王妃の秘薬

桃井すもも

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【7】

「サフィニア様、殿下の侍従が参りました。」

アゲートの言葉に振り向けば、開けられた扉からディアマンテの侍従クォーツが現れた。

「お前、どのツラ下げてここに来た。」

サフィニアより先に言葉を発した宰相は、辛辣だった。

「それで、お前は殿下に付いて行かなかったのか。」
「殿下は御一人で出掛けられた様です。護衛も置いて行かれました。」

クォーツは、宰相の問い掛けに臆する事なく答えた。

「殿下は何をお考えなのだ。御身の立場をお解かりか。お前も一体何をしていたのだ。昨夜の事は聞いている。この国でご壮健であられる男性王族は、殿下唯御一人なのだぞ。御役目子作りを放棄して色恋に現を抜かすのをお諌めするのがお前の役目だろう。」

「殿下は城の外には出られてはおりません。馬車も残っておりますし、門番にも確認しております。」

「では一体何処におられる。塀を乗り越えて外へ出たのでは。」
「殿下も流石にそこまではなさいません。御身の立場をお忘れとは思えないのです。」
「では、昨夜の事はどう言い訳する。」
「殿下の真意は解りかねます。閨事に怖気付いたのではないでしょう。」
「その言葉、伏して謝罪しろ、このたわけ者が!妃殿下の御前だぞ。殿下も阿呆なら貴様も阿呆だ!」

これほど激昂する宰相を、サフィニアは見たことが無かった。

「サフィニア様、申し訳ございません。」
「ちょっと、よして頂戴。」

クォーツは、突如座したかと思うと、本当に床に額を擦り付けて謝罪した。それを慌ててサフィニアが止める。

「サフィニア様。構う事などございません。」
「アゲート。」
「こうでもしなければ、クォーツには主の愚行を詫びる術が無いのです。」

サフィニアの執務室には、気まずい静寂が訪れた。


三日あまりの、短すぎる新婚休暇が終わろうとしていた。
結局、二日目の昨晩もディアマンテは夫妻の寝室を訪れる事はしなかった。

サフィニアは、三日間は夫妻の寝室を使わなければならない。睦み合った「形跡」が無くとも、この部屋にいたと使用人に示さなければならない。

護衛は二日目も同じ顔ぶれで、侍女もパールだけが付いていた。

三日目の朝を迎えれば、もう明日からはこの部屋から解放されたいと思っていた。
誤魔化しがいつまでも続く筈はなく、サフィニアが執務を担う為の職業王妃である事は、何れ公認のこととなるだろう。

諦念すれば案外気持ちはさっぱりとして、せめて想い人を正式な側妃と迎え入れるまでは、ディアマンテには、恋人の懐妊などと云ううっかりな過ちを犯してほしくはないと思った。


思えば不憫な人である。つい十日前まで学生だったのだ。自由も欲しかろう、恋もしたいだろう。
その気持ちは解る。
だが前情報で知る限り、学生時代のディアマンテには浮かれた噂は皆無だった。当時から恋人エメローダの存在を隠していたのか。

幾ら考えても解決しないなら、サフィニアこそ自分に与えられた責務を果たさなければならない。

「鼻垂れの青二才に構ってなんていられないのよ。」

誰もいない部屋で、思っている以上の悪辣な言葉で悪口を言ってみた。本当にそんな事を思っている訳ではないのだが、言葉だけでも言ってみればほんの少し心が軽くなった。

童話では、裸の王様の秘密を抱えた男が穴を掘って秘密を明かす。この部屋に穴でも掘って、思いっ切りディアマンテを悪しざまに言ったなら、どれほどスッキリするのだろう。

「裸の王様。」

思わず漏れ出た言葉であった。ディアマンテの未来をそんな姿に出来ないと思った。



「ディアマンテが、随分と無礼を働いているそうね。」

蜜月なんて言葉は早々に忘却の彼方に放り出したサフィニアは、女王ルビアナの元へ通っていた。
新婚早々、王妃教育の仕上げとして、病床にあるルビアナから直々に教えを受けている。

女王から習う事とは本来ディアマンテの領分であり、それをサフィニアに教える事で、ルビアナはサフィニアの立場と価値を周囲に知らしめているようにも思われた。

「ディアマンテを信じたい気持ちはあるのよ。けれど、現状を見るにあの子の行いを正当化出来る要素が無いわ。何か考えているのだとしても、私に出来るのは、私の知識を貴女に授ける事だけなのよ。」

こうしてサフィニアは、王妃となるべく女王から教えを授かる事となった。それは女王が臨終を迎えるまで続けられた。



驚いた事に、三日目の晩にディアマンテは夫妻の寝室を訪れた。だが彼は、寝間着姿のサフィニアと違って、喉元まできっちりボタンを閉めた詰襟服を纏ったままであった。

「サフィニア、すまない。」

寝間着にガウンを引っ掛けた姿のまま、サフィニアは熱いお茶をディアマンテに淹れた。

夫妻の寝室には、ローテーブルとソファーがある。三人掛けのソファーにディアマンテを座らせて、サフィニアは斜めにある一人掛けのソファーに座った。

「ご自分のお立場を、今更私から四の五の言われたくはないでしょう。けれども、私が貴方に言わねばならないことをお解かり下さる?」

「解っている。」

「すまないとは、何について仰っておられるの?」
「全てだよ。始まりから全て。」
「そんな事は今更です。走り出した滑車は止まらないのです。その滑車に乗ると決めたのは、私自身ですわ。」

折角のお茶が冷めてしまう。サフィニアが促せば、ディアマンテは漸くカップに手を付けた。

「君の淹れたお茶は美味いな。」

誰の淹れたお茶と比べているのだろう。
ディアマンテの漏らした言葉に、サフィニアは年若の夫にそう思った。



✽猫の日ですね。22:22に一話追加投稿致しました(ΦωΦ)


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