あの日、僕らがいた時間は永遠に

runa

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1サクライロ

あの日の事件




どうやらタイミングよく休み時間になっていたようだ。廊下を通っていると、学校が始まっているというのにバックを持っている僕を不思議そうに何人かが見ていた。
ドアが開きっぱなしの教室に入ると、瞬が席で本を読んでいるのに目がついた。
「よお!奏!遅かったな、始業式から遅刻とはやるなあさすが!」
「おお!同じクラスなのか!京王線がおくれてたんだっつーの」
去年同じクラスだった友達とプロレス技をかけあっているうちに、瞬の元にたどり着く頃にはネクタイと髪が乱れまくっていた。瞬の薄くて大きな背中をペチンと叩く。瞬には空元気くらいで接するのがちょうどいい。
「おはよう、瞬。今年も前後の席で嬉しい限りだなあ!」
「おはよ、あの子お前の隣の席だよ」
「まっ」
そこで奏は黙った。本人が後ろから来ていたからだ。
「冬美~~、春休みの課題やった?」
「当たり前でしょ、まさかやってないの?」
「私がやってるわけ。」
「ほんとにもう……あたしの写す?今からやって間に合うか知らないけど」
「あ、いいのいいの。私は人のものをを移したりとかしないから」
「変なとこ真面目なのよね。いや、ほんとに真面目だったらやってくるか」
「うるさいなあ、あ、先生来たよ」
それを聞いた生徒たちは席につき始めた。もちろん奏もその一人だ。
教卓の前につき、教室を見回した担任は、奏の存在に気づいたようだ。
「佐野、今来たのか。遅延証明書を後で教員室に持ってきなさい。」
皆が奏を見た。
「はい、わかりました」
担任は、二年生の授業や進路選択について説明を始めた。
だが、奏の頭の中には一つのことしかなかった。
 
 
隣の席の舞歌が、僕を見た。
 
 
 
学校が終わると、奏は瞬が部活に行くのを見送ってから、遅延証明書を出すために職員室に向かった。
「失礼します、2年2組の佐野奏です」
呪文のように早口で唱えて、担任の席を探す。見つけたと思った時にはすでに先客がいた。
近づいていくと、真っ黒な髪の毛の女子が担任と話しているのが聞こえた。
「大学に行きたいんだったら、柏木の場合、こういう奨学金もあるぞ」
「はい……。でも」
奏の気配に気づいた舞歌は言葉を止めた。
「ああ、佐野か。遅延証明書はそこに置いておいてくれ。」
「はい、失礼します」
紙を置くとき、一瞬舞歌と目が合う。奏は息が詰まりそうになって、急ぎ足で教員室を出た。
 廊下を歩いていると、部活動をしている生徒の声が聞こえてくる。廊下の窓から、校庭でサッカーをしている生徒が見えた。瞬もその中に混じって練習している。太陽に照らされた生徒たちの姿はやっぱりまぶしくて、目を逸らしてしまう。本来なら、自分もいる場所だったけれど。
 階段を下りてエントランスに出る。校門に向かう道が一人なのはもう慣れてしまったけれど、たまに感傷的な気分になる。それでも、明るい中で帰れるのはいいことだ。家に帰ったらやらなければならないことがあるし。
 そうやって考えながら歩いていると、後ろから誰かが走ってくる音が聞こえた。ちらっと後ろを見ると、舞歌が少し後ろから走ってくるのが見えた。
「一緒に帰ろうよ」
砂が舞い上がって、僕の心も変わっていった。
「俺?」
少し大きな声で聞こえるように言うと、舞歌はこくんと頷いた。舞歌が隣に並ぶのを待ち、一緒に歩き始める。
「佐野奏君……だよね?」
「うん、俺の事知ってたの?」
「そりゃあそうだよ。サッカー部は目立つしね。特に一年生の時、女子の間では佐野君と篠原君はコンビで有名だったから」
知らなかった。瞬が有名なのは知っていたけれど、二人一緒に見られていたのはなんだか照れ臭い。それに、舞歌が自分のことを知っていたことがなんとなくむず痒かった。
「佐野君、帰るんだ」
「奏でいいよ」
「じゃあ奏、帰るんだ」
「まあね、サッカー部、辞めたから」
「なんで辞めたの?」
「なんでって……」
ストレートにものを聞いてくる人だ。誰にでも理由を話してもいいのだが、舞歌の前だけではあまり言いたくなかった。
「家のことをしなきゃいけないから、かな」
「家の事?」
舞歌が大きな瞳で奏の顔を覗き込む。それだけでなんだか委縮してしまいそうだった。
「まあ、家事だね」
「それは、部活を辞めないとできないものなの?」
「なんで辞めたのか、自分でもよく分からないんだ」
「ふーん」
部活を辞める必要はなかったのだと思う。けれど、ある日突然今まで張っていた紐が切れたかのように、部活に行けなくなってしまった。背負っているものが多すぎた僕には、やっぱり部活を捨てるしかなかった。
「柏木は?帰るんだ?」
「舞歌でいいよ」
「じゃあ舞歌、帰るの?」
「君はどうやら頭がよく回るみたいだね」
そういって舞歌はけらけら笑った。
「私は帰宅部だもん。誇りもって毎日帰ってまーす」
知っていた。全部知っていた。この高校に入学してから、ずっと探していた人だったから。
「聞こえたかもしれないけど、さっき奨学金の話をしてたの。私、親戚の所に預けられてるからさ、お金頼る先無くて」
「そうなんだ」
「こうみえて、成績はちゃんととってるからさ!宿題はやらないけどね」
へへへ、と舞歌は笑う。
確かに舞歌は成績がいい。テスト毎に張り出される順位表では、上位の方で奏と瞬と張り合っていた。
「知ってるんでしょ?奏も」
「……何を?」
「私のお母さんの事」
「うん、まあ人づてには聞いたかな。」
嘘だ。また嘘をついた。
「そっかあ、私ったら有名人で困っちゃうなあ!」
なんて返したらいいのか分からずに小さく笑った奏に気づいたのか、舞歌は昨日見たテレビの話をした。
「それでさあ!あっ、電車来るね」
「続きはまた今度聞かせてよ。」
「うん、ばいばい!」
お互い、向かいのホームの電車に乗り込んだ。向こうの電車の窓から手を振る舞歌はやっぱり目が離せない存在だった。
 舞歌は学年内でも噂になるような美人でも、アイドルのような華があるわけでもない。他の人よりも暗い、墨汁を垂らしたような黒髪に、真っ白な肌。そして大きな目が印象的な少女だ。奏は、舞歌に一目惚れしたから、入学式の時から舞歌を気にかけていたんじゃない。
 
 あれは、中学三年生の時の夏の日の事だった。奏は母親とともに、この若布高等学校の学校見学に来ていた。その日はうだるような暑さで、コンクリートが日光を反射し、背中が焼けるような暑さだった。駅のホームには、同じ学校の見学を終えたと思われる親子がちらほら立っていた。その表情は様々で、不安を露わにしている親もいれば、余裕な表情で携帯ゲームをしている子供もいる。
「まもなく、電車が通過します。黄色い線の内側でお待ちください」
プルルルルという音が鳴って、ホームにいる女子たちは前髪を押さえていた。前髪が崩れるのを防ぐためなんだろう。
 その時だった。
 ドンッという音がして、周りの人たちが悲鳴を上げるのが聞こえた。右側を見ると、床に置いてあるバッグと、茫然と立っている女子生徒が目に入った。
 何が起きたのか、分からなかった。彼女は、崩れ落ちて、僕が今まで聞いたことがないような音で泣いていた。鋭い悲鳴だった。
 それからどうなったのか、僕は知らない。何があったのかを飲み込めないまま、僕は母親に連れられてホームから立ち去っていた。それは多分、受験を控えた僕への配慮だったのだろう。
 滅多に使わないタクシーの中で母親はたった一言だけ、
「可哀想にね」
とだけ呟いた。


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