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クラスメイトとは云え王族に関わった事であるので、放課後の出来事をヘンリエッタは晩餐の席で両親に話した。
今日のメイン料理は合鴨であったから、好物を前に心做し嬉しそうにナイフを入れる父に、面倒な事を聞かせるのは可哀想かと思ったが、まあ仕方無い。
「まあ、ロバート殿下がその様に。」
「ええ、お母様。」
憶えている会話を端的に話して聞かせる。殿方二人を固めてしまったメデューサ疑惑については黙っていた。
「それで貴女はどうしたいの?先月結んだばかりの婚約を、再び解消しようと思うのかしら?」
「お母様はどうお思いになって?このままにしておいて、それで何か変わると?」
「ハロルド様が王族に侍るのに、貴女に明かせない物事はこれからも付き纏う事でしょう。彼と添うと言うことは、そういうことなのだと覚悟があって?」
「覚悟はした筈なのですけれど、正直全てを飲み込めるかと言えばそうとも言い切れないのです。」
「お母様。」
「なあに?」
「お母様、仰いましたでしょう?
ハロルド様を僅かでも信じる気持ちがあるのなら、とことん信じてみてはどうかと。それで駄目なら捨てておやりなさいと。
私、あのお言葉で勇気を得たのです。前向きになれたの。でも、お母様。それって、飽くまで私の側の気持ちだわ。ハロルド様が私とこの先どうなさりたいのかは、別のお話しだと思うの。」
母娘の会話を父は聴いているのかいないのか、無言で只管合鴨を咀嚼している。その姿に、余程鴨が好きなのだなとヘンリエッタは思った。
「そうね。貴女の言う通りよね。ハロルド様とて、貴女がご自分に心を寄せているのを解っておられての行動なのでしょうけれど。何もかもをなんの説明もなしにと言うのは頂けないわね。貴女に信頼をお求めになるのなら、ご自身も信頼に足るものを示して下さらないと。」
母はそこでカトラリーを動かす手を止めて、ヘンリエッタを見詰めた。
「ヘンリエッタ。貴女の好きにすれば良いわ。貴女の道は一つではないのだから。そうそう、小説はどうなっているの?」
「小説?」
合鴨の咀嚼を終えたのか、父はそこで聞き返して来た。
「お父様。私、小説を書きましたの。直に出版の予定なのです。」
「なんだ、それは。そんな話し、私は聞いていない。」
「お母様には初めからお話ししておりますわ。私が完徹していたのもご存知よ?」
「かんてつ?なんだそれは。兎に角、私は何も聞いていない。なんの話しだ?その小説とは、出版とは、」
父はこれまでの沈黙が無かった様に、詰問口調でヘンリエッタを、そうして母に視線を向けて詰って来た。
「宜しいではないですか、旦那様。ヘンリエッタは今、自分の生きる道を模索する、その始まりにいるのですよ。」
「それと小説と何が関係する。何より、小説だと?貴族の娘が平民の真似事か?」
「お父様、ご安心なさって。私、覆面作家なのです。家の名も私の名も一切出す事はありませんわ。」
ヘンリエッタは、家名のモンタギューからMをもらったことは黙っておいた。
「それに、お父様。この婚約が無くなれば、私はどの道、平民になります。新たな嫁ぎ先なんて望めないでしょうから。今はお父様の娘ですけれど、何れウィリアムが爵位を継いだ後には、私、貴族令嬢ではなくなりますのよ?あまり平民を馬鹿になさらないで下さいませ。」
「何を言ってる。お前はハロルド殿の妻になるのだぞ?伯爵家の夫人になるんだ。ダウンゼン伯爵家を支えて行かねばならぬのに、小説などと戯けたことを、」
「旦那様。」
鶴の一声ならぬ母の一声。
その声音は落ち着きを持った静かなものである。けれども、ウィリアムはそこで息を潜めた。来るぞ。母上の衝撃波が放たれるぞ。
「宜しいではないですかと申しましたでしょう?ハロルド様が、引いてはダウンゼン伯爵家が、そうして旦那様、貴方様が、ヘンリエッタに何をして下さいましたの?この子が苦しい立場にいるのを、ただ口を噤んでおられるのは優しさではないのですよ。明かせぬ事があるのをこの子も承知しておりますけれど、それに周りが乗っかるのは別の事です。」
「ウィルマ、」
「私はヘンリエッタを応援しております。独り身を通す覚悟を決めさせたのは、貴方にも私にも責任があるのですよ?この子が独り立ちして我が身を自身の力で立てる、その術が小説を書くことなら、それはそれで良いでしょう。真逆、貴族の生まれだとその首に鎖を掛けて、ヘンリエッタを根無し草のまま繋いでおかれるおつもり?ハロルド様との事はこれからきちんとせねばならないでしょう。ですが、この子の自由を奪うと仰るのなら、私、貴方様を心底軽蔑致しますわ。」
「ウィルマ...」
困ったわ。お父様、泣いちゃうんじゃあないかしら。
「私の様にはなって欲しくないの、ヘンリエッタ。貴女は自分の生き方を自分で選んで良いのよ。」
「ウィルマ、何を言っているんだ、」
「ハロルド様との事は、私も貴女に謝らねばならないわ。貴女に良かれと思った事が、結局貴女を傷付けた。その責は、私達にもあるのよ。」
「お、お母様?」
「ハロルド様が貴女を本当にお求めならば、これからどうなさるのかを私も見届けさせて頂くわ。それでつまらない結末をお選びになるのなら、一層私もヘンリエッタ、貴女の様に自分の生き方を見直すわ。」
「頼むっ、ウィルマ、可怪しな事を言わないでくれっ、」
ヘンリエッタもウィリアムも、言葉を発する事が出来ずにいた。父は母に縋る勢いである。父と母の関係に、ヘンリエッタもウィリアムも立ち入ることは憚られた。
今日のメイン料理は合鴨であったから、好物を前に心做し嬉しそうにナイフを入れる父に、面倒な事を聞かせるのは可哀想かと思ったが、まあ仕方無い。
「まあ、ロバート殿下がその様に。」
「ええ、お母様。」
憶えている会話を端的に話して聞かせる。殿方二人を固めてしまったメデューサ疑惑については黙っていた。
「それで貴女はどうしたいの?先月結んだばかりの婚約を、再び解消しようと思うのかしら?」
「お母様はどうお思いになって?このままにしておいて、それで何か変わると?」
「ハロルド様が王族に侍るのに、貴女に明かせない物事はこれからも付き纏う事でしょう。彼と添うと言うことは、そういうことなのだと覚悟があって?」
「覚悟はした筈なのですけれど、正直全てを飲み込めるかと言えばそうとも言い切れないのです。」
「お母様。」
「なあに?」
「お母様、仰いましたでしょう?
ハロルド様を僅かでも信じる気持ちがあるのなら、とことん信じてみてはどうかと。それで駄目なら捨てておやりなさいと。
私、あのお言葉で勇気を得たのです。前向きになれたの。でも、お母様。それって、飽くまで私の側の気持ちだわ。ハロルド様が私とこの先どうなさりたいのかは、別のお話しだと思うの。」
母娘の会話を父は聴いているのかいないのか、無言で只管合鴨を咀嚼している。その姿に、余程鴨が好きなのだなとヘンリエッタは思った。
「そうね。貴女の言う通りよね。ハロルド様とて、貴女がご自分に心を寄せているのを解っておられての行動なのでしょうけれど。何もかもをなんの説明もなしにと言うのは頂けないわね。貴女に信頼をお求めになるのなら、ご自身も信頼に足るものを示して下さらないと。」
母はそこでカトラリーを動かす手を止めて、ヘンリエッタを見詰めた。
「ヘンリエッタ。貴女の好きにすれば良いわ。貴女の道は一つではないのだから。そうそう、小説はどうなっているの?」
「小説?」
合鴨の咀嚼を終えたのか、父はそこで聞き返して来た。
「お父様。私、小説を書きましたの。直に出版の予定なのです。」
「なんだ、それは。そんな話し、私は聞いていない。」
「お母様には初めからお話ししておりますわ。私が完徹していたのもご存知よ?」
「かんてつ?なんだそれは。兎に角、私は何も聞いていない。なんの話しだ?その小説とは、出版とは、」
父はこれまでの沈黙が無かった様に、詰問口調でヘンリエッタを、そうして母に視線を向けて詰って来た。
「宜しいではないですか、旦那様。ヘンリエッタは今、自分の生きる道を模索する、その始まりにいるのですよ。」
「それと小説と何が関係する。何より、小説だと?貴族の娘が平民の真似事か?」
「お父様、ご安心なさって。私、覆面作家なのです。家の名も私の名も一切出す事はありませんわ。」
ヘンリエッタは、家名のモンタギューからMをもらったことは黙っておいた。
「それに、お父様。この婚約が無くなれば、私はどの道、平民になります。新たな嫁ぎ先なんて望めないでしょうから。今はお父様の娘ですけれど、何れウィリアムが爵位を継いだ後には、私、貴族令嬢ではなくなりますのよ?あまり平民を馬鹿になさらないで下さいませ。」
「何を言ってる。お前はハロルド殿の妻になるのだぞ?伯爵家の夫人になるんだ。ダウンゼン伯爵家を支えて行かねばならぬのに、小説などと戯けたことを、」
「旦那様。」
鶴の一声ならぬ母の一声。
その声音は落ち着きを持った静かなものである。けれども、ウィリアムはそこで息を潜めた。来るぞ。母上の衝撃波が放たれるぞ。
「宜しいではないですかと申しましたでしょう?ハロルド様が、引いてはダウンゼン伯爵家が、そうして旦那様、貴方様が、ヘンリエッタに何をして下さいましたの?この子が苦しい立場にいるのを、ただ口を噤んでおられるのは優しさではないのですよ。明かせぬ事があるのをこの子も承知しておりますけれど、それに周りが乗っかるのは別の事です。」
「ウィルマ、」
「私はヘンリエッタを応援しております。独り身を通す覚悟を決めさせたのは、貴方にも私にも責任があるのですよ?この子が独り立ちして我が身を自身の力で立てる、その術が小説を書くことなら、それはそれで良いでしょう。真逆、貴族の生まれだとその首に鎖を掛けて、ヘンリエッタを根無し草のまま繋いでおかれるおつもり?ハロルド様との事はこれからきちんとせねばならないでしょう。ですが、この子の自由を奪うと仰るのなら、私、貴方様を心底軽蔑致しますわ。」
「ウィルマ...」
困ったわ。お父様、泣いちゃうんじゃあないかしら。
「私の様にはなって欲しくないの、ヘンリエッタ。貴女は自分の生き方を自分で選んで良いのよ。」
「ウィルマ、何を言っているんだ、」
「ハロルド様との事は、私も貴女に謝らねばならないわ。貴女に良かれと思った事が、結局貴女を傷付けた。その責は、私達にもあるのよ。」
「お、お母様?」
「ハロルド様が貴女を本当にお求めならば、これからどうなさるのかを私も見届けさせて頂くわ。それでつまらない結末をお選びになるのなら、一層私もヘンリエッタ、貴女の様に自分の生き方を見直すわ。」
「頼むっ、ウィルマ、可怪しな事を言わないでくれっ、」
ヘンリエッタもウィリアムも、言葉を発する事が出来ずにいた。父は母に縋る勢いである。父と母の関係に、ヘンリエッタもウィリアムも立ち入ることは憚られた。
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