レパトロワの御神託

桃井すもも

文字の大きさ
4 / 40

第四章

しおりを挟む
 学園から帰宅する馬車の中でも、互いに向き合い手を繋ぐレジナルドとプリムローズの姿が思い出された。

 レジナルドとは学園に入学してからも、一緒に登下校をしたことがない。そういう婚約者たちは多くいるが、レパトロワの場合は違っていた。

 どちらの家からもそんな話は出なかったし、そのまま初登校を迎えて今日まで至っている。

 レパトロワがもっと甘え上手であったら良かったのだろうか。兄には甘えられるから、本気になったら甘える実力はあるのだと思う。

 誰かで試してみようか。

 そんなことを考える暇があるなら、明日から早速レジナルドに可愛く甘えてみればよいものを、レパトロワにはその発想が希薄だった。

 睦まじい間柄には到底及ばない自信はある。可愛いはプリムローズの専売特許であるから、レパトロワは、そこは不可侵領域なのである。

 レジナルドとの、長いのか短いのか微妙といえる一年間の婚約期間を振り返れば、確かに定例のお茶会は行われている。社交場に招かれることがあれば二人で揃って出席している。

 定例のお茶会は二人きりではなくて、だいたいいつも遊びに来るプリムローズが参加するのも定例だ。
 レジナルドとレパトロワが招かれる茶会には、プリムローズも招かれていることが多いから、それで結局いつでも三人行動となるのである。

 三人行動、と我ながら秀逸な熟語が思いついたレパトロワは、試しに一度、そこから抜けてみようかと思った。

 レジナルドへの敬意は常々示していたつもりだし、ルフィールド伯爵夫妻へ礼を欠いたことも記憶の限り一度もない。
 レパトロワはこう見えて、至って問題のない婚約者なのである。問題というなら寧ろ、レジナルドのほうが反則事項が多いだろう。

 最近は、友人たちまで「大丈夫か」と心配するほど、彼のプリムローズへの接近は目立っていた。
 このままじっと、彼から破談の申し出がされるのを待っているくらいなら、なにか一つくらいは試行をしてみたい。

 丁度、週末にとある茶会に招かれていた。
 プリムローズも伯母と一緒に参加すると言っていた。

 そんなことを考えているうちに、馬車は伯爵邸に到着した。玄関ホールに入れば、執事と侍女頭、それからレパトロワ付きの侍女であるメイベルが出迎えた。

「ただいま帰りました」
「お帰りなさいませ、お嬢様」

 いつもなら、ここで自室に向かうのだが、この日は侍女頭に呼び止められた。

「どうしたの?マキシマ。そんな哀しそうな顔をして」

 マキシマは、ほんの少し眉を下げていたのだが、それは哀しそうな表情に見えていた。

「お茶会の装いについてですが、如何いかがいたしましょう。そろそろお支度をせねばなりません」
「まあ、もうドレスの心配をしているの?お茶会は、」
「明後日でございます、お嬢様」

 すかさず言ったのは侍女のメイベルで、仕方なしにレパトロワは執事を見た。

「モーガン。ふみなんてものは届いたかしら」

 そう尋ねれば、執事のモーガンはゆるゆると首を振った。
 それはそうだろう。文よりなにより、本人同士が同じ並びの教室にいるのだから、口頭連絡ありきのことである。

 マキシマたちが案じているのは、明後日のお茶会で衣装をレジナルドに寄せるのか、ということだった。
 夜会や舞踏会ではないから、揃いの衣装というほどでもない。だが、せめて色味を合わせるくらいの気遣いはする。

 少なくとも、以前のレパトロワはそうだった。
 赤髪に大きな吊り目のお陰で、見目がいささか鮮烈な印象を与えるレパトロワである。
 横髪を長くして、ふわりと金色の髪を揺らす華やかな容姿のレジナルドの邪魔をしないように、これまでも気をつけていた。

 ドレスの色も、なるべくレジナルドの衣装に合せて、赤髪もきっちり結い上げる姿は、まるで勤勉なガヴァネスにも見える。

 婚約したばかりの頃は、文もそこそこやり取りがあった。今もなくなってしまった訳ではないが、圧倒的な言葉不足は否めない。二人の間の報・連・相とは、ほうれん草だと思われるだろう。

 今回の茶会についても、迎えに来てくれる時間を知らせる文は確かにあったが、衣装なんてことにはこれっぽっちも触れてはいなかった。

「そうねえ」

 玄関ホールで円陣を組むように、レパトロワと使用人たちが丸く集まり作戦を練る。議題は「レジナルドは何色の衣装を着用するのか、その考察」である。

「面倒くさいわね」
「ええ?お嬢様、投げやりになられてはいけませんわ」

 メイベルが、早々に諦めてしまったレパトロワを引き止めた。
 メイベルはレパトロワより四つほど年上である。傘下貴族である男爵家の令嬢で、学生時代からカニング伯爵家に移り住みレパトロワの侍女を務めてくれている。レパトロワが本音を漏らすことのできる数少ない人物である。

「私、思ったの」
「それは一体何をです?」

 マキシマが声を抑えて一歩前に踏み出した。
 それに釣られるようにメイベルもモーガンも一歩前に出たから、円陣がコンパクトになって互いの距離が近くなる。もうすっかり密談体勢となっていた。

「今までだって私なりに気をつけていたのよ?けれど、なにを着てもこの髪やら顔やらが目立っちゃうの。そうであるなら、レジナルド様に合せている意味ってあったのかしら」

 全くもってもっともな考察に、目の前の三人が頷いた。

「お嬢様は全然お悪くなんてございません。ご令息が物足りないのですわ。オリヴァー様なんて、ぼおっとしていてもあれほどお目立ちになりますのに、あのご令息の印象が薄すぎるだけですわ」

 メイベルは敢えてレジナルドを「ご令息」と呼んで、金髪と青い瞳をうっすいように言いのけた。

 この頃のカニング伯爵家では、レジナルドの評価はグダグダである。
 主家の令嬢を差し置いて、その従姉妹であるプリムローズを婚約者との茶会に誘うレジナルドは、あり得ないうつけ者であると認識されていた。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

悪夢から目覚めたわたしは、気付かないふりをやめることにしました。

ふまさ
恋愛
 ある日、オリヴィアは夢を見た。婚約者のデイルが、義妹のグレースを好きだと言い、グレースも、デイルが好きだったと打ち明けられる夢。  さらに怪我を負い、命の灯火が消えようとするオリヴィアを、家族も婚約者も、誰も助けようとしない悪夢から目覚めたオリヴィアは、思ってしまった。  ──これはただの悪夢ではなく、正夢ではないか、と。

お好きになさって下さい、私は一切気にしませんわ

Kouei
恋愛
婚約者のクレマンド様は、いつも私との約束を破ってばかり。 理由は決まって『従妹ライラ様との用事』 誕生日会にすら来なかった彼に、私はついに告げた。 「どうぞ、私以外のご令嬢をエスコートするなり、お出かけするなり、関係を持つなり、お好きになさって下さい。私は一切気にしませんわ」 二人の想いは、重なり合えるのだろうか …… ※他のサイトにも公開しています。

義妹の嫌がらせで、子持ち男性と結婚する羽目になりました。義理の娘に嫌われることも覚悟していましたが、本当の家族を手に入れることができました。

石河 翠
ファンタジー
義母と義妹の嫌がらせにより、子持ち男性の元に嫁ぐことになった主人公。夫になる男性は、前妻が残した一人娘を可愛がっており、新しい子どもはいらないのだという。 実家を出ても、自分は家族を持つことなどできない。そう思っていた主人公だが、娘思いの男性と素直になれないわがままな義理の娘に好感を持ち、少しずつ距離を縮めていく。 そんなある日、死んだはずの前妻が屋敷に現れ、主人公を追い出そうとしてきた。前妻いわく、血の繋がった母親の方が、継母よりも価値があるのだという。主人公が言葉に詰まったその時……。 血の繋がらない母と娘が家族になるまでのお話。 この作品は、小説家になろうおよびエブリスタにも投稿しております。 扉絵は、管澤捻さまに描いていただきました。

妹を選んで婚約破棄した婚約者は、平民になる現実を理解していなかったようです

藤原遊
恋愛
跡継ぎとして育てられた私には、将来を約束された婚約者がいた。 ――けれど彼は、私ではなく「妹」を選んだ。 妹は父の愛人の子。 身分も立場も分かったうえでの選択だと思っていたのに、 彼はどうやら、何も理解していなかったらしい。 婚約を破棄し、妹と結ばれた彼は、 当然のように貴族の立場を失い、平民として生きることになる。 一方で、妹は覚悟を決めて現実に向き合っていく。 だが彼だけが、最後まで「元に戻れる」と信じ続けていた。 これは、誰かが罰した物語ではない。 ただ、選んだ道の先にあった現実の話。 覚悟のなかった婚約者が、 自分の選択と向き合うまでを描いた、静かなざまぁ物語。

八年間の恋を捨てて結婚します

abang
恋愛
八年間愛した婚約者との婚約解消の書類を紛れ込ませた。 無関心な彼はサインしたことにも気づかなかった。 そして、アルベルトはずっと婚約者だった筈のルージュの婚約パーティーの記事で気付く。 彼女がアルベルトの元を去ったことをーー。 八年もの間ずっと自分だけを盲目的に愛していたはずのルージュ。 なのに彼女はもうすぐ別の男と婚約する。 正式な結婚の日取りまで記された記事にアルベルトは憤る。 「今度はそうやって気を引くつもりか!?」

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi(がっち)
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

処理中です...