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独立編
第三十三話「最嘉と好まざる奥の手」後編(改訂版)
しおりを挟む第三十三話「最嘉と好まざる奥の手」後編
「……なんのつもりじゃ、鈴原……貴様には関係の無い話じゃ、黙っとれ!」
ガッ!
邪魔な俺を押し除けようとする春親の腕を掴む俺。
スチャ!
直ぐに春親の後ろで無愛想スキンヘッドが剣の柄に手を掛ける。
「だ・か・らぁ、関係あるんだよっ!雪白は臨海のだな……」
俺はそんな状況にも怯まず言葉を……
「ふん!客将から家臣にでもしたというがか?……そんなことがっ罷り通ると!」
――そうだ、通らない!
何処のどんな国でも、麾下の武将を猫の子のように簡単に譲渡するなんて事はあり得ないし、そもそも南阿自体がそれを許すわけが無い。
後、可能性があるとすれば……”引き抜き”。
寝返り工作により優秀な人材が仕えるべき主君と国から鞍替えする事は確かにあるが、それは裏切り行為としてあまり世間体が良いとは言えない。
それに戦時下ならいざ知らず、このような真っ当な戦時協定中の行為として、常識的にそんな不誠実が国家間で赦されるはずも無い。
なにより……”久鷹 雪白”という”武人としては至極真っ当”な彼女が選択する生き方とは到底思えない。
――これは俺の私見だが……
今までの春親の言動や雪白の行動から、多分、南阿の”剣の工房”と呼ばれる何らかの訓練施設で育っただろう雪白は、洗脳に近いと言えるような倫理観を植え付けられていると推測される。
――幼い頃からの洗脳教育……
国家に対する忠誠、国家元首に対する尊敬と服従、武人としての誇りと道理……
教育の対象は多々あるが……
間違いなく雪白はこの中で”武人としての誇りと道理”に特化している。
逆を言えば、国家や主君への忠誠心は結構おざなりっぽい。
戦場で最初に出会った時、俺は雪白に言った。
――気の毒だが日乃の中央部より北に進んだ南阿兵はもう無理だ
それは、日乃攻防戦での俺の言葉だ。
当時捕虜であった俺が、天都原軍の包囲網の中で窮地に陥った南阿軍、白閃隊隊長、久鷹 雪白に提案したのは、まんまと天都原中央までおびき出され、退路を断たれたうえに補給をも絶たれた南阿軍主戦力部隊を見捨てて、雪白の白閃隊のみが助かるという作戦。
俺達、臨海軍と手を組む事により、天都原領日乃に一時の安住の地を手に入れることだった。
その時の俺は……
結果的にそれを受け入れた彼女の感情の乏しい表情からは、結局、彼女の心情を読み取ることは出来なかった。
ただ一つ……俺はそれが”ひどく空虚な顔”であったのを憶えている。
須佐海岸で雪白に欺かれていたことが発覚した時もそうだった。
結局、俺の策を採用して生き残った後も隠れて南阿本国と何らかの手段で連絡を取り合っていた雪白は、本国から恐らく要注意人物指定された俺の監視を逐一行っていたわけだが……
敵国内での潜入工作、スパイという命がけの任務であるにも拘わらず、淡々と命令を熟しているようにしか見えなかった雪白は……
決して愛国心とか、そういう使命感のようなものは皆無だった様に思う。
以上の材料から、今の段階で俺が推測する南阿の武将、久鷹 雪白という人物は……
母国である南阿や主君である伊馬狩 春親への忠誠心とか尊敬はそれほどみられない。
だが、”武人として主君の命令には従うのが本道”という理想への土台が確かに彼女の中に確立している。
それは根本的な価値観、俺のよく言うところの”立ち位置”と言えるものかも知れない。
だが問題は……それが本当に雪白が自身で見いだしたものでは無いと……
――いや、論点がずれたな
つまり何が言いたいかというと、自身の感情と相反しても武人の誇りと道理を全うしようとするこの変なところで石頭な女は……
”寝返る”ことなど決して無いと言うことだ。
――たく……ほんと厄介なお嬢様だよ
「ふん、人形が寝返るわけ無いじゃろう?……どうぜ、久鷹 雪白よ」
当然それを見透かしているだろう伊馬狩 春親は、今は無言になった雪白を見下しながら余裕で嗤う。
「……」
――あぁ、こういうところ……性格悪いな、伊馬狩 春親
「……」
雪白は俯いたままで表情はよく分からない。
だが、どうせいつも通り無表情なんだろう……
――いつも通り、感情の無いフリをする
「ふん、人形が!手間掛けさせおって」
「…………」
――ほんと、いつも通り……
――ああ、なんかムカついてきた!
「…………」
――厄介なことは……
――自分の手に余る、手の届かないと決めつけた事は……
ガタンッ!
俺は”南阿のなんちゃら”のしょうもない腕を放し、どうしようもない”お人形さん”に大きく踏み出していた。
「っ!」
そして、無力を肯定する忌忌しい”白金姫”が白い華奢な肘辺りを乱暴に鷲掴んで引き上げる!
――っ!?
俺の突然の行動、ただならぬ雰囲気にざわめくその場。
「さ……いか?」
白い銀河を驚きの空模様に変え、少女は俺を見上げた。
「……」
――やはり……
肘を乱暴に掴まれ、強引に引き上げられた躍動感の欠片も無い四肢の少女は……
”やはり”持ち上げられただけの魂の通わぬ人形のようだった。
――プツンッ!
俺の中で何かが切れた。
「他人の作ったルールで勝手に不自由気取って死んでんじゃねぇよっ!!」
「っ!」
大きく見開かれる雪白の白い銀河。
――そうだ、そんな女は一人で充分だっ!二度と俺の前ではその存在を許さないっ!
「さい……か?でも……わた、わたしは……」
戸惑う白金の少女、
自分の想いと乖離していても植え付けられた倫理に従おうとする石頭……
――それは自分の幸福に繋がるのか!?
「デモもストも無い!いいか良く聞けお嬢ちゃん……」
「ぁ……」
少女の拙い言い訳を遮る俺の剣幕に、どうしようも無い”お人形姫”はゴクリと息を呑み込んで俺を見上げていた。
「”そこ”は楽をするなっ!!」
「っ!!」
語気の強い俺の言葉に、腕を掴まれたままの雪白はビクリと全身を震わせて、更に一回り大きく白金の美しい銀河を丸く見開く。
「さいか……さいか……わたし……」
――知っている……舵は既に切られているのだろう?
「苦しい時は、正解が解らなくなった時は……他人に植え付けられた価値観に丸投げするのか?自身の過去を、あまり良いとは言えない人生を逃げ道にするのか?」
「……さいか」
――お見通しだって……雪白にとって、ずっと前から進路は定まっていたんだ……
「教えてやったろ?純白いお嬢さん。”俺の命を握っているのは俺だけだ、それがどんな状況だろうとどんな瞬間だろうとそれは決して変わらない”ってな!」
「……うん……うん……だから、だから……さいかぁ……」
美しいという表現さえ陳腐に感じる壮麗なる星の双眸を滲ませて……
――さぁ……
「お前はどうだ?どうにもならないなら、未来が自分の想いに応えないなら、さっき俺に斬り殺されていた方が良かったのか?」
「っ!?」
見開かれた白金の銀河はそのままに、その下の桜色の唇がキュッと震えて締まる。
先程までの戦闘状態で、雪白のとった一連の行動。
剣が抜けなかったとは言えあの諦めの良さは……
今から思えば、雪白は俺が剣に細工するのさえも承知であの場に立っていたのだろう。
――舵は切られた。進路は決まった。
――さぁ!さぁ!後は……アクセルを踏むだけだ!
「俺は終わらせてやらんぞ、久鷹 雪白。今までの自分に疑問を感じたなら、変わりたいなら……」
「さ……っ!!」
その時初めて……雪白は呼ぼうとした俺の名を……辛うじて呑み込んでいた。
彼女の瞳は”輝く銀河を再現したような白金の瞳”
それは”幾万の星の大河の双瞳”
星に、銀河に、その大海原を渡る宇宙船に、他人が課した小賢しい制約なんて似合わない。
――そうだ、目一杯に踏み込めっ!
「自分の命ならなぁ……他人に預けるなっ!!」
普通じゃない、修練のみの幼少期を過ごしたであろう無愛想な美少女剣士は……
普通じゃあり得ない熾烈な戦場、死地を生き抜いてきた不器用な”純白の連なる刃”は……
「…………うん」
コクリと……
ゆっくりと、けれど、しっかりと……俺の目を見て頷いた。
――普通じゃない、普通じゃあり得ない人生を歩んできた白金の少女は……
――ここで、普通に自分自身のために生きる選択肢を得る
「……」
決意の籠もった美しい銀河。
寸前で俺の名を呑み込み、ただ”うん”とだけ応えたのは、彼女なりの決意だろう。
俺には縋らないと……自分の人生は自分で決めると……
――俺はそう信じる!
「……ははっ」
――俺が今言った事だ。他人に預けるな……と
「ははは……」
けど、残念……雪白ちゃん、俺は天の邪鬼なんだ。
「…………」
俺の直ぐ傍で力強い白金の双瞳を見せる少女に微笑みかけたあと、俺は”南阿の英雄”たる、中性的な容姿の男を振り返った。
「な……なんぜ?」
全てが想定外、たじろぐ伊馬狩 春親に俺はニヤリと笑いかけていた。
――せっかくの決意だが悪いな、雪白……だが俺は天の邪鬼なんだよ!
困ってる友人が、仲間が、大切なひとが……
自分自身で困難に立ち向かうというのなら!いくらでも手助けしてやる!
「き、気味が悪……貴様、なにニヤけ面で……」
伊馬狩 春親が俺を見て警戒し、一歩下がる。
「……」
そんな俺をジッと腕を組んだままで見詰める、我が麗しの想い女、京極 陽子。
「……春親、まあ聞け……春親」
その性分は”策士”としては資質に問題があるのかもしれない。
一国の主としては軽率の謗りを受ける性質なのかも知れない。
だが俺はそれでも、たとえ向こう見ずであろうと……
――”ハムレット”より”ドンキホーテ”が好きだっ!
「春親ぁっ!聞けよ!久鷹 雪白はなぁ、俺の臣下にはなっていないけどなぁ!」
「……」
南阿の英雄と呼ばれし男を前に、我ながら迫力の啖呵……
「つまりだ!」
「……な、なんぜ……よ?」
すぅぅーー
静かに息を吸い込む俺。
――よし、覚悟は決めた!
「僕たち結婚しました!!」
「……」
「……」
静まりかえる室内……
「だから……俺達……」
「は?はぁぁぁぁぁぁーーーーーーーっっ!?」
”南阿の英雄”と”無愛想禿げ”はアングリと間抜けに口を開け……
壁際で腕を組んだ暗黒の美姫は終始余裕だった微笑みを貼り付かせ……
誰もが予期できぬピント外れの展開に……
一呼吸遅れてから、面々は間抜けな声を上げたのだった。
第三十三話「最嘉と好まざる奥の手」後編 END
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