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終章
有能にして有言実行のテリウスは、二年前に婚約者である公爵令嬢と挙式を済ませると、嘗てサスキーアに宣言した通りに、ちゃちゃっと二人の王子を儲けた。
最速で後継者とスペアを得て、王家の血筋は守られた。順風満帆であるテリウスがなんて言った?
「君には話を通していると、血迷ったことを抜かしたからね。お仕置きしただけだよ。メアリー妃なんて呆れ果てて、ああ、そうだ」
理解が追いつかないサスキーアを余所に、ウォーリックはゴソゴソとジャケットの内ポケットを探った。
「メアリー妃から君へだそうだ。こんなのでは詫びにもならないだろうと仰っておられたから、足りなければもっともらおうか?」
ウォーリックの手の平には、サファイアの耳飾りが一組乗っていた。
「これって、まさかメアリー妃が身につけていらっしゃったものでは?」
「ああ、その場で耳から外されてたな。君へと賜った」
なんてこと!そんな大切なものをお詫びと賜ってしまうだなんて。ありがたや。
メアリー妃とは、テリウスの妃である。
サスキーア同様に、一歳と生後三ヶ月の王子を産んで、大役を果たした賢妃である。
「ありがたいですけれど、こんなの畏れ多くて頂けません。これって国宝級のお宝でしょう」
「多分ね。足りないなら」「足ります、足ります、十分ですわ」
思いのほか強欲であった夫に、サスキーアは驚いた。
「ウォーリック様、隠さないでくださいな。貴方の罪状はなに?打ち首?毒杯?どちらにしても、地獄の底までお付き合いいたします。貴方のいない世界なんて、肥溜めみたいなものだもの」
「君はその肥溜めに、ベンジャミンとビオレッタを残していくの?」
「お義父様もお義母様もいらっしゃいますもの。貴方がいない世界で、屍とか抜け殻とかになった母を見るより百倍マシですわ」
サスキーアはウォーリックの手を取って、夫を見上げた。あまりに密着していたから、あと数センチでキスしちゃう距離である。
「貴方がいてくれないと、駄目なんです」
そう言った途端ガシッと肩を掴まれた。
両肩に手を置かれたと思った瞬間、ウォーリックから身体から引き離された。魂まで引き剥がされるようで、サスキーアは全身に痛みを覚えて絶叫したくなった。
ウォーリックは、サスキーアの両肩を掴んだまま、厳しい眼差しで見つめてきた。
「何があっても君は生きるんだ。たとえこの先、私になにがあったとしても、君だけは笑っていてほしいんだ」
そう言ってウォーリックは、ズルリと身を崩したと思ったら、サスキーアの腰にしがみつくように腕を回して、柔らかな太腿の上に頭を乗せた。
「私は君の頬笑みを見ていると幸福になれるんだ」
太腿にウォーリックの頭の重みを感じて、サスキーアはそれが愛しくて愛しくて堪らない。
白金の髪の毛を指先で梳くと、長い髪がさらりとサスキーアの膝に零れる。
「君を奪われるなんて、そんなこと⋯⋯」
「殿下はお戯れになっただけですわ」
王家の血を引く美しく聡明な妃がいて、後継の男児に恵まれて、優秀過ぎるポエム好きの彼は、ちょっとハメを外してしまったのだ。
「君を恋人にしたいと言われて」
「ええ」
「一瞬、何が起こったのか、実のところ私にもわからない。頭に来すぎて」
「ウォーリック様⋯⋯」
「気がついたら、殿下をぶん殴っていた」
ウォーリックの髪を撫でながら、サスキーアは夫の告白を聞いていた。
夫はこの後、何某かの罪を償うことになる。明日には星になっているかもしれない。
ウォーリックはあんなことを言ったけれど、サスキーアは地獄だろうが星空だろうが、どこまでもついていく気、満々である。
「誰も止めなかった。近衛騎士も侍従も父上も」
「え?お義父様もいらしたの?」
「陛下もいたよ。陛下の執務室であったからね」
「⋯⋯」
「殿下は本気だったんだ。陛下と宰相と妃と私、本気で許可を得ようとしたんだ。君を恋人にするために」
ウォーリックがサスキーアの太腿に顔を埋める。腰に回された腕に力が込められ、ぎゅうっと抱き締められる。
「君のことを、初めて会った日から恋人にしようと思っていたと、あの馬鹿は言ったんだ」
妃にしたいというなら、話としてならあることだろうが、恋人?
サスキーアには、テリウスの真意がわからなかった。
「妃は王妃に相応しい令嬢を娶ると決めていた。恋人は君すると決めていた。その上、なんて言ったと思う?」
「聞きたくないけれど、聞いてみようかしら」
「メアリー妃のことは敬愛しているそうだ。こんな男の妃になった奇特な女性だと、大切に思っているんだそうだ」
メアリー妃はおっとりとした見目とは異なり、聡明で冷静な女性である。前の婚約解消でせしめたダイヤモンドを元手にして、生家の領地に、古の頃からあるだろうあるだろうと言われていたエメラルド鉱山を発掘している。
ダイヤでエメラルドを釣った才媛である。
「大丈夫だよ。国王からお咎めなしの約束を取り付けている」
「え?それって本当に?調書は?取調べを受けたのでしょう?」
「殴ったのは本当のことだからな。でも悪いのはアイツだろう?」
「貴方、パンチしたのよ?」
「メアリー妃もしてたよ。二発。取調べも隣同士で受けてた」
えええ!メアリー妃!パンチ二発に取調べ!?
メアリー妃は、テリウスの馬鹿な発言で傷ついてしまったのだ。
ウォーリックはそこで、再びサスキーアの腰にぎゅうっと抱きついた。
「私が処罰されるなら、メアリー妃も同罪だろうな」
「⋯⋯」
「大丈夫。このまま君と帰れるよ」
「本当?」
「ああ」
それからウォーリックは、サスキーアの太腿に頬を押し当てたまま言った。
「君にお願いがあるんだ」
「なあに?ウォーリック様」
「この先、どんな運命であったとしても、たとえ私と君にどんなことが起こっても」
ウォーリックはいつになく弱気なことを言う。
そんなことある訳ないのにと、サスキーアは愛しい夫の頭を撫でた。幼子にするように、優しく撫でた。
ウォーリックは、サスキーアの手の平が与える柔らかな感触を確かめるように瞼を閉じた。
瞼を閉じたまま、妻の腰を抱き締めてお願いごとを打ち明けた。
「君の恋人は、私だけにしてくれないか」
サスキーアは愛おしさが込み上げて、胸が裂けてしまうかと思った。世界で一番愛しい夫が、恋人にしてくれと言っている。
だからサスキーアは答えた。
今日も明日も、今世も来世も、
「恋人は、貴方ひとりだわ」
完
最速で後継者とスペアを得て、王家の血筋は守られた。順風満帆であるテリウスがなんて言った?
「君には話を通していると、血迷ったことを抜かしたからね。お仕置きしただけだよ。メアリー妃なんて呆れ果てて、ああ、そうだ」
理解が追いつかないサスキーアを余所に、ウォーリックはゴソゴソとジャケットの内ポケットを探った。
「メアリー妃から君へだそうだ。こんなのでは詫びにもならないだろうと仰っておられたから、足りなければもっともらおうか?」
ウォーリックの手の平には、サファイアの耳飾りが一組乗っていた。
「これって、まさかメアリー妃が身につけていらっしゃったものでは?」
「ああ、その場で耳から外されてたな。君へと賜った」
なんてこと!そんな大切なものをお詫びと賜ってしまうだなんて。ありがたや。
メアリー妃とは、テリウスの妃である。
サスキーア同様に、一歳と生後三ヶ月の王子を産んで、大役を果たした賢妃である。
「ありがたいですけれど、こんなの畏れ多くて頂けません。これって国宝級のお宝でしょう」
「多分ね。足りないなら」「足ります、足ります、十分ですわ」
思いのほか強欲であった夫に、サスキーアは驚いた。
「ウォーリック様、隠さないでくださいな。貴方の罪状はなに?打ち首?毒杯?どちらにしても、地獄の底までお付き合いいたします。貴方のいない世界なんて、肥溜めみたいなものだもの」
「君はその肥溜めに、ベンジャミンとビオレッタを残していくの?」
「お義父様もお義母様もいらっしゃいますもの。貴方がいない世界で、屍とか抜け殻とかになった母を見るより百倍マシですわ」
サスキーアはウォーリックの手を取って、夫を見上げた。あまりに密着していたから、あと数センチでキスしちゃう距離である。
「貴方がいてくれないと、駄目なんです」
そう言った途端ガシッと肩を掴まれた。
両肩に手を置かれたと思った瞬間、ウォーリックから身体から引き離された。魂まで引き剥がされるようで、サスキーアは全身に痛みを覚えて絶叫したくなった。
ウォーリックは、サスキーアの両肩を掴んだまま、厳しい眼差しで見つめてきた。
「何があっても君は生きるんだ。たとえこの先、私になにがあったとしても、君だけは笑っていてほしいんだ」
そう言ってウォーリックは、ズルリと身を崩したと思ったら、サスキーアの腰にしがみつくように腕を回して、柔らかな太腿の上に頭を乗せた。
「私は君の頬笑みを見ていると幸福になれるんだ」
太腿にウォーリックの頭の重みを感じて、サスキーアはそれが愛しくて愛しくて堪らない。
白金の髪の毛を指先で梳くと、長い髪がさらりとサスキーアの膝に零れる。
「君を奪われるなんて、そんなこと⋯⋯」
「殿下はお戯れになっただけですわ」
王家の血を引く美しく聡明な妃がいて、後継の男児に恵まれて、優秀過ぎるポエム好きの彼は、ちょっとハメを外してしまったのだ。
「君を恋人にしたいと言われて」
「ええ」
「一瞬、何が起こったのか、実のところ私にもわからない。頭に来すぎて」
「ウォーリック様⋯⋯」
「気がついたら、殿下をぶん殴っていた」
ウォーリックの髪を撫でながら、サスキーアは夫の告白を聞いていた。
夫はこの後、何某かの罪を償うことになる。明日には星になっているかもしれない。
ウォーリックはあんなことを言ったけれど、サスキーアは地獄だろうが星空だろうが、どこまでもついていく気、満々である。
「誰も止めなかった。近衛騎士も侍従も父上も」
「え?お義父様もいらしたの?」
「陛下もいたよ。陛下の執務室であったからね」
「⋯⋯」
「殿下は本気だったんだ。陛下と宰相と妃と私、本気で許可を得ようとしたんだ。君を恋人にするために」
ウォーリックがサスキーアの太腿に顔を埋める。腰に回された腕に力が込められ、ぎゅうっと抱き締められる。
「君のことを、初めて会った日から恋人にしようと思っていたと、あの馬鹿は言ったんだ」
妃にしたいというなら、話としてならあることだろうが、恋人?
サスキーアには、テリウスの真意がわからなかった。
「妃は王妃に相応しい令嬢を娶ると決めていた。恋人は君すると決めていた。その上、なんて言ったと思う?」
「聞きたくないけれど、聞いてみようかしら」
「メアリー妃のことは敬愛しているそうだ。こんな男の妃になった奇特な女性だと、大切に思っているんだそうだ」
メアリー妃はおっとりとした見目とは異なり、聡明で冷静な女性である。前の婚約解消でせしめたダイヤモンドを元手にして、生家の領地に、古の頃からあるだろうあるだろうと言われていたエメラルド鉱山を発掘している。
ダイヤでエメラルドを釣った才媛である。
「大丈夫だよ。国王からお咎めなしの約束を取り付けている」
「え?それって本当に?調書は?取調べを受けたのでしょう?」
「殴ったのは本当のことだからな。でも悪いのはアイツだろう?」
「貴方、パンチしたのよ?」
「メアリー妃もしてたよ。二発。取調べも隣同士で受けてた」
えええ!メアリー妃!パンチ二発に取調べ!?
メアリー妃は、テリウスの馬鹿な発言で傷ついてしまったのだ。
ウォーリックはそこで、再びサスキーアの腰にぎゅうっと抱きついた。
「私が処罰されるなら、メアリー妃も同罪だろうな」
「⋯⋯」
「大丈夫。このまま君と帰れるよ」
「本当?」
「ああ」
それからウォーリックは、サスキーアの太腿に頬を押し当てたまま言った。
「君にお願いがあるんだ」
「なあに?ウォーリック様」
「この先、どんな運命であったとしても、たとえ私と君にどんなことが起こっても」
ウォーリックはいつになく弱気なことを言う。
そんなことある訳ないのにと、サスキーアは愛しい夫の頭を撫でた。幼子にするように、優しく撫でた。
ウォーリックは、サスキーアの手の平が与える柔らかな感触を確かめるように瞼を閉じた。
瞼を閉じたまま、妻の腰を抱き締めてお願いごとを打ち明けた。
「君の恋人は、私だけにしてくれないか」
サスキーアは愛おしさが込み上げて、胸が裂けてしまうかと思った。世界で一番愛しい夫が、恋人にしてくれと言っている。
だからサスキーアは答えた。
今日も明日も、今世も来世も、
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完
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