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下天の幻器(うつわ)編
第五十三話「神域」後編
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――要はタイミング……か
俺は側に控える白金の姫騎士と、焔姫が親友の才女とに目配せしてから叫んだ。
「やってくれ、六神道の諸君!」
と同時に、
むんず!と両脇から左右の肩をしっかりと掴まれた片足立ちの俺は引き上げられる。
「臨海王、言質は頂きましたからね!あくまで貴方の意思ですから!」
「知らないよ王様ぁ、……成仏してね」
――こ、此奴ら……
終始心配そうな瞳で俺を見る雪白やアルトォーヌとは違い……
予め指示した通り俺を両脇から引き上げた二人、姉は先にこの行動の果てによる責任の所在を。弟はまるで他人事のようにと。
切り口は違うが、姉弟らしく同様の責任回避の予防線をキッチリ、バッチリ張っていた。
「いいから……合図したら予定通りやれ」
巫女姫の異能で幾らか軽減されたとはいえど、片足を切断された痛みと失血の影響でともすれば事切れてしまいそうになる意識を必死で繋ぎ止めながら再び波紫野 嬰美が回収してから渡してくれた彼女の刀を手に標的を見定める。
――俺の視線の先には……
紅蓮の焔姫と名高い闘姫神、ペリカ・ルシアノ=ニトゥと、それを押さえ込むのに奮闘中の無愛想男、折山 朔太郎。
「……さすが」
――折山 朔太郎でなければ”それ”も無理だろう
だがそれも奴自身がそう宣言したように長くは持ちそうに無かった。
「……」
「くっ!この馬鹿力女……鈴原 最嘉ぁっ!」
完全に関節を極めているはずの折山が、無表情でその腕を本来あるべきはずの位置へと戻しつつある紅蓮い女に押され、どう見ても現状を維持するのに限界を超えている。
「ちょっ、どんな身体の造りなのよ!覇王姫っ!!アレは不味いんじゃ……」
代々”体術”の専門家を数多排出してきた古流の名門、東外の宗家である東外 真理奈が信じられないと震えた声を漏らし、
「な、治してあげたんだから早く行ってよ!この役立たず!!朔太郎くん死んじゃうでしょ!!」
六花 蛍が垂れ目に殺意を帯びて俺を理不尽になじった時だった……
――!
俺はその”機”を掴んでいた!
「……」
――っ!?
ブオォォン!!
俺の目配せに、指示通り両脇の姉弟が反応し、そして俺を前へと、
ペリカ・ルシアノ=ニトゥの元へと力一杯に大きく放り出す!!
「おおおおおおっっ!!」
片足の俺は他人から与えられた運動エネルギーに翻弄されたまま、全く制御出来ないだろう勢いのままに前のめりに、転倒寸前の状態で片足で跳ね続けて猛然と焔姫へと迫るっ!!
――無謀すぎる
――向こう見ずも甚だしい
だが……
「双頭の蛇だ!折山っ」
前へと跳び進む俺は上下に激しく揺れる視界の中、舌を噛みそうになる状況で叫んだ。
「ちっ、無茶ばかり言うな、馬鹿王!」
そんな咄嗟の俺の叫びに反応した無愛想男は、押され気味にもみ合っていた焔姫の右手、二の腕辺りにそっと自らの右掌を宛がって――
「っ!」
当然”焔の闘姫神”たるペリカ・ルシアノ=ニトゥがそのままという訳もない!
今までの関節をアッサリ諦めて、ペリカの右腕に添えられた右掌のさらに上に左掌を重ねただけの男の無防備な意味不明な挙動を見逃すわけもなく――
ブオォォン!
彼女最大の武器である”巨大な黒鉄の籠手”を振り上げ、至近の男の頭を打ち下ろす構えをとった!
――終わった……
覇王姫、ペリカ・ルシアノ=ニトゥの拳による一撃の凄まじさは皆が知るところだ。
そしてその豪腕の二の腕に添えただけの折山の両手では、その膂力をどうすることもできないのは火を見るより明らか。
――多分、折山本人を除いては俺以外……
いや、あともう巫女姫を除いてはそう思ったろう、その瞬間だった。
パァァァァァァァーーーーーーン!!
激しい破裂音と共に焔姫の巨大な黒鉄の籠手が大きく天に弾け跳ぶ!!
まるで超強力な電磁石に弾かれたかのように、右腕は引きちぎれるほどに天に向けて投げられていたのだ!
ミシ……ミシィィ!!
「っ!!」
ペリカの紅蓮の魔眼が見開かれ彼女の右肩は……
爆風に弾け飛ぶ羽虫が如くの勢いで腕を持って行かれたペリカの肩はそのあまりの勢いに良くて脱臼、悪ければそのまま千切れるほどの……
推測するに――
両手を重ねただけの掌。
下に接した右手と上側に被せた左手に少しだけ空間をつくって、時間差の打撃を送り込む……
寸打を絶妙の時間差で打ち込み、それによる僅かなズレで到達する振動の波を計算した衝撃波の共振。
折山の放ったのは、そんなとても人間業とは思えない代物だろう。
「……」
兎に角、これでペリカの右手は死んだ。
後は俺が左手を……
――俺の咄嗟の指示、”双頭の蛇”
神話にある”双頭の蛇”は片方を潰してももう片方を潰す前に復活するという。
対処方は、ほぼ同時に頭を潰すことだ。
――たく、罵詈雑言を吐きながらも”ちゃんと"期待以上の仕事はしやがる!
そして俺は別の意味で呆れながらも、今度は自分の番だとそのまま――
「フッ!」
前のめりに倒れ込むような体勢で片手万歳したペリカの元へ辿り着いた俺はそのまま手にした刀を下方から擦り上げるように振り上げる!
「っ!」
バキィィーーン!!
しかし、俺の追撃による剣は彼女の左手の黒鉄に弾かれ、刀は無残にも半ばからポッキリと……
「あ!!」
「だめかっ!!」
「わ、私の”月光”ぉぉっ!!」
千載一遇の好機にそれを失った状況に、面々は悲痛な悲鳴を……
約一名は若干違ったニュアンスだが、悲嘆の声を上げていた。
「……」
ブオォォン!――ガコォォッ!
直後、万歳していた右腕を!
死に体であったはずの右肩をそのまま弾けた勢いのままに振り回し、強引に肩関節を戻したのか、生き返ったその凶器は無防備な無愛想男に直撃して吹き飛ばす!
ドンガラガッシャァァーーン!!
「さ、朔太郎くんっ!!きゃぁぁーー!!」
ピンポン球の如くに吹き飛ばされた折山 朔太郎はそのまま数メートル以上は吹き飛んで後方の壁に激突し、そして破壊された壁の瓦礫の下敷きになる!
「……」
ギロリと、至近で次の贄として紅蓮い魔眼に見据えられる俺。
だが俺は……
「さ、さいか……やだ」
白金の姫騎士の桜色の唇から悲痛な声が漏れるが……大丈夫だ。
ヒュオォン!
「計算通り」
俺はそのまま折山の対処でお留守の右拳、そして俺の一撃を払いのけて振り切ったままの左拳の状況である焔の闘姫神に振り上げたままの刀を振り下ろす!
ブォッ!
だがこれにも……
この絶対的な状況でも、ペリカは右足を振り上げて懐で不埒な行動を取る俺に向かって膝蹴りを放……
「くっ!」
――想像通りの戦闘狂!
俺は今更その膝蹴りを躱す手段は無いと、覚悟して刀を振り降ろすのを止めない!
「おおおおおおっっ!!」
――想像以上の闘姫神!
「ちぃぃ!素敵な御御足だ、ありがたく頂戴してやるよっ!!」
瀕死の現状の俺には死に直結するかも知れない一撃、それを食らうことに覚悟を決めた俺は半泣きで強がった。
「ペリカぁぁっ!!」
――
「っっっ!?」
そこで響く女の声!
必死に、心から喉から絞り出されたその振動が場に響き渡る!!
声の主は勿論!!
焔の闘姫神”たるペリカ・ルシアノ=ニトゥの親友にして彼女の無二の理解者……
アルトォーヌ・サレン=ロアノフ!!
「!!!!????」
そこにきて初めて、闘姫の紅蓮い魔眼から一瞬だけ闘争心が揺らいだ。
――ラ、ラッキー……じゃなくて、計算通りだ!うん、計算通り!!
俺はそのままペリカの頭上から刀を振り下ろす!!
「やっ……やったの!?」
「いや……でも刀身は……」
「”月光”ぉぉっ!うわーーん」
東外 真理奈が、波紫野 剣が、そして波紫野 嬰美……はちょっと趣旨がちがうが……
彼女、彼らが指摘する様に覇王姫を切り捨てるはずの刀身は折れて半ばしか無い!
これでは肝心の標的に届かないのだっ!
シュパァァーーーーン!
――
―
斯くして――
我が存分なる斬撃は、”焔の闘姫神”ペリカ・ルシアノ=ニトゥの燃えるような赤き髪をそよがせ、白い肌に一分の傷も付けずに寸前を通り抜けて下方で止まる。
「……刃無き刀で心胆を両断する」
抑もこれは俺にとってペリカを倒す死闘ではない。
”虚空”の異能を用い、始原前の闇である”刹那”の異能、常闇に意識を沈められ木偶人化した彼女を覚醒させるための闘い。
加減無き我が奥義でなくば彼女の木偶人化から解放はできない。
それ故の……謂わば即席の”刃引きの剣”。
本気の奥義、”虚空完撃”にて彼女を斬る!
”虚を突く”とはよく言ったものだ。
「ほんと……計算通り……なんだよ……はは」
俺は――
「………………ア……アルト?……さ、最嘉??」
ドサリッ!
生気を取り戻して立つ紅蓮の髪と双瞳の闘姫神、ペリカ・ルシアノ=ニトゥを確認しながらその場に腰砕けに倒れる。
ガコン!ガラガラ……
「この……長い三分だな……即席麺ものびちまうぞ、ちっ!」
そして、数メートル向こう、瓦礫の中からほぼ無傷で巫女姫達に囲まれて立ち上がる無愛想男、折山 朔太郎の姿。
――頑丈だな、あの野郎……
折山がペリカの一撃を捌いて半ば自ら後方へと跳んだのを俺は知っていたが、それにしても無傷とは……ほんと馬鹿げた男だ。
俺は心底呆れながら、いや……
「あんな案山子で特攻じゃなく、勝利を計算して実践する馬鹿は初めて見た。鈴原 最嘉、お前は俺が見た中でダントツの大馬鹿だな」
――そう、この無愛想男も呆れる鈴原 最嘉こそに俺も一番呆れる
「ペリカ……本当に……良かった……ペリカ……うぅ」
赤髪の闘姫の胸で無きじゃくる白い才女。
「……さいか……だいじょうぶ?……さいか……死んじゃだめだよ……さいかぁぁ」
へたり込む俺の方へとヨロヨロとした足取りで来る白金の姫騎士。
「…………」
とりあえず、馬鹿もたまには良い。
俺はもう殆ど繋ぎ止められない意識の中でそう思う。
――あ、頭が重いなぁ
意識が遠のく……
無茶な状態でとんでもなく無茶をしたうえに、さらに無茶を出血大サービスした結果だ。
――
―
――けど、毎回は勘弁だな……さすがに
――
――たまに……そう、あくまで極たまに……
――”馬鹿も休み休み”とは……よく出来た言葉……だ……な
――――――――――
そうして俺は、とんでもなくくだらない事を実感しながら――
「…………」
今度こそ本当に瞼を閉じたのだった。
第五十三話「神域」後編 END
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