令嬢は見極める

桃井すもも

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【29】

「エリザベス。何があった。」

見たまんまですわ、旦那様。
鬼であろうジョージの顔をまともに見れないエリザベスは、前を見据えて立つしか出来ない。
その凛とした佇まいが、いつかのグレイ伯爵夫人を彷彿とさせて、周りは色めき立った。グレイ伯爵家の作るドレスは貴族婦人の戦闘服である。滑らかな艶めくサテンに見えて、その実、防御にも特化しておりそればかりか凛々しさまで兼ね備えた戦闘服なのだ。この日、この夜会で新たな伝説が生まれたのであった。


「ええ、マナーズ子爵家のご令嬢が、私達の婚姻に異議がお有りだと。どうすれば宜しいでしょうね?旦那様。」

「へぇ。」
ハンカチでエリザベスの顔を拭いてやりながら、ジョージは片方の口角を上げて悪い笑みを浮かべた。鬼、降臨。

マナーズ子爵家は夜逃げをするのではないか、貴族達は一斉に思った。

「マナーズ子爵家ご令嬢。」
ジョージの声は冷ややかである。お顔は笑みを湛えているけれど。

「覚悟をしておいてくれ。」
それだけ言うと、ジョージはジャケットを脱いでエリザベスを包み込む。

おお、と貴族達から声が上がった。
正しく、その光景がいつかのグレイ伯爵夫妻と同じであったから。
来年度の貴族名鑑から子爵家が一つ削除されるな、と皆心の内に思った。

すっぽりとジョージのジャケットに包まれて、エリザベスは横抱きにされる。
棒を抱える様に、荷物の様に。
あれ?グレイ伯爵様は愛でる様にお抱きになったと聞いてるわ。なのになのに、

恥ずかしい、旦那様。私、まるでお荷物じゃない。

公衆の面前で横抱きに抱えられて、エリザベスは恥ずかしくて仕方か無い。シャンパンをかけられた時より動揺していた。
だから顔を青くして震える子爵令嬢を心配するのも忘れていた。ここで一言添えてあげたなら、令嬢の未来は違っていただろうか。
いや、やはり無理であろう。
エリザベスに傷を付けるなどと、愚かな行いが許される事は無いのだから。
お気の毒なご令嬢を、エリザベスはその後見ていない。
ま、元より夜会も茶会もそれ程出向く訳ではないから、広い世界の何処かで、子爵家のご令嬢が幸せに暮らしているだろうと呑気に考えたくらいであった。ジョージに限って見逃すだなんてそんな事は無いけれど。



毎晩毎晩、あんな事やこんな事を仕掛けられているのだから、健康な婦人であれば当然である。
エリザベスは程なくして懐妊した。
そうしてアメリアも。

え、セドリックも真逆の鬼畜だったの?!
夜のジョージを鬼だと思うエリザベスは、セドリックも鬼であったのかと驚愕した。人の愛し方はそれぞれであると思い至らない。
何となく複雑な目線でセドリックを見てしまう。何だろう、この裏切られた感。

「やはりあいつは良い仕事をするな。」

セドリックに生まれる子を、我が子の従者にする気であるジョージ。
セドリックは子爵家の嫡男である。代々エリザベスの生家である伯爵家を支えて来た一族でもある。
子爵家ごと侯爵家の傘下として取り込む気満々のジョージ。父は、多分最初からそのつもりであったのだろう。生家の伯爵家もまた侯爵家の傘下であるのだから。

アメリアと一緒に、日に日に大きくなるお腹を抱えて語らえるのは、初めての懐妊に不安になる心を安心させてくれた。
アメリアはそのまま、エリザベスの子の乳母になる。とは言っても、互いに同じ産み月となるのであるから、エリザベスにとっては同じ母親同士。彼女の身体も案ずるのであった。きっと生まれた子は、どちらがどちらの家の子か分からぬ程に近しく育つ事だろう。


最初の子は女児であった。
鬼畜によって早々に齎させた次の子も女児であった。
エレノアとエリザベスの様に姉妹であった。
対してセドリックとアメリアにも二児が生まれるも、こちらは二人とも男児であった。
ウィリアムとエレノアにはなかなかコウノトリは訪れなかった。仲の良すぎる夫婦とは、得てして子宝には恵まれないらしい。婚姻から五年後に、こちらは男児に恵まれた。

優秀な男は仕事が早い。父との約束を早々に果たしたジョージ。年子の二児という、約束を最速で果たした男は、まだまだいけると思っているらしい。医者に夫人の腹を休ませる様に言われているのに、きっとそんな事はこれっぽっちも考えていない。

黒髪に榛色の瞳の娘達は、揃いも揃って父似である。黒髪の珍しいこの国にあって、ご令嬢達はさぞ目立つ事だろう。


伯爵家は賑やかな声が溢れている。
その声があちこち移動しているから、どうやら走り回っているらしい。
執務の鬼である父が、それに混じっている不思議。
寡黙な父が孫娘と追いかけっこに興じている。

「こんな事もあるのね。」
「本当に。」

娘達を連れて生家を訪れたエリザベスは、母とお茶を楽しんでいる。

誰に似たのか、容姿ばかり可憐なやんちゃ姉妹は、おじいたま、おじいたまと必殺技のお強請り(おねだり)を発動していた。

交渉事に長けている父が孫娘には全く抵抗出来ない姿に、エリザベスは孫って良いわね羨ましい、と思うのであった。

結局女児ばかり四人に恵まれた侯爵家であったが、その末の娘が王家に望まれたり、長女が帝国の皇子と恋に落ちちゃってあちらに渡ったり、二女が伯爵家を継ぐ筈が急遽侯爵家の後継者に据えられて、スライド式に三女が伯爵家後継者に持ち上がるなんて憂き目に合ったり、ついでに三女がセドリックの長男と恋仲になったり。
四姉妹は姦しくも麗しく、そして逞しく成長した。

後継を捨てる程の恋をした長女の気持ちも、突然立場が変わってしまった二女三女の気持ちもよく解るエリザベスが、彼女達へ良きように夫へ執り成したのは言う迄も無い。

もっさり令嬢であった自分と異なり、夫に似た娘達は皆美しい。そして中身もなかなか強(したた)かで、鬼畜の血が確かに流れているのを解ってエリザベスは、彼女達の夫に心の中で宜しく頼むと思うのであった。

そうそう、余談であるが、肉屋のペット・ブー子も息災である。侯爵夫人のお気に入りとして、捌かれること無く生きながらえた。子を沢山産んで肉屋に貢献している。


人生とは、些細な事でその道筋を大きく変える。その時々に於いては、小さな決断であろうが、その決断の積み重ねで道筋はどんどん変わっていく。

ジョージが帝国留学で学問の楽しさに帰国を延期していたなら、ウィリアムが覚悟を持ってエレノアへの恋心を青春の思い出と手放せたなら、

エレノアが伯爵家の当主としての自覚を持つか、若しくはジョージとの婚約を真摯に受け止めて、逃げること無く向き合ったのなら、

そうしてエリザベスがウィリアムを最後まで手放さず、恋を無くすことに憐憫と恐れを抱いたままであったなら、
今の侯爵家・伯爵家の姿は大きく異なっていただろう。

けれども。エリザベスはそんなたらればを考えながら思う。
そんな未来は起こらなかったわね。悩んで悩んで見極めた。四面が見えない霧の中にいて、これが光だと信じてエリザベスが選び取ったのはジョージであった。ジョージはもっと前から覚悟を決めていた。エリザベスを得ようと心に決めていた。

汗を拭きながら戻って来る父の姿に、記憶の奥に確かにこんな風に遊んでもらった事があったのを思い出し、エリザベスは目を細めた。
自身の人生の見極めが確かなものであったと自画自賛をする侯爵夫人なのだった。



                 完

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