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奈落の麗姫(うるわしひめ)編
第十六話「伽藍の先触れ」後編
しおりを挟む別小説「神がかり!」ヒロインの六花 蛍イラスト
第十六話「伽藍の先触れ」後編
「は!誰かと思えば……”鶏鳴狗盗”の波紫野弟と、喧嘩しか能の無い”無頼漢”折山 朔太郎じゃないか?お前らみたいなのが一人二人増えたからってモノの数じゃないんだよっ!」
壬橋 來斗は一瞥してから嘲笑う。
「”鶏鳴狗盗”に”無頼漢”だってさ?また随分な言われようだなぁ」
その侮蔑を全く意に介さず軽薄に笑い返す波紫野 剣。
しかし――
「剣っ!朔太郎っ!!」
「朔太郎と波紫野さんは見回りに出たはずじゃ……」
二人の乱入で波紫野 嬰美と東外 真理奈の表情には明らかに希望の光が戻っていた。
「そうそう、まだ半分ほどだったんだけど……ちょぉっと嫌な予感がしたんだよね。虫の知らせって言うんだっけ?いやぁ、これも嬰美ちゃんを想う俺との麗しき姉弟の絆という……」
「朔太郎っ!その奇妙な女は只者じゃ無いわ!あなたくらいしか相手にできないっ!!」
剣が軽口を言い終わる前に波紫野 嬰美はそう叫んでいた。
「ちょっ、嬰美ちゃん。ここは姉弟感動の場面だからもうちょっとさ……」
「波紫野さんが来ても変わらないけど朔太郎ならなんとか出来るかもしれないっ!」
続いて東外 真理奈が同様に軽薄男の言葉を無視する。
「いや、非道いなぁ二人とも……これじゃ俺が道化だよ。ねぇ、そう思わない?朔ちゃ……」
「ああ、知ってる」
そして六神道女性陣による期待の視線を一身に向けられた男はその誰の問いに答えたのだろうか?実に簡潔に返答したものの、彼の両手はダラリと下がったままだった。
「さ、朔太郎!!だから貴方しか……聞いてるの!?」
「朔太郎!ちゃんと聞きなさいよ!」
「朔ちゃぁん」
三人が三人とも!若干違うニュアンスであるが、戦闘準備さえ取らない男を問い詰める!
「…………聞いてるっての」
しかしそれでも無愛想な男は”はぁ”と溜息を吐いてから、緊張感無く頭をボリボリと掻くだけだった。
「嬰美の見立て通り”その女”は只者じゃないって知ってるし、東外 真理奈の言うように剣じゃ相手にならないってのも知ってる。で……剣、お前の”道化”は生まれつきだとも知っている」
――っ!!
実にバッサリと!
三人が三人共に無愛想男に切り捨てられ……
「ひ、酷いなぁ……」
涙目で恨めしそうに見上げてくる剣士は扨置くとしても、女二人の忠告を充分に理解していながら”構え”さえ取らない折山 朔太郎の真意は――
「ちっ!雑魚共め……サッサと仕事しろよ、”天眼 鹿深姫”!!」
意図されてではないだろうが、完全に無視された形になった碧眼と蜂蜜髪の男は苛立った声で戦闘開始を急かす!
「……」
しかし今度は……
その壬橋 來斗の命令に盲目少女剣士が即応せずに佇むだけ。
「て、天眼 鹿深姫っ!深姫っ!!僕が殲滅だって言ってるだろっ!!」
再度怒鳴ってせっつくも――
「……」
やはり驚異的な剣技を所持する盲目少女剣士は微動だにしなかった。
「ちぃぃ!この異端が!!化物女が!僕の指示に従えよっ!!」
さらに興奮度が上がりまくる來斗に――
「少しは落ち着けよ、”人面獣心”の末っ子。高が知れるぞ?」
「なっ!?このっ!!」
全く相手に興味を持たない平坦な言い方で、折山 朔太郎は先ほどの”無頼漢”なる言葉による侮蔑をキッチリと言葉で返すことを忘れない。
「辛辣だなぁ……」
こういう折山 朔太郎の意外に細かい性格には、軽口巧者の波紫野 剣さえ苦笑いするだけだ。
「けど、朔ちゃん。流石にそろそろなんとかしないと……」
苦笑いと同時進行で腰の刀に手をかける波紫野 剣――
「無理だろ……もう詰んでいる」
しかしその無愛想男は連れの剣士に向けそう言い捨てたのだった。
「え?」
剣士は意味が解らず……
否!
言葉を放った”無愛想男”と元凶の”盲目少女剣士”以外……
実はその場にいた全員が”状況を”理解していなかったのだ!
ヒューーーーーーーオン!!
ブゥゥーーーーーーァン!!
ヒューーーーーーーォン!!
ヒュッーーーーーーーー!!
――宙を舞い!
――空を裂いて!
――風を切り!
――刹那に閃く!
軽口剣士の前を、女剣士の横を、女闘士の脇を突き抜ける影!
「なっ!?」
「なんなのっ!?」
「くっ!」
手練であるはずの姉弟剣士も、鉄壁の護衛術を誇る女闘士も、一瞬にして置き去りにした空間を切り裂く四筋の影は??
――!!
主座に座したままの標的へと到達する!
「……う……うう!?」
細く白い首元に”一振り"
緩やかな曲線を誇示する両胸の直前に"一振りづつ”
そして、柔そうな腹部に”一振り”――と、
六花 蛍の肌に触れそうな数ミリという距離にて、計四本の刃が切っ先を向け空中に停止していたのだ!
「て、蛍っ!!」
無力な抜き身刀を握ったまま、事象を理解できないままで叫ぶだけの波紫野 嬰美。
「な……なな?いつの間に……どうやって!?」
東外 真理奈が両腕を構える間もなくそれは起こった。
皆一同に突然の怪異に目を丸くしていた!
――”怪異”
そう、六花 蛍に向けられた四本の刃は……
誰に使われる事も無い状態で空中に固定されていた。
「ははっ……なんだそれは?……ははは、イカれてるっ……イカれてるなぁっ!深姫ぃぃっ!!あはははっ!」
空中に浮かんだ刀達を見てバカ笑いする蜂蜜髪の男を見るに――
その怪奇現象を起こした刀達の持ち主……
件の盲目少女剣士を連れて来た壬橋 來斗もその異能を知らなかったようだった。
「くっ!」
「この……」
側で巫女姫を護衛していた女達は自身の無能さに唇を噛んで悔しがり、そして今からでもなんとかその状況を打開しようと、刀にやった手に、構えた両腕に、力を込めながら隙を窺ってみるが……
「……条件はなんだ?」
「なっ!?」
「朔太郎っ!!」
そんな女二人の抵抗を無駄な努力だと言わんばかりに、無愛想男は勝手に交渉を切り出していた。
「じょーーうぅけん?そうだなぁ……じゃぁ死ねよ!」
歪んだ口で吐き捨てる蜂蜜髪の男。
「お前らぁ、全員さぁ、この場で直ぐに死ねよっ!そうすりゃ、この女は奴隷として飼ってや……」
「では、あなた方には今後全てに於いて従って頂きます。そうすれば巫女姫様に危害が及ぶことはありません」
壬橋 來斗が憎悪に濁った碧眼で六神道の面々を見下して喚き散らすのをまるで打ち消すかのように、静かだが毅然とした口調で盲目少女剣士は要求を言葉にした。
「は?お前……なに勝手に口挟んでるんだよっ!お前はタダの護衛で!くだらない木偶人形だろうがっ!!」
端正な顔立ちを更に醜く歪めて振り返った蜂蜜髪の男は、肩まである黒髪と白い肌の……
呪符のような幾つもの目の如き奇妙な文様を施した黒い布を巻いて目隠しをしている華奢で清楚な十代半ばの盲目少女に威圧感たっぷりで詰め寄る!
「…………わかった」
だがそんな光景を無視し、両腕を万歳するようにして降伏の意思を露わにする折山 朔太郎。
「ちょっ!朔太郎!!」
「なに勝手に!!」
「朔ちゃん……それは」
六神道の三人は三人ともに無愛想男に異を唱えるが……
「他に方法あるのか?蛍の安全が保障されるなら別に上が誰でも同じだろうが」
なんとも割り切った答えを返す朔太郎。
「そ……そういう話じゃないでしょ……けど……」
真理奈は全く納得いっていないようだが、だからといってこの窮地を脱する代案は浮かばない。
「けれど……うぅ……仕方……ないの?」
本来なら荒事に対する急先鋒であるはずの波紫野 嬰美は、先に蛍を盾に取られたために判断能力が著しく低下したようで、思考をそのまま弟の剣に投げたかの様に視線を送る。
「いや、どうだろう?……ほたるちゃんの命が最優先なのは解るけど……うぅん……それしかないのか……うん」
そして、その波紫野 剣も……この状況下では朔太郎の意見に頷かざるを得なかった。
「だ、そうだ。そこの金髪じゃなくて藤桐とかいう奴の下にならついてもいい。だが蛍の身の安全を保障できないなら……」
一応は三人の反応を見てから、折山 朔太郎はサッサと話を纏めるためにそう言うと一転、両腕は降参の意を示し天に投げたままで――
「おいっ!待てよ、この無頼者がっ!!僕を無視して勝手に話を……」
その間に青筋立てて割り込む壬橋 來斗を歯牙にもかけずに――
「反故にするなら………お前らぶち殺すぞ」
――っ!!!
全員が凍りつくような殺気の塊!
静かに唸るように吐いた言葉は紛れもなく有言実行の脅しだった。
「…………う……うぅ」
この場の六神道全員が――
つまり、首謀者で現在この場では支配者であるはずの壬橋 來斗でさえもがすっかり怯んでしまう様な殺気を当てられて言葉を失っていた。
「承りましたわ。巫女姫様の身の安全は藤桐閣下の名で確約致しましょう。そういう事で宜しいですね?」
唯一人、盲目少女剣士だけが……
”天眼 鹿深姫”を名乗る謎多き少女だけが殺気の中で微笑んで交渉を進める。
「……ああ」
それに、ぶっきらぼうながらも応える朔太郎。
そしてその朔太郎の視線を受けて、主座に鎮座した蛍もコクコクと頷く。
「……」
そういう二人のやり取りに、盲目少女剣士はふと、初めて偽りなく微笑んだ様に見えた。
「では……鶯丸、木菟、燕、川蝉」
――ヒュ!
――ブォン!
――ヒュン!
――ヒュバッ!
そして彼女がそう銘を呼ぶと同時に、空中で停止していた四振りの刀は主の元へ――
来たときと同じ、宙を舞って天眼 鹿深姫が華奢な腰に装備されし左右に連なって下げられた鞘へと銘々に戻ったのだ。
「……くっ」
「なんなの……いったい」
刀が自身で宙を舞い、自身で鞘に収まるという圧巻の風景。
六神道の者達でなくとも唖然とする光景だろう。
「くそ……」
そして、事の顛末に――
敗北したはずの六花 蛍陣営よりも壬橋 來斗の方が飛び抜けて”不満たらたら”であるようだが……
彼の後ろ盾になっているだろう大国、天都原の藤桐 光友という名を出されては、彼の立場では文句は言えるはずもない。
「誠に不躾なのですが……今の言霊を以て契約とさせて頂きました。此方は勿論、其方も約定を違える様な事があるならば」
スイッっと――深姫が自身の白い喉仏付近を指先でなぞると、
「あ、あれ?」
その深姫と六花 蛍の白い首に、同じ場所に黒い筋が横に一本入る。
「蛍になにをしたっ!化物!!」
思わず抜いたままの切っ先を深姫の方へと向ける嬰美。
「唯の契約印です。守られねばその輪が閉まり直ちに頭と胴とを別ちます」
それに微笑んで返す深姫。
自らの首に同じ契約印を刻んでさえも微笑む深姫。
「なんて……卑怯な」
「く……」
「……」
聞いた事も無い呪詛だが、今はそれを信じて疑わないほどに面々は天眼 鹿深姫という普通では有り得ない存在を散々に見せつけられていたのだ。
「わかった。それより一つ聞いて良いか?」
そんな場で、意外にも冷静に言葉を発したのは無愛想男、折山 朔太郎だった。
「朔ちゃん、ほたるちゃんの身に危険が及んでるのに……」
「別に、契約守りゃいい話だろ?それより……」
蛍の事となると豹変するはずの朔太郎の態度に剣が疑問を浮かべるも、当の本人はそう言い捨てて問いとやらを続ける。
「さっきの、あれは”魔剣”とやらか?」
――っ!?
"どういうこと?"
”魔剣?”
”さっきのアレを知っていたのか?”
「……」
六神道の面々によるそういう怪訝な視線を一身に受けながらも、朔太郎の黒い眼は盲目少女剣士に問うたままだ。
そしてその問いに対し、盲目少女剣士……当の天眼 鹿深姫は――
「扨て、どうでしょう?」
綺麗にはぐらかす。
「……」
これには流石の折山 朔太郎からもチッと舌打ちする音が漏れた。
「さ、朔太郎、そう言えば貴方は真っ先にあの状況を察知していたわね!?」
意味が分からない状況に苛立つ嬰美は割り込んで、朔太郎がこの異端の相手を最初からどこまで知っていたのかを問い糾す。
「知るか!ヤバい気配がしてたからそう踏んだだけだ」
だが、無愛想男は唯の勘で状況の"詰み”を感知したと吐き捨てる。
「ま、魔剣って?」
続いて出る真理奈の疑問にも――
「知らん。昔、野盗から助けた記憶のある……しょぼくれた自称”刀鍛冶の男”がなんかそんな与太話をしていたのを思い出しただけだ」
それにも大した意味は無いと応えた。
成る程――
この折山 朔太郎という男は……
情報も根拠となる知識も欠片ほどで、推測するにも及べない状況でも、
唯々、怪しいと感じる勘だけを武器にあわよくば相手自ら情報を開示させようと鎌を掛けたのだ。
「大胆というか……恐ろしいね、朔ちゃん」
他人を喰った態度が歩いているような、そんな波紫野 剣も呆れる図太さ。
だが――
「…………そうですね。いま、私に言えるのは”こういう事”も出来ますよ、という話だけです。まぁこの程度、所詮”初見殺し”の児戯に過ぎませんが」
それもこの少女――
肩まである黒髪と白い肌、細い腕で華奢な十代半ばの一見、清楚な美少女。
顔に呪符のような幾つもの目の如き奇妙な文様を施した黒い布を巻いて目隠しした盲人。
如何にも華奢な腰に、右に三本、左に二本と計五振りもの刀を連ねて下げた……
――天眼 鹿深姫
奇天烈な名を名乗る異端の盲目少女剣士には全く通用しなかった。
「兎にも角にも契約は成りました。努々お忘れ無きよう……"お互いの幸福”のためにも」
最後にそう言い残し――
七峰宗都、鶴賀は慈瑠院から一時、その凶事は去ったのだった。
第十六話「伽藍の先触れ」後編 END
応援ありがとうございます!
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