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第四十五章
「サスキーア・ウォルシャー・ウォーブライです。ウォーリック・ウォルシャー・ウォーブライの妻です」
サスキーアを出迎えた文官らしき男は、サスキーアを見て表情を硬くした。
この日、サスキーアは突然の知らせに、取るものも取りあえず、駆け込むような勢いで登城した。
その知らせは夜にもたらされ、なかなか帰ってこない夫を案じて待っていたサスキーアを動転させた。
夫が拘束されたという。
取調べが終わったことで、細君への面会が許されたと、王城からの書簡には記されていた。
「拘束」、「調書」、「取調べ?」と、思わず声に出して読み上げた。日常からかけ離れた文字の羅列に、サスキーアは危うくそのまま屋敷を飛び出すところだった。
実際、王城と公爵邸は徒歩圏内で、歩いていけないこともない。走ってなら、これから馬車を回すより早く着きそうである。
義母やペネロープに落ち着けと言われて、そんなことでは落ち着かない心臓をなんとか黙らせて、うっかり昇天しかかった。
徒歩圏内ではあるが、唯一面会が許された妻として、サスキーアは王城へと馬車で向かった。そうして、拘束されたという夫への面会を願ったのである。
学園を卒業した春に、サスキーアはウォーリックの妻となった。なったと言っても、家名が変わっただけで、暮らしに変化はない。なんてことはなかった。
サスキーアの生活は激変した。
七歳のときに婚約を結び、それから十年以上もサスキーアを見守り続けた麗しき年上の婚約者。
大人の彼に追いつきたくて、サスキーアは随分と背伸びをしたものである。
昨日よりも今日は一日大人になれる。明日は今日より更に大きくなれる。
時間はウォーリックにも平等だから、どれほど年月が経とうとも、二人の間にある歳の差は、終生埋まることはない。
だが年月は、サスキーアの心と身体をちゃんと大人にしてくれた。そうして妻になったサスキーアを、ウォーリックは、泥のようにねちっこく貪欲に愛したのである。
白金の髪を靡かせて、涼し気な眼差しで貴婦人のハートを揺さぶるウォーリックは、妻の前では紳士の仮面を脱ぎ捨てて、深く激しく息も絶え絶えになるほど、サスキーアを愛して愛して愛しまくった。閨関係でドクターストップが掛かるほどに。
幸いサスキーアは意外と体力があり、ぶつかり稽古のような夜にも耐え抜いた。
なにより底なしの懐深さでウォーリックを受け止めて、夫を愛して愛して愛しまくった。
要は、非常に暑苦しい夫婦となったのである。
そんなサスキーアにもたらされた王城からの知らせは晴天の霹靂で、今になっても信じられないことだった。
「ここは?」
案内された部屋を見て、サスキーアは思わず声を漏らした。
てっきり貴族牢に通されるか、もしくは取調べ室にそのまま案内されるとばかり思っていたが、どう見てもここは応接室にしか思えなかった。
宰相が手を回してくれたのだろうか。それとも最期の慈悲として、せめてサスキーアの記憶には罪人の夫を見せまいとする温情なのか。
案内された応接室(多分)で、お茶まで出されて落ち着かない思いで待っていると、扉の向こうに気配がして、キィと静かに扉が開いた。
「ウォーリック様!」
思わず駆け寄ったサスキーアを、夜のぶつかり稽古で鍛え抜いたウォーリックが抱き留めた。
「大丈夫?ウォーリック様!拷問なんてされていない!?」
『拷問』と自分で言った言葉に驚いて、サスキーアは思わずウォーリックから身を離した。
手もある足もある、顔も良し。目も鼻も口も、どこも欠落していない、昨夜愛し合ったまま変わりのない、愛しい夫の姿である。
夫の五体満足な様子がわかった途端、サスキーアはヘロヘロと腰が砕けてしまった。それも直ぐ様ウォーリックが抱き留めて、再び腕の中に抱き寄せられた。
とくんとくんと耳に響くウォーリックの胸の鼓動に安堵して、サスキーアはようやく夫を見上げて言った。
「なにがあったの?ウォーリック様。テリウス殿下を殴るだなんて」
ウォーリックが、テリウスに顔面パンチをお見舞いした知らせに、サスキーアはその場で一回失神しそうになったのである。
「大丈夫だよ、私は殴られていないから」
当たり前だ。打ち合いだなんて聞いてない。
ウォーリックはサスキーアの腰を抱いて、そのまま勝手知ったるというように、応接室(多分)のソファまで歩くと、サスキーアを座らせて自分も隣に座った。
「何も心配いらないよ。少し懲らしめただけだから」
天上人にパンチしておいて、なんて言い草だろうと思うだろうが、ウォーリック正義のサスキーアにはなんの疑問も浮かばなかった。
「貴方になにかあったら、ベンジャミンは父無し子」になってしまうわ。ビオレッタもよ」
ベンジャミンは一歳になった息子で、ビオレッタは三月前に生まれたばかりの娘である。
結婚して二年のうちに、二人には一男一女が授かっていた。
「殿下の目を覚ましただけだよ。馬鹿げた世迷い言を言うようでは、即位なさったときに困るだろう」
「世迷い言?」
テリウスは立太子目前の兄から王太子の座を奪い、今も政に辣腕をぶるんぶるん振るっている賢人である。
息抜きのポエムがポンコツなだけで、見目麗しい御姿は王国の綺羅星として絶大な人気を誇っている。
「公妾だと?巫山戯たことを言いおって」
「え?」
「大丈夫だよ。二度とそんなことは言えないように戒めただけだよ。主の間違いを諌められない家臣なんて無能なだけだろう」
ちょっと待て待て、情報が追いつかずサスキーアは混乱した。
「こ、公妾って、誰」
「君だよ」
吐き捨てるように言ったウォーリックに、サスキーアは、今こそ我が手でテリウスに顔面パンチをお見舞いしたくなった。
サスキーアを出迎えた文官らしき男は、サスキーアを見て表情を硬くした。
この日、サスキーアは突然の知らせに、取るものも取りあえず、駆け込むような勢いで登城した。
その知らせは夜にもたらされ、なかなか帰ってこない夫を案じて待っていたサスキーアを動転させた。
夫が拘束されたという。
取調べが終わったことで、細君への面会が許されたと、王城からの書簡には記されていた。
「拘束」、「調書」、「取調べ?」と、思わず声に出して読み上げた。日常からかけ離れた文字の羅列に、サスキーアは危うくそのまま屋敷を飛び出すところだった。
実際、王城と公爵邸は徒歩圏内で、歩いていけないこともない。走ってなら、これから馬車を回すより早く着きそうである。
義母やペネロープに落ち着けと言われて、そんなことでは落ち着かない心臓をなんとか黙らせて、うっかり昇天しかかった。
徒歩圏内ではあるが、唯一面会が許された妻として、サスキーアは王城へと馬車で向かった。そうして、拘束されたという夫への面会を願ったのである。
学園を卒業した春に、サスキーアはウォーリックの妻となった。なったと言っても、家名が変わっただけで、暮らしに変化はない。なんてことはなかった。
サスキーアの生活は激変した。
七歳のときに婚約を結び、それから十年以上もサスキーアを見守り続けた麗しき年上の婚約者。
大人の彼に追いつきたくて、サスキーアは随分と背伸びをしたものである。
昨日よりも今日は一日大人になれる。明日は今日より更に大きくなれる。
時間はウォーリックにも平等だから、どれほど年月が経とうとも、二人の間にある歳の差は、終生埋まることはない。
だが年月は、サスキーアの心と身体をちゃんと大人にしてくれた。そうして妻になったサスキーアを、ウォーリックは、泥のようにねちっこく貪欲に愛したのである。
白金の髪を靡かせて、涼し気な眼差しで貴婦人のハートを揺さぶるウォーリックは、妻の前では紳士の仮面を脱ぎ捨てて、深く激しく息も絶え絶えになるほど、サスキーアを愛して愛して愛しまくった。閨関係でドクターストップが掛かるほどに。
幸いサスキーアは意外と体力があり、ぶつかり稽古のような夜にも耐え抜いた。
なにより底なしの懐深さでウォーリックを受け止めて、夫を愛して愛して愛しまくった。
要は、非常に暑苦しい夫婦となったのである。
そんなサスキーアにもたらされた王城からの知らせは晴天の霹靂で、今になっても信じられないことだった。
「ここは?」
案内された部屋を見て、サスキーアは思わず声を漏らした。
てっきり貴族牢に通されるか、もしくは取調べ室にそのまま案内されるとばかり思っていたが、どう見てもここは応接室にしか思えなかった。
宰相が手を回してくれたのだろうか。それとも最期の慈悲として、せめてサスキーアの記憶には罪人の夫を見せまいとする温情なのか。
案内された応接室(多分)で、お茶まで出されて落ち着かない思いで待っていると、扉の向こうに気配がして、キィと静かに扉が開いた。
「ウォーリック様!」
思わず駆け寄ったサスキーアを、夜のぶつかり稽古で鍛え抜いたウォーリックが抱き留めた。
「大丈夫?ウォーリック様!拷問なんてされていない!?」
『拷問』と自分で言った言葉に驚いて、サスキーアは思わずウォーリックから身を離した。
手もある足もある、顔も良し。目も鼻も口も、どこも欠落していない、昨夜愛し合ったまま変わりのない、愛しい夫の姿である。
夫の五体満足な様子がわかった途端、サスキーアはヘロヘロと腰が砕けてしまった。それも直ぐ様ウォーリックが抱き留めて、再び腕の中に抱き寄せられた。
とくんとくんと耳に響くウォーリックの胸の鼓動に安堵して、サスキーアはようやく夫を見上げて言った。
「なにがあったの?ウォーリック様。テリウス殿下を殴るだなんて」
ウォーリックが、テリウスに顔面パンチをお見舞いした知らせに、サスキーアはその場で一回失神しそうになったのである。
「大丈夫だよ、私は殴られていないから」
当たり前だ。打ち合いだなんて聞いてない。
ウォーリックはサスキーアの腰を抱いて、そのまま勝手知ったるというように、応接室(多分)のソファまで歩くと、サスキーアを座らせて自分も隣に座った。
「何も心配いらないよ。少し懲らしめただけだから」
天上人にパンチしておいて、なんて言い草だろうと思うだろうが、ウォーリック正義のサスキーアにはなんの疑問も浮かばなかった。
「貴方になにかあったら、ベンジャミンは父無し子」になってしまうわ。ビオレッタもよ」
ベンジャミンは一歳になった息子で、ビオレッタは三月前に生まれたばかりの娘である。
結婚して二年のうちに、二人には一男一女が授かっていた。
「殿下の目を覚ましただけだよ。馬鹿げた世迷い言を言うようでは、即位なさったときに困るだろう」
「世迷い言?」
テリウスは立太子目前の兄から王太子の座を奪い、今も政に辣腕をぶるんぶるん振るっている賢人である。
息抜きのポエムがポンコツなだけで、見目麗しい御姿は王国の綺羅星として絶大な人気を誇っている。
「公妾だと?巫山戯たことを言いおって」
「え?」
「大丈夫だよ。二度とそんなことは言えないように戒めただけだよ。主の間違いを諌められない家臣なんて無能なだけだろう」
ちょっと待て待て、情報が追いつかずサスキーアは混乱した。
「こ、公妾って、誰」
「君だよ」
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