マグノリアは真実の愛から逃げ出した

桃井すもも

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学園のテラスは食堂ほどではないが十分な広さのある造りとなっている。
だが、季節の良い今は外の庭園で昼食を摂る生徒も多かったし、何より、今王国で最も話題のカップルが同じ学園にいるからと、多くの生徒達はニコラスとメリーエンダの姿見たさに人で犇めく食堂に集まっていた。

元より麗しい王太子が食事をする昼間の食堂は、学園の人気スポットであった。

ニコラスは、王族にありがちな「特別室」や「貴賓室」を多用しない。昼食も、一年の頃より一貫して食堂を利用して来た。
それはもしかしたら、いつの間にか同席を許されたメリーエンダを「特別室」や「貴賓室」に引っ張り込んでは、婚約者候補を持つ身としては問題があると判断したからかも知れない。

だが、その婚約者候補との契約を解消してからも、ニコラスは変わらず昼食は一般生徒に混じって食堂を利用していた。

議会ではニコラスの希望が認められた。
四人の候補令嬢達も、既に婚約候補を解かれている。だが、肝心のメリーエンダとは婚約は未だ結ばれていない。

流石に二年近くも婚約者候補でいた令嬢達を放った直後での婚約は、世間一般の良識を鑑みれば憚られたのだろうか。

そんな意識があるのなら、初めからこんな騒動など起こさなかったのではないかとマグノリアは思っている。

真実愛する人を妻にしたい気持ちは理解出来る。ニコラスだって人間なのだ。愛を抱くのもそれを得たいのも、人が生まれながらに持つ生来の願いだろう。その為の最もハードルの低い方法なら、他にもあった。

なんてことは無い。候補の中から優秀な令嬢を正妃にして、愛妾としてメリーエンダを召し上がれば良い。若しくは、正妃に全てを打ち明けてその理解を得てから側妃として迎え入れれば良い。

どちらも口で言うほど簡単な事では無い。
この国には愛妾制度など元より無いから、前者は単なる不貞の関係であるし、後者なら正妃に子を授からせぬまま五年待たねばならない。

それでも、メリーエンダを正妃にして、選び抜かれた婚約者候補から贄を一人選んで側妃に据える選択よりかは幾分はマシに思うのは、マグノリアだけの思考だろうか。



人でごった返す食堂を遠巻きにして、涼を求めて屋外の木陰で昼食を楽しむ生徒達を横目にテラスへ向かえば、漆黒の後ろ姿は直ぐに見つけられた。

その姿の横にはもう一つ金色の眩しく輝く艶髪が見えている。

並び座る二人を目指して、メリーエンダは足を踏み入れた。

「ごきげんよう。ヴィクター殿下、オーレリア様。」

「やあ、マグノリア嬢」「ごきげんよう、マグノリア」

二人が同時に振り返り、オーレリアがバスケットを退ける。彼女はバスケットで空き席を確保してくれていた。

「ランチをご一緒させて頂いても宜しいでしょうか。」
「勿論よ、さあ、こちらにお座りになって。」

オーレリアは、自身が空き席へ移りマグノリアを招き入れる。

テラスには小振りなテーブル席の他に、窓辺に沿って並び座る席がある。ヴィクターとオーレリアはそこに並んで座っていたのを、今は間にマグノリアを入れて、三人で夏の庭園を眺める形となった。


「殿下、宜しければお一つどうぞ。」

マグノリアがランチボックスを掲げ持って差し出せば、

「ん?良いのか?君の分が無くなってしまうよ?」
と、ヴィクターは遠慮がちに言う。

「ご覧下さい。こんなに沢山あるのです。私一人ではとても食べ切れませんわ。」
「そうか。では有り難くご相伴に預かろう。」

マグノリアのランチボックスには色とりどりの具材が挟み込まれた、一口サイズより幾分大きめなサンドウィッチがぎっしり詰められていた。
ひと目で令嬢の食する量でないのは解るだろう。カットされた大きさも令嬢の小さな口には余る。これを一人で食するなら、マグノリアは忽ち大飯喰らいと言われるだろう。

「君の邸の料理人は腕が良いのだな。」
「お口に合いましたでしょうか。」
「うん、凄く旨い。」

いつかとそっくり同じ台詞を互いに繰り返す。

「いけない、私、調べ物があったのだわ。殿下、申し訳ございませんがマグノリアが食事を終えるまでお付き合いをお願いしても宜しいでしょうか。」

「私は構わないよ。」

「では、マグノリア。明日のお茶会でお会いしましょうね。」

オーレリアは麗しい笑みをマグノリアに向けて、音も立てず身を翻してテラスを出て行く。制服姿であるのに、それが正装のドレスに見える気品溢れる身の熟しであった。

「気を遣わせたのだな。申し訳無い。」
「何故、謝られるのです?」
「私と一緒では何かと周りが煩いだろう。」
「煩いのなら、ニコラス殿下の騒動の方が余程煩いものでしたわ。」
「ああ、あれは済まなかった。」
「ですから、殿下が謝罪なさることなんて一つもありませんのよ。それよりも、」

マグノリアはそこで、バスケットの中からもう一つランチボックスを取り出した。

「お毒見をお願いしても宜しいでしょうか。」
「毒見?」

立太子は許されずとも、王国の第一王子へ向けるには不敬中の不敬発言である。

「私が焼きましたスコーンですの。チョコチップをマシマシにしておりますから、猛毒入りかも知れません。」

「ははっ、それは確かに猛毒だな。それでは一つ頂戴しようか。お?これを君が?旨そうだな、良い香りがする。」

他家の用意した食材を口に入れることを止められていない王子。青年らしく破顔する眩しい笑みに、マグノリアは泣きたくなってしまった。
この世に生まれて来ただけなのに。父はこの国の天上人であるのに。こんな令嬢の焼いたほんのり焦げ目のあるスコーンに、こんな素直な笑みを見せてくれる。

ここに二人きりでいたのなら、そっとその黒髪を抱き締めて、貴方はそのまま居てくれるだけで良いのだと、教えてあげたいと思った。

今のマグノリアは、ヴィクターに救われている。始まりはニコラスの側妃を断るための最後の砦であったのが、今は確かに、この幸薄く清廉な青年の眩しい笑みに、心を温められている。

「君の邸の料理人は腕が良いが、邸のご令嬢も腕の良い菓子職人であるのだな。」

マグノリアを菓子職人と褒めそやすのにも、他意は感じられなかった。

マグノリアは、一つ小さく息を吐いて、それからスコーンを頬張る横顔に向けて言う。

「貴方様がお望みならば、生涯、焦げ付きのチョコチップスコーンを召し上がる事になりましょう。」

咀嚼ごと動きを止めたヴィクターが、紺碧の瞳をこちらに向けた。




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