圧力に過剰反応したのは黒スーツの男共だ。
「う、うわぁぁ!」
「おおおっ!」
男達は長物を抜いて、冷静さを欠いた状態で俺と蛍を囲んだ!
――ちっ、ちょっと虐めすぎたか?
ギラギラと輝く銀色の凶器達に囲まれた俺の顔は……
「……」
きっと嗤っていただろう。
「さ、朔ちゃ……それ……」
波紫野 剣は俺に”なに”を見たのか?
「や、やめろ!この程度の数で押しても被害が増えるだけだっ!!」
青ざめた表情で叫んでいた。
――ちっ!
――
結局、すっかり波紫野 剣が”いきり立った”男達を制してから、奴はスッと前に出て来た。
「……」
「……」
再び対峙する俺と波紫野 剣。
「……殺るのか、殺らないのか?」
しびれを切らした俺の問いかけに、俺の前席の男はフッと表情を崩した。
「負けだよ、今回は俺の負け……だから朔ちゃん、協力して欲しい」
「……」
手のひらを返して急にフレンドリーに話しかけてくる男に俺は警戒心を解かない。
カシンッ!
そして――
氷のように冷たい殺気を放っていた刃を、実に無駄の無い所作で鞘に収める男。
「嬰美ちゃんがね、ちょっと最近様子がおかしかったんだけど……」
もう和解したとばかりに、自分勝手に話し出す男はまるで此処が学校の教室と言わんばかりの普通さだ。
「ここ二日ほど行方不明なんだよ。どうも真理奈ちゃんの言ってた”女生徒失踪事件”に関連してるっぽい」
――東外 真理奈の?
「…………俺に関係あることとは思えない」
一応聞いては見たものの、俺はいつも通り素っ気ない返事を返す。
「頼むよ」
しかし、この波紫野 剣は引き下がらないようだ。
「この後、バイトがある」
「勿論、待つよ」
あからさまに邪険に応える俺に、波紫野は実に屈託無く笑った。
「………………………………ちっ」
そして俺はまたも舌打つのだった。
第25話「刃の天敵」END
「うん、そうだね」
守居 蛍は少しだけ元気を取り戻したような笑顔を見せる。
そんな彼女を見て何故だかホッとしている自分に俺は気づく。
「ねえ、朔太郎くんはやさしいね」
蛍の笑顔に俺は少し対応に戸惑った。
「やさしい朔太郎くんのおかげで、帰り道はいじめられなくて済んだよ」
明るく言って彼女はペコリと元気よく頭を下げてから去って行った。
――取りあえず大丈夫そうだな
「……」
そう、俺は、俺の渡したスポーツジムの回数券を握りしめて去って行く彼女の状態を確認した後で……五人ほどの同業者をアスファルトに這い蹲らせてからここに来た。
――時間にして一時間ほどか?
いや、”ゴロつき”との戦闘自体は五分もかからなかった。
しかし、その後……
此所に向かう間にちょっとした寄り道があったからだ。
――
―
街中に潜んで虎視眈々と守居 蛍を見張っていた極道者達……
俺は目についた其奴らを片っ端から地面に転がしてからジムへと急いでいた。
「あら、朔くん。どうしたの?そんなに急いで」
「っ!」
汗塗れで先を急ぐ俺を呼び止めたのは――
運転手付きの黒塗り高級車に乗った”ふくよかな”中年の女性。
少し年齢が経っているのと、表面積がやや広いのが玉に瑕だが……なかなかの美女だ。
「槙子さま」
振り向いた俺の顔と拳……
いや、体の至る所に返り血と埃が付着いていただろう。
「ふふ、また随分と”やんちゃ”してるみたいね」
高級車の後部座席、半分くらいまで開いた窓から優しげな笑みを見せる中年女性。
この見るからにセレブな女性は、大田原 槙子。
地元の代議士夫人で、自身も会社を三つ経営している女傑だ。
そして、この状況の俺を見て眉一つ動かさない彼女は改めて流石といえた。
「……」
「そう警戒しないで、朔くんにそんな顔されると悲しくなるわ……まぁ、そんなワイルド系の朔くんもかわいくて素敵だけど」
普段通りの態度で彼女は笑うと、そっと窓から高級そうな包装紙に包まれた”ある物”を差し出してくる。
「これは?」
「ふふふ、以前に朔くんに頼まれていた物よ。ちょうど良かったわ、全く同じ商品はちょっと無かったけど……今年の流行色だし、コレはコレで彼女に喜ばれるんじゃないかしら?」
そう言って車の窓から紙包みを差し出す彼女。
「”彼女”じゃ……ないですよ」
受け取りながらそう答える俺に、槙子は愉しそうに笑った。
「あらそうなの?朔くんモテるでしょうに。まぁ、私は時々、朔くんがお相手してくれれば満足よ」
紙包みを渡しつつ、彼女の濃いめのアイシャドウを引いた瞳が妖艶に光った。
「ありがとうございます、槙子さま。代価は今持ち合わせがないので次回でも……」
礼を言う俺の手をそのまま彼女は握る。
「そうね、利息はお店でサービスしてもらうわ。今日は朔くん、なんだかとっても忙しそうだから」
彼女は冗談めかしてそう言うと俺に別れを告げる。
「そうそう、なにか困った事があったら何でも言ってね。私はどんなことがあっても朔くんの味方よ」
そうして――
去り際、大田原 槙子はウィンクを一つして、ノイズが足下まで響く重厚なエンジン音と共に去って行った。
――と、まぁ、そんなことがありつつの……
ようやく其所に辿り着いた俺の視界に入った景色はまた別の厄介ごとであった。
「多分ね、六神道に捕まった方がマシだよ?得体の知れない極道なんかより」
見慣れた顔の男と、その後ろに控える”手に手に長物を携えた”数人の黒スーツ男達。
俺がバイトするスポーツジムの入り口前の駐車場で、そんな男達に囲まれて佇んでいたのは、少し湿った栗色のショートボブが愛らしい少女だった。
「……」
「警戒するのは解るけどね。六神道でも俺……波紫野に保護されるのが一番マシなんじゃないかなぁ?」
「波紫野 剣……くん?」
「そうだよ、一年前クラスメイトだった。憶えていてくれて光栄だなぁ」
状況的に場違いな笑顔を見せる、俺のクラスメイトで、前席の男。
――手回しの良いことだ
俺はここまで走って来たために、ジワリと汗ばんで素肌に張り付いたワイシャツになんとも言えぬ不快感を感じながらも……
「ちっ!」
二人が会話する場所まで再び走った。
「一応ね……蛍ちゃんの身の安全は長老達に交渉してみるよ。確約はできないけど……お?ぉぉっ!!」
――ヒュォンッ!
詰め寄る俺を察知して、慌てて抜刀された振り向きざまの一閃!
波紫野 剣という男は本身を抜くことに一切の躊躇がない。
「っ!」
背後から駆け寄っていた俺は、咄嗟にそのまま前に踏み出した右足の踵に体重を移動し、踵を起点に縦軸に回転する!
そして――
グルリッ!
相手の振り向きざまの一閃を、駒のように回転して躱した俺は、
振り抜かれた白刃に沿って背中を滑らせ、敵の懐から右の裏拳をお見舞いする!
ガシィィ!
「ひゅぅ!」
抜き身を振り抜いた体勢のまま、刀の柄を握った右手の肘で裏拳をブロックした優男は感嘆の口笛を鳴らす。
「……」
「怖いねぇ、朔ちゃん。けど……退って避けていたら身体の上下が永遠に離れていたよ?」
俺の裏拳を受けたままニヤリと笑う男に、俺も相手の刀身を背中で押さえたまま睨み返す。
――なるほど。しかし、それを言うなら此方も同じような感想である。
波紫野がもし、刀を放して避けていたら……豪快に蹴り飛ばしていたところだ。
「……」
それで俺の現在の体勢は……
背中越しに相手の抜き身の刀を押さえ込みながらも、右の裏拳を相手の肘ブロックに宛がい制止した状況だ。
「本身の刀身に躊躇無く踏み込むなんて、常人の神経じゃないね……ほんとっ!」
「っ!」
呆れたように笑った男は、瞬間で硬直した筋肉を緩め、
小気味良い緊張感で釣り合っていた二人のバランスを崩す!
――ズシュッ!
そして一気に引き抜いた刀身を再び手元に引き戻して、再び俺に……
ガスッ!
「くっ!」
波紫野 剣は刀を構えたまま後方に飛び退いていた。
「……」
無言で俺を睨む波紫野……
表情にはさっきの様な笑みはない。
「……」
俺は左手に握った小石を握り直し、再び親指ではじき出す構えを造っていた。
――
波紫野 剣の肘辺りには服の上から数センチの砂埃の後と……
両手で刀を握りながらも、やや下げられた左袖口からツツゥーと手首に沿って朱い鮮血が伝い落ちる。
「”石礫”って……何時の時代の人間だよ、忍者かい?朔ちゃん」
だが俺にしても――
離れ際に俺を斬り伏せようとした”侍擬き”にそれを言われる筋合いはない。
「べつに……俺は”お弾き”が得意なだけだ」
俺は石を軽く曲げた左手の人差し指のカタパルトに装填したまま、親指に力を込める。
「……」
「……」
――
「ちょ、ちょっと!朔太郎くん、どうなってるのっ!?それに波紫野くんも……」
険悪な表情でお見合いする俺達二人の間に入る、栗色のショートボブが愛らしい少女。
「いや、争いに来たんじゃないんだ。ちょっと色々あってね……蛍ちゃんに少しばかり聞きたいことがあるんだよ」
「え?え?わたしに?」
「その割には殺気が垂れ流しだけどな」
一転してフレンドリーに話す男に俺はツッコんでいた。
――いや、殺す気満々だっただろう
少なくとも俺に対しては……
「実はね、本当のところを言うと……俺は今ね、永伏さんとは別件で動いてる。けど、事と次第によっては蛍ちゃんを斬るよ、勿論、邪魔するようなら朔ちゃんもね」
――ゾクリッ!
今度は言葉通り、有無を言わせぬ殺気だ。
周りの温度が数度下がったような感覚……
「え……ええ……と」
多分、経験したことが無いであろう非日常的な状況に、蛍はすっかり固まってしまっていた。
――まぁ、無理もないだろう
こればっかりは経験がものを言うからな。
「やってみろよ?六神道」
なら……
もう二、三度ほど俺が温度を下げてやるさ……
これが真夏なら冷房要らずだ。
「……」
「……」
俺には馴染みのある空気の中で、
俺は左手の小石を捨て、両手で拳を握っていた。
――!?
途端にざわめく周囲……
俺がわざと漏らした殺気で、波紫野 剣の瞳に緊張が走り、奴の後ろの男達がそれに反応してビクリと身を震わせる!
ザザッ!
あからさまな圧力に過剰反応したのは黒スーツの男共だ。
「う、うわぁぁ!」
「おおおっ!」
男達は長物を抜いて、冷静さを欠いた状態で俺と蛍を囲んだ!
――ちっ、ちょっと虐めすぎたか?
ギラギラと輝く銀色の凶器達に囲まれた俺の顔は……
「……」
きっと嗤っていただろう。
「さ、朔ちゃ……それ……」
波紫野 剣は俺に”なに”を見たのか?
「や、やめろ!この程度の数で押しても被害が増えるだけだっ!!」
青ざめた表情で叫んでいた。
――ちっ!
――
結局、すっかり波紫野 剣が”いきり立った”男達を制してから、奴はスッと前に出て来た。
「……」
「……」
再び対峙する俺と波紫野 剣。
「……殺るのか、殺らないのか?」
しびれを切らした俺の問いかけに、俺の前席の男はフッと表情を崩した。
「負けだよ、今回は俺の負け……だから朔ちゃん、協力して欲しい」
「……」
手のひらを返して急にフレンドリーに話しかけてくる男に俺は警戒心を解かない。
カシンッ!
そして――
氷のように冷たい殺気を放っていた刃を、実に無駄の無い所作で鞘に収める男。
「嬰美ちゃんがね、ちょっと最近様子がおかしかったんだけど……」
もう和解したとばかりに、自分勝手に話し出す男はまるで此処が学校の教室と言わんばかりの普通さだ。
「ここ二日ほど行方不明なんだよ。どうも真理奈ちゃんの言ってた”女生徒失踪事件”に関連してるっぽい」
――東外 真理奈の?
「…………俺に関係あることとは思えない」
一応聞いては見たものの、俺はいつも通り素っ気ない返事を返す。
「頼むよ」
しかし、この波紫野 剣は引き下がらないようだ。
「この後、バイトがある」
「勿論、待つよ」
あからさまに邪険に応える俺に、波紫野は実に屈託無く笑った。
「………………………………ちっ」
そして俺はまたも舌打つのだった。
第25話「刃の天敵」END
0
あなたにおすすめの小説
あの日、幼稚園児を助けたけど、歳の差があり過ぎてその子が俺の運命の人になるなんて気付くはずがない。
NOV
恋愛
俺の名前は鎌田亮二、18歳の普通の高校3年生だ。
中学1年の夏休みに俺は小さい頃から片思いをしている幼馴染や友人達と遊園地に遊びに来ていた。
しかし俺の目の前で大きなぬいぐるみを持った女の子が泣いていたので俺は迷子だと思いその子に声をかける。そして流れで俺は女の子の手を引きながら案内所まで連れて行く事になった。
助けた女の子の名前は『カナちゃん』といって、とても可愛らしい女の子だ。
無事に両親にカナちゃんを引き合わす事ができた俺は安心して友人達の所へ戻ろうとしたが、別れ間際にカナちゃんが俺の太ももに抱き着いてきた。そしてカナちゃんは大切なぬいぐるみを俺にくれたんだ。
だから俺もお返しに小学生の頃からリュックにつけている小さなペンギンのぬいぐるみを外してカナちゃんに手渡した。
この時、お互いの名前を忘れないようにぬいぐるみの呼び名を『カナちゃん』『りょうくん』と呼ぶ約束をして別れるのだった。
この時の俺はカナちゃんとはたまたま出会い、そしてたまたま助けただけで、もう二度とカナちゃんと会う事は無いだろうと思っていたんだ。だから当然、カナちゃんの事を運命の人だなんて思うはずもない。それにカナちゃんの初恋の相手が俺でずっと想ってくれていたなんて考えたことも無かった……
7歳差の恋、共に大人へと成長していく二人に奇跡は起こるのか?
NOVがおおくりする『タイムリープ&純愛作品第三弾(三部作完結編)』今ここに感動のラブストーリーが始まる。
※この作品だけを読まれても普通に面白いです。
関連小説【初恋の先生と結婚する為に幼稚園児からやり直すことになった俺】
【幼馴染の彼に好きって伝える為、幼稚園児からやり直す私】
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
詠唱? それ、気合を入れるためのおまじないですよね? ~勘違い貴族の規格外魔法譚~
Gaku
ファンタジー
「次の人生は、自由に走り回れる丈夫な体が欲しい」
病室で短い生涯を終えた僕、ガクの切実な願いは、神様のちょっとした(?)サービスで、とんでもなく盛大な形で叶えられた。
気がつけば、そこは剣と魔法が息づく異世界。貴族の三男として、念願の健康な体と、ついでに規格外の魔力を手に入れていた!
これでようやく、平和で自堕落なスローライフが送れる――はずだった。
だが、僕には一つ、致命的な欠点があった。それは、この世界の魔法に関する常識が、綺麗さっぱりゼロだったこと。
皆が必死に唱える「詠唱」を、僕は「気合を入れるためのおまじない」だと勘違い。僕の魔法理論は、いつだって「体内のエネルギーを、ぐわーっと集めて、どーん!」。
その結果、
うっかり放った火の玉で、屋敷の壁に風穴を開けてしまう。
慌てて土魔法で修復すれば、なぜか元の壁より遥かに豪華絢爛な『匠の壁』が爆誕し、屋敷の新たな観光名所に。
「友達が欲しいな」と軽い気持ちで召喚魔法を使えば、天変地異の末に伝説の魔獣フェンリル(ただし、手のひらサイズの超絶可愛い子犬)を呼び出してしまう始末。
僕はただ、健康な体でのんびり暮らしたいだけなのに!
行く先々で無自覚に「やりすぎ」てしまい、気づけば周囲からは「無詠唱の暴君」「歩く災害」など、実に不名誉なあだ名で呼ばれるようになっていた……。
そんな僕が、ついに魔法学園へ入学!
当然のように入学試験では的を“消滅”させて試験官を絶句させ、「関わってはいけないヤバい奴」として輝かしい孤立生活をスタート!
しかし、そんな規格外な僕に興味を持つ、二人の変わり者が現れた。
魔法の真理を探求する理論オタクの「レオ」と、強者との戦いを求める猪突猛進な武闘派女子の「アンナ」。
この二人との出会いが、モノクロだった僕の世界を、一気に鮮やかな色に変えていく――!
勘違いと無自覚チートで、知らず知らずのうちに世界を震撼させる!
腹筋崩壊のドタバタコメディを軸に、個性的な仲間たちとの友情、そして、世界の謎に迫る大冒険が、今、始まる!
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
僕の異世界攻略〜神の修行でブラッシュアップ〜
リョウ
ファンタジー
僕は十年程闘病の末、あの世に。
そこで出会った神様に手違いで寿命が縮められたという説明をされ、地球で幸せな転生をする事になった…が何故か異世界転生してしまう。なんでだ?
幸い優しい両親と、兄と姉に囲まれ事なきを得たのだが、兄達が優秀で僕はいずれ家を出てかなきゃいけないみたい。そんな空気を読んだ僕は将来の為努力をしはじめるのだが……。
※画像はAI作成しました。
※現在毎日2話投稿。11時と19時にしております。
異世界帰りの少年は現実世界で冒険者になる
家高菜
ファンタジー
ある日突然、異世界に勇者として召喚された平凡な中学生の小鳥遊優人。
召喚者は優人を含めた5人の勇者に魔王討伐を依頼してきて、優人たちは魔王討伐を引き受ける。
多くの人々の助けを借り4年の月日を経て魔王討伐を成し遂げた優人たちは、なんとか元の世界に帰還を果たした。
しかし優人が帰還した世界には元々は無かったはずのダンジョンと、ダンジョンを探索するのを生業とする冒険者という職業が存在していた。
何故かダンジョンを探索する冒険者を育成する『冒険者育成学園』に入学することになった優人は、新たな仲間と共に冒険に身を投じるのであった。
ダンジョントランスポーター ~ 現代に現れたダンジョンに潜ったらレベル999の天使に憑依されて運び屋になってしまった
海道一人
ファンタジー
二十年前、地球の各地に突然異世界とつながるダンジョンが出現した。
ダンジョンから持って出られるのは無機物のみだったが、それらは地球上には存在しない人類の科学や技術を数世代進ませるほどのものばかりだった。
そして現在、一獲千金を求めた探索者が世界中でダンジョンに潜るようになっていて、彼らは自らを冒険者と呼称していた。
主人公、天城 翔琉《あまぎ かける》はよんどころない事情からお金を稼ぐためにダンジョンに潜ることを決意する。
ダンジョン探索を続ける中で翔琉は羽の生えた不思議な生き物に出会い、憑依されてしまう。
それはダンジョンの最深部九九九層からやってきたという天使で、憑依された事で翔は新たなジョブ《運び屋》を手に入れる。
ダンジョンで最強の力を持つ天使に憑依された翔琉は様々な事件に巻き込まれていくのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる