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【17】
せめて「今日は謝罪を有難う。」くらいの挨拶は言っておきたかった。そんな短い言葉すら、どうやら目の前の二人は必要無かったらしい。
「私はこれで、」
それだけ言うのが精一杯。タイムリミットであった。
「ええ」とか「ああ」とか二人は返事を返すも視線は互いを捉えたままで、エリザベスは用無し的な空気に当てられそそくさと席を立った。
時間返せ。
とんだ時間の無駄であった。
やはり、成るべくしてなった婚約の解消だったのだ。
このまま出て行っては、部屋の中はエレノアとウィリアムの二人きりになってしまう。侍女を呼んでもらおうと扉を開くと、母が控えていた。
どうやらエレノアを追って来たらしい。
執事の隣に並び立っていた母が
「ごめんなさいね。」
少しばかり申し訳なさそうにエリザベスへ言葉を掛けて、部屋の中へ入って行く。お茶の用意をする為に侍女も後に続く。
なんだかな。
とんだ無駄な時間に色んなものを搾取された、そんな気持ちになってしまう。
「もう、好きにして頂戴。」
言うとはなしに口をついて出た独り言は、セドリックは聞かぬ振りをしてくれた。
姉も姉だし、母も母。
何よりウィリアムは、やっぱりウィリアムであった。
もう考えなし三人組に囚われるのはたくさんである。こんな無駄な時間を過ごすなら、次のメニューを考えたい!
「へえ、そんな事が。」
「ええ。」
本日は、エリザベスが侯爵邸を訪ねていた。
婚約の解消後は、ウィリアムにも侯爵家へも遠慮があって、ジョージが大丈夫だからと言ってくれるも、なかなか足が向かなかった。
しかし先日の、「考えなし三人組事件」があってからは、もうウィリアムには遠慮は無用だと心底思った。
なので、最近はジョージが伯爵家を訪うよりもエリザベスが侯爵家へ訪問する事の方が増えている。
何度か訪問する内に、侯爵様にもお会いできた。恐縮するエリザベスに、婚約解消よりも寧ろジョージとの共同事業の方はどんな案配であるのかを気にする風であった。
数年ぶりに侯爵夫人からお茶のお誘いを受けたり、懐かしい使用人の顔を再び見られたりと、エレノアとウィリアムによってカッサカサにされたエリザベスの心は侯爵家にて癒やされた。
あの日、あの「考えなし三人組」が再集結した日。晩餐での姉の姦しさと言ったら。
悩んで損した。エリザベスは、一層の事すっきりしたのであった。
父はその晩エリザベスを執務室に呼び、これからはジョージとの話し合いの際には、こちらから侯爵家を訪う様にと言った。
「ジョージ殿はお忙しい。お前が通う方が時間を取らせず済むだろう。」
「ええっと、試作とか試作とか..」
「その際には当家の厨房を使うと良い。」
良いのね?良いのだわ!
また料理長やら執事やら侍女頭と一緒に試食が出来る。それはエリザベスにとっては得難い大切な時間であった。
「侯爵家でも厨房は使えるよ。料理人も。」
父との会話をジョージに話せば、侯爵家の厨房を使っても良いと言う。
元々開業時にメニューを試作したのは侯爵家の料理人らしく、顔を合わせてみれば、やはり懐かしい面々であった。
幼い頃に、食事やおやつをご馳走になっていたから。
姉達への気遣いなどという煩わしさから開放されて、侯爵邸でジョージと話し合いをする時間は、ウィリアムと云う光を失ったエリザベスに確かな光を齎してくれた。
「君の気持ちはよく解るが、」
「お解り頂けますか?」
話は少しばかり戻って、学園でウィリアムから逃げ走ったあの日、二人は確かに肉屋を訪った。
そこでは、厚切りベーコンの試食をしようと云う事になっていたのだが、ここでハプニングが起る。
肉屋なのだから元になる肉が必要なのは解っている。なんならお肉は好きである。
けれども、あれは駄目だった。
肉屋の小倅が、お貴族様が俺んちやって来たとの興奮からか、是非とも可愛がっているペットを披露したいと言い出した。
「まあ、可愛がっているの?」
「はい!お嬢様!す、凄く可愛いですっ!」
普段はインク塗れの冴えないエリザベスも、流石に貴族令嬢。初めて身近に貴族令嬢と触れ合って、頬を紅く紅潮させた肉屋の倅(推定十歳)は、緊張よりも令嬢を喜ばせたい気持ちが勝ってしまった。
邸には馬もいるエリザベスは、どんな可愛いペットかしらと待っていたのが、現れたのは子豚であった。赤いリボンを着けたのは女将さんか。
可愛い可愛い子豚である。
だがしかし、次の言葉が不味かった。
「オイラのペットでブー子っていいます!大きくなったら捌(さば)くんだけど、それまではオイラのペットです!」
可愛い子豚は真逆の未来のベーコンであった。
「エリザベス、君の気持ちはよく解る。しかし、彼ら(豚)の犠牲は必要なんだ。真逆、隣国の翔んだ王子みたいに、兵士達にそこら辺の草でも食っとれとは言えないよ。」
「ジョージ様、解っております。私も流石にそこまで無知でも無慈悲でもございません。」
その王子のお噂は、私も聞いております。
どうやら良いパートナーを得られてからは会心なさったそうですね。
でも、もうお肉屋さんの現地視察は涙が溢れて駄目なのだ。
あの視察の後は、溢れる涙で前が見えず、逃げるようにお暇した。
大人のジョージが後を纏めてくれたから良かったものの、これだからお貴族様とは付き合えねえなんて言われたら、とエリザベスは自分の甘さに更に涙が溢れた。
この世の食べ物が草ばかりではなく、果実も魚も勿論お肉もあるのだと、解っているのに晩餐の席では「今日はちょっとごめんなさい。」と、その日はお肉が食べられなかった。察したセドリックがリゾットを用意してくれた。
それでもカフェメニューの「厚切りベーコン」と「特大あらびきウインナー」は外せない。しょっぱい系の目玉商品なのだから。
涙を拭いて覚悟を改めたエリザベスなのであった。
「私はこれで、」
それだけ言うのが精一杯。タイムリミットであった。
「ええ」とか「ああ」とか二人は返事を返すも視線は互いを捉えたままで、エリザベスは用無し的な空気に当てられそそくさと席を立った。
時間返せ。
とんだ時間の無駄であった。
やはり、成るべくしてなった婚約の解消だったのだ。
このまま出て行っては、部屋の中はエレノアとウィリアムの二人きりになってしまう。侍女を呼んでもらおうと扉を開くと、母が控えていた。
どうやらエレノアを追って来たらしい。
執事の隣に並び立っていた母が
「ごめんなさいね。」
少しばかり申し訳なさそうにエリザベスへ言葉を掛けて、部屋の中へ入って行く。お茶の用意をする為に侍女も後に続く。
なんだかな。
とんだ無駄な時間に色んなものを搾取された、そんな気持ちになってしまう。
「もう、好きにして頂戴。」
言うとはなしに口をついて出た独り言は、セドリックは聞かぬ振りをしてくれた。
姉も姉だし、母も母。
何よりウィリアムは、やっぱりウィリアムであった。
もう考えなし三人組に囚われるのはたくさんである。こんな無駄な時間を過ごすなら、次のメニューを考えたい!
「へえ、そんな事が。」
「ええ。」
本日は、エリザベスが侯爵邸を訪ねていた。
婚約の解消後は、ウィリアムにも侯爵家へも遠慮があって、ジョージが大丈夫だからと言ってくれるも、なかなか足が向かなかった。
しかし先日の、「考えなし三人組事件」があってからは、もうウィリアムには遠慮は無用だと心底思った。
なので、最近はジョージが伯爵家を訪うよりもエリザベスが侯爵家へ訪問する事の方が増えている。
何度か訪問する内に、侯爵様にもお会いできた。恐縮するエリザベスに、婚約解消よりも寧ろジョージとの共同事業の方はどんな案配であるのかを気にする風であった。
数年ぶりに侯爵夫人からお茶のお誘いを受けたり、懐かしい使用人の顔を再び見られたりと、エレノアとウィリアムによってカッサカサにされたエリザベスの心は侯爵家にて癒やされた。
あの日、あの「考えなし三人組」が再集結した日。晩餐での姉の姦しさと言ったら。
悩んで損した。エリザベスは、一層の事すっきりしたのであった。
父はその晩エリザベスを執務室に呼び、これからはジョージとの話し合いの際には、こちらから侯爵家を訪う様にと言った。
「ジョージ殿はお忙しい。お前が通う方が時間を取らせず済むだろう。」
「ええっと、試作とか試作とか..」
「その際には当家の厨房を使うと良い。」
良いのね?良いのだわ!
また料理長やら執事やら侍女頭と一緒に試食が出来る。それはエリザベスにとっては得難い大切な時間であった。
「侯爵家でも厨房は使えるよ。料理人も。」
父との会話をジョージに話せば、侯爵家の厨房を使っても良いと言う。
元々開業時にメニューを試作したのは侯爵家の料理人らしく、顔を合わせてみれば、やはり懐かしい面々であった。
幼い頃に、食事やおやつをご馳走になっていたから。
姉達への気遣いなどという煩わしさから開放されて、侯爵邸でジョージと話し合いをする時間は、ウィリアムと云う光を失ったエリザベスに確かな光を齎してくれた。
「君の気持ちはよく解るが、」
「お解り頂けますか?」
話は少しばかり戻って、学園でウィリアムから逃げ走ったあの日、二人は確かに肉屋を訪った。
そこでは、厚切りベーコンの試食をしようと云う事になっていたのだが、ここでハプニングが起る。
肉屋なのだから元になる肉が必要なのは解っている。なんならお肉は好きである。
けれども、あれは駄目だった。
肉屋の小倅が、お貴族様が俺んちやって来たとの興奮からか、是非とも可愛がっているペットを披露したいと言い出した。
「まあ、可愛がっているの?」
「はい!お嬢様!す、凄く可愛いですっ!」
普段はインク塗れの冴えないエリザベスも、流石に貴族令嬢。初めて身近に貴族令嬢と触れ合って、頬を紅く紅潮させた肉屋の倅(推定十歳)は、緊張よりも令嬢を喜ばせたい気持ちが勝ってしまった。
邸には馬もいるエリザベスは、どんな可愛いペットかしらと待っていたのが、現れたのは子豚であった。赤いリボンを着けたのは女将さんか。
可愛い可愛い子豚である。
だがしかし、次の言葉が不味かった。
「オイラのペットでブー子っていいます!大きくなったら捌(さば)くんだけど、それまではオイラのペットです!」
可愛い子豚は真逆の未来のベーコンであった。
「エリザベス、君の気持ちはよく解る。しかし、彼ら(豚)の犠牲は必要なんだ。真逆、隣国の翔んだ王子みたいに、兵士達にそこら辺の草でも食っとれとは言えないよ。」
「ジョージ様、解っております。私も流石にそこまで無知でも無慈悲でもございません。」
その王子のお噂は、私も聞いております。
どうやら良いパートナーを得られてからは会心なさったそうですね。
でも、もうお肉屋さんの現地視察は涙が溢れて駄目なのだ。
あの視察の後は、溢れる涙で前が見えず、逃げるようにお暇した。
大人のジョージが後を纏めてくれたから良かったものの、これだからお貴族様とは付き合えねえなんて言われたら、とエリザベスは自分の甘さに更に涙が溢れた。
この世の食べ物が草ばかりではなく、果実も魚も勿論お肉もあるのだと、解っているのに晩餐の席では「今日はちょっとごめんなさい。」と、その日はお肉が食べられなかった。察したセドリックがリゾットを用意してくれた。
それでもカフェメニューの「厚切りベーコン」と「特大あらびきウインナー」は外せない。しょっぱい系の目玉商品なのだから。
涙を拭いて覚悟を改めたエリザベスなのであった。
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