恋とレシーブと

古葉レイ

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恋とレシーブと15

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 点数は20対16と、あまりよくない状況だった。相手は強い。一セット取られているらしく、こちらが不利な状態である。でも、まだ負けていない。

「途中で居なくなるとか勘弁してくれよ、葉山」
「俺が居ないくらい何ですか」
「見事にばらばらだったぞ。なんかもう、嫌んなるくらいな」

 気苦労が絶えない主将、宇田先輩が苦悩の声を上げる。コーチは「気合を入れろ!」だの「ここから巻き返せ」だのと根性論しか言わない。けれど今の俺らには、そんな活が必要なのだろう。

「状況は?」
「相手のサーブに翻弄された。まったく、主将のくせにチームが纏まらんったらないわ。お前の存在の大きさを思い知った一セットだった」
「またまた、持ち上げないでくださいよ、先輩」

 宇田さんが苦笑い、俺らは互いに頷いた。ふと視界に村上先輩の姿が見えて、俺はそっと彼に寄る。何せ村上先輩はこれが初試合、彼の顔には安堵の色が見えた。

「村上さん、ご迷惑おかけしました」
「悪いな。二年のくせに、お前の代わりができないとかさ。試合には出れたのに、正直今ほっとしてる自分に笑える」
「何言ってるんですか。レギュラー取るぞって意気込み持たないと」
「おう。そうなんだけどな」

 タイムが終わり、コートに選手が入っていく。村上先輩と俺は交代、リベロの三井先輩と俺が後衛に回り、互いの陣地を少し広げる。柔軟は済ませた。身体に緊張感。

「さあ、まずは一本、返していきましょう」
「おう」

 俺の一言に、宇田さんが、メンバーがゆっくりと頷いた。

 〇〇〇

 豪。

 試合が再開し、強烈なジャンプサーブが相手コートから襲来する。早い一撃が開いたコートスペースに落ちる、より早く奴が入る。入ったのは両腕、滑るような入り込みは決して安定した姿勢ではなく、けれどとんと持ち上がった球は、上空に、とても綺麗に持ちあtがる。

「上がった!」

 天井に向かって、ボールは真っすぐ上へと飛んだ。

 すかさず池川が入りアンダーでパスを繋ぐ。沢田のトスからのスパイクが入る。相手がぎりぎりで受けたが体勢を崩した。そのままこちらに戻ってきた球はネット際、俺は跳躍し、腕を振る。ブロック一枚、遅い!

「宇田さんナイスっ!」
「よっしゃぁああああ!」

 歓喜の声が上がり、俺らはハイタッチ。視界の端で葉山が親指を立てている。俺も指を立て、元に戻る。よし、よし。俺らに何かが、戻ってきたのが肌で分かる。相手チームが苛ついている。ああ、そうだろうな。

 こっちの主軸が戻ったんだからな。

「葉山、ナイスレシーブ!」
「相手のサーブは強烈無慈悲! 当たり前です! 向こうも勝ちたいんだから! 散々練習したでしょう。でも入るのはしょせんコート内です!」

 葉山が鼓舞する。一年坊主が生意気な。そう思う自分はもう居ない。全員が息を吐く。そう、葉山はとびきり上手いわけじゃない。ただ、落とさない。そういう安心が、全員の背中を押す。

葉山は不思議な奴だ。レシーブ力が凄いのは確かだが、一年なので高校バレーの経験は少ない。中学の頃は主将だったはずだ。でもそれだけじゃない。受ける時の姿勢とか雰囲気が、誰よりも安定しているのだ。さっきのレシーブは、相手のサーブだって取れると、みんなに見せつけることが重要だったから、それを必死にやり遂げた。

 一年でどうしてレギュラーなんだ。

 夏の大会から、葉山はレギュラーだ。三年からは当然、葉山のレギュラー入りに対して不満が出た。それでも彼を起用してくれとコーチに頼んだ俺に間違いはない。コーチは笑って言った。「お前が言わなくても、あいつをレギュラーにしただろうさ」と言っていたけれど、それくらいに葉山は、誰よりも真剣だった。

 今のメンバーの誰一人として、葉山がレギュラーである事を疑問視する奴は居ない。このままいけば来年、もしくは再来年で間違いなく葉山が主将になるだろう。それくらいの逸材だ。
 誰よりも練習し、誰よりも真剣で、何より一生懸命な姿を知っている。だからこそ、俺たちに彼を否定する気は微塵にもない。
 遊び感覚だった俺ら青西男子バレー部にやってきた熱血男、バレー馬鹿の葉山恭介。こいつのおかげで、俺らは今、こうしてここで本気試合をしていると言っても過言ではない。

「次、サーブ一本決めろよ!」
「さあ、一本巻き返していきましょう!」

 葉山の声に俺が乗る。全員が頷く。今度はサーブ、反撃の狼煙を、さあ上げるぞ。

 〇〇〇

「おつかれさま、きょーくん」

 時間は七時、試合を終えて帰ってきた青西のメンバーは、明日の試合に向けて激を入れ、家に帰るとばらばらになった。その隙をついて、私は恭介君に歩み寄った。

「まだ居てくれたのか」

 私の襲来に驚く様子はなく、恭介君はやや照れた面持ちで私の傍に寄ってくる。周囲のメンバーがからかおうと寄ってくるのを、宇田先輩が止めているのが見えた。

「おめでとう。明日も頑張って」
「ああ。明日も勝つ」
「うん」

 大きなバックを肩に、恭介君が歩いていく。私もそれに追走する。ちらりと体育館を見る恭介君が、少しだけ固まった。ぴきーんと、私は彼の思考を読み取った。

「ね、私って邪魔?」
「何で?」
「私が居るから、この後練習できないとか、思ってない?」

 私の問いに、彼は驚いた顔をした。どうしてそれが分かった、とでも言いたげな顔だった。あーあ、わかっちゃうんですよ、あなたの考えている事なんて。

「図星かぁ。ちょっとショック」
「別に、そんなことは……」
「うん、思ってるよね。でもダメよ。身体を休めなきゃダメ。試合は明日、無理したら、大変なんだから」

 私の一言に、恭介君が狼狽える。知っている、今日のサーブがうまく入らなくて、少しでも練習したいと思っているのは知っています。でも、それで疲れて明日に響いたらどうするのか。

「あさみ、練習ダメかな」
「だーめ。怪我人でしょ?」
「痛くないって、こんなの」

 私の発言に「問題ないから」発言を差し出す恭介君は可愛い。顔にガーゼを付けておいて何が問題ない、だ。バス停にたどり着き、二人静かにそれを待つ。
 そういえばバレー部でバス通学の子って、恭介君だけなんだっけ。

「怪我、大丈夫?」
「うん。ちょっと切れてるだけだから」

 私の問いに、恭介君はベンチに座り、ガーゼをぺらと捲り、私に怪我の具合を見せてくれた。とりあえず、うっとなるくらいの切れ具合だった。

「わ、痛そう」
「ちょっと切っただけだから」
 
 彼は同じ台詞しか吐かない。それがちょっとイラっときた。そう言う彼の口調は、どこか誇らしげだった。いやもう男の勲章とか言い出しかねない面持ちだった。本音を言えば、顔から椅子に突っ込んだ彼に危ない事しないでと怒鳴りたかったのに。

「あさみ? どうした?」
「よかった、怪我、大したこと、なくって」

 思わず気持ちがほっとして、私は彼を抱きしめる。ハグした後に自分の行動に気付いた。けれど一度してしまった以上、放せない。放したくなかった。

「あ、あのな。こんな外で抱きつくなって」

 恭介君が動揺しているのを腕の中で知る。あたふたしている姿は、告白の時以来だろうか。それくらいに新鮮で、嬉しい反応だった。彼の気持ちが、伝わってきた気がした。

「こういうのされたら、いや?」
「いえ、別に……って汗掻いてるし」

 学校の近くのバス停で、ベンチにハグするのはさすがに不純異性行為だ。けれど私の中の彼女粒子がいつもならしない行動をとった自分に驚く。

「それとも放れた方がいい?」
「……悪い、ちょっと甘えさせて。このままで」

 私の少しふざけた問いに、恭介君は首を振り、私の背中に腕を回してくる。甘えるって何だろう。そう思いながら、彼に抱きしめられるのを受け止める。

 最初にハグしたは私の方だけれど、抱きしめ返される方が安心した。

「ありがと」
「こちらそこ、ありがとう」

 しばらくして、恭介君が私から手を放した。次いで私も離れて、しばらくベンチに二人、横に並んで黙っていた。ただ手だけは握って、静かに、バスが来るのを待っていた。

「バス来たね。さ、帰ろう」
「……」

 待っていたバスが来て、私らの時間が終わりのベルを鳴らす。私が立ち上がり、恭介君の手を引いた。恭介君も立ち上がり、地べたに置いていたバックを担ぐ。二人でバスに乗る間も、恭介君はなぜか、私の手を放さなかった。

 バスが移動し始めて、私たちは着席する。やっぱり彼は私の手を握ったままだ。一つ、二つとバス停を過ぎていく。恭介君は窓の外を見たまま私の方を向こうともしない。
 ただ私の手を握っているので、放置されているとは微塵にも思っていない。何かを考えているのは、その横顔から読み取れた。
 しばらくして、恭介君が下りるバス停近くになった。

「きょーくん、次だよ?」
「悪いんだけど、一緒に降りない?」

 ぞわ。思わず鳥肌が立つほどの声が聞こえて、私の手に汗が浮く。怖い、ではない何かが私の背中に流れていく。恭介君の手が、私の指を絡めとっていく。

 恭介君の体温が、私の思考を溶かしていく。

「それは、でも明日は……」
「家、寄ってかない?」

 彼が私にそんな提案を持ち掛けた事は一度もない。彼はいつだって紳士で、私と二人きりになる事を望んでこなかった。だから私からいつも二人きりになる状況を一生懸命つくってきたのに、今この時になって、私を、誘うなんて。

 明日は大事な試合なのに……迫られたら、私は拒めるんだろうか。

「でも、明日試合だよ?」
「うん。その前に、話がしたい」

 恭介君が告げて、私の指を握っている。私が立ち上がり、彼も立ち上がる。恭介君は未だに私の手を放さない。「今日はもう……」「あさみ」静かに告げられた自らの名前に、私の心が凍り付く。


「私、フラれちゃうの?」
「その逆」
 
 彼がくっくと笑いを堪えるように肩を揺らす。その目はどこか真剣で、球技大会の時のような、私にしか見せなかったような視線を思わせた。

「お願い」

 彼の、今にも泣きそうな笑顔に、私はこくんと頷くしかできなかった。


「今日、試合に戻るのが怖かったんだ」

 バスから降りて、彼は静かにそう告げた。二人でしばらく歩きながら、彼の家に到着した。

「どうして?」

 私の問いに、彼は肩を竦めただけで答えてくれない。

 初めて訪れた部屋は、思っていた通りバレーだらけだった。バレーのポスター、バレーボールにシューズがいくつか。バレー雑誌が転がっていて、本当にバレーが好きだなぁと思うくらいの部屋だった。

 どきどきした。

 初めて訪れた彼氏の部屋は、恭介君の匂いに満ちていて、愛おしかった。

〈続く〉
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