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王覇の道編
第二十六話「城壁の外」前編(改訂版)
しおりを挟む第二十六話「城壁の外」前編
「しかし、これはどうしたものか」
天を突くような二本の直角な角を生やした特徴的な造りの兜を被った武将が、腕組みをしながら渋い顔で立っていた。
――尾谷端 允茂
”暁”最大の国家である”旺帝”を代表する将軍、”旺帝八竜”が一角を担う人物だ。
「此所まで来て多少無念ではあるが、一度兵を纏め引くか?それともこのまま力押しで押し通るか……」
平野に陣を構えた軍の将は、目の前の城壁を見上げ思案に耽る。
――ザッ
「…………阿薙殿か?これ以上の助力は不要、後方へ下がっておれ」
いつの間にか後ろに立っていた男、鋭い眼光を宿した、長めの黒髪を雑に纏めた男に、尾谷端は振り返りもせずに言う。
「……」
細身であるが引き締まった体つきで、如何なる時も一分の隙も見当たらない恐ろしい男。
――阿薙 忠隆
天都原国が王太子、藤桐 光友の懐刀で、天都原”十剣”の一振りである”剣の鬼”
そして現在は、一時的に共同戦線を張る旺帝軍に客将として同行している男。
「あの”紅の夜叉”相手はご苦労だったが、ここから先は旺帝軍の先鋒を預かるこの”八竜”の仕事だ、出しゃばらないで頂こう」
「…………そうか、相分かった」
そう言い捨てる尾谷端に、背後に立つ鋭い目つきの男は、言葉少なく了承すると後方で陣取る軍の中へ去って行く。
「ふん……共同戦線のための客将と体の良い事をほざいていても、実のところは只の間者紛い、精々が我が旺帝の動向を探っておるのであろう」
天都原の眼光鋭き男が去ってから、相変わらず難しい視線を眼前の城壁に張り付かせた二本角兜の男は、苛立たしげに吐き捨てていた。
――
さても、さても……直近の問題は後ろの男で無く前の城門……
尾宇美城、東門城壁だ。
この堅城の東側を守備していた砦を攻略した旺帝軍であったが、東門で足止めせざるを得ない状況に陥っているのには理由があった。
「どぉぉうしたぁぁーー!?旺帝の腑抜け共がぁぁっ!二度ほどの痛手で既に戦意が失せたかぁー!ハハハァァーーッ!」
高く聳える尾宇美の城。
その東門城壁の上から兵を引き連れた一人の老将が、
見た目の年齢ではあり得ないほどの”迅雷が如き”怒声をまき散らしていた。
「我と思わん者は今一度、我が守護するこの城壁に挑んでみてはどうだぁっ?ハッハッハァァーーッ!!」
かなり年月を重ねた人物であるが……
立派すぎるほどの大柄な体躯を誇り、顔中が戦傷で埋め尽くされた、隻眼の一際風格のある将軍だ。
「ぬぅぅ……言わせておけば、弱小の臨海軍め」
胸の前で組んでいた両腕の二の腕部分をプルプル震わせて、二本角兜の尾谷端 允茂は唇を噛んだ。
臨海軍……本来は此所にいるはずのない小国の軍隊。
尾宇美城、東側砦守備軍を蹴散らした旺帝軍であったが、ここに来て東門城壁で足止めせざるを得ない状況に陥っている理由はそれであった。
砦を突破し、そのまま勢いに乗って尾宇美城攻略へと一気呵成にと突き進んだ彼らだが、城壁上に突如、天都原国周辺の小国群のひとつである臨海軍の旗が翻り、現在、眼前の頭上で大言壮語をまき散らす老将によって、旺帝軍は散々に蹴散らされたのだ。
「如何に我ら旺帝軍が宮郷 弥代とその守備隊によって一定の被害と疲労を被っていたといっても、それを破った勢いは相当なもの……その勢いをこうもアッサリ跳ね返すとは噂に違わぬ将ですな」
尾谷端 允茂の後ろには、先程の天都原の将とは入れ替わりに、黒い鎧兜姿に額から鼻まで覆った黒い仮面を装着し、露出した顎には立派な髭を蓄えた男が立っていた。
「確かに、城壁という地理的優位を頭に置いても……忌忌しいがあの老将は噂通りの難敵と認めざるを得ないか……とは言え、敵を褒めてばかりもおられまい、如何する?鹿助殿」
尾谷端 允茂は渋い顔のままだが、認めるところは認める事にして後ろの軍師に攻略手段を求める。
二本角兜の尾谷端 允茂の後ろに立つ山道 鹿助という人物は……
尾谷端と同じ”旺帝八竜”の一竜であり、尾谷端 允茂が託された旺帝軍の先鋒隊に軍師として同行していた。
「そうですな……このまま力押しというのは直前の戦で被った被害を考えると良き手とは言えますまい」
山道 鹿助も溜息交じりにそう答えるが、黒仮面から光る眼には何やら続きがあるようであった。
「あれは確か……臨海の比堅 廉高だったな、曾て旺帝と天都原の戦で名を売ったという」
尾谷端 允茂は軍師である山道 鹿助の含んだ眼光には気づきながらも、それを流して会話する。
「左様、臨海軍将軍統括、比堅 廉高……老いたりとはいえ、現在も臨海では随一の将と聞き及んでおる。実際目の当たりにさせられたあの戦いぶり、臨海の”王虎”の異名は伊達ではないですな」
山道 鹿助もそういったやり取りを続けるが、やはり口元には幾許かの余裕がある。
「ふん……で貴殿は如何な策がある?」
先ほどは山道 鹿助の含んだ眼光を流した尾谷端 允茂であるが、元来、直情型の猛将である尾谷端は持って回った言い方は好まない。
「そうですな、攻めるのは本隊の……天房様の軍が到着してからで良いかと」
「……」
尾谷端は無言であるが、如何にも面白くない策だという表情があからさまに顔に出ていた。
そしてそれは山道 鹿助も百も承知。
”燐堂 天房”は旺帝の王、燐堂 天成の嫡子にして次期王と目される人物だ。
だが、野望でのしあがった父、天成とは違い、その息子、天房は平凡もよいところ……実際、この尾宇美城大包囲網戦で旺帝軍側の総大将に抜擢されたのも戦で全く功績の無い天房に実績を作るため。
天都原領、尾宇美に隣接する旺帝領、香賀美の領主でもある天房の為の実績作りに過ぎなかったのだ。
だからこそ、実際の戦には旺帝八竜である尾谷端 允茂と山道 鹿助が駆り出された。
”燐堂 天房”の露払として……
お飾りである総大将の手足として……
それが武人たる尾谷端には気に入らなかった。
聞けば、香賀美領主としての治政や軍事も補佐役である旺帝八竜の伊武 兵衛が殆どを熟しているという。
「ふ……ん、旺帝随一の将と云われし伊武 兵衛殿も、現在は子守が仕事とはご苦労なことだ」
尾谷端 允茂は主君である燐堂 天成に含むところも、ましてや逆らう気など毛頭無い。
だが生来の武人気質たる尾谷端 允茂にとって、こういうやり方はあまり好ましいとは思えなかったのだ。
「そうですなぁ……本隊が到着するまでこの状況を放置して、敵に余裕を生ませるのは頂けないかと」
そして、頃合いを見計らって山道 鹿助はそう付け足す。
それは尾谷端のそういう心情を理解しているからの言だ。
ここまでの武功を、努力を……例え王の嫡子だからと、横から掻っ攫われては面白く無い。
何より勇敢に戦い負傷している兵士達、死んでいった兵士達にも申し訳が立たない。
こう言った心理が働いた状態の尾谷端 允茂なら、目前の膠着状態を効率良く崩す策が在るのなら多少の”武人に在らざる行為”も看過するであろうと……
山道 鹿助は企んだのだ。
「…………」
そういう仮面の軍師が歪んだ笑みに、尾谷端 允茂はというと、”そら来たか”と渋い顔を見せる。
尾谷端 允茂は知っている。
確かに有能ではあるが、少しばかり歪んだこの策士の思考を。
この黒仮面の軍師は唯々試したいだけなのだ……
自身の策が何処まで相手に影響するのか、その実証にこそ此奴は存在する。
「兵力に劣り、守りに徹するしかない相手には心理的な余裕が無い。つまり其処を揺さぶることで、この後の展開もかなり楽なものとなり得るでしょう」
互いの性格を知りつつも、互いの相性を良く思っていなくとも……
二人の八竜はそれでも発した個々の利益のため、利用し合う。
「……それは?」
それ故、尾谷端 允茂は黒仮面の軍師が策に耳を傾けたのだ。
「先の戦で捕らえた敵将の無様さを晒してやるのはどうか?」
案の定、黒仮面の軍師は卑劣な策を巡らせていた。
「…………」
しかし二本角兜の武将は無言で却下する言葉は発しない。
それは現場指揮官としての責任のため。
「都合の良いことに”容姿の優れた年頃の女”である事であるし、このような策には持って来いと言えるだろうかと」
共に命懸けで戦っている部下に対して正統な対価を与えられるよう、手柄を奪われる訳にはいかないという責任に、提示された卑劣な策に尾谷端は頷いた。
「なるほどな……尤もな策であるな」
この時、一軍の将である尾谷端にとって、多少の卑劣は許容範囲になったのだ。
そして、結果として軍師である山道 鹿助が示した策を受け入れた尾谷端 允茂は、麾下の兵士を数人呼び寄せた。
――
それは……
山道 鹿助が言うところである”心理戦”
尾谷端 允茂が感ずるところの”卑劣な策”
その準備を指示する為であった。
第二十六話「城壁の外」前編 END
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