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奈落の麗姫(うるわしひめ)編
第十二話「散華の空」中編
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ドシャァァァァーーーーーーーー!!
俺は意識が一瞬、飛ぶほどの衝撃を背中に受けていた!
木場 武春の図太い利き腕に”飛びつき変形腕拉ぎ逆十字固め”で張り付いていた俺は、信じられない怪力で持ち上げられて馬上から相手の巨体諸共に大地へと叩きつけられたのだ。
「がはぁぁっ!」
木場 武春は自らの右肘関節破壊と頸動脈圧迫を物ともせずにそんな無茶を強行した!
バキィィーーーー!!
激突音とは別で!辺りに若竹が数本纏めて裂ける様な豪快な破裂音が響き渡る!
「かっ……はっ……」
意識が飛ぶほどの衝撃を背中に受けながらも、俺は両手を離し――
バッ!バッ!
でんぐり返しで離脱し、うつ伏せ状態から直ぐさまに後方へと飛び退く!
「………………ぷはぁぁぁぁっ!!」
取りあえず安全圏まで離れる事が出来た俺だが、そこで初めて肺の中に圧縮されていた空気を吐き出した。
――少なくとも肋数本に……ヒビくらいは入ったな
痺れを抑え込み、後方へと跳び退けたのは……
咄嗟に、衝撃で圧迫された肺内の圧力に耐えて回避行動を優先したからだ。
そうしないと吐き出した呼吸による脱力と襲ってくる痛覚に飲まれ動作が多少なりとも遅れていただろう。
「くっ……」
にしても――
一瞬だけ先延ばしにしたところで、骨を軋ませた程の激痛は襲って来る。
敵には格好の追い打ちチャンスだが……
「すず……はら……さいかぁ」
”一足跳び”の地で俺が”へたって”いても追撃が無いのは、木場のダラリと下がったままの右腕が答えだ。
俺に先んじて立ち上がったにも拘わらず歪めた表情で睨むだけの大男に、激痛に引き攣った笑みで俺は応じる。
「だろうなぁ……完全に折ったからな」
あの時、時間差で響いた乾いた破裂音は、”最強無敗”の利き腕が死んだ証だったのだ。
”それ”を踏まえた俺はゆっくりと立ち上がり、余裕の動作で腰を低く落とす。
「……」
――”小烏丸”は……あの衝撃で落とした
少し離れて転がっているのは見えるが、この位置関係で拾いに行くのは少々厳しい。
だがそれは木場とて同じこと。
奴も落馬の衝撃ではぐれた槍はちょい離れた地面の上だ。
「…………」
俺は獲物を狙うネコ科の猛獣そのままに、素手のまま腰をさらに落として――
ダッ!
大きく跳んで踏み込んだ!
「見事な”鬼子”ぶりだな!鈴原 最嘉ぁぁっ!!」
全身をしこたま打ちつけられ、骨に損傷のある状態でも、なんの躊躇の欠片も無く死闘を続行する俺を”最強無敗”はそう賞賛するが!
ブゥゥーーーーン!!
損傷具合は木場 武春の方が上だろう……
笑みさえ浮かべた表情で無事な左腕を振り回して迎え撃つ武神!!
――――ヒュッ
大拳を掻い潜り、手前で停止して至近の距離を得る!
スッ!
この距離での打撃による有効打は難しい、況して鎧越しの腹部に拳を添えただけの俺が出来ることは……
体格差が有り過ぎる相手と真っ当な殴り合いなんてしても勝ち目は毛ほども無いとはいえ、この極端なゼロ距離では有効な打撃は……
「……ふっ」
――実は…………在るっ!!
一瞬の隙から潜り込んだ木場の懐で!
窮屈な体勢から鎧越しの分厚い胸に宛がっただけの縦拳を真っ直ぐ押し込む!
「っ!?」
ガコォォォーーーー!!
響きは鵺の死告。
無機物、肉体を打つ音で無く、骨……
体内深く骨の髄を粉砕する古武術が凶拳!!
「が……はぁぁぁぁっ!!」
反動も何もない、数センチの距離から”ただ押し出された”だけの拳。
しかし、受けた木場 武春の顔面は瞬時に歪み、血走った眼球が見開かれていた!
ガ……ガクッ
次いで、支える力を失った巨体は垂直に崩れ落ちる。
「”永心伏捨流古武術”擬き、奥義……雁鐘」
俺は、一応は決まり事とばかりに呼称を告げる。
永心伏捨流……つまり六神道が古武術のひとつ、打撃系古武術で有名な”永伏”の奥義の一つである”雁鐘”は所謂”寸打”であった。
拳闘などと違い縦に握った拳は古武術特有の使い方であり、寸打は至近距離でも十分な威力を発揮する打撃技だ。
「はっ……はっ……はっ……ぅぅ……」
未だ地に伏してはいないが両の膝はガクガクと震え、辛うじて体勢を維持するのがやっとの木場 武春。
雁鐘は奥義と言うだけあって、その破壊力は古寺の一尺六寸鐘(約百キログラム)を十間(十八メートル強)も吹き飛ばしたという嘘臭い伝承の残る秘技である。
更に”鎧通し”さえ備えた超実践、戦国向きの奥義の習得は――
東外で修行していた当時の清奈さんが、同じ六神道である永伏の当主が他流試合で披露したのを見たという記憶から……
俺が根掘り葉掘り聞き出して二人で試行錯誤、破格の天分を以つ彼女とあらゆる労力をかけて分析解析を尽くした俺が模倣し再現に至ったという、だから飽くまで"擬き"であって、あまり褒められたモノでない経緯の……
――ま、まぁ……そこは良いか?ははは……
つまり、なにが言いたいかと言うと、
「ぐ……ぅぅ……」
顎を上げて酸素を求め鯉のように口をパクパクさせる木場は、言葉どころか呼吸さえもままならない状態で辛うじて立っている。
巨大獣でさえ悶絶するのが当たり前な奥義を受けての反応としては驚異的ではあるが、如何な化物でもこの様に満足には動け……
「ぐ……はぁ……お……おおおおっ!」
――ないだろう……って!?まさか!?
ブワッ!という強烈な風切り音が至近で!一瞬、聴力を奪い去り、
俺は頭上に尋常でない圧力を感じた!
ドカァァッ!
「がはっ!」
同時に!視界に火花が散った俺は、意味も分からぬまま地面に顔面を打ちつけていた!!
「おおおおおおおっ!!!!」
――な、なにが起こった!?
後頭部に強烈な衝撃を受け、地面に押し潰された??
折れてない方の腕で叩き潰されたのか!?
”雁鐘”を真面に食らった相手に!?
――い、いや……違うだろ!
ババッ!
朦朧とした意識下で混乱する思考はコンマ数秒も保持していられないっ!!
俺はうつ伏せに潰れて土を舐めた瞬間に湧き上がるあらゆる思考を捨て去り、腕立て伏せの体勢で両手を地べたに着くと、そのまま腕の力だけで斜め後方へと跳んだ。
ダッ――ダダッ!!
後ろへと、跳び退いたまま……
次いで右足で流れる地を蹴り増して、そして更なる後方の安全圏へと距離を取る。
――――ブオォォーーーーン!!
「……っ」
這い蹲っていた俺へ向けた追撃の蹴りは、それで辛うじて射程圏外……
僅かに髪を掠めただけでやり過ごす事に成功する。
ズザザザァァッ!
前傾姿勢で勢いのまま後ろに滑り、両手の平を地面の摩擦で削りながらも停止する俺。
「ふっ……ふっ……はぁぁ!!」
その間にまるでラマーズ法の様な息使いで再び戦闘態勢を整える巨漢は……
力なく下げられたままの右腕以外は全く問題ないという、完全復活した覇気を纏い仁王立っていた。
「くっ!……木場……武春」
――いいや!ダメージが無いはずが無い!!
「はははっ!鈴原 最嘉ぁぁ!」
再び俺達は距離を置いて睨み合う。
ワアァァァァッ!!
ワアァァァァッ!!
時を同じくして、周囲で歓声とも悲鳴ともとれる集団の叫び声が戦場を包んだのだった。
「…………」
――漸く…………だ
俺は前面の化物に注意を払いながらも小さく頷いた。
「き、木場様っ!!後方から!?後方から敵の一軍がっ!!」
「し、城が!?尾宇美城が乗っ取られましたっ!!」
「御味方は総崩れにっ!!」
俺達二人を中心に、交戦中であった両軍の最前線はこの時既に最前ではなくなっていたのだ。
「……」
木場 武春は部下の叫び声のような報告に視線だけを動かして状況を確認する。
鉄の包囲網の外……
新政・天都原軍から見れば後方からの手痛い一撃を食らって、全軍は大混乱であった。
「こ、こうなっては……」
「こ、ここでの足止めは意味が……こ、このままでは……」
ワアァァァァッ!!ワアァァァァッ!!
混乱に拍車が掛かる新政・天都原軍。
だが――
「……」
木場 武春には……
「……」
ズタボロでこの状況にも”我関せず”とばかりにゆっくりと口角を上げる”最強無敗”。
――はは……この戦闘狂……め
未だ睨み合ったままの俺達にとって最早それは後事……のようだ。
俺は応じる様に口端を上げる。
ガシッ!
木場 武春は部下の叫びを無視し、無言にて数歩ほど歩くと地面に落ちていた自身の槍を掴み取り、そしてこちらを目配せする様に見据える。
「…………そうかよ」
ガシャ!
俺も鼻血を拭って立ち上がると、落ちていた小烏丸を拾う。
――戦場、余人がどうであろうと、飽くまで決着はつける!!
そういう事だ。
それは妙に納得のいく結論だと、俺は拾った小烏丸を構えていた。
第十二話「散華の空」中編 END
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