24 / 32
【24】
しおりを挟む
人というのは一つの選択でそれからの道筋が大きく変わる事がある。
ソフィアはそれを、目の当たりにした思いであった。
人とは、これ程に変わるものなのか。
ルイの一時帰国は、不慮の事故により足を痛めたまま塞ぎ込み、それが元で蟄居した前王の見舞いが目的であった。
突然の王位交代に混乱する王城が落ち着く頃合いを見計らっていたらしい。
前王がルイに命じた事柄が無ければ、ルイは今もこの国にいたのだろうか。
たらればは幾通りもの未来を見せるが、結局は同じ道に戻る様に思えた。
前王の容態は決して良好とは言えない。
一度痛めた骨折部は、雨や気温の低くなる前日から疼き出し、最近は庇う左足まで具合が悪い。
満足な運動も無理であるから、美丈夫で知られた前王であったのが、今では身体に顔にだぶだぶと余計な脂肪を蓄えている。
思考はいつも塞ぎがちで、それが常に怒りっぽく僻みがましい。健康な体の妻さえも憎く思えるらしく、王の退位とともに王妃を退いた王太后は涙する日が増えた。
そんな父を案じてルイは、一時帰国を決めたらしい。
一年数ヶ月ぶりの帰国である。
母国の学園には、ほんの僅かな期間しか通えなかった。それもそれ程良い思い出は無いだろう。
ローレンと同じ烟る金の髪に青い瞳の第二王子。ローレンが凛々しい王子であるならばルイは優美な王子であった。顎で切り揃えた髪までが優しげに見えていた。
そうして優しく穏やかで、悪を呑み込み腹に収める事に苦しんだ。
ルイは今や隣国王女の婚約者で、次期女王陛下の王配となる。ルイの存在は、王女がローレンとの婚約を反故にした事で、少なからず軋轢の生じた両国の関係改善の架け橋でもあった。
「息災であったか、ルイ。」
「はい、兄上の戴冠式に出席出来ず申し訳ありませんでした。」
ローレンの戴冠式は国教の神殿においてしめやかに執り行われた。
諸外国の貴賓は招かずに、国内の極限られた王家に繋がる貴族のみが立ち会った。
父王は若く在位期間も長くない。骨折した右足以外は健康な身体であるのを心を病んでの蟄居であるから、盛大な祝典も催されず、新王への譲位は粛々と行われた。
ソフィアとの婚礼により、王と王妃が揃った後に、国を挙げての祝賀式典が執り行われる。その際には、諸外国からも貴賓を招いて、若き国王夫妻の披露目とする予定である。
「気にしなくて良いよ。内々に済ませてしまったこちらの事情だ。それよりも、お前の顔が見られて嬉しいよ。あちらで不自由はしていないか。」
「私は大変良くして頂いております。エミリア王女にふさわしくあろうと励んでおります。」
貴賓室にあって、兄王と弟殿下が向かい合わせに座している。
和やかな歓談が続くのだが、ローレンの横にちんまり座るソフィアは、何だか居心地が良いとは言い難い。
弟殿下の婚約者候補であったのが、今は兄王の婚約者であるのだから、不可抗力とはいえ何だかね。
「父上とは話せたか?」
「ええ、まあ。余りにお変わりになっていて、少しばかり..」
ルイ殿下はそこで言葉を濁した。
「うん、皆まで言わずとも良いよ、辛かろう。父上は変わってしまわれた。けれども、その程度であったのだと思うとよい。」
「え?」
「見目が何だと云う?片手片脚無くとも政は行える。あれしきの負傷で心折れるなど、辺境の兵士達に何と言う。」
「ええ、確かに。」
「お前なら分かるだろう。」
「...」
「騎士に混じり鍛錬していると。その身体、一朝一夕でそうはなるまい。」
「私は王配になる身であれば、女王を御守りせねばなりません。時には身を挺することもあるでしょう。」
「エミリア王女はそれをお前に望んでいるのか?」
「いいえ、無理をするなと仰って下さいます。」
「ただ、愛するだけでは足りないのか?」
「真逆。あの様な優秀な方の伴侶であるのに、私などでは足りません。」
「お前は望まれて迎えられたのだぞ?」
「...」
二人のやり取りをソフィアは黙して見つめていた。誰もソフィアに声を掛けなかったし、ソフィアも口を閉ざしていた。
ほんの一年程の事であるのに、兄は王に即位して、弟は王配に足るべく自身を鍛えているらしい。
進む道が予想よりも早く変わって、二人の兄弟はただ兄弟として語らえる時間を早々に失ってしまった。
「ソフィア、疲れていないか?」
会合の初めから同席して、挨拶以外、一言も言葉を発しないソフィアを案ずる様にローレンが声を掛けて来た。
「いいえ。」
それだけを答えると、ソフィアはまた前を向く。
「兄上。」
そこでルイが兄を呼ぶ。
「許されるのであれば、ソフィア嬢と少しばかり話をさせて頂きたい。」
ルイはローレンに許可を求めた。
ソフィアはそれを、目の当たりにした思いであった。
人とは、これ程に変わるものなのか。
ルイの一時帰国は、不慮の事故により足を痛めたまま塞ぎ込み、それが元で蟄居した前王の見舞いが目的であった。
突然の王位交代に混乱する王城が落ち着く頃合いを見計らっていたらしい。
前王がルイに命じた事柄が無ければ、ルイは今もこの国にいたのだろうか。
たらればは幾通りもの未来を見せるが、結局は同じ道に戻る様に思えた。
前王の容態は決して良好とは言えない。
一度痛めた骨折部は、雨や気温の低くなる前日から疼き出し、最近は庇う左足まで具合が悪い。
満足な運動も無理であるから、美丈夫で知られた前王であったのが、今では身体に顔にだぶだぶと余計な脂肪を蓄えている。
思考はいつも塞ぎがちで、それが常に怒りっぽく僻みがましい。健康な体の妻さえも憎く思えるらしく、王の退位とともに王妃を退いた王太后は涙する日が増えた。
そんな父を案じてルイは、一時帰国を決めたらしい。
一年数ヶ月ぶりの帰国である。
母国の学園には、ほんの僅かな期間しか通えなかった。それもそれ程良い思い出は無いだろう。
ローレンと同じ烟る金の髪に青い瞳の第二王子。ローレンが凛々しい王子であるならばルイは優美な王子であった。顎で切り揃えた髪までが優しげに見えていた。
そうして優しく穏やかで、悪を呑み込み腹に収める事に苦しんだ。
ルイは今や隣国王女の婚約者で、次期女王陛下の王配となる。ルイの存在は、王女がローレンとの婚約を反故にした事で、少なからず軋轢の生じた両国の関係改善の架け橋でもあった。
「息災であったか、ルイ。」
「はい、兄上の戴冠式に出席出来ず申し訳ありませんでした。」
ローレンの戴冠式は国教の神殿においてしめやかに執り行われた。
諸外国の貴賓は招かずに、国内の極限られた王家に繋がる貴族のみが立ち会った。
父王は若く在位期間も長くない。骨折した右足以外は健康な身体であるのを心を病んでの蟄居であるから、盛大な祝典も催されず、新王への譲位は粛々と行われた。
ソフィアとの婚礼により、王と王妃が揃った後に、国を挙げての祝賀式典が執り行われる。その際には、諸外国からも貴賓を招いて、若き国王夫妻の披露目とする予定である。
「気にしなくて良いよ。内々に済ませてしまったこちらの事情だ。それよりも、お前の顔が見られて嬉しいよ。あちらで不自由はしていないか。」
「私は大変良くして頂いております。エミリア王女にふさわしくあろうと励んでおります。」
貴賓室にあって、兄王と弟殿下が向かい合わせに座している。
和やかな歓談が続くのだが、ローレンの横にちんまり座るソフィアは、何だか居心地が良いとは言い難い。
弟殿下の婚約者候補であったのが、今は兄王の婚約者であるのだから、不可抗力とはいえ何だかね。
「父上とは話せたか?」
「ええ、まあ。余りにお変わりになっていて、少しばかり..」
ルイ殿下はそこで言葉を濁した。
「うん、皆まで言わずとも良いよ、辛かろう。父上は変わってしまわれた。けれども、その程度であったのだと思うとよい。」
「え?」
「見目が何だと云う?片手片脚無くとも政は行える。あれしきの負傷で心折れるなど、辺境の兵士達に何と言う。」
「ええ、確かに。」
「お前なら分かるだろう。」
「...」
「騎士に混じり鍛錬していると。その身体、一朝一夕でそうはなるまい。」
「私は王配になる身であれば、女王を御守りせねばなりません。時には身を挺することもあるでしょう。」
「エミリア王女はそれをお前に望んでいるのか?」
「いいえ、無理をするなと仰って下さいます。」
「ただ、愛するだけでは足りないのか?」
「真逆。あの様な優秀な方の伴侶であるのに、私などでは足りません。」
「お前は望まれて迎えられたのだぞ?」
「...」
二人のやり取りをソフィアは黙して見つめていた。誰もソフィアに声を掛けなかったし、ソフィアも口を閉ざしていた。
ほんの一年程の事であるのに、兄は王に即位して、弟は王配に足るべく自身を鍛えているらしい。
進む道が予想よりも早く変わって、二人の兄弟はただ兄弟として語らえる時間を早々に失ってしまった。
「ソフィア、疲れていないか?」
会合の初めから同席して、挨拶以外、一言も言葉を発しないソフィアを案ずる様にローレンが声を掛けて来た。
「いいえ。」
それだけを答えると、ソフィアはまた前を向く。
「兄上。」
そこでルイが兄を呼ぶ。
「許されるのであれば、ソフィア嬢と少しばかり話をさせて頂きたい。」
ルイはローレンに許可を求めた。
3,627
あなたにおすすめの小説
月夜に散る白百合は、君を想う
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢であるアメリアは、王太子殿下の護衛騎士を務める若き公爵、レオンハルトとの政略結婚により、幸せな結婚生活を送っていた。
彼は無口で家を空けることも多かったが、共に過ごす時間はアメリアにとってかけがえのないものだった。
しかし、ある日突然、夫に愛人がいるという噂が彼女の耳に入る。偶然街で目にした、夫と親しげに寄り添う女性の姿に、アメリアは絶望する。信じていた愛が偽りだったと思い込み、彼女は家を飛び出すことを決意する。
一方、レオンハルトには、アメリアに言えない秘密があった。彼の不自然な行動には、王国の未来を左右する重大な使命が関わっていたのだ。妻を守るため、愛する者を危険に晒さないため、彼は自らの心を偽り、冷徹な仮面を被り続けていた。
家出したアメリアは、身分を隠してとある街の孤児院で働き始める。そこでの新たな出会いと生活は、彼女の心を少しずつ癒していく。
しかし、運命は二人を再び引き合わせる。アメリアを探し、奔走するレオンハルト。誤解とすれ違いの中で、二人の愛の真実が試される。
偽りの愛人、王宮の陰謀、そして明かされる公爵の秘密。果たして二人は再び心を通わせ、真実の愛を取り戻すことができるのだろうか。
行き場を失った恋の終わらせ方
当麻月菜
恋愛
「君との婚約を白紙に戻してほしい」
自分の全てだったアイザックから別れを切り出されたエステルは、どうしてもこの恋を終わらすことができなかった。
避け続ける彼を求めて、復縁を願って、あの日聞けなかった答えを得るために、エステルは王城の夜会に出席する。
しかしやっと再会できた、そこには見たくない現実が待っていて……
恋の終わりを見届ける貴族青年と、行き場を失った恋の中をさ迷う令嬢の終わりと始まりの物語。
※他のサイトにも重複投稿しています。
『影の夫人とガラスの花嫁』
柴田はつみ
恋愛
公爵カルロスの後妻として嫁いだシャルロットは、
結婚初日から気づいていた。
夫は優しい。
礼儀正しく、決して冷たくはない。
けれど──どこか遠い。
夜会で向けられる微笑みの奥には、
亡き前妻エリザベラの影が静かに揺れていた。
社交界は囁く。
「公爵さまは、今も前妻を想っているのだわ」
「後妻は所詮、影の夫人よ」
その言葉に胸が痛む。
けれどシャルロットは自分に言い聞かせた。
──これは政略婚。
愛を求めてはいけない、と。
そんなある日、彼女はカルロスの書斎で
“あり得ない手紙”を見つけてしまう。
『愛しいカルロスへ。
私は必ずあなたのもとへ戻るわ。
エリザベラ』
……前妻は、本当に死んだのだろうか?
噂、沈黙、誤解、そして夫の隠す真実。
揺れ動く心のまま、シャルロットは
“ガラスの花嫁”のように繊細にひび割れていく。
しかし、前妻の影が完全に姿を現したとき、
カルロスの静かな愛がようやく溢れ出す。
「影なんて、最初からいない。
見ていたのは……ずっと君だけだった」
消えた指輪、隠された手紙、閉ざされた書庫──
すべての謎が解けたとき、
影に怯えていた花嫁は光を手に入れる。
切なく、美しく、そして必ず幸せになる後妻ロマンス。
愛に触れたとき、ガラスは光へと変わる
王太子妃は離婚したい
凛江
恋愛
アルゴン国の第二王女フレイアは、婚約者であり、幼い頃より想いを寄せていた隣国テルルの王太子セレンに嫁ぐ。
だが、期待を胸に臨んだ婚姻の日、待っていたのは夫セレンの冷たい瞳だった。
※この作品は、読んでいただいた皆さまのおかげで書籍化することができました。
綺麗なイラストまでつけていただき感無量です。
これまで応援いただき、本当にありがとうございました。
レジーナのサイトで番外編が読めますので、そちらものぞいていただけると嬉しいです。
https://www.regina-books.com/extra/login
【完結】仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──
寡黙な貴方は今も彼女を想う
MOMO-tank
恋愛
婚約者以外の女性に夢中になり、婚約者を蔑ろにしたうえ婚約破棄した。
ーーそんな過去を持つ私の旦那様は、今もなお後悔し続け、元婚約者を想っている。
シドニーは王宮で側妃付きの侍女として働く18歳の子爵令嬢。見た目が色っぽいシドニーは文官にしつこくされているところを眼光鋭い年上の騎士に助けられる。その男性とは辺境で騎士として12年、数々の武勲をあげ一代限りの男爵位を授かったクライブ・ノックスだった。二人はこの時を境に会えば挨拶を交わすようになり、いつしか婚約話が持ち上がり結婚する。
言葉少ないながらも彼の優しさに幸せを感じていたある日、クライブの元婚約者で現在は未亡人となった美しく儚げなステラ・コンウォール前伯爵夫人と夜会で再会する。
※設定はゆるいです。
※溺愛タグ追加しました。
貴方の知る私はもういない
藍田ひびき
恋愛
「ローゼマリー。婚約を解消して欲しい」
ファインベルグ公爵令嬢ローゼマリーは、婚約者のヘンリック王子から婚約解消を言い渡される。
表向きはエルヴィラ・ボーデ子爵令嬢を愛してしまったからという理由だが、彼には別の目的があった。
ローゼマリーが承諾したことで速やかに婚約は解消されたが、事態はヘンリック王子の想定しない方向へと進んでいく――。
※ 他サイトにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる