ソフィアの選択

桃井すもも

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人というのは一つの選択でそれからの道筋が大きく変わる事がある。
ソフィアはそれを、目の当たりにした思いであった。
人とは、これ程に変わるものなのか。


ルイの一時帰国は、不慮の事故により足を痛めたまま塞ぎ込み、それが元で蟄居した前王の見舞いが目的であった。

突然の王位交代に混乱する王城が落ち着く頃合いを見計らっていたらしい。

前王がルイに命じた事柄が無ければ、ルイは今もこの国にいたのだろうか。
たらればは幾通りもの未来を見せるが、結局は同じ道に戻る様に思えた。

前王の容態は決して良好とは言えない。
一度痛めた骨折部は、雨や気温の低くなる前日から疼き出し、最近は庇う左足まで具合が悪い。

満足な運動も無理であるから、美丈夫で知られた前王であったのが、今では身体に顔にだぶだぶと余計な脂肪を蓄えている。

思考はいつも塞ぎがちで、それが常に怒りっぽく僻みがましい。健康な体の妻さえも憎く思えるらしく、王の退位とともに王妃を退いた王太后は涙する日が増えた。

そんな父を案じてルイは、一時帰国を決めたらしい。

一年数ヶ月ぶりの帰国である。
母国の学園には、ほんの僅かな期間しか通えなかった。それもそれ程良い思い出は無いだろう。

ローレンと同じ烟る金の髪に青い瞳の第二王子。ローレンが凛々しい王子であるならばルイは優美な王子であった。顎で切り揃えた髪までが優しげに見えていた。
そうして優しく穏やかで、悪を呑み込み腹に収める事に苦しんだ。


ルイは今や隣国王女の婚約者で、次期女王陛下の王配となる。ルイの存在は、王女がローレンとの婚約を反故にした事で、少なからず軋轢の生じた両国の関係改善の架け橋でもあった。


「息災であったか、ルイ。」
「はい、兄上の戴冠式に出席出来ず申し訳ありませんでした。」

ローレンの戴冠式は国教の神殿においてしめやかに執り行われた。
諸外国の貴賓は招かずに、国内の極限られた王家に繋がる貴族のみが立ち会った。
父王は若く在位期間も長くない。骨折した右足以外は健康な身体であるのを心を病んでの蟄居であるから、盛大な祝典も催されず、新王への譲位は粛々と行われた。

ソフィアとの婚礼により、王と王妃が揃った後に、国を挙げての祝賀式典が執り行われる。その際には、諸外国からも貴賓を招いて、若き国王夫妻の披露目とする予定である。


「気にしなくて良いよ。内々に済ませてしまったこちらの事情だ。それよりも、お前の顔が見られて嬉しいよ。あちらで不自由はしていないか。」

「私は大変良くして頂いております。エミリア王女にふさわしくあろうと励んでおります。」


貴賓室にあって、兄王と弟殿下が向かい合わせに座している。
和やかな歓談が続くのだが、ローレンの横にちんまり座るソフィアは、何だか居心地が良いとは言い難い。

弟殿下の婚約者候補であったのが、今は兄王の婚約者であるのだから、不可抗力とはいえ何だかね。

「父上とは話せたか?」

「ええ、まあ。余りにお変わりになっていて、少しばかり..」
ルイ殿下はそこで言葉を濁した。

「うん、皆まで言わずとも良いよ、辛かろう。父上は変わってしまわれた。けれども、その程度であったのだと思うとよい。」

「え?」

「見目が何だと云う?片手片脚無くとも政は行える。あれしきの負傷で心折れるなど、辺境の兵士達に何と言う。」

「ええ、確かに。」
「お前なら分かるだろう。」
「...」

「騎士に混じり鍛錬していると。その身体、一朝一夕でそうはなるまい。」

「私は王配になる身であれば、女王を御守りせねばなりません。時には身を挺することもあるでしょう。」

「エミリア王女はそれをお前に望んでいるのか?」
「いいえ、無理をするなと仰って下さいます。」
「ただ、愛するだけでは足りないのか?」
「真逆。あの様な優秀な方の伴侶であるのに、私などでは足りません。」
「お前は望まれて迎えられたのだぞ?」
「...」

二人のやり取りをソフィアは黙して見つめていた。誰もソフィアに声を掛けなかったし、ソフィアも口を閉ざしていた。

ほんの一年程の事であるのに、兄は王に即位して、弟は王配に足るべく自身を鍛えているらしい。

進む道が予想よりも早く変わって、二人の兄弟はただ兄弟として語らえる時間を早々に失ってしまった。

「ソフィア、疲れていないか?」
会合の初めから同席して、挨拶以外、一言も言葉を発しないソフィアを案ずる様にローレンが声を掛けて来た。

「いいえ。」
それだけを答えると、ソフィアはまた前を向く。

「兄上。」
そこでルイが兄を呼ぶ。

「許されるのであれば、ソフィア嬢と少しばかり話をさせて頂きたい。」

ルイはローレンに許可を求めた。











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