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日曜日のわたしたち・4
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「昼飯どうしよ」
「外食はお金が掛かっちゃうし、わたしが作るよ?」
お皿とマグカップ、下着を買ったわたしたちは、電車の中で肩を寄せ合い語り合う。人が見ているとかどうでもいい。イチャイチャしていいじゃないですか。
ふと遠くを見ると家族らしい親と子が楽し気に話し合っている。ゆらゆらと電車に揺られながら、隣に居るりゅーちゃんを見る。りゅーちゃんもこちらを見てくれて、何も言わずに見つめ合う。
これからずっと二人。
そのうちに三人になり、四人となったら幸せだなぁとか、ちょっと思った。
電車を降りて改札を出て、りゅーちゃんと手を繋いで歩く。部屋に近くなるにつれ、周囲に人が減っていく。りゅーちゃんの手はわたしの温度を奪って、やや温かくなっている。
わたしはあまり会話が多くない。
対してりゅーちゃんは、知り合った頃からお喋りだった。誰とでも話せるいい人で、わたしには合いそうにもないなって思った。第一印象は八方美人。次の印象は、苦労人。
みんなの為に頑張って、疲れちゃって、しんどいって言えないような人だというのが、わたしの彼に抱いた印象だった。
「外食したかった?」
「ななと一緒やったら、何でもえぇよ」
りゅーちゃんはそうやって笑う。自分の気持ちを言わずに噛みしめて、相手の気持ちを優先する。そういう人だとわかったから、私は彼に「嘘つきな人」と言ったんだ。
三年前。
彼がまだ、標準語で語っていた頃の話。
〇〇〇
「嘘つき? そう見えた?」
コンパの会場にセッティングされた居酒屋の前で、彼は一人で煙草を吸っていた。
大学サークルでの合同コンパは五対五で、わたしは2回目の参加だった。
飲み会が終盤になって、彼が席を立ったのを見計らってわたしも席を後にした。彼は早々に支払いを済ませていて、いろいろ大変だなぁと思ったのが一つ。
外に出た彼が、煙草を吸いながら、悲し気に溜息を吐いていたのを見て、わたしは気づいたのだ。
「本当は……コンパとかしたくない。……違う?」
店の外はひんやりとしていて、香る匂いは煙たくて、わたしはこほんと咳をする。気づいた彼は手にしていたポケット灰皿に煙草を押し付けた。彼は笑顔だった。
「俺は自分がしたいからしてるんだ。君にそう見えたなら謝るよ」
わたしの失礼な発言に、彼は当然とばかりに謝罪した。頭まで軽く下げて、わたしの何かがとげとげとしてくる。いらいらして、不愉快だった。
「……謝る? ……何で?」
「だって、楽しめなかったんだろう?」
誰もそうは言っていない。けれど彼は首を振り、「次はちゃんと用意するからさ」と言ってくる。そんな彼の笑顔が、酷く嘘っぽく見えた。
「みんなが喜ぶんだから、いいじゃないか。ほら、みんなのところに戻りなよ」
「君は戻らないの?」
ついそう聞き返してしまう。彼はしばらく黙ったまま、「俺が行くと邪魔だって、先輩がさ」と笑った。確かに彼と仲良くしようとする友達が居る。彼にやたらと話している子が居たから、それが気に食わない先輩がいるのも頷けた。でも、と思った。
「こういう裏方の仕事って、俺も好きだからさ。俺がやるって言ってしてるんだ。君ももう戻りなよ。俺なんてどうでもいいだろ」
彼は吐き捨て、ばつが悪そうい煙草に手を伸ばす。そしてわたしを見て、持ち上げた煙草をしまう。酷く苛立って見えた。
「悪い、ちょっと言い過ぎた」
まただ。
彼はわたしに謝罪をしてくる。さっきよりも頭を深く下げて、気持ちの籠った謝罪、のような仕草をする。どうしてか、わたしは面白くなかった。
「宮本さん?」
「私は……数合わせ。……前は」
だからわたしは思うことを告げることにした。わたしは彼のようにうまく話せる自信はない。あまり店に戻らないと、友達が心配して来てくれるかもしれない。
その前に、言うことは言わないと。そう思って、わたしは彼に一歩寄る。
「今日は、違うってこと?」
わたしの気持ちを、彼はしかし拾い上げてくれた。前は嫌々来たのだと。今回はそうじゃなくて、来たくて来たのだと、彼は分かってくれた。
「うん。行きたい、って、言った」
わたしは頷き、首を垂れた。彼は少し嬉しそうに笑ってくれる。自然な笑みに見えたから、余計に辛い気持ちが増した。
「次は、こない」
静かに告げると、彼は少し驚いた顔をして、「そっか」と笑みを浮かばせた。それも彼らしい、どうにも不幸せな笑顔だった。
「楽しくなかった?」
彼の問いに、わたしは首を振った。この前も今日も、わたしが思っていたよりも、素敵なことばかりだった。自己紹介だってそう、しゃべりにくい人はボードで書こうと言われてラクだったし、過去の話もクイズ形式で楽しくて、全員がちゃんと喋れて、お酒も無理やり注ごうとしたら怒ってくれて、優しくて楽しくて、とても素敵な時間だった。
「……どうして、もう来ないの?」
わたしは彼に言った。前回、今回とも友達の付き添いで来たと。合コンなんて何されるかわからないという友達のボディーガード的な位置づけで参加したこと。
自分には男女のお付き合いになんて興味がない事。
そして最後に、どうして来ないと決めたかも。
「君が主催するなら、大丈夫、だから」
きっと彼が準備してくれる限り、友達の、あゆちゃんが誰かに嫌な思いをされることはないと思ったのだ。それだけで安心した。
そしてわたしは、今日もう一度参加した理由を彼に告げた。
「一言、言おうと思って」
彼は首を傾げて、黙っていた。お喋りだろう彼が、黙ってわたしの言葉を聞いてくれる。彼は急かさなかった。あゆちゃんだったら急かすだろう一拍、二泊。彼は黙って、わたしの事を待ってくれる。
こういう人と付き合ったら、ラクなんじゃないかなと、ふと思えた。
「この前、今日も……お店の……ご飯」
言葉がとぎれとぎれなのはいつもの事だ。喋り下手なのがわたしなのだ。わたしが流暢に喋るなんて他人には無理。できるとしたら、家族くらい。
だとしてもわたしは、これだけは言うと必死に喋る。
「とっても……美味しかった。美味しく食べさせて、くれた。こういう催しだったら、あゆちゃんも安心、する」
あゆちゃんはわたしの大事な友達だからと、彼に言う。
「わたしも、楽しかった。いいお店、連れていってくれて……ありがとう。いい出会い。いいお店に会えて、嬉しかった、から」
わたしは頭を下げた。ありがとうと、感謝を込めて言う。
「一生懸命、準備とか、用意とか、してくれて……ありがとう」
「あれ、何で、俺」
頭を上げると、彼の眼は潤んでいた。顔をくしゃりと寄せて、子供みたいに泣きそうな貌をしていた。酷く不細工で、大人の男らしからぬ顔だった。
彼は頭を下げて、手の甲でぐしぐしと涙を拭く。ガードレールの縁に腰掛けて、両手で顔を押さえて泣くのを必死に堪えている。
「あは、あれ、何で俺、泣いてんだろっ、変だよな、あははっ」
と、わたしに誤魔化すように涙を流す彼に、わたしは一歩、二歩と近づいた。彼が嘘つきだと気付いたのは、それだけ彼を見ていたからだと、今気づく。
辛そうだと思ったんだ。
寂しそうだと思ったんだ。だから、手を伸ばす。
「……よし、……よし」
「頭撫で、そんっ……俺、なんや、格好悪いわ」
自然と手が彼の頭を抱きしめる。彼は震えながら、私の腕の中で鼻を啜る。
「いい子……いい子」
「ちょっと俺、最近、なんや疲れてしもて……あかんわ」
頭を何度も、何度も撫でてやる。今まで彼氏も作ったこともないくせに、酷く母性のようなものが疼いてしまって、弟をあやす様に、わたしは彼n頭を撫で続けた。
「ちょー、泣かせてくれる?」
「……いいよ」
彼の手がわたしの背中に回ってきて、小さな嗚咽が何度も零れた。わたしは初めて感じた異性の体温を、不快に思うのを必死に堪えながら、何度も頭を撫で続けた。
《続く》
「外食はお金が掛かっちゃうし、わたしが作るよ?」
お皿とマグカップ、下着を買ったわたしたちは、電車の中で肩を寄せ合い語り合う。人が見ているとかどうでもいい。イチャイチャしていいじゃないですか。
ふと遠くを見ると家族らしい親と子が楽し気に話し合っている。ゆらゆらと電車に揺られながら、隣に居るりゅーちゃんを見る。りゅーちゃんもこちらを見てくれて、何も言わずに見つめ合う。
これからずっと二人。
そのうちに三人になり、四人となったら幸せだなぁとか、ちょっと思った。
電車を降りて改札を出て、りゅーちゃんと手を繋いで歩く。部屋に近くなるにつれ、周囲に人が減っていく。りゅーちゃんの手はわたしの温度を奪って、やや温かくなっている。
わたしはあまり会話が多くない。
対してりゅーちゃんは、知り合った頃からお喋りだった。誰とでも話せるいい人で、わたしには合いそうにもないなって思った。第一印象は八方美人。次の印象は、苦労人。
みんなの為に頑張って、疲れちゃって、しんどいって言えないような人だというのが、わたしの彼に抱いた印象だった。
「外食したかった?」
「ななと一緒やったら、何でもえぇよ」
りゅーちゃんはそうやって笑う。自分の気持ちを言わずに噛みしめて、相手の気持ちを優先する。そういう人だとわかったから、私は彼に「嘘つきな人」と言ったんだ。
三年前。
彼がまだ、標準語で語っていた頃の話。
〇〇〇
「嘘つき? そう見えた?」
コンパの会場にセッティングされた居酒屋の前で、彼は一人で煙草を吸っていた。
大学サークルでの合同コンパは五対五で、わたしは2回目の参加だった。
飲み会が終盤になって、彼が席を立ったのを見計らってわたしも席を後にした。彼は早々に支払いを済ませていて、いろいろ大変だなぁと思ったのが一つ。
外に出た彼が、煙草を吸いながら、悲し気に溜息を吐いていたのを見て、わたしは気づいたのだ。
「本当は……コンパとかしたくない。……違う?」
店の外はひんやりとしていて、香る匂いは煙たくて、わたしはこほんと咳をする。気づいた彼は手にしていたポケット灰皿に煙草を押し付けた。彼は笑顔だった。
「俺は自分がしたいからしてるんだ。君にそう見えたなら謝るよ」
わたしの失礼な発言に、彼は当然とばかりに謝罪した。頭まで軽く下げて、わたしの何かがとげとげとしてくる。いらいらして、不愉快だった。
「……謝る? ……何で?」
「だって、楽しめなかったんだろう?」
誰もそうは言っていない。けれど彼は首を振り、「次はちゃんと用意するからさ」と言ってくる。そんな彼の笑顔が、酷く嘘っぽく見えた。
「みんなが喜ぶんだから、いいじゃないか。ほら、みんなのところに戻りなよ」
「君は戻らないの?」
ついそう聞き返してしまう。彼はしばらく黙ったまま、「俺が行くと邪魔だって、先輩がさ」と笑った。確かに彼と仲良くしようとする友達が居る。彼にやたらと話している子が居たから、それが気に食わない先輩がいるのも頷けた。でも、と思った。
「こういう裏方の仕事って、俺も好きだからさ。俺がやるって言ってしてるんだ。君ももう戻りなよ。俺なんてどうでもいいだろ」
彼は吐き捨て、ばつが悪そうい煙草に手を伸ばす。そしてわたしを見て、持ち上げた煙草をしまう。酷く苛立って見えた。
「悪い、ちょっと言い過ぎた」
まただ。
彼はわたしに謝罪をしてくる。さっきよりも頭を深く下げて、気持ちの籠った謝罪、のような仕草をする。どうしてか、わたしは面白くなかった。
「宮本さん?」
「私は……数合わせ。……前は」
だからわたしは思うことを告げることにした。わたしは彼のようにうまく話せる自信はない。あまり店に戻らないと、友達が心配して来てくれるかもしれない。
その前に、言うことは言わないと。そう思って、わたしは彼に一歩寄る。
「今日は、違うってこと?」
わたしの気持ちを、彼はしかし拾い上げてくれた。前は嫌々来たのだと。今回はそうじゃなくて、来たくて来たのだと、彼は分かってくれた。
「うん。行きたい、って、言った」
わたしは頷き、首を垂れた。彼は少し嬉しそうに笑ってくれる。自然な笑みに見えたから、余計に辛い気持ちが増した。
「次は、こない」
静かに告げると、彼は少し驚いた顔をして、「そっか」と笑みを浮かばせた。それも彼らしい、どうにも不幸せな笑顔だった。
「楽しくなかった?」
彼の問いに、わたしは首を振った。この前も今日も、わたしが思っていたよりも、素敵なことばかりだった。自己紹介だってそう、しゃべりにくい人はボードで書こうと言われてラクだったし、過去の話もクイズ形式で楽しくて、全員がちゃんと喋れて、お酒も無理やり注ごうとしたら怒ってくれて、優しくて楽しくて、とても素敵な時間だった。
「……どうして、もう来ないの?」
わたしは彼に言った。前回、今回とも友達の付き添いで来たと。合コンなんて何されるかわからないという友達のボディーガード的な位置づけで参加したこと。
自分には男女のお付き合いになんて興味がない事。
そして最後に、どうして来ないと決めたかも。
「君が主催するなら、大丈夫、だから」
きっと彼が準備してくれる限り、友達の、あゆちゃんが誰かに嫌な思いをされることはないと思ったのだ。それだけで安心した。
そしてわたしは、今日もう一度参加した理由を彼に告げた。
「一言、言おうと思って」
彼は首を傾げて、黙っていた。お喋りだろう彼が、黙ってわたしの言葉を聞いてくれる。彼は急かさなかった。あゆちゃんだったら急かすだろう一拍、二泊。彼は黙って、わたしの事を待ってくれる。
こういう人と付き合ったら、ラクなんじゃないかなと、ふと思えた。
「この前、今日も……お店の……ご飯」
言葉がとぎれとぎれなのはいつもの事だ。喋り下手なのがわたしなのだ。わたしが流暢に喋るなんて他人には無理。できるとしたら、家族くらい。
だとしてもわたしは、これだけは言うと必死に喋る。
「とっても……美味しかった。美味しく食べさせて、くれた。こういう催しだったら、あゆちゃんも安心、する」
あゆちゃんはわたしの大事な友達だからと、彼に言う。
「わたしも、楽しかった。いいお店、連れていってくれて……ありがとう。いい出会い。いいお店に会えて、嬉しかった、から」
わたしは頭を下げた。ありがとうと、感謝を込めて言う。
「一生懸命、準備とか、用意とか、してくれて……ありがとう」
「あれ、何で、俺」
頭を上げると、彼の眼は潤んでいた。顔をくしゃりと寄せて、子供みたいに泣きそうな貌をしていた。酷く不細工で、大人の男らしからぬ顔だった。
彼は頭を下げて、手の甲でぐしぐしと涙を拭く。ガードレールの縁に腰掛けて、両手で顔を押さえて泣くのを必死に堪えている。
「あは、あれ、何で俺、泣いてんだろっ、変だよな、あははっ」
と、わたしに誤魔化すように涙を流す彼に、わたしは一歩、二歩と近づいた。彼が嘘つきだと気付いたのは、それだけ彼を見ていたからだと、今気づく。
辛そうだと思ったんだ。
寂しそうだと思ったんだ。だから、手を伸ばす。
「……よし、……よし」
「頭撫で、そんっ……俺、なんや、格好悪いわ」
自然と手が彼の頭を抱きしめる。彼は震えながら、私の腕の中で鼻を啜る。
「いい子……いい子」
「ちょっと俺、最近、なんや疲れてしもて……あかんわ」
頭を何度も、何度も撫でてやる。今まで彼氏も作ったこともないくせに、酷く母性のようなものが疼いてしまって、弟をあやす様に、わたしは彼n頭を撫で続けた。
「ちょー、泣かせてくれる?」
「……いいよ」
彼の手がわたしの背中に回ってきて、小さな嗚咽が何度も零れた。わたしは初めて感じた異性の体温を、不快に思うのを必死に堪えながら、何度も頭を撫で続けた。
《続く》
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