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【26】
「何故、学園へ?」
「君を迎えに来た。」
「お務めは?」
「放って来た。」
「真逆、嘘でしょう?」
「嘘じゃあない。それが許される位は貸しがある。」
「それはエドワード殿下へ?」
「他に誰が?私は散々迷惑を被った。」
まるで戯れ合うように言葉を交わす。その間にも、馬車は王都の目抜き通りへと進んでゆく。
「ヘンリエッタ。君のパートナーに選ばれた事を光栄に思うよ。」
「大袈裟だわ。学園の学生達の夜会よ。」
「君に言ってもきっと解っちゃくれないだろうな。私は..いや、いい。」
「中途半端に終えるなんていけないわ。皆まで言って頂戴。」
ヘンリエッタにせっつかれて、ハロルドは一瞬目を伏せた。それからヘンリエッタの瞳を見詰め直して言いかけた言葉の続きを明かした。
「私は、一度は絶望した。あんな事は二度と御免だ。」
その言葉に返したい言葉は沢山あった。けれども、ヘンリエッタは何から言葉にすれば良いのか解らなくなった。言えばそれは全てハロルドを責める言葉になるだろう。そんなのは、もうお互い十分だろうと思った。互いに傷付ける言葉は必要無いと思った。
馬車が速度を落とすと、
「着いたな。」
ハロルドが窓から外を確かめた。
「ここは、」
馬車を降りた先は、宝飾店の前だった。
「さあ、行こう。」
ハロルドがヘンリエッタの腰に手を添える。制服越しに大きな手の平の存在を感じてしまう。
この店の事は知っている。
王都でも老舗の宝飾店で、扱う品はどれも一級品であるから、学生のヘンリエッタが気軽に足を踏み入れられる店ではない。 唯一度だけ、ハロルドと一緒に来た事があった。ハロルドが隣国に渡る前に、ここで宝飾品を贈られた。
ハロルドは、気後れするヘンリエッタを余所に店の奥へと進んで行く。ギャラリーには様々な宝石がガラス張りのショーケースの中で煌めいているのを、それら全てを通り越してハロルドは目指す場所へとヘンリエッタを誘った。
「お越しをお待ちしておりました。」
落ち着いた風貌から、どうやら支配人であろう壮年の男が、ハロルドに頭を下げた。
それからヘンリエッタに笑みを向けてどうぞと手招いた。
店舗の奥へと案内されて、貴賓室と思しき部屋へと通される。
小娘ヘンリエッタはすっかり萎縮してしまった。此処、何処?
身分にそぐわない場所へ来てしまった。こんな所は母と一緒でなければヘンリエッタには入る事など無理だろう。
その無理な場所に、ハロルドがヘンリエッタを連れて来た。
貴方様、何者?ヘンリエッタは慄きながら並び座るハロルドの横顔を見上げた。
男はやはり支配人であった。予てからハロルドとは面識があるらしく、そこでハロルドがこの店に以前も足を運んでいたのを知って胸の奥がツキンと疼いた。
「御用命のお品はこちらでございます。どうぞ御手にとってお確かめ下さいませ。」
支配人が布張りのトレイに乗せて来たのは、シルクの小さなクッションだった。ヘンリエッタの手の平ほどのクッションに、青く燦めく光が照明の明かりを反射して見えた。
「ハ、ハロルド様?」
「私が着けても良いか?」
答えられないヘンリエッタを、それが答えと思ったのか、ハロルドは青い燦めきをひとつ摘んで見上げるヘンリエッタの耳元に嵌めた。
それからもうひとつ摘んで、反対側の耳朶に嵌める。
「似合っている。」
左右の耳朶を確かめて、それからハロルドは榛の瞳を見詰めて笑みを洩らした。
「こ、こ、こ、これって、」
「君に似合って良かった。」
「そ、そ、そ、そんなじゃなくって、」
「気に入らない?」
そんな悲しそうな顔をしないで!
「貴方様、いつの間に、」
「半月程前かな。」
「わ、私が受け取ると?」
「押し付けようと思った。」
「こんな高価なものを?!」
「金の使い道など他に無い。」
濃く鮮やかなサファイアは、宝石の事など全然解らないヘンリエッタにも、多分、きっと、いやいや絶対特級品のAクラスなのだと解ってしまう。その青く耀くサファイアを細かなメレダイヤが囲んでいる。小粒であるのに燦めく光が美しい。
「目眩がしそう。」
「私もだ。」
「えっ!大丈夫?!今ならお返し出来るわ。支配人様、御免なさいお返し「いやいやいや、そうじゃないよヘンリエッタ。君に似合い過ぎて目眩がしたんだ。」
多分、支配人は、こんな馬鹿ップルをこれまでも幾組も見てきたのだろう。目を細めたまま穏やかな笑みを崩さない。
「君に私の色を贈る事を許してはくれないか。」
許すも許さないも貴方様、もう買っちゃったのでしょう?もし夜会のエスコートを断っていたなら、貴方、一体コレをどうするつもりだったの?!
聡明だと思ったハロルドとは、只の考え無しだったのか。無謀な賭けを厭わない目の前の男に、両耳を青く耀かせながら顔まで青くして、ヘンリエッタは思わずハロルドを凝視する。
「そんなに見詰められては敵わないな。」
「えっ!やはり不都合がっ、」
やっぱり貴方、無理をしたのね。駄目よ駄目駄目、さては借金でもしてしまったの?この耳飾りの為に、大枚はたいてしまったの?!
「あー、君が今考えてもいる事は何となく解る。大丈夫だ、ヘンリエッタ。私はこう見えて小金持ちだ。借金もしていないから安心してくれないか。」
困ったなとでも言いそうな、眉を下げた情けない顔でハロルドは頭を掻いた。
「君に贈るのを楽しみにしてたんだ。」
そう言う美丈夫は、ほんの少し頬が紅く染まって見える。それは、ヘンリエッタが初めて見るハロルドの照れた表情であるらしかった。
「君を迎えに来た。」
「お務めは?」
「放って来た。」
「真逆、嘘でしょう?」
「嘘じゃあない。それが許される位は貸しがある。」
「それはエドワード殿下へ?」
「他に誰が?私は散々迷惑を被った。」
まるで戯れ合うように言葉を交わす。その間にも、馬車は王都の目抜き通りへと進んでゆく。
「ヘンリエッタ。君のパートナーに選ばれた事を光栄に思うよ。」
「大袈裟だわ。学園の学生達の夜会よ。」
「君に言ってもきっと解っちゃくれないだろうな。私は..いや、いい。」
「中途半端に終えるなんていけないわ。皆まで言って頂戴。」
ヘンリエッタにせっつかれて、ハロルドは一瞬目を伏せた。それからヘンリエッタの瞳を見詰め直して言いかけた言葉の続きを明かした。
「私は、一度は絶望した。あんな事は二度と御免だ。」
その言葉に返したい言葉は沢山あった。けれども、ヘンリエッタは何から言葉にすれば良いのか解らなくなった。言えばそれは全てハロルドを責める言葉になるだろう。そんなのは、もうお互い十分だろうと思った。互いに傷付ける言葉は必要無いと思った。
馬車が速度を落とすと、
「着いたな。」
ハロルドが窓から外を確かめた。
「ここは、」
馬車を降りた先は、宝飾店の前だった。
「さあ、行こう。」
ハロルドがヘンリエッタの腰に手を添える。制服越しに大きな手の平の存在を感じてしまう。
この店の事は知っている。
王都でも老舗の宝飾店で、扱う品はどれも一級品であるから、学生のヘンリエッタが気軽に足を踏み入れられる店ではない。 唯一度だけ、ハロルドと一緒に来た事があった。ハロルドが隣国に渡る前に、ここで宝飾品を贈られた。
ハロルドは、気後れするヘンリエッタを余所に店の奥へと進んで行く。ギャラリーには様々な宝石がガラス張りのショーケースの中で煌めいているのを、それら全てを通り越してハロルドは目指す場所へとヘンリエッタを誘った。
「お越しをお待ちしておりました。」
落ち着いた風貌から、どうやら支配人であろう壮年の男が、ハロルドに頭を下げた。
それからヘンリエッタに笑みを向けてどうぞと手招いた。
店舗の奥へと案内されて、貴賓室と思しき部屋へと通される。
小娘ヘンリエッタはすっかり萎縮してしまった。此処、何処?
身分にそぐわない場所へ来てしまった。こんな所は母と一緒でなければヘンリエッタには入る事など無理だろう。
その無理な場所に、ハロルドがヘンリエッタを連れて来た。
貴方様、何者?ヘンリエッタは慄きながら並び座るハロルドの横顔を見上げた。
男はやはり支配人であった。予てからハロルドとは面識があるらしく、そこでハロルドがこの店に以前も足を運んでいたのを知って胸の奥がツキンと疼いた。
「御用命のお品はこちらでございます。どうぞ御手にとってお確かめ下さいませ。」
支配人が布張りのトレイに乗せて来たのは、シルクの小さなクッションだった。ヘンリエッタの手の平ほどのクッションに、青く燦めく光が照明の明かりを反射して見えた。
「ハ、ハロルド様?」
「私が着けても良いか?」
答えられないヘンリエッタを、それが答えと思ったのか、ハロルドは青い燦めきをひとつ摘んで見上げるヘンリエッタの耳元に嵌めた。
それからもうひとつ摘んで、反対側の耳朶に嵌める。
「似合っている。」
左右の耳朶を確かめて、それからハロルドは榛の瞳を見詰めて笑みを洩らした。
「こ、こ、こ、これって、」
「君に似合って良かった。」
「そ、そ、そ、そんなじゃなくって、」
「気に入らない?」
そんな悲しそうな顔をしないで!
「貴方様、いつの間に、」
「半月程前かな。」
「わ、私が受け取ると?」
「押し付けようと思った。」
「こんな高価なものを?!」
「金の使い道など他に無い。」
濃く鮮やかなサファイアは、宝石の事など全然解らないヘンリエッタにも、多分、きっと、いやいや絶対特級品のAクラスなのだと解ってしまう。その青く耀くサファイアを細かなメレダイヤが囲んでいる。小粒であるのに燦めく光が美しい。
「目眩がしそう。」
「私もだ。」
「えっ!大丈夫?!今ならお返し出来るわ。支配人様、御免なさいお返し「いやいやいや、そうじゃないよヘンリエッタ。君に似合い過ぎて目眩がしたんだ。」
多分、支配人は、こんな馬鹿ップルをこれまでも幾組も見てきたのだろう。目を細めたまま穏やかな笑みを崩さない。
「君に私の色を贈る事を許してはくれないか。」
許すも許さないも貴方様、もう買っちゃったのでしょう?もし夜会のエスコートを断っていたなら、貴方、一体コレをどうするつもりだったの?!
聡明だと思ったハロルドとは、只の考え無しだったのか。無謀な賭けを厭わない目の前の男に、両耳を青く耀かせながら顔まで青くして、ヘンリエッタは思わずハロルドを凝視する。
「そんなに見詰められては敵わないな。」
「えっ!やはり不都合がっ、」
やっぱり貴方、無理をしたのね。駄目よ駄目駄目、さては借金でもしてしまったの?この耳飾りの為に、大枚はたいてしまったの?!
「あー、君が今考えてもいる事は何となく解る。大丈夫だ、ヘンリエッタ。私はこう見えて小金持ちだ。借金もしていないから安心してくれないか。」
困ったなとでも言いそうな、眉を下げた情けない顔でハロルドは頭を掻いた。
「君に贈るのを楽しみにしてたんだ。」
そう言う美丈夫は、ほんの少し頬が紅く染まって見える。それは、ヘンリエッタが初めて見るハロルドの照れた表情であるらしかった。
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