ソフィアの選択

桃井すもも

文字の大きさ
9 / 32

【9】

しおりを挟む
「酷い!いくら私が男爵令嬢だからって、私のリボンを盗むだなんて!」

馬鹿ピンク、今日はどんな言い掛かり?

すっかり呆れ返ったソフィアが無言であるのをいい事に、アマンダが学園の廊下でまくし立てる。

「そのリボンよ!確かにあれは私がルイ様から貰ったリボンよ!」

嘘も堂々と言うなら真に思える不思議。
ソフィアはこの手があったか、次から使わせて貰おうと思った。

「ソフィア嬢、見苦しいぞ!そのリボンをアマンダに返すんだ!」

見苦しいのはお前だ。

「ヘンリー侯爵家令息様。」
「な、なんだ!」
「初めまして。」
「...」

「私がいつそこの令嬢のリボンを盗んだと?」
「貴様が今着けているのが証拠だろう!」

「貴様?」
ソフィアの射るような冷たい視線に令息が口を閉ざす。

「アマンダ様。それは真実?私が貴女のリボンを盗んだと。」
「そうよ!貴女しかいないわ!こんな酷いことをする人なんて!」

五月蝿いピンクだ。

周りには騒ぎに気付いて人だかりが出来ている。

どうするの?アマンダ様。貴女、路頭に迷いたいの?

「お話しは分かりました。」「だったら!」

「けれども私、貴女のリボンなんて盗んでおりませんよ。」
「ほら、そうやって直ぐ私を馬鹿にして!」

ああ、王宮の医局よ、馬鹿に付ける薬を作って下さい大至急。

ソフィアは髪を結わえていたリボンをしゅるりと解いた。淡い金の髪がはらりと零れ落ちる。
それからソフィアはアマンダに近付きリボンを差し出す。

「か、返してくれるのね!でも、ちゃんと謝って!盗んでごめんなさいって今すぐ謝って!」
叫ばないと話せないのかピンク頭。

周りの生徒達にも響(どよめ)きが起こる。真逆本当に盗んだのか?

「一度聞いたなら理解なさい。私は貴女のリボンなど盗んでおりませんよ。欲しいのならこのリボン差し上げましょう。そうまでして欲しいのなら。」

ソフィアはアマンダから視線を宰相家令息に移す。ヘンリーは宰相閣下の次男である。因みに長男は王太子殿下の側近である。

「ヘンリー様、貴方こんな事を仕出かして責任を取れますの?炭鉱労働でも為さりたいのなら止めませんけど。」

周囲に冷気が走る。
教師達まで集まったのに、誰一人声を発する者はいない。紙一枚落としたとして、その音さえ響いて聞こえそうである。

「このリボンは、ルイ王子殿下から頂戴したものです。」
そこで一度ソフィアは周囲を見渡す。

騒ぎに背を向けて駆け出す令息。あれは文官の子息であるから、この騒ぎを自家に知らせるのだろう。
そうして見ていれば、一人また一人と外へ出て行く。これは大事になると判断したなら僥倖。

男爵令嬢が王子の婚約者候補である侯爵令嬢に窃盗の罪を擦り付けようして、そこに噂の取り巻きが加担している。令息は宰相閣下の子息であるが、果たして今後も子息でいられるかどうか。

そこを理解出来た者は、この馬鹿なピンクに惑わされずに、これからも学園での学びに勤しむだろう。

「アマンダ様、ヘンリー様。このリボンは私がルイ王子殿下より頂戴したものです。父が手ずから預かって参りましたの。けれども、有らぬ罪を着せてまで欲しいと仰るのなら、どうぞ差し上げますわ。」

そう言って、ソフィアはひらりとリボンを放った。
ひらりひらり、リボンが落ちて行く。

「貴様!殿下から賜った物を如何する!」
ヘンリーが喚く。まだ喚く元気があるのか。

「ええ、そのリボン、もう二度と見たくはありませんから。」

どうぞ拾えば?とばかりにアマンダを見やれば、顔を赤らめぷるぷると震えている。
さて、次はどんな爆弾発言をするのか。

「そこまでだよ。皆。」

何だ此処までか。
麗しい声に振り返れば、王太子殿下がいらっしゃる。横には宰相閣下の長男が怒りに震えて立っている。

「ヘンリー、君、学び直した方が良いね。暫く別の場所で学べる様に手配しよう。」

そう言って、王太子殿下はソフィアが落としたリボンを拾い、

「はい、ソフィア嬢。君の疑いは晴れたよ。この青い染色は王家の色だ。彼女が常々恥じ入るらしい男爵令嬢の身分でこれを貰い受けるには、それ相応の理由が必要だろうね。」
そう言ってリボンを手渡そうとする。

「有難うございます。けれども私、そのリボンはもう二度と目にしたくはないのです。そこの令嬢に差し上げますわ。」

ソフィアはシトリンの瞳を細めて、鷹揚にそれを拒んだ。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

月夜に散る白百合は、君を想う

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢であるアメリアは、王太子殿下の護衛騎士を務める若き公爵、レオンハルトとの政略結婚により、幸せな結婚生活を送っていた。 彼は無口で家を空けることも多かったが、共に過ごす時間はアメリアにとってかけがえのないものだった。 しかし、ある日突然、夫に愛人がいるという噂が彼女の耳に入る。偶然街で目にした、夫と親しげに寄り添う女性の姿に、アメリアは絶望する。信じていた愛が偽りだったと思い込み、彼女は家を飛び出すことを決意する。 一方、レオンハルトには、アメリアに言えない秘密があった。彼の不自然な行動には、王国の未来を左右する重大な使命が関わっていたのだ。妻を守るため、愛する者を危険に晒さないため、彼は自らの心を偽り、冷徹な仮面を被り続けていた。 家出したアメリアは、身分を隠してとある街の孤児院で働き始める。そこでの新たな出会いと生活は、彼女の心を少しずつ癒していく。 しかし、運命は二人を再び引き合わせる。アメリアを探し、奔走するレオンハルト。誤解とすれ違いの中で、二人の愛の真実が試される。 偽りの愛人、王宮の陰謀、そして明かされる公爵の秘密。果たして二人は再び心を通わせ、真実の愛を取り戻すことができるのだろうか。

行き場を失った恋の終わらせ方

当麻月菜
恋愛
「君との婚約を白紙に戻してほしい」  自分の全てだったアイザックから別れを切り出されたエステルは、どうしてもこの恋を終わらすことができなかった。  避け続ける彼を求めて、復縁を願って、あの日聞けなかった答えを得るために、エステルは王城の夜会に出席する。    しかしやっと再会できた、そこには見たくない現実が待っていて……  恋の終わりを見届ける貴族青年と、行き場を失った恋の中をさ迷う令嬢の終わりと始まりの物語。 ※他のサイトにも重複投稿しています。

『影の夫人とガラスの花嫁』

柴田はつみ
恋愛
公爵カルロスの後妻として嫁いだシャルロットは、 結婚初日から気づいていた。 夫は優しい。 礼儀正しく、決して冷たくはない。 けれど──どこか遠い。 夜会で向けられる微笑みの奥には、 亡き前妻エリザベラの影が静かに揺れていた。 社交界は囁く。 「公爵さまは、今も前妻を想っているのだわ」 「後妻は所詮、影の夫人よ」 その言葉に胸が痛む。 けれどシャルロットは自分に言い聞かせた。 ──これは政略婚。 愛を求めてはいけない、と。 そんなある日、彼女はカルロスの書斎で “あり得ない手紙”を見つけてしまう。 『愛しいカルロスへ。  私は必ずあなたのもとへ戻るわ。          エリザベラ』 ……前妻は、本当に死んだのだろうか? 噂、沈黙、誤解、そして夫の隠す真実。 揺れ動く心のまま、シャルロットは “ガラスの花嫁”のように繊細にひび割れていく。 しかし、前妻の影が完全に姿を現したとき、 カルロスの静かな愛がようやく溢れ出す。 「影なんて、最初からいない。  見ていたのは……ずっと君だけだった」 消えた指輪、隠された手紙、閉ざされた書庫── すべての謎が解けたとき、 影に怯えていた花嫁は光を手に入れる。 切なく、美しく、そして必ず幸せになる後妻ロマンス。 愛に触れたとき、ガラスは光へと変わる

王太子妃は離婚したい

凛江
恋愛
アルゴン国の第二王女フレイアは、婚約者であり、幼い頃より想いを寄せていた隣国テルルの王太子セレンに嫁ぐ。 だが、期待を胸に臨んだ婚姻の日、待っていたのは夫セレンの冷たい瞳だった。 ※この作品は、読んでいただいた皆さまのおかげで書籍化することができました。 綺麗なイラストまでつけていただき感無量です。 これまで応援いただき、本当にありがとうございました。 レジーナのサイトで番外編が読めますので、そちらものぞいていただけると嬉しいです。 https://www.regina-books.com/extra/login

【完結】仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

寡黙な貴方は今も彼女を想う

MOMO-tank
恋愛
婚約者以外の女性に夢中になり、婚約者を蔑ろにしたうえ婚約破棄した。 ーーそんな過去を持つ私の旦那様は、今もなお後悔し続け、元婚約者を想っている。 シドニーは王宮で側妃付きの侍女として働く18歳の子爵令嬢。見た目が色っぽいシドニーは文官にしつこくされているところを眼光鋭い年上の騎士に助けられる。その男性とは辺境で騎士として12年、数々の武勲をあげ一代限りの男爵位を授かったクライブ・ノックスだった。二人はこの時を境に会えば挨拶を交わすようになり、いつしか婚約話が持ち上がり結婚する。 言葉少ないながらも彼の優しさに幸せを感じていたある日、クライブの元婚約者で現在は未亡人となった美しく儚げなステラ・コンウォール前伯爵夫人と夜会で再会する。 ※設定はゆるいです。 ※溺愛タグ追加しました。

貴方の知る私はもういない

藍田ひびき
恋愛
「ローゼマリー。婚約を解消して欲しい」 ファインベルグ公爵令嬢ローゼマリーは、婚約者のヘンリック王子から婚約解消を言い渡される。 表向きはエルヴィラ・ボーデ子爵令嬢を愛してしまったからという理由だが、彼には別の目的があった。 ローゼマリーが承諾したことで速やかに婚約は解消されたが、事態はヘンリック王子の想定しない方向へと進んでいく――。 ※ 他サイトにも投稿しています。

あなたが遺した花の名は

きまま
恋愛
——どうか、お幸せに。 ※拙い文章です。読みにくい箇所があるかもしれません。 ※作者都合の解釈や設定などがあります。ご容赦ください。

処理中です...