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奈落の麗姫(うるわしひめ)編
第二話「借刀殺人」後編
しおりを挟む別作品「たてたてヨコヨコ。,」の羽咲(うさぎ)・ヨーコ・クイーゼル
イラスト作成:まんぼう719さん
第二話「借刀殺人」後編
鷦鷯城前戦場――
「なんだか急に敵の動きが良くなりやがったなぁ、と思ったらそういう事かよ!はははっ!てか、正気か?この給仕女はぁ!?」
ニヤけ顔にしては恐ろしい爛々とした眼で祇園 藤治朗は嘲笑う。
激しい戦闘を繰り広げていた新政・天都原と天都原の両軍だったが……
ここに来て起死回生!攻める祇園 藤治朗の居る本陣に強引に突撃した隊があったのだ。
「……」
自ら隊を率いたその給仕姿の風変わりな将は、両の手に短刃である”苦無”を一本ずつ握り、スカート裾を優雅に揺らめかせて立ちはだかる。
「自分らが寡兵で劣勢だからってなぁ?本陣狙うのは定石だが、”雷刃”や”岩倉の姉さん”なら兎も角だ、お前如きで俺様に適うとでも思い上がったのかぁ?とち狂うなよ、”十剣”だぞ俺は」
抜刀した刀を肩に担ぎ、馬上のまま目前の女を見下ろすニヤけ男の言葉は隠すことない嘲笑に塗れていた。
「ふふ、それこそ思い上がりですね、粗忽者」
下ろせば長そうな髪をアップに纏めた、如何にも温和そうな落ち着いた大人の女性。
古風なシルエットのロングスカートワンピースにエプロン姿、頭にはレースのヘッドドレスという、鎧の類いを一切身に纏わない伝統的な給仕……
戦場には全く似つかわしくない給仕姿の女は、王族特別親衛隊が七枚目、七山 七子である。
「はぁ?」
自らに向けられる嘲笑を営業的微笑で涼しく受け流す七子に藤治朗は明らかに不快な視線を向ける。
そんな相手にクスリと口端を緩めた後、七子は続ける。
「”十剣”も色々……鬼の阿薙 忠隆様や、天才剣士と名高い中冨 星志朗様なら私如きが刃を交えるなど到底あり得ませんが、十剣の端くれも端くれの貴方如きなら、私でも万が一があるでしょう?」
「ちっ!」
その言い方に、上げられた名に、祇園 藤治朗のニヤけた口が歪む!
――そう、”この身を捨てる覚悟”で挑めば或いは……
心中に残る不安を隠して給仕は微笑う。
美しい立ち姿の美貌の給仕の内面には、密かに悲壮な決意があったのだ。
「ふん、相変わらず小賢しい給仕女め。そんな安い挑発に乗る俺様かよ、あんな化物や若先生と比べて俺を苛立たせようって腹が見え見えなんだよ!」
ヒヒィィン!!
そう言いながらも、明らかに不機嫌になった藤治朗はそのまま刀を振り上げ、徒歩で立つ七子に向け馬を駆る!
「そうですか、その下衆な性格相応の……野鼠の如き粗忽者にも知恵があるのですね!」
ブォン!
さらに挑発を続けたまま、馬上からの一刀を横に跳んで躱し、給仕の姿はそのまま馬上に在るニヤけ男の背後に姿を見せる!
忍も顔負けの動き!
動きにくいスカート姿とは思えぬ速度で馬上の敵が背後を取った七子は、そのまま右手の苦無を男の延髄に向け振り下ろ――
「かはっ!」
――す!……より先に!!
背後で至近の給仕の鳩尾にニヤけ男が持つ刀の鞘がめり込んでいたのだった!
急所に対する容赦ない一撃に、涎を吐いてくの字に固まる七子。
そしてその一瞬にニヤけ男は――
「調子に乗ってんじゃねぇよ!未通女がよぉぉっ!!」
そのまま、振り返って七子を抱き!そして自身ごと馬上から地面に落下して女を下敷きにする!
「がっ!!」
背中を固い地面に男の体重ごと叩きつけられた女は一瞬意識を失うほどで、
――ザスッ!
その間に藤治朗は手にした刀を無造作に地面に突き刺して手放した。
「おらよっ」
仰向けに失神しかけた女の腕を強引に掴んでひっくり返しながら、その手を両腕にまで及ばせてからうつ伏せに組み伏せる!
「…………うっ!うぅ」
意識喪失など許さない!
そう言うように両腕の関節を捻り上げ、地面に這いつくばる女を締め上げる。
「この女……積年の想いだ、後でゆっくり可愛がってやろうと思ってたが、そういうのはやめだ!この場でひん剥いて、暗黒姫、最側近の痴態を全軍の見世物にしてやるよ!」
そのまま――
バキン!バキンッ!と嫌な骨の音を響かせ、組み伏せた七子の両肩の関節を外す祇園 藤治朗。
「あっ!あぐぅ!ひぐっ!」
普段から冷静沈着な彼女も、その激痛には堪らず無様な悲鳴を漏らし、地面に押しつけられて汚れた顔の赤い唇からは涎が溢れる。
「テメェには小賢しい技があるからなぁ、念のためだ」
呵責の欠片も無くそう言い捨てた藤治朗は、七子の背中……ワンピースドレスの後ろ襟を掴んで一気に――
ビィィーー
背中から大きく破り捨てた!
「ひゅぅぅ!さすが貴族のご令嬢だけあって、なんて白い……そそる身体つきだなぁっおい!」
ドレスの背中部分から腰まで、大きく裂けた所から白い下着と更にそれまで裂けた部分からはその下着よりも白く輝く肌が露出する。
「ゲ……下衆……が……は……はる……」
激痛で無理矢理に意識を戻されたが、それでも朦朧とする意識の中、既にニヤけ男の手中である七子はもうどうすることも出来ない。
――はる……陽子様、すみません……なにもお役に立てな……
臣下の恥は主の恥。
この場で陵辱の限りを尽くされるだろう自身を想像し、
隠れ無き王族である京極 陽子に伯爵令嬢という立場から、幼少時から……
最古参として仕えてきた七山……近衛 冬香は無念を噛みしめる。
――あとは……さ、紗綾香……おねがい……
そして最後に思ったのは、同じく京極 陽子の王族特別親衛隊が一枚である十三院 十三子。
本名は近衛 紗綾香。
七子……冬香の実の妹へ託す思いだった。
主人の品位を守るため、彼女が自害を決意したその時だ――
ドゴォォーーーーン!
「ぎゃっ!」「ひぃぃ!」
バゴォォーーーーン!!
「うがぁぁ!」「ななな!!」
轟く破裂音!!
兵士達がポップコーンの様に宙に弾け飛び!
そして一山幾らで蹴散らされては舞い上がる!
「な……なんだぁ?」
七子に覆い被さっていたニヤけ男もその異変に目をやるが……
ドォォーーーーン!!
「ぎゃひぃ!」「うぎゃ!」「おおお!」
土煙と共に次々と舞う兵士達は、どうやら天都原、新政・天都原の分別無く飛び散らかされている様子だった。
「た、大変ですっ!藤治朗様!!我が軍は壊滅!いや、全て……ことごとく……」
慌てて報告に走り寄る部下に、お楽しみを中断されたのもあるのだろう、藤治朗はクシャリと髪の毛をかき上げて不機嫌に怒鳴る。
「はぁ?ちゃんと報告しろよ!敵はいったい何者……」
ドシャァァーー!!
――っ!?
局地的に地震が起こったのかというような地響きの正体は、
「……」
大地に突き刺された見たことも無い大剣!
「おうおう、なんだぁ?雷刃じゃないのかよ……ちっ、雑魚ばっかだな此の戦場は」
現れたのは――
「熊谷様!辺りの制圧はほぼ完了致しました!」
「おう、ご苦労」
重量級鎧に身を包んだ兵団を率いた巨大な男……
「……」
祇園 藤治朗は、さっきまでの怒りも忘れ、そのまま固まってしまっていた。
その男の巨体に?……いやいや!
突き刺された”とんでもない”大剣に?……いやいや!
――剣?
この大男が担ぐ大剣、いいや!抑も剣と呼んで良いだろうか?
――その剣には”刃”が無い
百五、六十センチはあろうかという刀身もさることながら厚みが通常の数倍はある。
そう、それは”剣”と言うにはあまりにも雑すぎるのだ。
――それは”ただ”の鉄の棒
――剣の形を模した凶悪な金棒
そんな恐るべき凶器を担いだ巨漢が颯爽と現れ、そして先ほどまで九分九厘、祇園 藤治朗の軍が制していた戦場をひっくり返してしまったのだから……
藤治朗の反応も無理もなかった。
「テメェ!熊谷……属国の!弱小国の王如きがっ!!」
そして漸く事態を飲み込めた祇園 藤治朗が、その巨体の男に罵詈雑言を浴びせた。
「ああ?そりゃ、疾うの昔の話だろうが。なんか見た顔だと思ったら”十剣”の……切っ端の兄ちゃんか?」
「切っ端……だと」
特に悪気はないだろう、熊谷 住吉の雑で正直な祇園 藤治朗に対する評価だろうが……
「まぁな、誰だろうと関係ない。この状況見たらもう勝負にならないだろ?はははっ!」
ここまで散々削りあって消耗し合った天都原と新政・天都原両軍を、絶賛蹴散らし中の臨海軍という状況を指さして大男は豪快に笑う。
「戦にもならないなら、せめて個人的にとな……”雷刃”とやり合おうと来たが、ハズレだな」
――っ!
そこまでで!そこまで聞いたところで藤治朗の理性は飛んだ!
「たかだかなぁっ!雑魚の数で圧倒出来ているくらいで敵陣に一騎打ちだと!?思い上がった報いをうけろよ、筋肉ゴリラ!!」
その見せかけと言動とは逆に、実は計算高く中々に冷静な藤治朗だったが、今回ばかりは感情に流される!
ここまで散々に七子に煽られ続けていたのと、その念願の相手を手籠めにする機会を邪魔されたのと、そして格下と思っていた元小国群の王如きに見下された言葉と実際の状況に……
「”天都原十剣”を舐めんじゃねぇよっ!」
七子を捨て置き、斬りかかるが――
ブゥオォォォーーーーーーン!!
「ぐっ!?ぐはぁぁっ!!」
その踏み込みは、僅か数歩でたった一振りの剣圧で留められ、そしてそのまま腰砕けになる。
「なんかしたか?ヒョロい兄ちゃん」
熊谷 住吉の鉄塊は、これだけ見ても剣と言うには桁違い過ぎた。
「この……剣理の欠片もない雑な戦い方しかできねぇゴリラが!……真なる剣術の奥深さを教えてやる」
今回に限り感情が制御出来ていない藤治朗は、再び刀を構える。
「…………」
そして、未だ地に伏したままの給仕はその光景を眺めながら思う。
――確かに技は力を凌駕するために、剣術に限らずあらゆる武術は斯く在るべきと……
過去から現在まで数多の先人により研鑽され続けて来た、だが……
――目前の大男は例外過ぎる!!
単純な膂力……持って生まれた肉体の強度というだけなら、こんな化物は他に存在しないだろう。
見るまでも無く二人の勝敗を完全に予測できた七子は、それでも自身が助かったとは思っていなかった。
――軍としてはもう太刀打ちできない。自分達も藤治朗の軍も
ならせめて!ここであの化物を倒して少しでも後の戦いを有利に!
一枝に引き継がなくては……と。
ドゴォォーーーーン!
「ぐはぁぁ!!」
藤治朗の中富流剣術奥義だかなんだかが、巨大な剣に周辺の空気ごと軽く薙ぎ払われ、吹っ飛ばされる。
「ちっ、しょうもねぇ……」
熊谷 住吉は然もつまらないと、鉄塊を下ろす――
「っ!?」
だが!その隙にっ!
短刃の苦無が一投!彼の巨体の無防備な腹に突き立っていた!!
「なんだぁ?」
直後、熊谷 住吉は自身の大剣の影から飛び出る影に完全に背後を取られていた。
――殺れるっ!
如何な屈強を誇る肉体でも人体には弱点がある!
七子はもう一刀の苦無を手に飛び込んで、背後から相手の顎の下……頸動脈切断を狙っていた!
ガッ!
しかし……!?
その男は腹の傷に苦痛の欠片を感じる素振りも無く、外灯に向け無防備に飛び込んできた蛾を掴むが如く容易に――
「くっ!ぅぅ……」
女の細い首を掴んで吊り下げたのだ。
「なんだぁ?お前ら敵同士じゃねぇのか、共闘みたいな真似しやがって」
言いながらも七子のか細い首を鷲掴みしているグローブのような巨大な指は、ギリギリと女の柔肌にめり込んでゆく。
「が……はっ!」
血流が寸断され、呼吸を阻害され、四肢の末端まで痺れる感覚。
七子はそれだけで何も出来ずにぶら下がるだけ。
「う……あぁ……」
――や、やはり私如きでは……不意を突いても……
今度こそ、精根尽き果てた女の瞳から光りが消え始めた。
「この女……外れてた肩を無理矢理に繋いで襲いかかって来やがった……呆れるな」
脱臼した肩を無理矢理に填める。
己のみでそれが出来るか云々よりも、それはどれほどの激痛で、
そして、その腕を酷使してさらに攻撃などとは……
百戦錬磨の熊谷 住吉でさえも、流石にこの事実には少し驚いたようだった。
「あ……」
綺麗に塗られた紅の、唇の端に泡が溢れ、女はもう……
――熊谷 住吉。これほどの化物だったなんて……
だが、それでも確かに腹に突き立てた!
先ほどの動きから致命傷には程遠いだろうが、それでも少しでも……
――っ!?
薄れ行く意識の中で女が持った一条の希望……
だが現実は……大男の腹には傷が無い!
いや、それどころか血の赤さえも無い!
「……」
そう、なにも……無かったかのように、自分だけが白昼夢でも見ていたかのように、その当然の結果は存在しなかったのだ。
「ああ?これか?投げただけの刃が効くわけないだろうが。肉に刺さる刃ってのはガッシリ握って思い切りぶん回してこそ相手は”くたばる”!違うか?」
「……」
――そんな訳がない
刃は刃だ。
――この規格外の筋肉ゴリラは……
聞いたこともない様な異次元の理屈で七子は完全に自身の無力を悟った。
「まぁいい、もう終わっとくか?女」
その間にもギリギリ絞まる首に、意識が薄れゆく七子は……
「は……ぁ…………」
――陽子様、すみません……紗綾香……王族特別親衛隊の仲間達……
日に二度目の末期の願いを心に浮かべる。
ギリギリギリ……
そして――
「すず……はら……さ、さい……か……さま……」
何故か最後に零れた彼女の言葉は、敵の総大将の名……
彼女自身、決して意識してではない。
いや、本当に意識が虚ろな状況で……
「…………」
その名に熊谷 住吉の指が止まっていた。
「なんだ?どっかで”見た女”だと思っていたら……日乃の……那知城で見た給仕か?」
嘗て鈴原 最嘉が天都原の日乃領を奪取した折り、その領内で攻略した那知城で最嘉と同盟した当時の日限領主だった熊谷 住吉は、そこに給仕として潜入していた七山 七子と少し面識があった。
――ドサリッ!
そのまま七子を地面に落とす住吉。
「手当てしてやれ」
「よ、よいのですか?」
急に方針転換する上官に部下は驚く。
「敵ながら天晴れな意地だ。それにどうやら見知った女みたいだ。まぁ、後は……この戦で俺達が勝てば仲間になる可能性がある」
熊谷 住吉は凄みのある顔面で兵士を睨んで、有無を言わせぬ迫力で命令する。
「はっはいぃ!」
巫山戯た鉄の塊を担いだ大男。
群がる敵兵士達を一纏めに天に弾き飛ばす規格外の巨人、熊谷 住吉は……
――刀を借りて人を殺す
”敵己に明らかにして、友未だに定まらざれば、友を引きて敵を殺さしめ、自ら力を出さず、損を以て推演す”
言い含められた作戦、鈴原 最嘉の言葉を思い出してフッと笑う。
――あんな”変節漢”を友とは片腹痛いが……相変わらず大した作戦だ
心の中で自分の上に立つ男と認めた人物の才能を改めて認識して――
「ち、その変節漢はもうトンズラこいたようだがな」
そこにはもう祇園 藤治朗の姿は無かった。
七子が決死の賭けに出たのを好機に、既に逃げ出したのだ。
「まぁいい、この戦は粗方制した。後は宮郷 弥代の城奪取の方だが……」
万が一そっちが失敗していても、この状況なら包囲を続けて確実に城を落とせる。
住吉はそう考え、そして――
「フフン」
その時はまた率先して城に乗り込み、今度こそ!名に高い”雷刃”と存分に殺し合おうと企んでニヤリと口元を上げた……
時だった――
ワァァッ!
終息へと確実に向かっていた戦場で、急に大きな歓声が上がり!!
それは――
ワァァッ!
ワァァッ!
順に、まるで波のように自身の位置まで伝播して振動する!!
「なんだぁ?」
その異変に――
生まれつき備わった本能からだろうか、大剣の柄を握りしめその方向を睨む住吉。
「ぎゃぁぁ!」
「な、な、な、なんだ……ぎゃふっ!?」
断末魔の悲鳴と言うより、疑問符のような叫び声!
ヒュォン!
「は?」
ヒュバッ!
「ぎゃひっ!?」
そんな奇異な最後で倒れ行く兵士達の、その隙間を縫うように走り抜ける影は……
シャラン!
光る細身の西洋剣を手に、其処にふわりと舞い降りた!
「どうも、貴方が臨海軍第三軍指揮官の熊谷 住吉さんで良いのかしら?」
二つに揺れる眩しいプラチナブロンドの美しい乙女……
光る細身の西洋剣を左手に、驚天動地の剣技で駆け抜けてきたツインテール美少女が、眩しすぎる笑顔で現れたのだった。
第二話「借刀殺人」後編 END
応援ありがとうございます!
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