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第四十三章
「その、すまなかった」
「は?なにを?ああ、さっきハロルド様をチラ見したこと?」
「そんなことじゃない!」
ウォレスは器用で、踊りながら謝罪した。だがビアトリスは、彼がなにを謝っているのかさっぱりわからなかった。
まあ、深く考えても仕方がない。さっさと踊ってハロルド様のところに戻ろう。
目標があると行動もテキパキとなる。
ウォレスが腕を伸ばしたときには、自発的にターン。
引き戻されたら、自発的にクローズ。
ワン・ツゥ・スリー、ワン・ツゥ・スリー。
ワン・ツゥ・スリーワン・ツゥ・スリー
「こら、速いぞ、曲を置いてくな」
楽団の演奏を置いてけぼりにして、ビアトリスはテキパキとダンスを踊っていた。
「そうじゃなくて、その、すまなかった」
ウォレスは再び謝った。
「もう終わったことですわ。それに」
ビアトリスもなかなか器用なクチだったから、会話しながらクルリとターンした。
「それに、貴方だって十分痛い思いをなさったじゃない」
ウォレスはエリックの側近候補を辞している。その上、結局アメリアとはお別れとなってしまった。
「大丈夫?ウォレス様」
ビアトリスはウォレスを見上げて尋ねた。
意外なことに、ウォレスもそんなビアトリスを見て、ふっと小さく笑みを漏らした。
え?え?ウォレス様、今、笑った?
ビアトリスは、三年もウォレスの婚約者をしておいて、彼と笑い合ったことなんて一度もない。ウォレスの笑顔はアメリアだけに全力投球するものだ。
「どうしちゃたの?ウォレス様。拾い食いでもしちゃったの?」
「ほんと、君って失敬だよな。君ら双子は苦手なんだ」
「はあ?喧嘩売ってる?やるの?やる気?」
器用な二人は踊りながら口喧嘩となった。
「別に君と婚約解消なんて考えていなかった」
「間違えないで下さいな、そこは破棄ですわよ、破棄」
間違いを訂正すれば、ウォレスは面倒くさいというような顔をした。
「君と結婚するつもりだったさ」
「ええっ?」
「君はどんなつもりだったんだよ」
それは勿論、逃げ一択だった。
「言わなくていいよ。顔に書いてるから」
え?顔にはハロルド様を独占する文言を書いたはずだわ。
「だって貴方、アメリア様しか愛せないじゃない。後継はどうなさるおつもりだったの?養子を迎えるつもりだったの?」
「は?何言ってるんだ?君に産んでもらうつもりだったよ」
なに言ってんだ!
ビアトリスは、ターンしながらウォレスを睨んだ。
「ちゃんと抱けるよ」
「なに言ってんのよ!」
「イテッ!」
ビアトリスは反射的にウォレスの足を踏みつけた。ウォレスはぴょんと飛び跳ねたが、すぐにワルツのステップに戻った。器用者め。
ビアトリスは、我が耳を疑った。
今、ウォレスはなんと言った?
抱ける、抱けるさ、抱けるよ⋯⋯
「最っ低!」
「男は心と身体が違うんだ」
「二、三回死んで下さる!?」
踊りながらポンポン暴言が飛び出てしまう。
ウォレスは心をアメリアに捧げながら、身体はビアトリスを、だ、だ、抱くだとう!?
男子の生理が理解できないビアトリスは、雑巾を見るような眼差しをウォレスに向けた。
「案外、楽しかったかもな」
「え?なにが?」
「君とこんなふうに喧嘩しながら暮らすのも」
「おやめ下さいな。わたくし、愛するお方がおりますの」
「知ってる」
ウォレスは、そこではっきりと笑った。
なんだか懐かしい笑顔だと思って、そうだ幼い頃に遊んだときには、こんなふうに笑っていたと思い出した。
「私は貴方の瞳が好きだったのよ」
「は?なんの告白?」
「貴方は嫌かもしれないけれど、ウォレス様の瞳はとても綺麗だと思っていたわ」
きっとこれが最後だろう。ウォレスとはもう、こんな会話を交わすことはないだろう。
あんな不誠実な文を三年間も送り続けて、今更、結婚できたなんて戯言を言う大馬鹿者。だけど、ほんのちょっぴり憎めない、そんな人だった。
「私は今の私が好きになれたの。だからお裾分けですわ」
「⋯⋯なんの?」
「自分を好きになる幸福」
「⋯⋯」
「ウォレス様、ご存知?貴方、意外とモテるのよ?」
そこでウォレスは笑った。今日のウォレスは笑顔の大盤振る舞いだ。
「知ってる」
モテると言われて素直に認める強心臓。
流石はウォレスだと思いながら、もうすぐお別れする幼馴染、元婚約者にビアトリスは心の中で別れを告げた。
ダンスの曲が終わってウォレスと向き合い、ビアトリスはゆっくり頭を垂れた。ダンスを終えた挨拶である。顔を上げた瞬間に、秒速でフロアを通り抜け、ハロルドの下に戻ってきた。
あまりに速くて、ウォレスはまだフロアに取り残されたまま動けずにいた。
「随分楽しそうだったね」
「どこが?ずっと口喧嘩していたのよ?」
「それを仲良しって言うんだよ」
ウォレスとは初めから終わりまで、ずっと喧嘩していたつもりのビアトリスは、酷い誤解だとハロルドを睨んだ。
「さあ、帰るよ。君がまたダンスに誘われでもしたら、僕は多分暴れるね」
堪らない、愛する人からの独占欲。
恋愛初心者のビアトリスは、ハロルドの甘い言葉に溺れそうになる。
王城の帰り道。馬車寄せまでの長い回廊を二人で並び歩く。
ただ、それだけなのにビアトリスは幸せだった。
愛するって、歩行すら愛に満ちている。
恋愛ボケなセリフを脳内で展開していたのだが、
「あら?」
ビアトリスは、そこで立ち止まった。
「どうしたの?ビアトリス」
ハロルドも、ビアトリスの視線を辿って向こう側に見た。
「あれは⋯⋯」
見覚えのあるブルネットの髪。
ブルネットなんていくらでもいるけれど、あの深みのあるチョコレート色は、ビアトリスは一人しか知らない。
「なんでアメリア様⋯⋯騎士服を着ているの?」
回廊の向こう側にいるアメリアは、騎士の姿をしていた。
「は?なにを?ああ、さっきハロルド様をチラ見したこと?」
「そんなことじゃない!」
ウォレスは器用で、踊りながら謝罪した。だがビアトリスは、彼がなにを謝っているのかさっぱりわからなかった。
まあ、深く考えても仕方がない。さっさと踊ってハロルド様のところに戻ろう。
目標があると行動もテキパキとなる。
ウォレスが腕を伸ばしたときには、自発的にターン。
引き戻されたら、自発的にクローズ。
ワン・ツゥ・スリー、ワン・ツゥ・スリー。
ワン・ツゥ・スリーワン・ツゥ・スリー
「こら、速いぞ、曲を置いてくな」
楽団の演奏を置いてけぼりにして、ビアトリスはテキパキとダンスを踊っていた。
「そうじゃなくて、その、すまなかった」
ウォレスは再び謝った。
「もう終わったことですわ。それに」
ビアトリスもなかなか器用なクチだったから、会話しながらクルリとターンした。
「それに、貴方だって十分痛い思いをなさったじゃない」
ウォレスはエリックの側近候補を辞している。その上、結局アメリアとはお別れとなってしまった。
「大丈夫?ウォレス様」
ビアトリスはウォレスを見上げて尋ねた。
意外なことに、ウォレスもそんなビアトリスを見て、ふっと小さく笑みを漏らした。
え?え?ウォレス様、今、笑った?
ビアトリスは、三年もウォレスの婚約者をしておいて、彼と笑い合ったことなんて一度もない。ウォレスの笑顔はアメリアだけに全力投球するものだ。
「どうしちゃたの?ウォレス様。拾い食いでもしちゃったの?」
「ほんと、君って失敬だよな。君ら双子は苦手なんだ」
「はあ?喧嘩売ってる?やるの?やる気?」
器用な二人は踊りながら口喧嘩となった。
「別に君と婚約解消なんて考えていなかった」
「間違えないで下さいな、そこは破棄ですわよ、破棄」
間違いを訂正すれば、ウォレスは面倒くさいというような顔をした。
「君と結婚するつもりだったさ」
「ええっ?」
「君はどんなつもりだったんだよ」
それは勿論、逃げ一択だった。
「言わなくていいよ。顔に書いてるから」
え?顔にはハロルド様を独占する文言を書いたはずだわ。
「だって貴方、アメリア様しか愛せないじゃない。後継はどうなさるおつもりだったの?養子を迎えるつもりだったの?」
「は?何言ってるんだ?君に産んでもらうつもりだったよ」
なに言ってんだ!
ビアトリスは、ターンしながらウォレスを睨んだ。
「ちゃんと抱けるよ」
「なに言ってんのよ!」
「イテッ!」
ビアトリスは反射的にウォレスの足を踏みつけた。ウォレスはぴょんと飛び跳ねたが、すぐにワルツのステップに戻った。器用者め。
ビアトリスは、我が耳を疑った。
今、ウォレスはなんと言った?
抱ける、抱けるさ、抱けるよ⋯⋯
「最っ低!」
「男は心と身体が違うんだ」
「二、三回死んで下さる!?」
踊りながらポンポン暴言が飛び出てしまう。
ウォレスは心をアメリアに捧げながら、身体はビアトリスを、だ、だ、抱くだとう!?
男子の生理が理解できないビアトリスは、雑巾を見るような眼差しをウォレスに向けた。
「案外、楽しかったかもな」
「え?なにが?」
「君とこんなふうに喧嘩しながら暮らすのも」
「おやめ下さいな。わたくし、愛するお方がおりますの」
「知ってる」
ウォレスは、そこではっきりと笑った。
なんだか懐かしい笑顔だと思って、そうだ幼い頃に遊んだときには、こんなふうに笑っていたと思い出した。
「私は貴方の瞳が好きだったのよ」
「は?なんの告白?」
「貴方は嫌かもしれないけれど、ウォレス様の瞳はとても綺麗だと思っていたわ」
きっとこれが最後だろう。ウォレスとはもう、こんな会話を交わすことはないだろう。
あんな不誠実な文を三年間も送り続けて、今更、結婚できたなんて戯言を言う大馬鹿者。だけど、ほんのちょっぴり憎めない、そんな人だった。
「私は今の私が好きになれたの。だからお裾分けですわ」
「⋯⋯なんの?」
「自分を好きになる幸福」
「⋯⋯」
「ウォレス様、ご存知?貴方、意外とモテるのよ?」
そこでウォレスは笑った。今日のウォレスは笑顔の大盤振る舞いだ。
「知ってる」
モテると言われて素直に認める強心臓。
流石はウォレスだと思いながら、もうすぐお別れする幼馴染、元婚約者にビアトリスは心の中で別れを告げた。
ダンスの曲が終わってウォレスと向き合い、ビアトリスはゆっくり頭を垂れた。ダンスを終えた挨拶である。顔を上げた瞬間に、秒速でフロアを通り抜け、ハロルドの下に戻ってきた。
あまりに速くて、ウォレスはまだフロアに取り残されたまま動けずにいた。
「随分楽しそうだったね」
「どこが?ずっと口喧嘩していたのよ?」
「それを仲良しって言うんだよ」
ウォレスとは初めから終わりまで、ずっと喧嘩していたつもりのビアトリスは、酷い誤解だとハロルドを睨んだ。
「さあ、帰るよ。君がまたダンスに誘われでもしたら、僕は多分暴れるね」
堪らない、愛する人からの独占欲。
恋愛初心者のビアトリスは、ハロルドの甘い言葉に溺れそうになる。
王城の帰り道。馬車寄せまでの長い回廊を二人で並び歩く。
ただ、それだけなのにビアトリスは幸せだった。
愛するって、歩行すら愛に満ちている。
恋愛ボケなセリフを脳内で展開していたのだが、
「あら?」
ビアトリスは、そこで立ち止まった。
「どうしたの?ビアトリス」
ハロルドも、ビアトリスの視線を辿って向こう側に見た。
「あれは⋯⋯」
見覚えのあるブルネットの髪。
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「なんでアメリア様⋯⋯騎士服を着ているの?」
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