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【28】
そもそもエリザベスは、夜会も茶会もそれ程出たことが無い。
それらは母と姉の専売特許であり、彼女達のおっとりと美しい容姿に行動は、伯爵家の顔であった。
父と母、そこにエレノアが付いて夜会に出掛けるのを、いつも見送るエリザベスであった。学生であるし、何より当時の婚約者であるウィリアムからお誘いが無いのであるから仕方が無い。
当時からウィリアムとエレノアは、会場で落ち合って夜会を楽しんでいたのだが、それを父が黙認していたのは、結局エリザベスにはジョージに添わせる事が念頭にあったからであろう。
「美しいな、エリザベス。」
「...有難うございます。」
美しいだなんて言われた事が無い。
人差し指の背でエリザベスの頬を撫でるジョージに、照れるばかりのエリザベスは返事を返すのも遅れてしまった。
大粒真珠の首飾りが存在感を放っている。
背は大きく空いており、そこにも真珠が長く繋がれ垂れている。
細身の身体がドレスのシルエットを美しく見せており、丁寧に髪を結われ化粧を施したエリザベスは、何処から見ても美しい。
今までが華やかさと無縁であっただけで、美人で名高い母の面影を確かに見せるエリザベスは、本来可憐な容貌をしているのである。
磨けば光るとは言われるが、それは磨かなければ光らないとも言うことも出来る。
ジョージに愛でられる事で、エリザベスは貴族夫人としての美しさを発揮し始めていた。
「ダンスは駄目だぞ。私以外。」
背の大きく空いたドレスは、ダンスでホールドされたなら素肌に直に触れられる。
最初、ジョージがドレスのデザインに難色を示したのも、妻の肌の露出が気になって仕方がなかったからである。
侯爵家の母が、素敵だわこれになさい、と言わなければ100%却下、却下一択であった。
けれども美しく装った妻の姿に宝物を見せびらかす欲が出て、男性との接触を禁じる事で譲歩したのであった。
やっぱりこうなるわね。
何でもそう。初めての事ってトラブルがセットでやって来る。
エリザベスは、はぁと小さく溜め息を付いた。
頭からシャンパン塗れである。
後で首飾りを丁寧に拭いてもらわねば。留め金が錆びてしまう。
そんな事をつらつらと考える。
「生意気なのよ!ウィリアム様の後にジョージ様だなんて!」
何処かで見覚えがあると思ったら、学園で一緒であった子爵家のご令嬢だ。名前はなんて言ったかしら。
エリザベスに飲み物をと、ジョージが少しばかり離れた時であった。
これって何と言うのかしら。ち、痴情のもつれ?
ご令嬢は突然エリザベスに話しかけたと思ったら、貴女はだあれ?的にすっとぼけて全然相手にしないエリザベスに激昂したのであった。
そうしてキンキンに冷えたシャンパンをエリザベスに向けてぶちまけた。
これって、流行りなの?
何せキンキンに冷えている。まるで最初からぶちまける為に用意した様であった。
「ウィリアム様と婚約解消したなら、さっさと領地にでも引っ込んでいればよかったのよ。恥ずかしげも無くジョージ様に縋るだなんて!この、恥知らず!」
貴女こそ冷たいシャンパンを浴びて頭を冷やしたら?
エリザベスはそう言ってやりたいのをぐっと堪えた。
周囲は若い婦人が揉めているのを興味深げに見守っている。
中には、侯爵家次期夫人のエリザベスに子爵の娘が起こしたあり得ない暴挙に、これからの貴族の勢力関係を計算する者もいた。
たっぷりのシャンパンを顔面キャッチして、一瞬前が見えなかった。
アルコールだから目に染みる。指先で雫を拭い前を見れば、わなわなと震えるご令嬢がいる。何をそんなに激昂しているのか。
「私とジョージ様の婚姻に意見があるのでしたら、文書になさって送っては?マナーズ子爵令嬢。」そうそう、この方マナーズ子爵家の三女だわ。
頭の中の貴族名鑑をぱらぱら捲って、エリザベスは漸く彼女の正体に行き着いた。
それから、ドレスを軽くぱっぱと払う。
コロコロと金色の雫が転げ落ちる。ドレスに染みは見られない。まあ、黒いドレスであるから。
それにしても良く水を弾くドレスである。
そう、このドレス、今話題の生地で縫ったのだ。シルクの光沢に滑らかな手触り、なのに撥水に優れた生地。
グレイ伯爵家で最近製品化して評判となっていた。
確か、アナベル夫人がどこぞの年増夫人、失礼、スタンリー伯爵夫人に粗相をされた際、顔面キャッチしたシャンパンが宝石の雫の様に転がって、ドレスを汚すことなく足元まで落ちていったとか。丁度こんな風に。
エリザベスは、足元に転がり落ちたシャンパンの雫を見る。
これって流行りなの?再び思うのであった。
エリザベスは、自分の事を地味で手際の悪いもっさり令嬢だと思っていた。けれども実際は違う。
エリザベスは、次期伯爵家当主として厳しい教育を施されそれをきっちり熟し執務にあたり、父の下で鍛え抜かれている。そんじょそこらのご令嬢とは胆力が違うのだ。
これしきの事で動揺すら出来ない己の強さが憎い。ここでヨヨヨと泣けたなら、きっと可憐であるだろうに。
あれからスタンリー伯爵夫妻は暫く社交の場には現れていないという。
貴女、大丈夫?ここでそんなに顔を赤らめて怒っている場合ではなくてよ?
鬼が来るわよ、鬼が。
虎より怖い鬼が来ちゃうわよ!
「エリザベス、何があった。」
ほらぁ、来ちゃった。貴女、怒りの矛先の仕舞い時を見誤ったのは、これからの教訓になさるしかないわね。
エリザベスはマナーズ子爵家の未来を思い憂いたのであった。
それらは母と姉の専売特許であり、彼女達のおっとりと美しい容姿に行動は、伯爵家の顔であった。
父と母、そこにエレノアが付いて夜会に出掛けるのを、いつも見送るエリザベスであった。学生であるし、何より当時の婚約者であるウィリアムからお誘いが無いのであるから仕方が無い。
当時からウィリアムとエレノアは、会場で落ち合って夜会を楽しんでいたのだが、それを父が黙認していたのは、結局エリザベスにはジョージに添わせる事が念頭にあったからであろう。
「美しいな、エリザベス。」
「...有難うございます。」
美しいだなんて言われた事が無い。
人差し指の背でエリザベスの頬を撫でるジョージに、照れるばかりのエリザベスは返事を返すのも遅れてしまった。
大粒真珠の首飾りが存在感を放っている。
背は大きく空いており、そこにも真珠が長く繋がれ垂れている。
細身の身体がドレスのシルエットを美しく見せており、丁寧に髪を結われ化粧を施したエリザベスは、何処から見ても美しい。
今までが華やかさと無縁であっただけで、美人で名高い母の面影を確かに見せるエリザベスは、本来可憐な容貌をしているのである。
磨けば光るとは言われるが、それは磨かなければ光らないとも言うことも出来る。
ジョージに愛でられる事で、エリザベスは貴族夫人としての美しさを発揮し始めていた。
「ダンスは駄目だぞ。私以外。」
背の大きく空いたドレスは、ダンスでホールドされたなら素肌に直に触れられる。
最初、ジョージがドレスのデザインに難色を示したのも、妻の肌の露出が気になって仕方がなかったからである。
侯爵家の母が、素敵だわこれになさい、と言わなければ100%却下、却下一択であった。
けれども美しく装った妻の姿に宝物を見せびらかす欲が出て、男性との接触を禁じる事で譲歩したのであった。
やっぱりこうなるわね。
何でもそう。初めての事ってトラブルがセットでやって来る。
エリザベスは、はぁと小さく溜め息を付いた。
頭からシャンパン塗れである。
後で首飾りを丁寧に拭いてもらわねば。留め金が錆びてしまう。
そんな事をつらつらと考える。
「生意気なのよ!ウィリアム様の後にジョージ様だなんて!」
何処かで見覚えがあると思ったら、学園で一緒であった子爵家のご令嬢だ。名前はなんて言ったかしら。
エリザベスに飲み物をと、ジョージが少しばかり離れた時であった。
これって何と言うのかしら。ち、痴情のもつれ?
ご令嬢は突然エリザベスに話しかけたと思ったら、貴女はだあれ?的にすっとぼけて全然相手にしないエリザベスに激昂したのであった。
そうしてキンキンに冷えたシャンパンをエリザベスに向けてぶちまけた。
これって、流行りなの?
何せキンキンに冷えている。まるで最初からぶちまける為に用意した様であった。
「ウィリアム様と婚約解消したなら、さっさと領地にでも引っ込んでいればよかったのよ。恥ずかしげも無くジョージ様に縋るだなんて!この、恥知らず!」
貴女こそ冷たいシャンパンを浴びて頭を冷やしたら?
エリザベスはそう言ってやりたいのをぐっと堪えた。
周囲は若い婦人が揉めているのを興味深げに見守っている。
中には、侯爵家次期夫人のエリザベスに子爵の娘が起こしたあり得ない暴挙に、これからの貴族の勢力関係を計算する者もいた。
たっぷりのシャンパンを顔面キャッチして、一瞬前が見えなかった。
アルコールだから目に染みる。指先で雫を拭い前を見れば、わなわなと震えるご令嬢がいる。何をそんなに激昂しているのか。
「私とジョージ様の婚姻に意見があるのでしたら、文書になさって送っては?マナーズ子爵令嬢。」そうそう、この方マナーズ子爵家の三女だわ。
頭の中の貴族名鑑をぱらぱら捲って、エリザベスは漸く彼女の正体に行き着いた。
それから、ドレスを軽くぱっぱと払う。
コロコロと金色の雫が転げ落ちる。ドレスに染みは見られない。まあ、黒いドレスであるから。
それにしても良く水を弾くドレスである。
そう、このドレス、今話題の生地で縫ったのだ。シルクの光沢に滑らかな手触り、なのに撥水に優れた生地。
グレイ伯爵家で最近製品化して評判となっていた。
確か、アナベル夫人がどこぞの年増夫人、失礼、スタンリー伯爵夫人に粗相をされた際、顔面キャッチしたシャンパンが宝石の雫の様に転がって、ドレスを汚すことなく足元まで落ちていったとか。丁度こんな風に。
エリザベスは、足元に転がり落ちたシャンパンの雫を見る。
これって流行りなの?再び思うのであった。
エリザベスは、自分の事を地味で手際の悪いもっさり令嬢だと思っていた。けれども実際は違う。
エリザベスは、次期伯爵家当主として厳しい教育を施されそれをきっちり熟し執務にあたり、父の下で鍛え抜かれている。そんじょそこらのご令嬢とは胆力が違うのだ。
これしきの事で動揺すら出来ない己の強さが憎い。ここでヨヨヨと泣けたなら、きっと可憐であるだろうに。
あれからスタンリー伯爵夫妻は暫く社交の場には現れていないという。
貴女、大丈夫?ここでそんなに顔を赤らめて怒っている場合ではなくてよ?
鬼が来るわよ、鬼が。
虎より怖い鬼が来ちゃうわよ!
「エリザベス、何があった。」
ほらぁ、来ちゃった。貴女、怒りの矛先の仕舞い時を見誤ったのは、これからの教訓になさるしかないわね。
エリザベスはマナーズ子爵家の未来を思い憂いたのであった。
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