兄のやり方には思うところがある!

野犬 猫兄

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兄の優しさ

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 狭い生徒会室は一般の来校客で賑わっていた。生徒の家族や友人なので気安い雰囲気が漂っている。

 そんな中少しの緊張感に包まれた一角があった。

 速水くんのお兄さんと、我が兄である。

 兄が座った先は速水くんのお兄さんの対面の席だ。混んでいるので相席は歓迎なのだが、同じ席で良かったのだろうか。

 そういえばまだ兄の注文をとってなかったなと歩み寄ろうとしたところで、すかさず速水くんが僕のそばに来る。

 注文をとるから、別の接客をお願いしますと軽く耳打ちしてきた。接客に二人も必要ないだろう。

 その場にとどまるのも不自然なので、頷いて兄たちから離れる。しかし、生徒会室はそれほど広くはないため兄たちの声は自然と聞こえてきた。

「鷺沼さんの弟さんは生徒会長をされているんですね」

「えぇ、兄として弟を誇らしく思いますよ」

 話している内容が気になり、ちらりと兄を見れば速水くんの兄に微笑んでいた。

 僕の心に衝撃が走る。

 貼り付けたような笑みは気になるが、兄は人並みに会話をしていた。そういえば兄は社会人だった。人の心を忘れたロボという認識が強すぎていたから忘れていた。

 しかも兄も生徒会長だったのだ。校内のあらゆる改革や改善に取り組み、新たな校則とさせ、今でも継続している規則がいくつもある。些細なことではあるが規律があることで学校の平和を維持している大事なことでもあり、そんな実績を残した兄を両親が大層褒めていた。

 ちなみに僕は改革をしようとは思わない。解決策や対応マニュアルがあり、出てくる問題はおおよそ既出事項ばかりなのだ。なにか問題があっても良くできたマニュアルがある限り現状維持に努めるだけで済む。

 とりあえず、兄自身の自慢をするでもなく弟の僕を褒めるに留めるところに兄の優しさを感じた。

 弟に気を遣いながら微笑む兄の姿は、なんだか知らない人のようだ。

 兄の一挙一動は気になるがクラスメイトたちが昨日に引き続き来てくれたことで忙しくなり、兄の動向を見ていられなくなってしまった。

 気づけば、兄も速水くんのお兄さんの姿も見えなくなっていた。

 学校生活を覗きに来るほど、兄が僕に興味を持ち始めたとも思えない。仕事の合間に休憩がてら立ち寄ったのかもしれない。

 とりあえず、赤ずきん姿を見られたのは恥ずかしいが、兄にとっては些末ごとなのだろう。




 文化祭が終わり撤収する頃には日が沈み、夜の帳が降りてこようとしていた。

「みんなお疲れ様でした。気をつけて帰ってください」

 生徒会室に集まった文化祭役員の面々を労ってから送り出す。

 もう高校三年。文化祭も終われば生徒会長の役目を引き継ぎ、大学の受験に気持ちを切り替える必要がある。

「鷺沼生徒会長。一緒に帰りましょう?」

 速水くんが声をかけてくれた。

「うん。駅までは一緒だったよね」

 生徒会室の鍵を閉め忘れてないか確認して速水くんと退室する。駅へ向かう途中でいきなり速水くんが頭を下げた。

「今日の兄の所業、大変申し訳ございませんでした!」

「?」

「膝に抱えるとかうらやま……いえ、セクハラ行為ですよ! 殴っても良かったくらいです」

 さすがに暴力行為は良くない。それに速水くんのお兄さんの膝の上に座ってしまったのだから、こちらこそ申し訳ないくらいだ。

「大げさだよ。速水くんのお兄さんは僕のリボンが解けていることに気づいて直してくれようとしていたんだ」

 結局リボンを結び直したのは兄だったけれど。

「っ! 鷺沼生徒会長、優しすぎですよ!」

「………そんなことで優しいなら、気遣いができる速水くんの方が、優しいよ」

 兄の衝撃的な生態を見た瞬間、金縛りのように動けなかったのを速水くんがフォローをしてくれたことに感謝の気持ちでいっぱいだったのだ。

「えぇっ?! そ、そんなことを言われたら嬉しくなっちゃいますよ!」

「喜んでもらえるなら僕こそ嬉しいよ」

 にこにこと微笑めば速水くんは


「やはり鷺沼生徒会長は可愛いイケメンですね」

「え?」

「え、あ、いや、生徒会長のお兄さんイケメンでしたね! 俳優やってないのが不思議なほど整っていますし!」

「まぁ、整ってはいるよね」

 あのロボ兄が褒められるのはいつものことだ。兄は素晴らしく弟は凡庸。兄弟は比較されがちで周囲の評価に打ちのめされそうになったこともあった。

 しかし、自分には自分の良さがあるのだとあのロボ兄を見て気づいた。兄は料理が絶望的に下手だった。小学生の料理実習を覗く機会があってそれを知った。

 女子が囲んで兄のフォローをしていたから、まったくダメだったわけではないが一人で作ることはできないだろう。折れそうな僕の心の支えとなった思い出である。

「ところでお兄さんに敬語を使っているんですね。俺の兄との言葉遣いとは正反対で驚きました」

「あぁ、そのことだったら、僕はそもそも敬語で話す方が楽なんだよね。小さい頃から敬語で話すように躾けられていたし」

「え? じゃぁ、なんでわざわざ言葉をフランクにしてるんですか?」

「それはね。副会長の小林さんが教えてくれたんだけど、生徒同士や後輩に敬語だと人との距離感を感じるそうなんだ。必要なときはもちろん敬語を使うよ」

「そうですか? 俺も敬語を使ってますけどそんなこと言われたことがないなぁ」

「僕の場合は雰囲気が近寄りがたいそうなんだ。自分のことだけに雰囲気と言われると、どう解釈して改善したらいいのか難しくてね。だから言葉遣いから変えたんだよ」

「そんなことがあったんですか。俺が知っている鷺沼生徒会長は最初から柔和で優しいイメージでしたからね。小林副会長が鷺沼生徒会長を変えたというのは少し嫉妬しちゃうなぁ」

「うん?」

「俺の前では楽な敬語でも構いませんよ?」

「ふふ、とっさに普通の口調がでなくなりそうだから、やめておくよ」

「そうですか。残念ですが、もし疲れたらいつでも慣れた口調で話しかけてくださいね」

「やっぱり速水くんは優しいね。ありがとう」

「いえいえ、お気になさらず。文化祭もお疲れ様でした。鷺沼生徒会長の赤ずきんちゃんは一生忘れません!」

「忘れて! 本当に忘れて! 僕も速水くんが扮したシンデレラは忘れないよ」

「わぁあああ! それこそ忘れてください!」

 悶え始めた速水くんを窘めながら駅まで一緒に帰った。

 後輩との仲が深めることができたようだ。

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