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第七章
両親を見つめていたルーファスがこちらを向いて、バチリと目が合った。
ルーファスめ。面白がっているな。
大体にして、ウォレスの行く先ならルーファスが一番詳しいのだ。なにせルーファスのいる場には、大抵ウォレスも一緒なのだ。
ルーファスはエリックに呼ばれ、ウォレスも呼ばれるのかどうだか知らないが、兎に角、彼もエリックとその側にいるアメリアのいる場に馳せ参じるのである。
ルーファスは、そんなウォレスがビアトリスとの茶会を直前でキャンセルした日には、必ず晩餐の席で彼と一緒だったとそれとなく両親に伝えてくれる。
まあ許してやるか。ルーファスのキラキラした眼差しを受け止めて、ビアトリスは呆れながら姉想いな弟を許すことにした。
母は、嫡男であるルーファスの外出には見送りに出るが、基本的にビアトリスが出掛けるときには執事と侍女頭に任せている。
もし母が今日、ビアトリスの見送りをしていたなら、ビアトリスがブラウン伯爵家に向かわず邸にいたことに気がついただろう。
真面目で律儀なビアトリスは、これまで両親に心配をかけることはなかった。きっと期待もかけてはいないと思うけれど。
だから母は、ビアトリスがずっと邸にいたことにも気がつかなかったし、一体なにがあって婚約者との茶会をキャンセルしたのかも、理解が及ばないのだろう。
「お母様、お父様」
改めて両親を呼べば、父は再び「ええ?何?」という顔をした。
「わたくしが、不誠実な婚約者に散々不義理を重ねられていたのはご存知ですよね」
父も母も、当たり前だがそのことは知っている。春に嫁いだ二番目の姉は、嫁入りするその月までウォレスの不誠実な行為を両親に訴えてくれたのだから。
思うに両親は、そんな姉やルーファスの言葉からも執事たちの報告からも、ウォレスの土壇場キャンセルを承知しながら受け流していたのだろう。
両親とウォレスの両親は、共に学生時代からの友人である。四人の関係が良好だからこそ、ウォレスとの縁が結ばれた。
三女であるビアトリスが嫡男に嫁げるなんて幸運なことだろう。
その良縁にも互いの友情にも小さな波風を立たせたくなくて、両親はきっとウォレスの行為について謝罪を求めることをしなかったのではないか。
ウォレスから酷いことを言われるようなら執事も侍女も訴えただろう。だが、変なところで紳士なウォレスは、アメリアが絡まなければ平和な男である。
ビアトリスが我慢すれば、波風は一つだって立つことはない。ビアトリスが我慢できるのだから問題ないと、両親はそう思っていたに違いない。
ビアトリスは反省した。
両親の内心がわかるから、これまで敢えていちいち報告することはしなかった。自分が言わずとも執事が必ず報告してくれるし、ルーファスも伝えてくれる。
自分の不遇を他力に任せて、それで上手くいくはずがあるだろうか。
ハロルドとの会話で目覚めたビアトリスは、己の不甲斐なさを悔いた。ウォレスを泳がせ過ぎたのだ。もっと抗議をしていたなら、ウォレスがそれほどビアトリスを避けるのならと、早々にこの婚約が解消される可能性だってあっただろう。
アメリアに首ったけなウォレスは、ビアトリスのことなどこれっぽっちも頭にない。
あの調子のウォレスと結婚したその先を、ビアトリスは一つも思い浮かべることができなかった。
閨、同衾、共寝。子を得るための単語をチラッと思い浮かべた時に、「あり得ない」と独り言が漏れたくらいである。
きっとウォレスにしたって、ビアトリスに触れるなんてことは考えられないのではないか?彼の頭の中は、アメリア一色なのだから。
「こほん」
ビアトリスの咳払いに、一同が一斉にこちらを見た。部屋に控える給仕まで、息を潜めて見守っている。
「わたくし、ウォレス様とは別に夫人にも文を出しましたの」
「だから、なんという文を」
母がその先をと急かす。
「急な用件でお茶会に伺うことが叶いませんと」
ビアトリスは、ウォレスばかりでなく彼の母にも文を書いた。勿論、ウォレスへの一行文のようなものではなくて、時節の挨拶から始まり結びの言葉まで礼儀に則った、見本のような謝罪の文である。
「そうでもしなければ、ウォレス様はきっと私が来なかったことも報告せずに、喜び勇んでアメリア様の下に馳せ参じるだろうと思いましたから」
「ああ、確かに今日もウォレスと一緒だったよ。ビアトリスのことは何も聞かれなかったな」
母がぐっと息を呑んだ。ビアトリスは夫人に礼儀を示したが、ウォレスの行為はダメダメである。
ルーファスに指摘されて、流石の父も「ううん」と唸った。
「今更ですが、ウォレス様は私のことを疎ましくお思いなのですわ。アメリア様への恋情に染まったあの眼には、私は塵芥に見えるのでしょう」
「そんなことって⋯⋯。ビアトリス、そんなことはないわ、考えすぎよ」
「そうでしょうか。三度に二度はお断りされているのですよ」
「⋯⋯何を?」
「婚約者のお茶会ですわ。それもいつも決まって直前です。せめて前日ならば、お茶請けを調理人に用意させたり、席の支度や撤収に侍女たちを煩わせずとも済みますのに。ですから私、ウォレス様から『お前とは会う価値がない』と暗黙のうちに示されているのだと理解しておりました」
「そんな、大袈裟よ。三度に二度なんてあり得ないわ」
ウォレスの不義理の割合がそれほどだとは思わなかったのだろう。母はビアトリスが過大表現しているのだと思ったようだった。
「お嬢様」
その時、背後からマチルダが声を掛けてきた。
「どうしたの?」
「こちらを」
マチルダは、一冊の綴り物を差し出した。
ルーファスめ。面白がっているな。
大体にして、ウォレスの行く先ならルーファスが一番詳しいのだ。なにせルーファスのいる場には、大抵ウォレスも一緒なのだ。
ルーファスはエリックに呼ばれ、ウォレスも呼ばれるのかどうだか知らないが、兎に角、彼もエリックとその側にいるアメリアのいる場に馳せ参じるのである。
ルーファスは、そんなウォレスがビアトリスとの茶会を直前でキャンセルした日には、必ず晩餐の席で彼と一緒だったとそれとなく両親に伝えてくれる。
まあ許してやるか。ルーファスのキラキラした眼差しを受け止めて、ビアトリスは呆れながら姉想いな弟を許すことにした。
母は、嫡男であるルーファスの外出には見送りに出るが、基本的にビアトリスが出掛けるときには執事と侍女頭に任せている。
もし母が今日、ビアトリスの見送りをしていたなら、ビアトリスがブラウン伯爵家に向かわず邸にいたことに気がついただろう。
真面目で律儀なビアトリスは、これまで両親に心配をかけることはなかった。きっと期待もかけてはいないと思うけれど。
だから母は、ビアトリスがずっと邸にいたことにも気がつかなかったし、一体なにがあって婚約者との茶会をキャンセルしたのかも、理解が及ばないのだろう。
「お母様、お父様」
改めて両親を呼べば、父は再び「ええ?何?」という顔をした。
「わたくしが、不誠実な婚約者に散々不義理を重ねられていたのはご存知ですよね」
父も母も、当たり前だがそのことは知っている。春に嫁いだ二番目の姉は、嫁入りするその月までウォレスの不誠実な行為を両親に訴えてくれたのだから。
思うに両親は、そんな姉やルーファスの言葉からも執事たちの報告からも、ウォレスの土壇場キャンセルを承知しながら受け流していたのだろう。
両親とウォレスの両親は、共に学生時代からの友人である。四人の関係が良好だからこそ、ウォレスとの縁が結ばれた。
三女であるビアトリスが嫡男に嫁げるなんて幸運なことだろう。
その良縁にも互いの友情にも小さな波風を立たせたくなくて、両親はきっとウォレスの行為について謝罪を求めることをしなかったのではないか。
ウォレスから酷いことを言われるようなら執事も侍女も訴えただろう。だが、変なところで紳士なウォレスは、アメリアが絡まなければ平和な男である。
ビアトリスが我慢すれば、波風は一つだって立つことはない。ビアトリスが我慢できるのだから問題ないと、両親はそう思っていたに違いない。
ビアトリスは反省した。
両親の内心がわかるから、これまで敢えていちいち報告することはしなかった。自分が言わずとも執事が必ず報告してくれるし、ルーファスも伝えてくれる。
自分の不遇を他力に任せて、それで上手くいくはずがあるだろうか。
ハロルドとの会話で目覚めたビアトリスは、己の不甲斐なさを悔いた。ウォレスを泳がせ過ぎたのだ。もっと抗議をしていたなら、ウォレスがそれほどビアトリスを避けるのならと、早々にこの婚約が解消される可能性だってあっただろう。
アメリアに首ったけなウォレスは、ビアトリスのことなどこれっぽっちも頭にない。
あの調子のウォレスと結婚したその先を、ビアトリスは一つも思い浮かべることができなかった。
閨、同衾、共寝。子を得るための単語をチラッと思い浮かべた時に、「あり得ない」と独り言が漏れたくらいである。
きっとウォレスにしたって、ビアトリスに触れるなんてことは考えられないのではないか?彼の頭の中は、アメリア一色なのだから。
「こほん」
ビアトリスの咳払いに、一同が一斉にこちらを見た。部屋に控える給仕まで、息を潜めて見守っている。
「わたくし、ウォレス様とは別に夫人にも文を出しましたの」
「だから、なんという文を」
母がその先をと急かす。
「急な用件でお茶会に伺うことが叶いませんと」
ビアトリスは、ウォレスばかりでなく彼の母にも文を書いた。勿論、ウォレスへの一行文のようなものではなくて、時節の挨拶から始まり結びの言葉まで礼儀に則った、見本のような謝罪の文である。
「そうでもしなければ、ウォレス様はきっと私が来なかったことも報告せずに、喜び勇んでアメリア様の下に馳せ参じるだろうと思いましたから」
「ああ、確かに今日もウォレスと一緒だったよ。ビアトリスのことは何も聞かれなかったな」
母がぐっと息を呑んだ。ビアトリスは夫人に礼儀を示したが、ウォレスの行為はダメダメである。
ルーファスに指摘されて、流石の父も「ううん」と唸った。
「今更ですが、ウォレス様は私のことを疎ましくお思いなのですわ。アメリア様への恋情に染まったあの眼には、私は塵芥に見えるのでしょう」
「そんなことって⋯⋯。ビアトリス、そんなことはないわ、考えすぎよ」
「そうでしょうか。三度に二度はお断りされているのですよ」
「⋯⋯何を?」
「婚約者のお茶会ですわ。それもいつも決まって直前です。せめて前日ならば、お茶請けを調理人に用意させたり、席の支度や撤収に侍女たちを煩わせずとも済みますのに。ですから私、ウォレス様から『お前とは会う価値がない』と暗黙のうちに示されているのだと理解しておりました」
「そんな、大袈裟よ。三度に二度なんてあり得ないわ」
ウォレスの不義理の割合がそれほどだとは思わなかったのだろう。母はビアトリスが過大表現しているのだと思ったようだった。
「お嬢様」
その時、背後からマチルダが声を掛けてきた。
「どうしたの?」
「こちらを」
マチルダは、一冊の綴り物を差し出した。
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