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奈落の麗姫(うるわしひめ)編

第四話「三羽烏」

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 第四話「三羽烏トリニティ

 「この状況、さすがによろしくないのではなくて?」

 誰にもはばからない堂々とした口調でそう問うのは――

 燃えるようにあか双瞳ひとみと赤髪の美女、

 常識を遙かに凌駕する巨大さと、黒鉄くろがねの物々しさを激しく主張する雄雄しいまでの造形を誇る”日輪黒籠手ジャマ・エスパーダ”を右腕にかんした覇拳の女王は……

 あかあか紅蓮あかく燃える紅玉石ルビー双瞳ひとみで、薄いあお色の瞳を正面から見据えていた。

 「貴女あなたの持ち場は後方でしょう?一軍の将たる者が戦場で軽々に持ち場を離れるなんて懲罰ものよ」

 そして――

 その堂々とした相手にも怯むこと無く反論する、

 長い髪を二つに割って三つ編みにし、それを輪っかにしてそれぞれを両耳のところで留めた髪型の……

 僅かに色を有するあおい瞳以外は色というイメージが殆ど無い、色素を忘れて生まれてきたかのような本当に華奢で存在感の薄い参謀……

 「……」

 「……」

 ”紅蓮の焔姫ほのおひめ”ペリカ・ルシアノ=ニトゥと、”白き砦”アルトォーヌ・サレン=ロアノフは正面から堂々と対峙する。

 幼馴染みで、もう十何年も前に主従の誓いを交わした絆の二人だからこそ許される緊張感で、二人の美女は互いの立場を一歩も譲らない。

 「それを言うなら……最嘉さいかでしょう?こんな状況で最も上に立つ者を戦場から離れさせるなんて、貴女あなたが居ながらどういうつもりかしら」

 その反論をピシャリと打ち負かす見事な一言。

 アルトォーヌもそこを突かれると痛い。

 「最嘉さいかさ……領王閣下には、あの方にしか解らない深いお考えがお有りになるのよ」

 「…………へぇ」

 さりげなく訂正された呼び名の変化に、ざとくペリカのあかい瞳が反応する。

 「な、なによ!」

 「いいえ、なにも」

 意味ありげに自分を見る親友に、アルトォーヌは少し頬を赤らめながら抗議の視線を向けたが――

 ペリカは軽く微笑むだけで、全てお見通しと言わんばかりにあかい唇の端を意地悪く上げていた。

 「まぁ良いわ。貴女あなたがそこまで言うのだから、策士には策士にしか解らない何かがあるのでしょうね」

 含みを持たせたあかい美女の言い回しに、白い美女は不満ありげだったが……

 「かく、ペリカは持ち場に。領王閣下がお戻りになられ次第すぐに命令を頂けるように計らうから……」

 取りあえずはこの場を収めるために妥協案を提示する。

 「そう……お願いするわ、参謀殿。ふふ……」

 「な、なによ」

 だが、既にペリカの中では他のことに興味の対象が移動したようで……

 「いえ、領王閣下……もとい、”最嘉さいか様”に宜しくお伝えして」

 「ペ、ペリカっ!!」

 去り際にからかう言葉を残した幼馴染みに、アルトォーヌは白い顔を朱に染めて怒鳴っていた。

 ――と、そんな事があってから暫く後……

 臨海りんかい軍にとって戦況は益々不利で、はやいつ戦線が瓦解してもおかしくない状況であった。

 ――

 「どうだ、まだこたえているか!?」

 「あまり芳しく在りません。直ぐにも手を打たなくては、初日にしてこの戦は取り返しのつかない大敗をきっしてしまいます」

 馬を降りたと同時にそう問う放蕩主君に対してでも、アルトォーヌは礼儀正しくお辞儀して迎えてから答えた。

 「そうか……なら今日のところはここまでだな」

 無論、俺は即座に手を打つ算段だった。

 俺へと歩み寄った白き参謀は、深く頷きながら簡潔に留守中の子細を報告する。

 「それでですが、退却するにしてもこの状況です、どう対応すべきか……」

 敵の尋常で無い攻勢――

 この状況で前衛の宗三むねみつ隊をできるだけ被害を抑えながら撤退させるのはかなり困難だ。

 一通り説明し終わったアルトォーヌの言葉に俺は頷いた。

 「かなり難しいが、上手く頃合いを見て退く必要があるな……」

 「はい」

 俺の指示に一応は頷いた参謀だったが――

 その”頃合い”が非常に困難である。

 これほどの乱戦で、大劣勢で、大軍を無事撤退させるのは……

 「アルトォーヌはペリカの陣へ行ってくれ、最終的にはあの”桁違いの破壊力”に頼る必要がありそうだ」

 確かに説明不足であっただろう事に気付いた俺は、未だ俺と視線を絡めたままの白き参謀に補足する。

 「闘姫神あれのことだ……多分、俺の留守中に出撃の催促に来たんじゃ無いのか?これ以上の命令待ちで欲求不満フラストレーションが溜まったアレの暴発を抑える役割はアルトォーヌにしか出来ないだろう?」

 俺の回答に一瞬だけあお色の瞳をパチクリさせた彼女だが、直ぐに”フフ”と微笑んでから頭を下げた。

 「了解わかりました閣下。それで最嘉さいか様は……」

 俺はそれだけで全て察したろう優秀な参謀に笑ってから応えたのだ。

 「”頃合い”をな……作りに行ってくる」

 ――

 尾宇美おうみ城前平原、戦場最前線……

 「いち様の隊は依然、圧倒的に押され続けていますっ!真琴まこと様、さすがにあの劣勢、大混戦では作戦指示や合図もとても行き渡らないでしょうし……か、かなりい状況では……」

 ――部下の言葉通り

 宗三むねみつ いち隊は瓦解寸前で陣内部の混乱は大きく、未だどうにか陣形を保っていることこそが奇跡といえる状況であった。

 当然、まとな作戦など実行不可能であろうし……

 そんな状況で他隊が救援に入っても、駆けつけた友軍が混乱に余計拍車をかけ道連れになる可能性しか見えないくらいに新政・天都原あまつはらの猛攻は凄まじいものであったのだ。

 ――だが、そんな焦る部下の言葉にも……

 「真琴まこと様!領王閣下には、なにか策はお有りなのでしょうか!?」

 その部下がせっついて尋ねる相手……

 大きめの瞳が魅力的なショートカットの美少女は、それでも黙々と自隊の再編成に指示を出していた。

 「真琴まこと様っ!」

 焦りから部下が声を荒げるも……

 「…………最嘉さいかさまに手抜かりなど在るはずないわ。それより私達は何時いつでも最嘉さいかさまのご指示に対応るように用意するだけ。木崎きさきも気を揉んでいる暇があったら頭と手を動かしなさい!」

 唯ならぬ殺気で睨む少女の言葉に、副官である木崎きさきは、

 「は、はいっ!!」

 と、背筋を伸ばして隊の再編に戻るしかなかった。

 ――この時……

 主戦場である尾宇美おうみ城前平原の、前衛部隊である宗三むねみつ隊の苦戦を承知しながらも、先の突撃戦で敵方の王族特別親衛隊プリンセス・ガードが”紫電槍ライトニング・スピナー”……六王りくおう 六実むつみ隊に撃退された鈴原すずはら 真琴まこと隊は、戦場から少し離れた岩陰で隊の再編成を行っていたのだった。

 「…………」

 ――最嘉さいかさまならば問題などあるはずも無い!

 ショートカットの美少女も内心に焦りが無いわけでは無いが、それでも彼女には信じられる事がある。

 ――最嘉さいかさま、そしていちなら……あの二人なら……

 「……」

 胸にチリリと軽い熱を覚え、少女はスッと戦場に目を移す。

 「編成が済み次第、我が隊は前回と同様に距離を保ちつつ敵主力の側面に移動します」

 ――

 ワァァッ!ワァァッ!

 ワァァッ!ワァァッ!


 敵味方入り乱れる大混戦に!

 圧倒的不利!個々の場所を死守することだけに!

 それだけに死に物狂いで対応する状況の友軍に!!

 下手な援軍を送れば今以上に戦線を混乱させ、その援軍諸共に不毛な消耗戦に引きずり込まれる事になってしまうだろう、打つ手無しの状況に――

 「このまま突っ込む!左右も遅れるな!!」

 そんな狂乱の地に向け、鈴原 最嘉オレは突撃を敢行した!

 ドドドドドッ!ドドドドドッ!

 砂煙を引き連れ、なんの小細工も無しにただただ……

 「抜刀っ!!」

 左軍、右軍そして自身が先頭を切る中央軍を引き連れ、

 シャラン!シャララン!

 えんげつの突撃陣形にて、三隊が一気に混戦の場へと!

 ドドドドドッ!ドドドドドッ!

 ――通常なら決して行ってはいけない蛮行だ!

 「ぎゃひっ!」「な、なんだ!?」

 混乱に更に拍車をかける愚策中の愚策だが……

 ――――――――ドドォォーーーーン!!!!

 程無く、血にまみれた鉄と肉の集団に我が隊おれたちは正面衝突する!

 「雑兵なんぞに構うなっ!ただただ走り抜けるっ!!」

 ドドドドドッ!ドドドドドッ!

 「ぎゃひ!」」「うぎゃっ!」「がはっ!」

 戸惑う敵兵をクルクルと駒のようにはじいて蹴散らし、踏み潰し、我が隊は群中を駆け抜ける!

 ドドドドドッ!ドドドドドッ!

 その様は――

 烏合の兵溜まりに、研ぎ澄まされた三本の兵槍がくしさるが如し!

 ズドドドドドッ!!!

 ズドドドドドッ!!!

 ズドドドドドッ!!!

 そしてその三本の衝撃は!

 鼓膜を打ち破るほどの波となって伝播し、戦場全体に響き渡った!

 「い、いち様っ!?これは……」

 宗三むねみつ隊、副官の温森ぬくもりが上官である宗三むねみつ いちに確認する言葉が終わるのを待つまでも無く……

 「全軍に告ぐっ!我が隊はこれより直ちに反転、離脱する!!」

 宗三むねみつ いちは叫んでいた!

 「なっ!?」

 それは突然で、副官の温森ぬくもりでなくとも唖然とする命令だった。

 混戦の敵中で反転などもってのほかしてやこの状況で離脱など……

 「目標ぉぉ、後方!反転ーー!!」

 だがそんな疑念を抱く暇さえ与えない!

 宗三むねみつ いちの毅然として発せられた大号令に……

 「お……おおっ!」

 「おおおおおおおっ!!」

 忍耐の防戦一方であった宗三むねみつ隊の兵士達は説明できない”なにか”を感じ取っていた。

 オオオオオオッ!オオオオオオーー!!

 オオオオオオッ!オオオオオオーー!!

 耐えに耐え忍んでいた欲求不満フラストレーションを一気に爆発させるが如く奮い立った!!

 「はんてーーーーんっ!!」

 ザザザザザッ!ザザザザザッ!

 兵士達は足並みを揃えて一斉に百八十度反転!

 そして――

 「全速にて前進!ぜんしーーーーんっ!!」

 オォォォォォォォォッ!!

 他の事には目もくれず!ただ、離脱のためだけに大逆走を開始したのだ!

 ドドドドドッ!ドドドドドッ!

 「なっ!?」「ぎゃぅ!」「ひぃぃっ!!」

 真っ正面から突っ込んできた三筋の槍と……

 その三隊間の溝を大逆走する逆方向に向けた槍!

 下りと上りの大奔流に挟まれ、捻切ねじきられるようにして、新政・天都原あまつはら軍はただただ為す術無く狼狽した。

 「ぎゃひ!」

 ドサッ!

 「え?えええっ!」

 バタン!

 右へ、左へ、前へ、後ろへ――

 「うがっ!」

 ドササッ!

 「ちょっ!?ぎゃっ!」

 ドスン!

 薙ぎ倒され、すっ転び、既に倒れた兵士の上に新たな兵士が重なり合って倒れ込む!

 「な、なんにゃぁっ!?これぇぇっ!!」

 「ちょっ!押さ……押すんじゃない……かなっ!!」

 これには”狂剣きょうけん”、三堂さんどう 三奈みなも”円盾アイギス”、十倉とくら 亜十里あとりも……

 「ちっ!これじゃぁ……どうすることも出来やしないさね!」

 ”鏖殺みなごろしの白鞘”、十一紋しもん 十一といという王族特別親衛隊プリンセス・ガードたちでさえ、全く手の打ちようが無かった。

 ドドドドドッ!ドドドドドッ!

 ドドドドドッ!ドドドドドッ!

 闇雲な突撃による強引すぎる解錠と、無謀な反転突撃による安直な脱出!!

 本来なら決して功を奏しない二つの愚行が、それが――

 ”これしかないっ!!”

 というタイミングで、ピッタリと同調シンクロした奇跡がそこに顕在してしまったのだ!

 「ま、真琴まこと様……」

 その一部始終を離れた岩陰から見ていた真琴まこと隊の兵士達は目を丸くして……

 「なにも驚く事はないわ」

 唯一、鈴原すずはら 真琴まことだけがその未来を知っていた。

 世に言う”うんの呼吸”とは、正にこういうものだろう。

 「……」

 ――最嘉さいかさまといち……あの二人なら……出来るのよ……

 再びチリリと胸に灯る僅かな熱に、少女は少しだけ複雑な表情を浮かべたままで、胸の前で意識せずに握っていた右拳にギュッと力を込めて命令を発する。

 「くだらない”横やり”を入れさせない……それが”鈴原 真琴隊わたしたち”の仕事よ!!」

 ヒヒィィン!!

 「は……ははっ!」

 ドドドドドッ!ドドドドドッ!

 その号令と同時に岩陰から出陣すずはら 真琴まことと彼女の遊撃隊は、しっかりと再編済みの部隊にて――

 敵味方入り乱れる中央周りを大きく迂回し、”そこ”を目指す!

 ドドドドドッ!ドドドドドッ!

 ――

 「なっ!?き、貴様、鈴原すずはら 真琴まことっ!?」

 ギャ!ギィィーーン!

 果たして”そこ”には――

 今まさに戦場中央から脱出を図る友軍に向け、横合いから追撃をかけようとしていた新政・天都原あまつはら別働隊……

 「”させる”わけないでしょうっ!」

 先頭切って直接、敵将の槍に刃をぶつける鈴原すずはら 真琴まこと

 ギギィィーーン!ギャリィィン!

 「こ、この……くっ!」

 これには別働隊隊長、六王りくおう 六実むつみも完全に虚を突かれて防戦一方になる。

 「おおおおっ!止めろ!」

 「領王閣下といち様の退路を確保するのだっ!!」

 ドドドドドッ!ドドドドドッ!

 ギャリィィン!ギギィィーーン!

 「くっ!だ、だめです!」

 「とても……追えません!!」

 鈴原すずはら 真琴まことの遊撃隊は、六王りくおう 六実むつみの騎馬部隊に意趣返しの奇襲を見事に成功させ、味方に対する追撃を未然に防いだのだ。

 ドドドドドッ!

 ドドドドドッ!

 その間に宗三むねみつ隊は混戦から無事抜け出し退却に成功した。

 そして――

 突撃した最嘉オレの部隊は、そのまま敵軍を突っ切って時計回りに旋回、同様に退却開始する。

 「はは、さすが真琴まこと……俺の”やること”がよくわかっているなぁ」

 ――
 ―


 鈴原すずはら 最嘉さいかのその言葉通り――

 最嘉さいかいち……二人の間柄に嫉妬した少女もまた、同じくうんの呼吸で動いていたのだ。

 三人寄れば、なんとやら……

 大国の属国であったが故に常に無理難題を押しつけられ、

 数々の酷い負け戦の中で生き残る術を得てきた面子だからこそ、

 幼少から同じ時を過ごし、同じ戦場で常に生死をわかってきた三人だからこその……

 ――世に言う”臨海りんかいさんがらす

 本人達には誠に不名誉な事かもしれないが……

 惨敗による決死の”撤退戦”は、彼らにとって最も得意とするものになっていたのだった。

 第四話「三羽烏トリニティ」END
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