王妃の秘薬

桃井すもも

文字の大きさ
6 / 43

【6】

翌朝、夫妻の寝室にお伺いの為に扉をノックした侍女は、我が目を疑う事になる。

初夜を迎えたばかりのしとねに邪魔をするのであるから、侍女は心構えを持って扉をノックした。
まだお二人とも微睡みの中にいらっしゃるだろうと思っていたのに、「どうぞ」と直ぐに返事が返って来た。声は妃殿下のものだった。

王太子妃付きの侍女パールは戸惑った。
主が寝台の縁に座ったまま、「お早う」と言うではないか。

「サフィニア様、」
「この事は内密に。」

サフィニアは、昨夜纏ったナイトドレスのままだった。一瞬見ただけで分かるほど、何処にも乱れは無かった。瞬時に事の次第を理解した侍女は青ざめた。
三文小説か芝居の中の出来事が、真逆この王城で起こるだなんて。

「心配しないで。陛下には私から話すから。それと、これからは朝の仕度は貴女独りに頼めるかしら。皆を信用しない訳では無いのだけれど、こういう事は、知る者が少ない方が良いでしょう。」

道理で扉を護る護衛の顔色が悪かった筈だ。王太子殿下は、いつ妃殿下を置いて行かれたのだろう。そんな事よりサフィニアは、こんな薄着で一晩中、寝台の縁に座って過ごしていたと言うのか。

美しい白亜の御殿は見た目だけ。魑魅魍魎が巣食う王城に勤める侍女である。ちょっとやそっとの事では驚かない胆力を見込まれて、王太子妃付きの侍女となった。その侍女の胸が早鐘を打っている。

「取り敢えず着替えるわ。動きやすいドレスが良いわね。デイドレスか、スカートが長めならワンピースでも構わないわ。」

蜜月の若夫婦には、三日間の休暇が与えられている。本来ならもっと長い休暇であるのを、王配を亡くし女王陛下は床に伏している今、そんな悠長な事は言ってはいられなかった。
この三日の休暇でさえ、宰相が事務方と遣り繰りして捻出した貴重な休暇なのである。いや、休暇と名付けた「子作り」と言う、王族に課せられた最大任務なのである。

それを、王太子殿下その人がすっぽかした。

「サフィニア様、本日は如何なさいますか。」
「執務に当たるわ。殿下も多分、そうなさるでしょう。宰相にも直にバレるわね。面倒だけれど仕方が無いわね。」

だって殿下が拒まれたのですもの、と言ったサフィニアの顔を、パールはまともに見ることが出来なかった。

「貴女一人に背負わせるのは荷が重いでしょう。貴女が休暇のときは自分で身仕度をするわ。学生時代もそうだったし。私、一人で髪を結うのは上手いのよ。」

心配しないでと言うサフィニアの言葉に涙が滲んだ。
このお方は、これからも殿下のお渡りが無いのだと覚悟を決めて、他言無用を貫く為に、パール以外の侍女を朝の身支度には付けないと言っている。

そうなると、宵から朝までの護衛についても、パール同様昨夜の当番であった護衛に絞るのだろうか。

だがそれで、ディアマンテの使用人はどうするのだろう。あちらにも、侍従も侍女も護衛達もいるのだから、そんな事は直ぐに城中に知れ渡ってしまう。

王太子殿下のなさり様はあまりである。
生家で喪に服していたサフィニアは、王城に拐われる様に囲い込まれた挙句、『お飾りの王太子妃』にされるだなんて。

わなわなと震える手を必死に抑えて、パールは「お食事をお持ちします」とそれだけ言うのが精一杯で、サフィニアになんと声を掛けて良いのか、他には何も思い付かなかった。



「困った事になりましたな。」

執務机で書類の仕分けをしていたサフィニアに、部屋に入るなり宰相は挨拶をすっ飛ばして本題に入った。

「貴方の耳に入ったという事は、陛下も既にご存じなのね。」
「陛下が王城にどれほどの目をお持ちだと思われる。既に昨夜の内にご存知でしたよ。」
「...悩んで損をしたわ。」
「悩まれたのですかな?」
「当たり前でしょう。貴方の顔を見るのが一番気が重かったわ。」

何でも端的に直球で来る宰相に、サフィニアは遠慮も回りくどい言い回しも無用と思っている。言い難い事も忖度無しで伝えるのも、最早お互い様である。

「まあ、このままでは陛下の目も手も足も、何れ貴女様のものになりましょう。」
「それは、どう言う意味?」
「ディアマンテ殿下には任せられないと。」
「言い過ぎよ、宰相。」

「そんな事は有りますまい。色恋を責めているのではございません。ご自分のお立場と国の有り様をご理解出来ないのであれば、理解出来るお方を頼むまで。」

「殿下は今何を?」
「今朝ほどからお出掛けです。」
「は?」

婚姻の儀が執り行われたのは昨日の事だ。昨日の今頃は、サフィニアは花嫁衣装に身を包み、遥々帝国からやって来た司祭から寿ぎの言葉を受けていた。
あの時、横に並び立ったディアマンテは、青い瞳を真っ直ぐ前に見据えたまま真剣な面持ちでいた。あの時、彼は一体何を考えていたのだろう。

彼の方エメローダとお会いになられていらっしゃるの?」

「あり得ますな。だが、可怪しな事に、女の身元がはっきりしない。」

宰相も、新婚早々ディアマンテが想い人の元へ通っているのだと思うらしい。

「そちらは貴方にお願いしても良いかしら。」
「調べておきましょう。」

ディアマンテが、何れエメローダを側妃に望むのだとしても、それには相応の準備がいる。閣議も議会も通さねばならないし、令嬢には妃教育も必要となる。何より先に、女王陛下のお許しがなければ一歩も先には進めない。

真逆、ディアマンテはそれら全てをすっ飛ばして、令嬢を妾として何処かへ囲おうとしているのだろうか。
真っ白なのは白銀の髪だけで、腹の中は真っ黒なのか。

サフィニアは、出会って日の浅い内に婚姻を結ぶ事となった、年下の夫のことを考えた。


 

あなたにおすすめの小説

死ぬまでに叶えたい十の願い

木風
恋愛
「あなたを妻として、愛することはない。おそらく、生涯抱くこともないだろう」 三年間の白い結婚——捨て置かれた王太子妃エリアーナに、側妃が『死の呪い』をかけ余命一年を宣告する。 離縁を願うも拒否され、代わりに「死ぬまでに十の願いを叶えて」と契約する—— 二人きりの外出、星空、海…ささやかな願いが王太子の心をほどいていく。

彼の過ちと彼女の選択

浅海 景
恋愛
伯爵令嬢として育てられていたアンナだが、両親の死によって伯爵家を継いだ伯父家族に虐げられる日々を送っていた。義兄となったクロードはかつて優しい従兄だったが、アンナに対して冷淡な態度を取るようになる。 そんな中16歳の誕生日を迎えたアンナには縁談の話が持ち上がると、クロードは突然アンナとの婚約を宣言する。何を考えているか分からないクロードの言動に不安を募らせるアンナは、クロードのある一言をきっかけにパニックに陥りベランダから転落。 一方、トラックに衝突したはずの杏奈が目を覚ますと見知らぬ男性が傍にいた。同じ名前の少女と中身が入れ替わってしまったと悟る。正直に話せば追い出されるか病院行きだと考えた杏奈は記憶喪失の振りをするが……。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

すれ違いのその先に

ごろごろみかん。
恋愛
転がり込んできた政略結婚ではあるが初恋の人と結婚することができたリーフェリアはとても幸せだった。 彼の、血を吐くような本音を聞くまでは。 ほかの女を愛しているーーーそれを聞いたリーフェリアは、彼のために身を引く決意をする。 *愛が重すぎるためそれを隠そうとする王太子と愛されていないと勘違いしてしまった王太子妃のお話

王子殿下の慕う人

夕香里
恋愛
【本編完結・番外編不定期更新】 エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。 しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──? 「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」 好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。 ※小説家になろうでも投稿してます

【完結】彼を幸せにする十の方法

玉響なつめ
恋愛
貴族令嬢のフィリアには婚約者がいる。 フィリアが望んで結ばれた婚約、その相手であるキリアンはいつだって冷静だ。 婚約者としての義務は果たしてくれるし常に彼女を尊重してくれる。 しかし、フィリアが望まなければキリアンは動かない。 婚約したのだからいつかは心を開いてくれて、距離も縮まる――そう信じていたフィリアの心は、とある夜会での事件でぽっきり折れてしまった。 婚約を解消することは難しいが、少なくともこれ以上迷惑をかけずに夫婦としてどうあるべきか……フィリアは悩みながらも、キリアンが一番幸せになれる方法を探すために行動を起こすのだった。 ※小説家になろう・カクヨムにも掲載しています。

片想い婚〜今日、姉の婚約者と結婚します〜

橘しづき
恋愛
 姉には幼い頃から婚約者がいた。両家が決めた相手だった。お互いの家の繁栄のための結婚だという。    私はその彼に、幼い頃からずっと恋心を抱いていた。叶わぬ恋に辟易し、秘めた想いは誰に言わず、二人の結婚式にのぞんだ。    だが当日、姉は結婚式に来なかった。  パニックに陥る両親たち、悲しげな愛しい人。そこで自分の口から声が出た。 「私が……蒼一さんと結婚します」    姉の身代わりに結婚した咲良。好きな人と夫婦になれるも、心も体も通じ合えない片想い。

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。