死に際を共に行く

古葉レイ

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死に際を共に行く2

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「現場のマップも来てるよ。見る?」
「展開してくれ」
「あいあーい」

 清十郎が頷き、鞘から刀を抜き放つ。そんな彼の唐突な行動も、慣れたリリィには驚きを生まない。剣客はゆっくりと戦闘モードに移っていく。けれど作戦まではあと五時間近くあり、心と言うより体の準備運動だと予想する。

 そういえばここ一週間程、彼に仕事が入っていなかったので、体が訛っているのかもしれない。
 
 怪我しない欲しいなぁ。

 そう思いながら、リリィは口元を緩ませる。作戦マップを空中に展開させながら、リリィはまた一枚、遠慮なく刺身を食す。リリィもマップを眺め、彼がこれから行う作戦の全貌を確認する。そして、失笑。
 ちなみにリリィが食しているこの刺身は、清十郎のご飯である。

「一本道だねぇ。逃げ道ないや」
「制限速度は六十キロか。一車線であればすれ違いで、チャンスは一瞬。シビアというより無謀だな。相手は?」

 リリィのつまみ食いを清十郎は横目で認識するが止めはしない。むしろ嬉し気に、「醤油を付けて食べろ」「えー、嫌いなんだけど醤油」と笑う。不満顔のリリィがしかし、醤油に刺身を浸して食べるのを見て、清十郎が肩を竦める。

「からっ」
「付け過ぎだ」

 清十郎がリリィの子供じみた行動に失笑を零す。リリィは唇を突き出して、彼を下から眺め見る。彼の前髪が揺れ、刀が空を切る。刀身がぼんやりと光を帯びてきている。リリィは清十郎の杯を掴んで一口舐めた。

 ただの水だったが、妙に喉越しが良い。

「永保警備会社の幹部二人だね。かなりあくどい事をしてるみたいだね。窃盗からゆすりに誘拐。殺害まで。あはは、悪だね。詳細はこの資料を読んで」

 空中に新たな情報が展開される。清十郎は刀を振るわせながら、よそ見のように文章を読んだ。彼の面持ちに若干の陰りが見えた。リリィはそんな彼を無視して、残りの刺身をほおばる。明らかに清十郎より食しているが、彼が怒る事はない。

 彼は基本、怒らない人だ。
 
「ただ斬るだけなら問題はないが、気付かれないようにとは?」
「二人同時に斬れば、目的地に到着するまでは気付かれない。そして『斬った』という事実がなければ、死因は殺人ではなく原因不明となるよね?」
「零体を切れと?」
「ご名答。だから君が選ばれた」

 清十郎がリリィを見据える。睨まれたリリィは胸を張り、怯えていない、フリをした。

「零体だけを斬るのは主義に反する」
「この世は不条理で出来ているからねぇ?」

 リリィは床にごろんと転がり、足をばたばたと動かして遊ぶ。背丈の小さい彼女が子供のようなしぐさをすれば、当然のように子供に見える。スカートがやや捲れ、上着とスカートの間にある腹と臍が露わになる。空気の温度はやや温い。汗ばむ季節に、リリィの肌に汗が浮く。

「俺の主義は無視か?」
「少なくとも、主義主張でお腹は膨れないし、悪も消えないかな」

 ぱたぱたと、リリィが足を動かして遊ぶ。下着がちらりと露わになる。しかし清十郎は特に気にしない。そんな無反応に、リリィは不満顔を隠さない。清十郎は黙って、静かに刀を振るう。

「霊体を斬れなかった場合は、通常の殺害でもいいって」
「チャンスは一度なのにか?」
「まあ、そうだよねぇ?」

 リリィがけらけらと笑う。清十郎は苦笑すらしない。

「……ちぇ」

 少女は舌打ちを奏で、小さく言葉を漏らす。単語は『色香』の二文字。術が発動して、部屋の中に仄かに甘い香りが漂う。媒体は、彼女の汗。
 部屋の中に誘惑の術が広がっていく。その間もリリィは黙ったまま、じいと清十郎を凝視する。少女は服を捲り、腹を出したまま、指で自らの胸元に手を置き、動きを止めて、ただ静かに凝視する。

 じっと、じいと清十郎を見る。

 リリィにとっての最後の手段、誘惑の魔法である。ことリリィがこれを施して、欲情しない男はほぼ居ない。密偵であり隠者であり、時に色香で人を惑わすのが本業であるリリィの十八番、やらせるお膳立てだ。相手を欲情させて陥落させて、自分のペースに引き込み、あわよくば相手の寝首を掻く、

 そんな彼女の作戦を、彼は完全に無視した。興味がないように、刀を振る。時に漂う色香の魔の手を、知ってか知らずか、切り捨てながら。

 リリィは諦め、また座り直した。清十郎がようやく刀を振り終え、神々しく光る刀身を鞘に収めた。静かに息を吐く清十郎が、頬を赤らて呆けた様子のリリィに冷ややかな目を向けた。

「服が乱れている。はしたない。直せ」
「あーい」

 彼の生真面目さは筋金入りで、彼女の思惑通りに行かない男こそが清十郎である。

《続く》
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