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下天の幻器(うつわ)編
第三十九話「拾参姉妹雑談」前編
しおりを挟む第三十九話「拾参姉妹雑談」前編
「それでな、ここから先はちょっと”切り替えて”欲しいんだが……」
岐羽嶌北部、三埜市にある庁舎ビルの最上階の部屋で、俺はモニターに映った美姫に依頼する。
その日、年初めの時とは逆で”新政・天都原”の代表たる京極 陽子に俺から連絡を取った。
そして、暫く雑談を交えた後で俺は愈々本題に入ることとする。
「必要なことなのかしら?」
モニターの中で少し意地悪く微笑む艶やかな紅い唇の美姫に応えるように、俺は無言で頷いた。
「そう、なら少し待っていなさい」
真面目な話だと理解した陽子は、画面に映らない手元でなにやら操作をしているようだ。
――前回は虚を突かれたからと、今回は”意趣返し”とばかりに俺からと……
俺にはそういう対抗心もあったのだが……
あの時は、我が臨海が設置した岐羽嶌の秘匿回線を当然の如くに利用されたのに対し、こちらは京極 陽子が本拠とする”香賀美”の秘匿回線を知る手段も無い。
「…………」
――これでは”意趣返し”には程遠いなぁ
彼女の用意が出来るまで、俺はそんな事を考えながら待っていた。
「それで?最嘉、貴方は”蟹甲楼”を奪取する算段は整ったのかしら」
「…………」
手持ち無沙汰にしている俺に、彼女の見透かしたかの様な言葉が掛けられる。
――全く以て……超可愛いが、可愛げの無い女だ
俺の切り出そうとする話題を平然と先取りしてくる隙の無い才媛。
だが”今回は”俺もやられっぱなしって訳にはいかない。
「それなんだがなぁ」
俺は既に強固なセキュリティが施された秘匿回線に切り替わっただろう事を陽子に確認するように視線を交わしてから、続きを話し始める。
「あれから色々と考えたが、どうも俺にはお前の真似事は出来ないようだ」
「…………”蟹甲楼”は、陥落せないと言うの?」
――彼女は少し俺に幻滅しただろうか?
少なくとも”無垢なる深淵”と戦う価値があると、俺を認めてくれているからの”宣戦布告擬き”だったろうに……
表情からはそれが読み取れない陽子の象徴的な”魂まで引きずり込まれそうな奈落の双瞳”を窺いながら俺は頷いた。
「現状の臨海軍戦力では無理だな。たとえ出来たとしても被害が大きすぎる」
――京極 陽子が出来た事を鈴原 最嘉は出来ない
俺はよりにもよって惚れた相手に、そんな情けない言葉でハッキリと白旗を揚げたのだ。
「…………」
”惚れた女”に貴女ほどの才覚は在りませんとは、男の沽券的になんたらだが……
――だが!
さすがに陽子の思惑に”まんま”と乗ってやるほど俺は腑抜けじゃないし、かといって陽子と”現状で”一戦交えて勝てると思うほど思い上がってもいない。
――なら俺が取りうる正解はなんだ?
「…………そう、それで?」
「”七峰”にな、直接攻め込もうと思う」
「…………」
――そう、それでこそ”意趣返し”だろう!
現に今、俺の発した代案で暗黒姫が象徴である奈落の双瞳はほんの一瞬だが動揺に揺れた!
当然の様に彼女は冷静を装っているが、それでも俺には……鈴原 最嘉にだから理解る。
――この”一手”は我ながら起死回生の妙手である!
「で、”七峰”に直接攻撃を仕掛けるとなると……陽子の治める”新政・天都原”領土内を行軍させてもらう必要があるが、当然、良いよなぁ?」
――そうだ!
前回、京極 陽子が臨海に持ち込んだ話は、宗教国家”七峰”が攻め込んでいる渦中の西の大国”長州門に対し至急支援を行った方が良いという助言……に似た脅迫。
だがそれは、俺や陽子にとって最大の敵とも言える天都原の藤桐 光友を牽制する為に必要不可欠だと踏んだからだろう。
光友が好き勝手に動けないようにするには、”七峰”と”長州門”という隣接する大国達の存在が欠かせない。
”暁”西部ではこの三大国が微妙な緊張で釣り合っているからこそ、俺の臨海や陽子の”新政・天都原”が未だ存在できていると言っても過言では無いからだ。
その為にも”七峰”と”長州門”の戦にて、どちらか一方でも滅ぶのは良くない。
何故なら……
そのどちらが勝利したとしても、藤桐 光友の天都原と対峙する国が一つに絞られるのは天都原の勝利を確定する事だと、俺も陽子も予測しているからだ。
それは、単純な正面決戦を始めれば、狂信的な信者で成る宗教国家”七峰”だろうが、紅蓮の焔姫が率いる”長州門”だろうが、あの”歪な英雄”藤桐 光友には勝てないという予測。
だからこそ陽子は現時点では”それ”を避ける為に、俺達”臨海”を抑え役として利用しようとした。
不愉快な事に、俺が必ず動く様にと雪白の情報という保険まで使ってだ!
――そして、その対抗策として俺が出した答えは……
直接、藤桐 光友の天都原と戦火を交える”蟹甲楼”攻略を経ての海路での長州門支援をスッパリ捨て、陸路を使い七峰領土を直接攻めるという、間接的な支援策だ。
――これはつまり……
取りあえず大国”天都原”と戦果を交える形ではあるが必要攻略対象はあくまで”蟹甲楼”という小島の要塞一つと、宗教国家”七峰”という七大国家の一角と本格的に事を構える直接的な領土攻めという戦争を天秤に掛けて後者を取ったという……
「正気なの?要塞一つと大国家を天秤に掛けてその答えを出すなんて……」
少し軽蔑したような瞳で俺に問う暗黒姫の指摘は尤もだ。
――だが……
この方法なら、七峰にとって攻め込んできた臨海はもちろんだが、それを許した陽子の”新政・天都原”も敵対国として認識することになる可能性も高い!
そして陽子の”新政・天都原”も自国領内に臨海軍を招き入れるわけだから、我が臨海にとって不利になるような動きは容易に出来ないだろう。
勿論、我が臨海軍の旺帝攻めは一旦中止になるし、陽子はその間にその旺帝攻めを敢行できるが……
当初の彼女の予定とは程遠い、国境を隣接する”七峰”を警戒する必要と国内の我が臨海軍に対する万が一への備えを維持しながらでは、俺が”長州門援護射撃”にかまけている間にまんまと東と北を完全制圧するのは如何な”無垢なる深淵”でも不可能だろう。
「相変わらず、嫌がらせ的思考は天才的ね」
愛しの暗黒の美姫様が、ほんの僅かに眉を顰めるのを確認してから俺は笑い返したのだった。
「そうか?同盟国らしい、美しい絆の共同作戦だろう?」
――
―
「それで姫様は臨海王の条件を飲まれたの?」
長い巻髪で上品なワンピースドレスに身を包んだ女が不満そうに聞く。
「それは仕方無いかな、長州門支援の提案は元はと言えば新政・天都原から振った話だから」
それに答える、後ろ髪をアップに纏めた赤い眼鏡の少し小柄な少女。
「あははっ!相変わらず抜け目が無いねぇ、鈴木 燦太郎ぉ」
「それを言うなら”喰わせ者”でしょう?それに三奈、彼はもう”臨海王、鈴原 最嘉”よ」
笑う三つ編みの女はいかにも不真面目で中々に肉欲的な体型、そしてそれにすかさず訂正を入れるのは、対照的にスラリとした長身の凹凸の無い体型で、凜とした佇まいの長い黒髪を後ろで束ねた女だった。
「そういえばあの”尾宇美城大包囲網戦”で、三奈も六実も彼の王には面識があるのよね?」
そしてその二人に最初の、長い巻髪で上品なワンピースドレスに身を包んだ女が聞く。
「あれぇ?九久里ちゃんは彼に興味ある?ある?」
それに茶化すように返す三つ編みの……
「三奈!それから九久里と六実、あと亜十里も!!そろそろ”とい姐さん”と七子が着くみたいだから、配膳を私と二重だけに任せてないで手伝いなさい!」
四人の女による雑談にピシャリと喝を入れたのは細い銀縁フレームの眼鏡をかけたキッチリとしたパンツスーツ姿の秘書風美女、十三院 十三子だ。
他の女達が比較的日常的な私服の中でひとりだけ仕事着ぽいが、それは十三子の平服であった。
「ちょっと!心外ね、本題に入る前に少し情報の下調べを済ませていただけよ」
長い巻髪の上品なワンピースドレスに身を包んだ女……
得意武器は鞭で、戦場では子飼いの狼二匹を使役する”獣匠”、九波 九久里である。
「わ、私は聞かれたから答えていただけだから!」
後ろ髪をアップに纏めた赤い眼鏡の少し小柄な少女……
見た目では想像し難いが、素手による古流組み打ち術を極めた闘士、十倉 亜十里。
「まぁた怒られたよ、あははっ」
相変わらず緊張感の少し欠けた三つ編みの剣士である、三堂 三奈。
「うっ……なに笑ってるのよ、この能天気女」
スラリとした長身に凜とした佇まい、長い黒髪を後ろで束ねた槍使い、六王 六実。
「ま、まあまぁ、もう殆ど用意は済んでますので……」
戦場では西洋風”十字弓”を握る両手に、料理が綺麗に盛られた皿を持った少女……
おかっぱ頭がキュートな二宮 二重は、全体にフォローを入れながら甲斐甲斐しく動く。
そして……
「…………」
その様子の一部始終を部屋の隅にて体育座りでジーと眺める、ジトッとした三白眼で無口で小柄な謎少女……
暗器使いの四栞 四織。
「まぁ良いわ、二人が到着次第に始めるけれど問題ないわね」
リビングのテーブルに臨時のテーブルを二つ繋いだ卓上には何皿もの料理とデザートの数々が並べられ……
その日、”近代国家世界”にて――
とあるマンションの一室には、”新政・天都原”を統べし京極 陽子が誇る”王族特別親衛隊”総勢十三名のうち七人と後着する予定の二人を合わせた計九人までが集い、これから情報交換を含めた食事会的なものを始めるようであった。
第三十九話「拾参姉妹雑談」前編 END
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