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第八章 リンゴの独り言
リンゴの独り言(仮病)
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「せめて、せめて、リンゴが食べられたら……佐藤さんの剥いたリンゴが食べたい……リンゴ……」
吉村は、最後の希望を託してそう言った。
「はい」
目の前に、リンゴが差し出される。死体状態だった吉村の目が輝きを取り戻す。しかしそれは一瞬のことだった。たしかに、楊枝に刺したリンゴがそこにはある。だが、それを持っている手は佐藤のものではない。
薄気味悪い笑みを浮かべた男に、吉村は半分切れた。
「何ですかあなたは! 人の部屋に勝手に上がりこまないでくれるかな!」
「佐藤さんは梅干買い忘れたって出て行ったよ。はい、リンゴ」
平然として、なおもリンゴを取るよう促す隣人。吉村はその手をはたいた。リンゴが畳の上に落ちる。鈴木は笑いながら、ちょっと怒っていた。そんなことは無視して、布団にもぐりこむ。
「佐藤さんの、佐藤さんの剥いたじゃないとダメなんだああ……うわああああ……佐藤さんのリンゴおおおお……」
「君、実は変態でしょ」
僕は変態じゃない! と抗議しようと布団をめくる吉村。そこでまた腹の立つ光景が繰り広げられていた。鈴木は皿に載せられたリンゴを次々口に放り込んでいるのだ。こめかみに血管が浮き出てくる。
「何、自分で食べているですか! それ僕に剥いたんでしょ!」
「え、食べないんじゃないの?」
「食べますよ、剥いたんなら食べます。あんた病人をなんだと思ってるんですか」
白々しく返事する鈴木から、リンゴを奪い取る。口に放り込みながら思った。
――こいつ、性格悪う……。
神経衰弱を気取って佐藤の世話を求める行為も相当なものだが、それはとりあえず置いておく。
吉村が皿ごとかかえているため、鈴木はリンゴを食べることが出来ない。無論、要求されても分けてやるつもりはなかった。こんな変人、部屋にいるだけで不愉快だ。
鈴木はよほどリンゴが食べたいのか、もう一つある、切られていない分を取り、自分で皮を剥き始めた。しばらく、沈黙が続く。吉村は、するすると落ちていく皮を眺めていた。
「……皮むき、うまいんですね」
「昔、剥いた皮を日干しにして集めることにはまっていた時期があってさ」
「君、実は変人でしょ」
お互いにリンゴをつまみながら、ぽつぽつと会話をし始める。吉村としても、親しくないもの同士の沈黙というのは、なかなか耐え難いものがあった。
「佐藤さんって、学校ではどんな感じ?」
「そりゃあ、明るくて友達が多くて夢に向かってキラキラしている人ですよ。誰にでも好かれるタイプですね」
「実際、かなりヒステリックなんだけどね」
「何であなたが僕の知らない佐藤さん情報を持っているんですか!」
身を乗り出し、鈴木を睨みつける。
「……とりあえず謝るよ」
「だいたい、あなたと佐藤さんが知り合いだって言うのが信じられません。あなたは必要以外は家に引き篭もって、変なフィギュアばかり集めているような人です。佐藤さんとは違うんです。若い人って、普通はもっと輝いているものですよね。あなたにはそれがないんです」
「君さあ」
吉村の不平を、静かに遮る。特に表情に変化はなかった。顔を見ようともせず、リンゴを咀嚼している。
「はい?」
「佐藤さんのこと好きだったりするんだ」
少し黙ったあと、吉村は答えた。
「好きです。夢に向かってひたむきな彼女が」
「潔いね」
「は?」
わけがわからなかった。
そして、あんたのほうはどうなんだ、という言葉を、リンゴと共に飲み込んだ。
吉村は、最後の希望を託してそう言った。
「はい」
目の前に、リンゴが差し出される。死体状態だった吉村の目が輝きを取り戻す。しかしそれは一瞬のことだった。たしかに、楊枝に刺したリンゴがそこにはある。だが、それを持っている手は佐藤のものではない。
薄気味悪い笑みを浮かべた男に、吉村は半分切れた。
「何ですかあなたは! 人の部屋に勝手に上がりこまないでくれるかな!」
「佐藤さんは梅干買い忘れたって出て行ったよ。はい、リンゴ」
平然として、なおもリンゴを取るよう促す隣人。吉村はその手をはたいた。リンゴが畳の上に落ちる。鈴木は笑いながら、ちょっと怒っていた。そんなことは無視して、布団にもぐりこむ。
「佐藤さんの、佐藤さんの剥いたじゃないとダメなんだああ……うわああああ……佐藤さんのリンゴおおおお……」
「君、実は変態でしょ」
僕は変態じゃない! と抗議しようと布団をめくる吉村。そこでまた腹の立つ光景が繰り広げられていた。鈴木は皿に載せられたリンゴを次々口に放り込んでいるのだ。こめかみに血管が浮き出てくる。
「何、自分で食べているですか! それ僕に剥いたんでしょ!」
「え、食べないんじゃないの?」
「食べますよ、剥いたんなら食べます。あんた病人をなんだと思ってるんですか」
白々しく返事する鈴木から、リンゴを奪い取る。口に放り込みながら思った。
――こいつ、性格悪う……。
神経衰弱を気取って佐藤の世話を求める行為も相当なものだが、それはとりあえず置いておく。
吉村が皿ごとかかえているため、鈴木はリンゴを食べることが出来ない。無論、要求されても分けてやるつもりはなかった。こんな変人、部屋にいるだけで不愉快だ。
鈴木はよほどリンゴが食べたいのか、もう一つある、切られていない分を取り、自分で皮を剥き始めた。しばらく、沈黙が続く。吉村は、するすると落ちていく皮を眺めていた。
「……皮むき、うまいんですね」
「昔、剥いた皮を日干しにして集めることにはまっていた時期があってさ」
「君、実は変人でしょ」
お互いにリンゴをつまみながら、ぽつぽつと会話をし始める。吉村としても、親しくないもの同士の沈黙というのは、なかなか耐え難いものがあった。
「佐藤さんって、学校ではどんな感じ?」
「そりゃあ、明るくて友達が多くて夢に向かってキラキラしている人ですよ。誰にでも好かれるタイプですね」
「実際、かなりヒステリックなんだけどね」
「何であなたが僕の知らない佐藤さん情報を持っているんですか!」
身を乗り出し、鈴木を睨みつける。
「……とりあえず謝るよ」
「だいたい、あなたと佐藤さんが知り合いだって言うのが信じられません。あなたは必要以外は家に引き篭もって、変なフィギュアばかり集めているような人です。佐藤さんとは違うんです。若い人って、普通はもっと輝いているものですよね。あなたにはそれがないんです」
「君さあ」
吉村の不平を、静かに遮る。特に表情に変化はなかった。顔を見ようともせず、リンゴを咀嚼している。
「はい?」
「佐藤さんのこと好きだったりするんだ」
少し黙ったあと、吉村は答えた。
「好きです。夢に向かってひたむきな彼女が」
「潔いね」
「は?」
わけがわからなかった。
そして、あんたのほうはどうなんだ、という言葉を、リンゴと共に飲み込んだ。
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