286 / 305
奈落の麗姫(うるわしひめ)編
第十話「千変万化」前編
しおりを挟む別作品「たてたてヨコヨコ。,」の羽咲(うさぎ)・ヨーコ・クイーゼル
イラスト作成:まんぼう719さん
第十話「千変万化」前編
「”遠の字”よ、お前の様な老い耄れが未だ現役とは、新政・天都原とやらも熟々人材不足よなぁっ!」
ガシィィン!と豪快に振り下ろされた槍が火花を散らして刀を叩く!
「ぬかせ”老虎”!お主の様な錆び付いた槍を用いざるを得ない臨海こそが人無しであろうがっ!」
ギィィン!と負けじとその槍を刀が弾き返す!
「ふん、老い耄れがっ!」
「老虎めっ!」
言葉と得物で激しく火花を散らして睨み合う二人の猛将……
臨海軍将軍統括”比堅 廉高”と新政・天都原軍将軍”岩倉 遠海”である。
ワァァッ!
ワァァッ!
敵味方が入り乱れる乱戦渦中――
「憤っ!この九郎江に空き巣狙いに来たコソ泥にしては良く回る口だな、岩倉 遠海」
ギィィーーン
ギャリィィン!
鉄の火花と鉄の臭いが蔓延る血戦場――
「まんまと隙を突かれた間抜けな家主に代わって負け惜しみか?比堅 廉高」
正統・旺帝に軍船を供出させて大平海を移動し、そして九郎江沖の番場岬から上陸した新政・天都原軍は、其処で迎え撃った臨海軍九郎江守備隊と激突していた。
ガシィィン!
ギギィィーーン!
決戦の地――
尾宇美から遠く離れた臨海領”九郎江”にて、国亡を占うもう一つの決戦は既に佳境であった!
「隙?若にそんなものなど有り得る訳が無かろうっ!」
ブオォォン!
”臨海の大虎”の巨体から、再び大気を唸らせ豪槍が振り下ろされる!
シュ――バッ!
「そうか?現に鈴原殿は我が姫に骨抜きであろう?」
それを巧みに掻い潜り、鋭い剣先を以て応じる元・天都原”十剣”
「覇っ!!」
ドカッ!
懐に入り込んだ相手を蹴りで押し返す!
「ぬぅ!」
それを受け、その蹴りを見事に去なして半歩退く!
――比堅 廉高と岩倉 遠海
嘗て……
盟主国であった天都原と、それに賊する小国群のひとつであった臨海、
所属は違えど同じ陣営で肩を並べて戦った歴戦の強者同士は……
天都原”十剣”と臨海の”大虎”
同時代に同様に畏怖されし旧知の猛将同士であった!
ギャリィィン!
ガキィィン!
二人は別地にて雌雄を決する戦いに身を投じているだろう各々が主に従い、激しく鎬を削り合っていた。
「変わらず賢しい小技をっ!」
「変わらぬ無雑さよっ!」
激しくぶつかり合う猛将二人の戟刃は、雑駁な兵士達など到底近寄る事も出来ない!
老いたりと言えど、この戦場で二人の勇猛に近づくことが出来る者さえ……
ヒュ――――ォン
「ぎゃっ」
――否!?
ヒュ――バッ!
「ぎゃひっ!?」
臨海兵士を不殺の剣にて華麗に切り伏せ、
トン
軽やかに着地。
「こ、このっ!」
ヒュ――
「っ!?」
一瞬出来た隙間を、そよ風が吹き去るように疾走り抜ける影は……
――――ストン!
二人の老将が鎬を削る独壇場に”ふわり”と舞い降りた!
「岩倉のお爺さん、個人的な郷愁に酔ってる場合ではないと思うんだけど?」
二つに揺れる眩しいプラチナブロンドの美しい乙女……
光る細身の西洋剣を左手に、驚天動地の剣技で駆け抜けて来た――
サラサラとプラチナブロンドに輝く長い髪を整った輪郭の白い顎下ぐらいの位置で左右に纏めてアレンジした、変形ツインテールが目映く輝く希なる美少女。
「う……む」
孫のように歳の離れた美少女に窘められ、岩倉 遠海は所在無さげに唸る。
「主が……十二支 十二歌」
一方、先日の臨海軍緊急会議で散々に議題に上がった美少女剣士の予測通りな登場に……
比堅 廉高は傷だらけの厳めしい顔面をさらに固めて睨み付け、問うていた!
「ごめんなさい、比堅……廉高さんだった?これもお仕事だから」
古強者でさえも震えて萎縮する!そんな隻眼のひと睨みを、その可憐な身に受けても何事も無く軽く流して、片手にて細身の剣を構える美少女剣士は――
「だから……すぐに終わらせるね」
臨海屈指の猛将を前にあまりに大言壮語を口にする!
しかしその姿には微塵の気負いも誇張も無く……
自然体に、華麗で美しく、
そして――
ヒュ――――バッ!
プラチナに輝く二筋が尾を引いて揺れたかと思うと、その美少女は細い光刃と一体となって地を蹴っていた!
「っ!?」
その瞬間!
数多の死線を越え、生き抜いて来た廉高の隻眼に映ったのは――
美しく煌めいて輝く死の残光だ!
それはまるで――
シュ――――バッ―――――
闇夜を切り裂く月光の剣。
―――――――――――ガシィィン!!
「っ!?」
しかし!
恐るべき剣技の美少女がっ!
その、澄んだ湖面に揺れる翠玉石の月の如き幻想的な双瞳が……
自らの剣を軌道ごと撃ち落とし、剣撃を完璧に阻んだ相手に見開かれて停止っていた。
「ひ、比堅様ぁ、こ、ここは……お、お任せ下さいぃ」
圧倒的”死地”に強引に割り込み、歴戦の猛将でさえ反応に窮した光りの一刀を難なく撃ち落とした人物は、到底それと思えないほど”おどおど”とした、おっとりお団子髪型の女だった。
「花房 清奈か、うむ……」
比堅 廉高は、その人物を確認して納得顔でその場を譲る。
「…………へぇ」
プラチナツインテールの美少女剣士はその一連のやり取りを見て、目前の女が己の障害足り得ると理解したのだった。
「おおーーーーい!羽咲ぃーーじゃなかった!?十二歌ぁ!!ドンドン勝手に先行くなよぉっ!聞いてんのかぁぁ!!」
そこへ空気を全く読めない……
戦場とは思えぬ間抜け声を上げながら兵士をかき分け駆け寄る男がひとり。
「盾也くん、四番……いいえ、番外の”多重世界の剣”を用意して」
間抜け男の場違いな呼びかけを受けたプラチナツインテールの美少女剣士は、特徴的な翠玉石の瞳を正面に立ちはだかる花房 清奈に向けたままで、駆け付けたばかりの男に要求する。
「ろ、番外ってっ!?お前、それはちょっとやり過ぎ……」
”ぜぇぜぇ”と息も絶え絶えな、盾也と呼ばれた男はその指示に呆れ顔で異議を唱える。
「あのね、盾也くん。”この世界”の”戦士”ってほんと厄介なのよ?騎士級どころか聖騎士級がゴロゴロいるし、この前の”おっきな男性”なんか、余裕で要塞級は確実。”聖剣”を抜きにしたら、殆ど英雄級に匹敵しそうな人間も数人は確認してるんだから!」
「ま……マジかよ!?怖いな”この世界”」
プラチナツインテール美少女の言葉を聞き、盾也という男はその間抜けに面にダラダラと冷や汗を流していた。
――
”戦士”、騎士級、聖騎士級、要塞級、そして英雄級……と聞き慣れない言葉と、
極み付けは”この世界”という……
まるで””自分達は部外者ですよ”と言わんばかりの体で話す異端な二人。
そんな二人にしか解らないだろう会話を聞いているのかいないのか?
「……」
その間にも花房 清奈は手刀を構え、間合いを図っていたのだった。
「いいわ、なら取りあえず四番をちょうだい」
シャ――キン!
そしてプラチナツインテールの美少女は……
彼女らが言うところの”この世界”では十二支 十二歌で通る美少女は……
手にしていた細身の西洋剣を腰の鞘に華麗に仕舞い、そして空いた白い左手を駆けつけた男の方へと伸ばす。
「お、応!」
男は取りあえず納得したのだろう、肩に担いでいた頭陀袋をガシャリと地面に降ろした後、その中から一振りの片手剣を抜き出して投げる。
パシ!
視線を向けもせずに抜き身の剣を受け取った美少女……十二歌はそのまま――
ヒュ――――
輝くプラチナの二筋を引いて瞬く間に前方に沈んで消える!
「……」
そんな一挙動を切り取っても只者でない事が明らかな剣士相手にも、基本通り無手にて迎え撃つ花房 清奈。
しかしその瞬間から彼女の、清奈の瞳からは完全に”おっとり”は消失していた!
バシュッ!シュバ!
閃く二筋の銀閃!
ヒュッ――――ザシュッ!
弧を描き、風を切断つ鋭利な切っ先!
高速で放たれた十二歌の連続剣は……
戦国世界、どの剣士の、どの剣術とも違う異質の美技で――
「さすが!いつ見ても流麗かつ極限まで無駄の無い動きだなぁ」
それを間近で見てきただろう、頭陀袋を担いで来た盾也という男も、すっかり見惚れ……
「盾也くん、次っ!十一番!!」
「お?応っ!」
……る暇も無く、ツインテール美少女剣士の指示通りにそれを投げて渡す。
――ぱしっ!
右手で十一番の片手剣を受け取った美少女は、左手に握っていた四番と呼ばれる剣を手放し、そのまま振り返りざま……
シャラン――――シュバッ!
抜き放ったと同時に振り抜いた!
先ほどより明らかに速度を増した剣先!
ドシュッ! バシュッ!
「六番!」
再び相棒に要求し、持ち替えて放たれる連撃は――
ブオォン!
今度は風切り音からも、厚めの一撃を秘めた剣!
「三番!」
ガシュ!、ズバァァ!
更に更に持ち替えて、今度の剣は…………と、
次から次へと相棒から渡される剣を受け取りながら、用を成さなくなった剣を放棄して新たな剣を振り翳す美少女剣士。
その戦闘形式は正に”千変万化の剣”!!
ヒュ――ヒュン――ヒュヒュ――
対して!
花房 清奈の身体前面にて風を切って幾度も円を描く両腕は――
バシッ!バシッ!バシ!
その尽くを撃ち落とすっ!
バシッ!バシッ!バシ!
「……そう……ね」
ヒュンヒュン――
一通りの攻防を経て、手にしていた三番の片手剣を数回、空に閃かせた後でそっと地面に置くツインテール美少女。
――
「う、羽咲?……じゃなくて、ああもう面倒い!!た、十二歌!」
十二支 十二歌のサポートをしている盾也という男は、いちいち呼び名が”ややこしい事この上ない”という不満顔のまま、美少女剣士の不可解な行動に疑問をぶつけていた。
「盾也くん、この女性ちょっと厄介だから……少し本気を出すわ」
対して、翠玉石の瞳を油断なく清奈に向けたままで美少女の可憐な唇はそう動いていた。
「…………え?」
サァァ――
太陽光を反射して輝くプラチナブロンドが二束、優雅に風に踊る。
「え、ええと?…………な、ない!?無い無いっ!!正気か羽咲っ!お前が本気って!全然洒落になってないって!!」
途端に慌てて今まで以上に取り乱す男、
鉾木 盾也は既にもう相棒の呼び方に気をつける余裕もない。
「だぁいじょうぶだよ。ところで盾也くんの”魔剣”も”この世界”では充分に機能しないんだよね?」
相棒の慌てぶりを無視して、プラチナツインテールの美少女は屈託無く微笑んでいた。
「うっ……まぁ……出力が六割も出たら良いとこだと思う……けど」
そしてそれに”つい”素直に答えてしまうあたり、鉾木 盾也の駄目男ぶりは顕在であった。
「だよねぇ?はい、”番外”」
そんな男の性格をよく知る美少女はニッコリと微笑んでから、空けた左手を彼の方へと伸ばして再び催促する。
「だっ!だから、おま……」
「盾也くんの剣が六割なら……そうだね、使い手は三割ほどでいくから」
「う……うぅ」
駄目押しとばかりにパチリとウインクした美少女剣士に、完全に掌の上の男は渋々ながら……
――ズ、ズズズ……ガシャ!
未だ完全には納得いかないという表情のままではあったが、頭陀袋から渋々と一本の剣を引き出していた。
「俺達の勝手とは違う世界だからなぁ?そこんとこ……」
見た目からもなにやらドス黒く怪しい剣気を纏った西洋剣を取り出した盾也は、半ば諦めてそれを投げ渡す。
「そうだね、多分死んじゃったりはしないと思うよ?この女性、強いから」
「は?」
タッ!
言うが早く、輝くプラチナツインテールの……
十二支 十二歌を名乗る美少女剣士は、曰く付きの剣を手に駆け出していた!
「お!おいぃぃっ!!それってどうなんだぁぁっ!?」
タタッ――
叫ぶ男の声を背に、十二支 十二歌の華奢な身体は敵前で砂煙を残し垂直に弾けて――
――ヒュバッ!
直後、花房 清奈の頭上に舞う!!
疾風で一息に迫り、眼前で縦に消えるが如きの変則な動き……
「……」
”それ”を平然と視線で追える清奈と!
「……だよねぇ」
その”見切り”を予測していた十二歌は!
地上と空中、各々の居場所で一瞬にして互いに視線を交錯させる!
「……」
身体の前面を宙で下に向けた美少女剣士と、
「……」
頭上を見上げる、見た目は愛らしい武闘士。
しかし、宛ら巻き込み跳びの体勢で宙に浮かぶ十二歌はあまりにも無防備で――
「ふっ!」
それを達人を超越した清奈が見落とす道理も無い!!
ブォッ!
小柄な清奈からは想像もつかない風切り音を伴い、自らの頭上に両腕で三角形を象った強烈な掌底を打ち上げる!
「殲滅!!」
ズバァァァーーー!
――――――否!!
掌底よりも速く!プラチナツインテール美少女剣士の必殺剣が!
所謂、”後の先”と表現されるものでもない、後から動いて実際に被弾させるのは先という……
足場のしっかりした地上から先行して放たれた掌底よりも、頼りない空中で遅れて抜かれた剣がそれを凌駕するという、事象逆転の事実がそこにあった!!
ザシュゥ!
十二歌が放った”剣豪も裸足で逃げ出す”ほど見事な居合い斬りが頭上から清奈を強襲したのだ!
「っ!」
それでも!相対する武闘士も然る者!!
これに即応し、頭上で三角に組まれていた両腕を流れるような所作で円状に変化させ、件の鉄壁防御技を構築する!
――ど、どっちも……バケモノかよっ!!
信じられない反応速度と対応力の応酬に!
傍観者と化していた鉾木 盾也も言葉を無くしていた。
ガシィィン!
十二歌の電光石火の居合い斬りが、例の如く清奈の盾に撃ち落とされるも――
「ふっ……は!」
翠玉石の双瞳は”ここからこそ”本番だ!そう言う様に閃く!
ザシュゥ!――ズバァァ!――ドシュッ!――
バシュッ!――ズシャッ!――ザシッ!――シュバッ!――
ドスッ!――グシャッ!――ズバシャッ!――ズシュゥゥゥ――!!
瞬時に!同時に!瞬く間に!
四方八方!縦横無尽!矢鱈滅多ら!
網の目の如くに刃は同時に斬りつけられるっ!
「っっっ!!」
その速度は高速剣、高速連撃とは全くの別物だった!
速いという次元では説明できない不条理のバーゲンセールである!!
ヒュ――ヒュン――ヒュヒュ――
「くっ!ふっ!はっ…………っ!?」
花房 清奈の絶技を以てしても……
バシッ!バシッ!…………ザシュゥゥッ!!
「くはっ!」
こんな”モノ”は――
「ぐっ…………!?」
”略”では無く!真実に同時に無数の刃が襲い来たのだ!
個人が対応できる範疇を大幅に越えた反則技である!!
「だ、だから……やり過ぎだって……”この世界”で”魔剣”は……」
鉾木 盾也はその攻防を立ち尽くすしか出来ずに見守っていた。
――そうだ、これは俺の”魔剣”がひとつ……
――”多重世界の剣”
幾つもの在るべき、いや、遭ったかもしれない可能性の刃……
「何本もの同じ剣を、幾つもの同じ剣撃を、数多の、唯一の、世界を重ね合わせて一瞬だけ同時刻、同じ場所に存在させる……可能性の魔剣」
――この”魔剣”を使いこなせる羽咲だから
――最強の”英雄級”である彼女だからこそ
「この世界への過度の干渉は不味いって!そう言ったよねぇ?羽咲ちゃぁぁん!?」
”自分にそう言っておきながら、羽咲が率先してそれをするかぁ!?”という、そんな納得いかない状況に思わず絶叫する男。
鉾木 盾也は一応、羽咲の”相棒”兼”彼氏”という立場ではある……
だが悲しいかな、盾也の意見は大体無視されるのが二人の日常であった。
ブシャァァァァァーーーー!
と……些末事は扨措くとして。
遂に鉄壁の牙城が破られ、花房 清奈は斬られた箇所から血飛沫を上げ、
ドサッ――ゴロゴロゴロ!!
堪らず後方へと転がって逃げていた!
カシャァァーーン!
それと同時に十二支 十二歌……羽咲の持つ剣も酷使による結果だろう、柄と刃の僅かな根元部分を残して砕けて霧散していた。
「…………」
そのままプラチナツインテールの美少女剣士は、無言にて傷ついた腕を押さえながら片膝立ちで対峙する敵を見ていた。
「羽咲?」
その表情に再び違和感を覚えた鉾木 盾也は恐る恐る彼女に声をかける。
そして問いかけに、プラチナツインテールの美少女剣士は静かに――
「仕留め……そこなった……この私が」
そう呟いて返したのだった。
第十話「千変万化」前編 END
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
58
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる