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ここは王都の外れにある墓地。私は夜な夜な墓守の目を盗み忍び込む。
「エーリヒ・リヒテンシュタイン」
お目当ての墓標を見つけると、すぐに腐りかけた死体を掘り起こした。丁寧に魔法陣を引き、自分の腕をナイフで切り裂き、その端に流血を落とす。
「スルゲ・カダウェル――目覚めよ、屍!」
仕上げに魔法陣に魔力を流し、詠唱を行うと、私のまっすぐな黒髪が魔力で靡いた。
私、エルザは闇魔法の名門シュヴァルツ侯爵家の長女に生まれた。我が家に伝わる秘術・死霊術では屍を蘇らせ、使役することができる。腐りかけた肉体を、魔力で再構築していく。
「アニマ・レウェルテレ――魂よ、戻れ!」
この世への未練が強いのか、魂は冥界に旅立つ前だった。これは好都合だ。呼び戻すが手間が省けた。"禁術"で無理やり肉体を魂と縛り付ける。
「うぐうううーー。……エ・ル・ザ?」
蘇ったエーリヒが、言葉を発する。肉体の半分がまだ腐ったままだ。金髪ときれいな翠眼はそのままなのに、その瞳には驚くほど生気がなかった。
「叔父上がドゥンケルシュタットまで侵攻している。次の狙いはおそらく王都。早く討ちとらないと。」
エーリヒは全く状況が分からないと言った様子で、周りをきょろきょろと眺めた。でも、使役したアンデッドにいちいち状況を説明する義理もないし、時間もない。――それに、生前の彼は私を裏切ったのだから。
エーリヒは辺境にある我が領で騎士の見習いをしていた二歳年上の幼馴染だ。元は貴族の出だが、一家が没落して、我が父が後見人になった。彼は不遇な生い立ちにも関わらず、いつも太陽みたいに明るかった。私はそんな彼が大好きだった。年頃になると平民の彼と将来の約束をするほど、私は彼を愛していた。
そんな私たちの運命の歯車が狂いだしたのは、三年前に私の叔父が『魔王』を名乗って武装蜂起してからだ。叔父は我が家のはぐれ者。家督が継げないと知って家を出たが、いつのまにか死霊術を究めて、多くの魔獣や死体を使役することに成功した。叔父が王国を相手に宣戦布告したことで、我が家は家門から反逆者を出したとして、中央の役職を全てをはく奪されて、領地での謹慎を言い渡された。
ちょうどその頃、中央聖教会で神の啓示があった。
『光の勇者とそれを支える聖女が魔王の息の根を止めるだろう。』
時を同じくして、光魔法を発現したエーリヒは、光の勇者として選ばれた。
「必ず魔王を倒し、生きて戻る。エルザの、シュヴァルツ家の名誉を回復する。」
シュヴァルツ領を旅立つ前、エーリヒはそう約束してくれた。それなのに……。
魔王討伐パーティーの聖女には、中央聖教会で筆頭聖女を勤める、リーゼロッテ・ノイシュヴァンシュタイン公爵令嬢が選ばれた。聖女とは、神の力を借りて治癒や浄化といった聖魔法を扱う存在で、適性のある未婚の乙女が洗礼を受けて任じられる。なお、聖魔法の使い手である聖女は、光魔法とは異なり攻撃魔法を扱うことはできない。
しかしリーゼロッテ嬢は聖女でありながら、見目麗しいエーリヒにだいぶ懸想していたようだ。何度も、お前みたいな逆賊の娘は、勇者との婚約破棄するべきだという旨の手紙を頂いた。
討伐はエーリヒの光魔法で順調に進んだ。魔獣や死霊術は光魔法に弱いのだ。遂に彼らは魔王を追い込んだ。だがしかし、魔王は一枚上手だった。直接対決になり、隙を突かれた勇者は致命傷を受けてしまった。
本来は、そこで聖女がすぐに治療を行うのだが。彼女はその時、既に力を失っていた。魔術師が転移魔法を使い、パーティーは命からがら、王都に引き返した。ただ残念なことに、エーリヒの治療は間に合わなかった。王都に戻ったところで彼は息を引き取った。
王都に戻った筆頭聖女・リーゼロッテ嬢は、勇者であるエーリヒと恋仲になり関係を持ったと王に報告した。だから聖女の力を失ったと。この醜聞は、エーリヒの後見人であった父には連絡があったが、公に伏せられた。――勇者は魔王と勇敢に戦い、戦死したとお触れが出た。
初めは何もかも信じたくなかった。だけど、勇者として、聖女とパーティーを組んで、彼女に特別な感情を持つのも仕方がないことかと思った。一方で勇者という希少な光魔法の使い手を失い、魔王の侵攻は歯止めが利かなくなっていた。
闇魔法は、本来とても扱いが難しい魔術だ。それを管理し、魔獣との共生を目指すのが我が一門の使命。叔父のように、それを世界征服のためにその力を使うなど言語同断だ。幸い単純な魔力量だけを比べれば、私の魔力量は一門でダントツに多い。勇者なき今、一家の恥たる叔父をこの手で止めるしかないと思った。
私はこのことを誰にも相談せず、一人、シュヴァルツ領を出た。本来、領外に出ていてはいけない謹慎中の身だ。身分を隠しながら、時に野宿もして、王都に向かった。王都に着いてからもシュヴァルツ家のタウンハウスではなく、庶民用の小さな宿屋を借りた。
庶民の宿とはいえ、墓地から腐臭を漂わせたエーリヒをそのまま連れ帰る訳にはいかない。その場でかなり高度な肉体再生を行った。脈や呼吸は止まったままだが、ほぼ生きている人間と同じ状態まで回復させた。上手く動けないエーリヒを担いで、宿に連れて行く。
「エーリヒ、ここが今日の私たちの宿屋よ。」
「や・ど……。」
まだ魂が再生された肉体に馴染んでいないのか、エーリヒの動きはぎこちない。宿の部屋に戻っても、もごもごと何かをつぶやいていた。しかし、彼の魂がまだこの世にいてよかった。あの世から呼び戻すとなると、いよいよ私は人間を捨ててしまうところだった。
光魔法の術者は希少だ。それにエーリヒほどの魔力量を持つ者は他にいない。だからこそ、彼は勇者に選ばれた。死霊術で肉体の再生やその使役は行えるが、魂がないと魔法は使えない。だから私は禁忌を犯して、彼の魂を肉体に戻した。
――彼をこの世に縛り付けていたのは、魔王を討伐できなかった未練か?それとも恋人だった聖女・リーゼロッテ嬢への未練か?
いや、どちらでもいい。私には関係ない。
「明日には隣の街・ドゥンケルシュタットに発つ。叔父上、いえ『魔王』とそこで対峙するわ。」
「……。」
「おそらく、ドゥンケルシュタットに着く頃には、もっと肉体と魂が馴染んでいるはずよ。」
私の闇魔法は、治癒魔法と違うから生身の人間の傷を癒すことはできないが、アンデッドを再生させることは得意だ。"不死身"の勇者として、彼には死してなお戦ってもらう。
「エーリヒ・リヒテンシュタイン」
お目当ての墓標を見つけると、すぐに腐りかけた死体を掘り起こした。丁寧に魔法陣を引き、自分の腕をナイフで切り裂き、その端に流血を落とす。
「スルゲ・カダウェル――目覚めよ、屍!」
仕上げに魔法陣に魔力を流し、詠唱を行うと、私のまっすぐな黒髪が魔力で靡いた。
私、エルザは闇魔法の名門シュヴァルツ侯爵家の長女に生まれた。我が家に伝わる秘術・死霊術では屍を蘇らせ、使役することができる。腐りかけた肉体を、魔力で再構築していく。
「アニマ・レウェルテレ――魂よ、戻れ!」
この世への未練が強いのか、魂は冥界に旅立つ前だった。これは好都合だ。呼び戻すが手間が省けた。"禁術"で無理やり肉体を魂と縛り付ける。
「うぐうううーー。……エ・ル・ザ?」
蘇ったエーリヒが、言葉を発する。肉体の半分がまだ腐ったままだ。金髪ときれいな翠眼はそのままなのに、その瞳には驚くほど生気がなかった。
「叔父上がドゥンケルシュタットまで侵攻している。次の狙いはおそらく王都。早く討ちとらないと。」
エーリヒは全く状況が分からないと言った様子で、周りをきょろきょろと眺めた。でも、使役したアンデッドにいちいち状況を説明する義理もないし、時間もない。――それに、生前の彼は私を裏切ったのだから。
エーリヒは辺境にある我が領で騎士の見習いをしていた二歳年上の幼馴染だ。元は貴族の出だが、一家が没落して、我が父が後見人になった。彼は不遇な生い立ちにも関わらず、いつも太陽みたいに明るかった。私はそんな彼が大好きだった。年頃になると平民の彼と将来の約束をするほど、私は彼を愛していた。
そんな私たちの運命の歯車が狂いだしたのは、三年前に私の叔父が『魔王』を名乗って武装蜂起してからだ。叔父は我が家のはぐれ者。家督が継げないと知って家を出たが、いつのまにか死霊術を究めて、多くの魔獣や死体を使役することに成功した。叔父が王国を相手に宣戦布告したことで、我が家は家門から反逆者を出したとして、中央の役職を全てをはく奪されて、領地での謹慎を言い渡された。
ちょうどその頃、中央聖教会で神の啓示があった。
『光の勇者とそれを支える聖女が魔王の息の根を止めるだろう。』
時を同じくして、光魔法を発現したエーリヒは、光の勇者として選ばれた。
「必ず魔王を倒し、生きて戻る。エルザの、シュヴァルツ家の名誉を回復する。」
シュヴァルツ領を旅立つ前、エーリヒはそう約束してくれた。それなのに……。
魔王討伐パーティーの聖女には、中央聖教会で筆頭聖女を勤める、リーゼロッテ・ノイシュヴァンシュタイン公爵令嬢が選ばれた。聖女とは、神の力を借りて治癒や浄化といった聖魔法を扱う存在で、適性のある未婚の乙女が洗礼を受けて任じられる。なお、聖魔法の使い手である聖女は、光魔法とは異なり攻撃魔法を扱うことはできない。
しかしリーゼロッテ嬢は聖女でありながら、見目麗しいエーリヒにだいぶ懸想していたようだ。何度も、お前みたいな逆賊の娘は、勇者との婚約破棄するべきだという旨の手紙を頂いた。
討伐はエーリヒの光魔法で順調に進んだ。魔獣や死霊術は光魔法に弱いのだ。遂に彼らは魔王を追い込んだ。だがしかし、魔王は一枚上手だった。直接対決になり、隙を突かれた勇者は致命傷を受けてしまった。
本来は、そこで聖女がすぐに治療を行うのだが。彼女はその時、既に力を失っていた。魔術師が転移魔法を使い、パーティーは命からがら、王都に引き返した。ただ残念なことに、エーリヒの治療は間に合わなかった。王都に戻ったところで彼は息を引き取った。
王都に戻った筆頭聖女・リーゼロッテ嬢は、勇者であるエーリヒと恋仲になり関係を持ったと王に報告した。だから聖女の力を失ったと。この醜聞は、エーリヒの後見人であった父には連絡があったが、公に伏せられた。――勇者は魔王と勇敢に戦い、戦死したとお触れが出た。
初めは何もかも信じたくなかった。だけど、勇者として、聖女とパーティーを組んで、彼女に特別な感情を持つのも仕方がないことかと思った。一方で勇者という希少な光魔法の使い手を失い、魔王の侵攻は歯止めが利かなくなっていた。
闇魔法は、本来とても扱いが難しい魔術だ。それを管理し、魔獣との共生を目指すのが我が一門の使命。叔父のように、それを世界征服のためにその力を使うなど言語同断だ。幸い単純な魔力量だけを比べれば、私の魔力量は一門でダントツに多い。勇者なき今、一家の恥たる叔父をこの手で止めるしかないと思った。
私はこのことを誰にも相談せず、一人、シュヴァルツ領を出た。本来、領外に出ていてはいけない謹慎中の身だ。身分を隠しながら、時に野宿もして、王都に向かった。王都に着いてからもシュヴァルツ家のタウンハウスではなく、庶民用の小さな宿屋を借りた。
庶民の宿とはいえ、墓地から腐臭を漂わせたエーリヒをそのまま連れ帰る訳にはいかない。その場でかなり高度な肉体再生を行った。脈や呼吸は止まったままだが、ほぼ生きている人間と同じ状態まで回復させた。上手く動けないエーリヒを担いで、宿に連れて行く。
「エーリヒ、ここが今日の私たちの宿屋よ。」
「や・ど……。」
まだ魂が再生された肉体に馴染んでいないのか、エーリヒの動きはぎこちない。宿の部屋に戻っても、もごもごと何かをつぶやいていた。しかし、彼の魂がまだこの世にいてよかった。あの世から呼び戻すとなると、いよいよ私は人間を捨ててしまうところだった。
光魔法の術者は希少だ。それにエーリヒほどの魔力量を持つ者は他にいない。だからこそ、彼は勇者に選ばれた。死霊術で肉体の再生やその使役は行えるが、魂がないと魔法は使えない。だから私は禁忌を犯して、彼の魂を肉体に戻した。
――彼をこの世に縛り付けていたのは、魔王を討伐できなかった未練か?それとも恋人だった聖女・リーゼロッテ嬢への未練か?
いや、どちらでもいい。私には関係ない。
「明日には隣の街・ドゥンケルシュタットに発つ。叔父上、いえ『魔王』とそこで対峙するわ。」
「……。」
「おそらく、ドゥンケルシュタットに着く頃には、もっと肉体と魂が馴染んでいるはずよ。」
私の闇魔法は、治癒魔法と違うから生身の人間の傷を癒すことはできないが、アンデッドを再生させることは得意だ。"不死身"の勇者として、彼には死してなお戦ってもらう。
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