アナベルの二度目の婚約

桃井すもも

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学園に着いて馬車を降り、学舎に向かい歩く。

途中の長い渡り廊下に入ろうと一歩踏み込んで、思わず立ち止まった。
このまま進む気になれず、脇にある階段の裏側に回り込む。

もういいかしら。

時間にすれば3分程。頃合いを見て、そっと表に出た。誰もいない。

渡り廊下に出て教室までの道すがら思う。

何故私がここまで気を遣わなければならないのかしら。婚約の解消を望んだのはあちらの方なのに。
思わず漏れてしまった溜息にも気付かなかずに、アナベルは遅れを取り戻す様に少し早歩きとなった。


アナベルは、アビンドン伯爵家の子女である。
女ばかり四人の三番目に生を受けた。
女児ばかりが二人続いて、今度こそはと期待されたのが、生まれてみればやはり女児であったかと、父が溜息を付いたと云う話は果たして誰から聞いたのか。

四番目がまたまた女児であったにも関わらず、産まれたばかりで既に愛らしい容姿の末子に、両親はもう子はこれで十分と諦めがついたらしい。

生まれからしてそうなのだから、その後も大体変わらない。

長女は婿を取って伯爵家を継ぐし、その次女はスペアであるからと、長子と次女は同等の教育を受けて育った。

末子の四女は前述の通り、嬰児(みどりご)のうちから愛らしいのだから、もうお前は可愛ければそれで良いのだとばかりに愛されて育った。

であれば、中間子的なアナベルは、何とも居づらい立場であった。特に、自身の出生が父親を残念がらせたと云うエピソードを知ってからは、知らず知らずのうちにそれが両親への遠慮となっているらしかった。

両親にしてみれば、長女に関しては初めての子であったから多少厳しく育てた自覚はあるが、どの子も等しく我が子と認めて育てたつもりであった。
四女に甘いのは目を瞑って欲しい、だって可愛いのであるから仕様が無い。
それ位の違いであった。

ブルネットの緩く癖のある髪に青い瞳。
瞳の濃い青さが冷たく見えると云うのは、アナベル自身が思うところである。
姉妹は揃って同じ髪色と瞳の色であるのだが、皆自分の瞳の色を好んでいたし、容姿についてもアナベルの様な感覚は持ってはいなかった。末の妹に於いては言わずもがなである。

期待外れの自覚からか持って生まれた気質なのか、朗らかで社交的な家族の中で、唯一人大人しく控えめであるのがアナベルであった。

父伯爵にしてみれば、うっかり溜息付いたのが、幼い娘の心に影を落としていたなどと考えもしていない。
晩餐の席では今日一日の出来事を和気あいあいと話し合える、円満な家庭であると自負している。

傍から見れば、両親姉妹仲の良い、そんな風に見えるだろうし、実際そうであるのだが、アナベルだけが少しばかり引っ込み過ぎているのを、楽観的な家族がさして気にしていないだけなのであった。


令嬢にしては少々背丈があり細身のアナベルは、落ち着いた髪色に濃い青い瞳も相まって、同年代の令嬢方よりも幾分華やかさに欠けている。
あと数年待ったなら、貴婦人らしい気品と見做される美点であるのに、残念ながら学園では可憐さばかりが持て囃される。
仲の良い友人達も、小柄で愛らしい令嬢揃いであったから、アナベルはますます控えめに、引き気味に友人達の輪に加わるのであった。

今年、最終学年を迎え、あと一年で学園を卒業する。学園では、思い返せばあっという間の二年間を過ごしたのであるが、今はあまり思い返したく無かった。
この二年の間に婚約して、同じく二年の間にその婚約を解消している。それも同じ学年の令息とであるのだから。


デズモンドとは学園に入学して間もなく婚約を結んだ。そうしてふた月程前に婚約を解消していた。
互いの家の爵位も家格も同等で、この二年余りも問題なく婚約者として過ごしていたと思われたのだが実際は、デズモンドには他に交流を深めている令嬢があったのだから仕方が無い。

本来ならば、婚約者を持つ身で、あってはならない事であるからと、破棄なり白紙なりアビンドン伯爵家から申し出てもよいところであるのだが、両家は元より事業での繋がりがある。婚約もそこから来ていたし、それが無くなったからと言って疎遠になるのは互いに避けたかったのだろう。
両家の親同士の腹の中(うち)は読めないが、揉めずに終いにして欲しい、傷は浅く留めたかったのはアナベルとて同じ気持ちであった。




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