マグノリアは真実の愛から逃げ出した

桃井すもも

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【22】

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気持ちの良い食いっぷりを披露したヴィクターに、マグノリアはトドメのひと品をお見舞いした。

「お腹いっぱいでしょうけれど、これはお約束ですから。」

そう言って、手製のチョコチップスコーンを差し出せば、

「はは、なんのこれしき。」

そう言って、ヴィクターは立て続けに三個をぺろりと平らげた。恐ろしい胃袋である。

そこでマグノリアは、はたと気が付いた。
真逆、ヴィクターは王宮で食事を与えられていないのではなかろうか。ニコラス至上主義の王城にいて、育ち盛りの兄王子はお食事を抜かれてひもじい思いを堪えていたのか。くう、げに恐ろしきは人の業、薄幸の王子を空腹で責め立てるなぞ悪魔の所業っ、どうしてくれよう虫ケラ共め、これは姉の婚約者ん家の私兵を借りて早々に城へ攻め込まねばなるまい。根性卑しき者共を成敗する時が来た。
こうしてはいられない、学園は早退して戦の準備をせねばっ。

ヴィクターがスコーンを三つ食べただけで、マグノリアは瞬間的に国家転覆を画策した。

「ん?マグノリア嬢、どうしたのかな?ああ、君が考えているような事は何一つ無いから心配要らない。」

マグノリアの思考をまるっと読み取ったヴィクターが、四つ目のスコーンに手を伸ばしながら、けろりと言った。

「は?」

「ちゃんと食事は摂っている。王族だからと毎日馳走を食する訳では無い。だが、食事はしっかり食べているよ。」

「本当に?」

「本当だよ。ただ、旨かったんだ。君の用意してくれた昼食がどれもこれも。これなんてサイコーではなかろうか。」

そう言って、ヴィクターは四つ目のスコーンにあむりと齧り付いた。
それもあっと言う間に無くなって、ぱんぱんと手を払いながら、「ふう、旨かった」とヴィクターは呟いた。

「私は多分大飯喰らいなんだな。」

いや、多分なんてもんじゃあなかろう。

「城の料理も不足なく食しているが、どうやら私は近衛等と同じ位は食べているらしい。」

「殿下は近衛の皆様とお食事をなさるので?」
「うん。稽古のあととかね。」
「近衛と稽古?」
「ああ。ニコラスだって稽古はしてるんじゃあないか?」
「存じ上げません。」

稽古どころか、ニコラスの事はメリーエンダ好きって事しか知らない。

「お口に合って良かったですわ。料理人が喜びます。」
「君は料理人に伝えるのか?」
「え?」
「料理が旨かったと。」
「え、ええ。私は厨房に頻繁に出入りしますし。」
「ああ、そうか。私は暮らしに恵まれていると理解はしていたが、膳に感謝を伝えた事は無かったな。」

王族なんて、皆そんなものだろう。貴族の家でもいちいち口にするだろうか。

そこまで考えて、マグノリアは、そういえば我が家では、しょっちゅうこれは美味だとか家族で話すし、何某どれそれが旨かったと料理長に伝えてくれとか両親が口にするのを度々聞いていた。
お陰で食堂には、週替わりで料理長手書きの『今週のレイノルズ邸御献立表』が張り出されている。どの家もそんなものだと思っていたが、お客様をお招きすると、みんな大抵あの献立表を観ていた。あれは献立が気になったのではなくて、献立表が張り出されているのが物珍しかったのだろう。

ヴィクターのお陰で『今週のレイノルズ邸御献立表が客人に閲覧される訳』の謎も解けた。心做しさっぱりしたマグノリアであった。

「ところで殿下、」
「ああ、マグノリア嬢。提案なんだが。」
「なんでしょうか。」
「君を名呼びする事を許してくれないか、その、所謂呼び捨て..だな。」
「勿論でございます。」
「では君もそうしてくれないか。」
「へ?」
「私を名呼びして、なんなら呼び捨ててくれて良い。」

そんな事、出来る訳がないだろう。ヴィクターは控え目が過ぎて時折こうして自身を低くする。

「殿下を呼び捨てなんてしたら私が切り捨てられます。」
「はは、真逆」

ほうら、やはり彼は自分自身を低く見積もり過ぎている。

「百歩譲って、様でしょうか。」
「百歩も譲るのか?」
「当然でございます。尊き御身なのですよ。」
「じゃあ、近衛は一体どうなるんだ?」

そんなのこちらが聞きたい。ヴィクターとは、一体近衛部隊でどんな扱いを受けているんだ。今度姉の婚約者に聞いてみよう。

「んんっ」

マグノリアは小さく咳を払った。それから、

「ヴィクター様。」
と、偉そうに呼んだ。照れ隠しをする余りに、思った以上に偉そうな態度になった。

それに答える様にヴィクターは、
「マグノリア。」
そう呼び捨てにした。
呼び捨てであるのに、甘やかな響きが滲むのは、ヴィクターが柔らかな笑みを浮かべていたからだろうか。

思わずヴィクターの紺碧の瞳を見つめる。そうして、ほぼ無意識に目元に手を伸ばしていた。マグノリアのほっそりした指先がヴィクターの目元をなぞる。

「こんなところに傷が、」
「ああ、古傷だよ。まだ幼くて上手く避けられなかった。」
「幼くて?古傷?」
「幼い頃から近衛で稽古を付けて貰っていた。」
「まあ。ではオーレリー侯爵からも?」
「ああ。彼が最初に私に剣を教えてくれた。」

オーレリー侯爵は、姉の婚約者クリストファーの父である。彼は現在、近衛の副団長である。

確かに王子が剣の稽古をするのは解る。仮に戦が起こったなら、貴族は嫡男でも出陣に加わる。王家であればそれはヴィクターの役目だろう。

頼むからニコラス、メリーエンダに骨抜きになっても国は平和に治めてくれ、ヴィクターを戦場なんかに送る事など止してくれと、マグノリアは金髪の王子様の甘やかな顔を思い浮かべた。




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