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第十一章
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「コットナー伯爵夫人」
その声に、サフィリアは振り返った。
「まあ!司祭様!」
ああ、これかぁと司祭は思った。
これは典型的な愛玩動物系の眼差しだ。大丈夫か?貴族夫人がこんな無防備に人懐っこい笑みをして。
サフィリアは、今日も爆速で家政を片付け教会を訪れていた。何をそれほど祈っているのか、ブツブツと呟く祈りには狂気が宿っていた。
近づくと聞こえてくる「ごめんなさい、ごめんなさい」の繰り返しに、司祭は背中に冷たい汗が流れ落ちた。
司祭と直接会うのは婚姻式以来なのに、キャソックを着ているだけで全幅の信頼を寄せているサフィリアは、ぱあと顔を輝かせた。
あの朴念仁は、このいつまでも純真を失わない幼子のような笑みに心をやられたのか。
それで何を拗らせて、毎日毎日、夫人は夫を苦しめているのだと己を責めて懺悔しているのか。
問題の根本を探るべく、司祭はあのう夫人、サフィリアに声を掛けた。
「敬虔な夫人にお尋ねします。何をお悩みか?」
こういう手合には、単刀直入が最も効く。遠回しな誘導なんて遠回しにしかならない。
「悩み……」
途端にサフィリアはしゅんと萎んだ。笑みもしゅんと消えてしまった。
やめてくれ、なんだか悪い事をした気持ちになってしまう。こちらのほうが懺悔したくなってきた。
「ここは神の家です。貴女の心の内は全て神には見えている」
「なんですって」
「隠し事などできないのです。貴女の願いは何ですか?貴女の悩みは何ですか?」
些か単刀直入すぎるとは思ったが、サフィリアには効果覿面だった。顔に書いてある。「何でも話ます!」。
「ですが司祭様。私、既に告解部屋にて罪を打ち明けておりますの。貴方様にお聞かせするのは神を信じていないようで、なんだか憚られてしまいますわ」
いや、その告解、毎日聞かされてるの自分だし。あれほど毎日繰り返し聞かされて、それで自分には打ち明けられないと言うか。なんだかそれって悔しいな。
「あまり悩まれては、ご家族も心配なさいます」
「ああ、それはあり得ませんわ」
「は?」
「ワタクシ、夫に嫌われておりますの」
お前、何をしている。縺れすぎて拗れすぎて、司祭は絶望したくなった。
だがしかし、この道で鍛え抜いた神聖なる精神を総動員して、司祭はサフィリアに問うた。
「それは思い違いでは?」
「そんなことございません」
サフィリアは清々しいほど自信満々に言い放った。
「伯爵とはお話なさったので?」
「え?するわけございませんわ。旦那様はお忙しいのです。私との会話で貴重なお時間を搾取してはなりませんわ。ワタクシ、旦那様の時間泥棒にはなりたくないのです」
サフィリアは、今度はエヘンと胸を張って言いのけた。
「司祭様」
何。面倒ごとしか思い浮かばない。
「ワタクシ。離縁をしようと思いますの。告解で神様に予約済みですわ。今ごろ天国で私がサインするのをお待ちでしょう。私、宣言しましたのよ、離縁しますと」
「えーと、それは誰に」
「神にです。告解でもこの場でも、毎日。神に直接お願いしたのですもの、それって直訴ですわね」
それは毎日毎日サフィリアが、ルクスとの離縁を神に願っているということだった。
その声に、サフィリアは振り返った。
「まあ!司祭様!」
ああ、これかぁと司祭は思った。
これは典型的な愛玩動物系の眼差しだ。大丈夫か?貴族夫人がこんな無防備に人懐っこい笑みをして。
サフィリアは、今日も爆速で家政を片付け教会を訪れていた。何をそれほど祈っているのか、ブツブツと呟く祈りには狂気が宿っていた。
近づくと聞こえてくる「ごめんなさい、ごめんなさい」の繰り返しに、司祭は背中に冷たい汗が流れ落ちた。
司祭と直接会うのは婚姻式以来なのに、キャソックを着ているだけで全幅の信頼を寄せているサフィリアは、ぱあと顔を輝かせた。
あの朴念仁は、このいつまでも純真を失わない幼子のような笑みに心をやられたのか。
それで何を拗らせて、毎日毎日、夫人は夫を苦しめているのだと己を責めて懺悔しているのか。
問題の根本を探るべく、司祭はあのう夫人、サフィリアに声を掛けた。
「敬虔な夫人にお尋ねします。何をお悩みか?」
こういう手合には、単刀直入が最も効く。遠回しな誘導なんて遠回しにしかならない。
「悩み……」
途端にサフィリアはしゅんと萎んだ。笑みもしゅんと消えてしまった。
やめてくれ、なんだか悪い事をした気持ちになってしまう。こちらのほうが懺悔したくなってきた。
「ここは神の家です。貴女の心の内は全て神には見えている」
「なんですって」
「隠し事などできないのです。貴女の願いは何ですか?貴女の悩みは何ですか?」
些か単刀直入すぎるとは思ったが、サフィリアには効果覿面だった。顔に書いてある。「何でも話ます!」。
「ですが司祭様。私、既に告解部屋にて罪を打ち明けておりますの。貴方様にお聞かせするのは神を信じていないようで、なんだか憚られてしまいますわ」
いや、その告解、毎日聞かされてるの自分だし。あれほど毎日繰り返し聞かされて、それで自分には打ち明けられないと言うか。なんだかそれって悔しいな。
「あまり悩まれては、ご家族も心配なさいます」
「ああ、それはあり得ませんわ」
「は?」
「ワタクシ、夫に嫌われておりますの」
お前、何をしている。縺れすぎて拗れすぎて、司祭は絶望したくなった。
だがしかし、この道で鍛え抜いた神聖なる精神を総動員して、司祭はサフィリアに問うた。
「それは思い違いでは?」
「そんなことございません」
サフィリアは清々しいほど自信満々に言い放った。
「伯爵とはお話なさったので?」
「え?するわけございませんわ。旦那様はお忙しいのです。私との会話で貴重なお時間を搾取してはなりませんわ。ワタクシ、旦那様の時間泥棒にはなりたくないのです」
サフィリアは、今度はエヘンと胸を張って言いのけた。
「司祭様」
何。面倒ごとしか思い浮かばない。
「ワタクシ。離縁をしようと思いますの。告解で神様に予約済みですわ。今ごろ天国で私がサインするのをお待ちでしょう。私、宣言しましたのよ、離縁しますと」
「えーと、それは誰に」
「神にです。告解でもこの場でも、毎日。神に直接お願いしたのですもの、それって直訴ですわね」
それは毎日毎日サフィリアが、ルクスとの離縁を神に願っているということだった。
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